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リコリス魔法商会  作者: 慶天
3章 スタンピード
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スタンピード 3 城門前広場

 城門が破壊されるという事態はもちろん最悪であったが、それが想定されていないわけではなかった。そのようなときにはどう手を打つかというのは、当然対策されている。

 城門の横には、新たな城門ともいうべき大きなスライド式の壁が用意されていた。その壁は城門の左右に2つ用意されており、まずは左側の壁がスライドさせるべく兵士たちが待機していた。


 問題は押し寄せてくるモンスターの大軍を押さえながら、その巨大な壁を破壊された城門にいかに移動させるかであった。


 城門前広場はなだれ込んでくるであろうジャイアントやオークを迎え撃つべく、騎士団を前面に出しその後ろに残った魔術師団が控えていた。その中には魔術師団長のコンラートの姿もあった。


 城門の木材が飛び散り、土煙が晴れるとその奥からオークの群れが飛び出してきた。城門を破壊したジャイアントも身をかがめ、こちらにやってこようとしている姿が見える。

 このまま手をこまねいて見ているほどヘルツォーゲンの戦士たちは無能ではない。


「魔術師団5名!ライトニングを放て!」

 コンラートの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。

「残りのものはマジカルウェブを詠唱の上待機!」

 コンラートは50歳を超える年齢であるが、年齢を感じさせない精悍な顔立ちをした筋肉質な男性で、鎧を着させ、剣を持たせれば誰もが剣士と思うような、そんな偉丈夫だった。


 コンラートの指揮により、魔術師団によって電撃の矢が城門に殺到した。ファイヤーボールを城門付近で炸裂させた場合、城壁やその周囲に二次被害が出ることが懸念されたため、貫通力があり直線的な攻撃が行えるライトニングボルトが5人の魔術師によって城門に向かって放たれた。


 先のジャイアントの城壁薙ぎ払い攻撃によって、第三位階の魔術が使用できる魔術師が3名失われている。宮廷魔術師団に第三位階以上の魔術が使用できる魔術師は全部で7名しかおらず、そのうちの3名が失われたことにより今回の攻撃には冒険者も参加していた。その中にはマクガイヤーのパーティメンバーのオズワルドも参加していた。


 電撃の矢は想像以上に効果を上げた。城門に群がっていたオークはまとめて黒焦げになり、城門を破壊したジャイアントも大きなダメージを受けて城壁外でのたうち回ることになったのだ。巨大なジャイアントが転がりながらのたうち回ることで付近にいるオークが巻き添えを食い、圧死する者もそれなりの数見受けられた。


「マジカルウェブ放て!」

 コンラートの掛け声で蜘蛛の巣状の魔法の網が10人の魔術師から放たれ、城門はさながら巨大な蜘蛛のモンスターの巣のような状態となった。これならオーク程度ならしばらく侵入することはないだろう。その間に城門前の瓦礫を撤去し、第一の壁を左側からスライドさせれば、当面は持ちこたえることができる。


 マジカルウェブの魔法により、城門は真っ白になり何体ものオークがその中に捕らわれた。兵士が身動きの取れなくなったオークにとどめを刺しながら、城門前の瓦礫を撤去していく。早く撤去して第1の壁を移動させなければ、どれだけウェブの効果が持つかわからないのだ。


 しかし、マジカルウェブはロックジャイアントの突撃の前にあっさりとその効果を打ち消されてしまった。

 一体のロックジャイアントが、身をかがめた態勢で突撃してきたのだ。

 ロックジャイアントの中でも比較的小柄な個体だったからだろうか、普通サイズのロックジャイアントだと助走をつけ城門をくぐることなど出来ないのだが、そいつは身をかがめただけで城門前広場までマジカルウェブの網を払いながら突入してきたのだ。


「騎士団!前へ!」

「魔術師団!オークの侵入を許すな!マジカルウェブ用意!」

 騎士団長ハインリヒ、魔術師団長コンラートの指揮が飛ぶ。

「冒険者魔剣隊!騎士と連携を!」

「おう!任せとけ!」

「承った。」

 ハインリヒの指揮にシロウ、マクガイヤーなど、魔剣持冒険者5名が前に出る。


 城門を突破してきたジャイアントはロックジャイアントにしては小柄だった。それでも10mはあろうかという巨体であったが。

 騎士10人と冒険者5人が連携を取りつつロックジャイアントに斬りかかった。狙いは以前にマクガイヤーが言っていた通り、脚の腱である。

 マジカルウェブを突破したときにまとわりついた蜘蛛の糸がジャイアントの行動を阻害していたことが功を奏した。

 騎士は巧みな連携でジャイアントの足を斬りつけていくが、ロックジャイアントは蜘蛛の糸に邪魔され、うまく回避できないでいたのだ。

 しかし、いかに騎士の持つ剣が業物であってもロックジャイアントの堅い皮膚に傷を負わせるのは至難の業であった。


 それに対してジャイアントの一撃は致命的である。大暴れするジャイアントは両腕を振り回し、あたりかまわず暴れまわる。運悪くその腕に捕らえられた騎士は広場を吹っ飛ばされ、城壁に体を打ち付けて動かなくなった。


「さすがに力つえーな、おい。」

 マクガイヤーは慎重にジャイアントの動きを見ながら自慢のハルバートを足首めがけて振り下ろしていた。

 マクガイヤーのハルバートももちろん魔法の武器である。剣に比べてポールアームに魔法が掛ったものは少ないとされる。

 魔法の武器は現在の魔法技術では生産が難しく、わずかに切味を向上させることや、アンデッドに効果があるように聖なる力を封じたものを作ることができるくらいなのである。

 そんな中で古代の遺跡などから発見されるマジックウェポンは冒険者ならずとも誰もが欲しがる貴重なものなのだ。

 アルベルトがリコリスから魔剣をもらったことが、どれほどの幸運であったかがうかがい知れという事である。


 シロウの持っているカタナはマジックウェポンではなかったが、その異様な切味から冒険者の間ではマジックソードと同等の扱いを受けていた。もちろん、実際に魔法が掛っているわけではないので高位アンデッドなどに効果があるわけではなかったが、シロウ本人の技量もあり今回のジャイアント担当としてマクガイヤーと並んで最も期待された戦力とみなされたのだ。


 しかし、ロックジャイアントとの死闘は苛烈を極めた。いかに騎士が優秀であってもその堅い皮膚にほとんどダメージが与えられないのだ。騎士が一人また一人とロックジャイアントの怪力の前に倒れていく。

 必然、有効打は冒険者の持つ魔剣に頼られることになるのだが、Cランクの冒険者ではなかなかチャンスをつかむことすらできなかったのだ。


 それでも彼らは奮戦した。魔術師たちのプロテクトの魔法を頼りに振り回されるまさに暴風ともいうべき攻撃に耐えていたのだ。

「おううううりゃああああ!いい加減倒れやがれ!!!」

 そしてついに侵入したロックジャイアントの脚の腱をマクガイヤーが切ることに成功した。

「マジックミサイルを奴の頭に集中しろ!この機会を逃すな!」

 立つことができなくなったとはいえ、振り回される両腕のリーチは驚異的である。魔術師たちが一斉にロックジャイアントの頭部に向かって魔法の矢を放った。


 一体どれだけの魔法の矢が放たれたのか、誰も数えることができなくなったころ、ようやくロックジャイアントはその動きを止めた。

 その頃には魔術師たちのマナも枯渇寸前であった。ライトニングボルト、マジカルウェブを立て続けに使った上、マジックミサイルを連打したのだ。高位魔術師でも限界が近かった。


 このロックジャイアントの戦闘での犠牲は騎士3名、冒険者は1名であった。重傷者はそれに倍する人数がでたが、後方にいる神官が治癒魔法をかけてくれるので命を落とす心配だけはなかった。


 しかし、その奮闘は決して無駄ではなかった。騎士たちがロックジャイアントと死闘を繰り広げている間に破壊された城門に新たな城門が移動されていったのだ。城門付近はオークと兵士の大混戦となっており、城門の設置は困難を極めたが、どうにか破られた城門をふさぐことに成功していた。


「やれやれ、こいつはまずいんじゃれぇか?」

 マクガイヤーのもとにスキンヘッドの大男がやってきてそう語りかけた。ギルド職員のウドである。

「ウドさんよう。たった今ロックジャイアントをブチ倒した勇者にそれはないんじゃねぇか?」

 マクガイヤーが疲労困憊の様子でウドに文句を言う。

「いやいや、そいつは悪かった。さすがはAランク冒険者だぜ。騎士や魔術師と共同とはいえあんな化け物倒しちまうんだからな。…だがよ。」

 マクガイヤーもウドの言いたいことはわかっていた。

「魔術師がしばらく使い物にならん、ってこったろ?」

「ああ、新しい城門もな。」


 ウドの言う通り新しく設置された城門に激しい打撃が加えられている音が響き渡る。ジャイアントが殴りつけているのだろう。

 城壁の方を見るとハーピィの群れが上空から投石を始めたのも見えた。

 城壁上の守りがなくなったため、頭上からの攻撃を防ぐ手段がなくなってしまったのだ。ハーピーは弓矢の届かない遥か上空から石を落とし始めた。ハーピーの落とす石はせいぜい拳大である。しかし上空から落とされる石礫は十分な殺傷力を持っている。

 幸いなことに狙いをつけて落としているわけではないので運悪く頭にでも直撃しなければ即死につながるようなことがなかったのがまだ幸いであった。


「このままだとオークが城壁を超えてくるぞ…。」

 騎士の一人がそう呟いた。そうなのだ。ジャイアントが城壁上を薙ぎ払ったため、誰も城壁でオークを食い止めることができなくなってしまっていたのだ。

「ジャイアントあと5体か…。」

 ハインリヒはどのようにしてジャイアントの数を減らすかをじっと考えていた。幸いなことに、ジャイアント一体ずつなら騎士団と冒険者で何とかなることが先ほど証明されたのだ。


 一方指揮塔では領主リーベルトも状況を確認し、ジャイアントの対策に頭を痛めていた。

「今の戦闘でおそらく魔術師団はしばらく戦闘はできんだろう。西門の警備に当たらせている騎士団も東門に集中させろ。北門のバリスタを城内に下ろす作業はどうなっている?」

「は、あと1刻で東門に搬入できるかと!」

「それでは間に合わん。急がせろ。」

 リーベルト辺境伯は武人である。自分もジャイアント戦には参加せねばなるまいと愛剣「フレイムブレイド」を握りしめた。


 その時であった。

「お父さま。よろしいでしょうか。」

 振り返ったリーベルトの前には自分の娘であり、まだ幼いながらも天才の名を持つヘルミーナが真剣な目をしてこちらを見つめていた。


「コンラート!魔術師たちが回復するのにどれくらいかかる?!」

 ハインリヒは魔術師団長にマナの回復までの時間を確認した。

「およそ2刻ほどかかる!その間何とか騎士団で持ちこたえてくれ!」

 2刻とはおおよそ4時間である。それでも万全に回復するわけではなかったが、最低限の戦闘は可能にするほどは回復できる時間であった。

「2刻か…。城門が持ってくれればよいが…。」


 しかし、その希望は叶いそうもなかった。兵士たちが苦労して設置した新しい城門も今にも破壊されそうな軋みを見せている。

 西門から騎士が増援に回されると伝令が来たが、まだしばらくはかかるだろう。

「弓兵隊!城門に向かって備え!」

 ハインリヒの命令に弓兵隊が城門前広場に整列する。上空から降り注ぐ石礫から身を守るために、兵士たちが盾を掲げ弓兵隊の後ろに並んだ。


「く、来るぞ!」

 ハインリヒがそう叫んだ瞬間、新たに設置した城門が轟音を立て城内に崩れ落ちた。


 それを見た兵士たちは、もはやいくら城門を守っても意味はないのではないかという思いにとらわれた。10mを超える巨人にとっては人が作った壁など何の役にも立たないのではないか?そしてその後になだれ込んであるであろうオークの大軍にヘルツォーゲンは蹂躙されてしまうのではないのか?


 考えたくなくとも悪い想像ばかりが膨らんでしまう。あれだけ苦労し、犠牲を出してまで設置した稼働城門がこれほどまで簡単に破壊されてしまった事実は兵士たちに諦念の感情をもたらすには十分だった。


 そして這いずるように2体のジャイアントが城門をくぐろうとしているのが確認された。




その時、凛とした女性の声が城門前広場に響き渡った。

「カウント5で城門前広場を掃討します!皆さん退避してください!」

 

 その声の主は城門前広場にいつの間にか悠然と立っていた。


 それは漆黒のローブを纏った黒髪の美女と、同じように黒いローブを纏った少年と少女だった。


 彼らはそれぞれ巨大な黒い円筒を束ねたような不思議な機械を抱えていた。


「目標!城門前ロックジャイアント!構えなさい!」

「5」

「4」

「3」

「2」

「1!」

「薙ぎ払え!!」


 それは普段のおっとりした態度からは考えられない程激しい口調で指示を出す、錬金術師リコリスであった。


 そして轟音が響き渡った。


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