ヒルダの店番奮闘記 2
引き続きメルヒルデ嬢の店番日記です。
強盗が来たり、「下半身」が暴れたりと訳の分からない一日がようやく終わり、私達は夕食をとっていました。
私達は最初に約束事を一つしました。それは「夕食後、一日の反省会を行う」というものです。当然これを提案なさったのはアインフォードさんです。アインフォードさん曰く、反省会をすることで自分が今するべきことが確かになり、明日の方針を立てることでより良い行動がとれる、という事です。
もっとも、その後笑いながら、暴走しそうな人がいる時、ちゃんとストップをかけることができるからね、と言ったことが本当の意味に思えてならないのです。
私とヘルミーナ様は基本的にリコリス魔法商会で寝泊まりをさせて戴いています。3日に一度は自宅に帰るようにしていますが、陽が暮れてからはいくら護衛があるとはいっても頻繁にうろつくのはよろしくないであろうという事なのです。
ちなみに部屋割りはサラさんとホルスト様は護衛という事もあり、リビングを利用してらっしゃいますが、私はキャロットさんの寝室、ヘルミーナ様はアインフォードさんの寝室を使わせていただいております。なぜですかお嬢様!そこは譲ってくださいよ!部屋割りを私に告げた時のお嬢様のお顔がとても邪悪なものに見えたのは私だけではないはずです。
ヘルミーナ様は領主様のご令嬢でいらっしゃいますが、平民の暮らしの中に紛れることを全く苦にしておられません。食事一つにしても普段とは比べ物にならないほどに質素な食事なのでしょうに。
食事については、リコリスさんはほとんど味や見た目に頓着しない方の様で、実験用のビーカーにお茶を入れるほどです。しかもそれを人に勧めようとするのです。キャロットさんは料理人としてもすごい方でしたのに、リコリスさんは全く違った感性の持ち主であると思い知らされました。
今日の晩御飯は今日冒険者さんが買って行ってくれた「乾燥パスタ」にリコリスさんおすすめのトマトソースを使った料理です。普段全く料理をしないリコリスさんもこれはお気に入りの様で、放っておけばこればかり作るので注意するようにとキャロットさんに私は言われていました。
確かにとても美味しいメニューなのですが、さすがにこればかりではいずれ食べ飽きてしまいそうです。サラさんはお料理できるのかしら。
「このパンもリコリスさんが焼いているのですか?」
パスタと一緒に出されるパンもリコリスさんが焼いたものらしいのですが、このようなふわふわの白パンが平民の食卓に上がるというのも不思議な事です。これだけなら貴族の食卓にふさわしいパンなのです。
「私が焼いた、というのとは少し違いますわね。私はパンの焼き方は存じ上げませんし。」
「え、ではこれはどうやって?」
「はい。これも錬金術ですのよ。『植物の種』であれば何でもいいのですが、今はちゃんと小麦がありますので小麦を素材にしています。」
錬金術とはすごいものなのですね。
「いや、ヒルダ。そんなことができるのはリコリスだけだからそれを当たり前と思わないようにな。私も時々勘違いするけど、リコリスは規格外よ。」
ヘルミーナお嬢様がそう言って白パンを口に運びながら、納得しかけた私を諫めました。
「でも、本当にこのパンは美味しいですわ…。」
ヘルミーナお嬢様の声に同じテーブルで食事をしていたサラさんが神妙な顔でパンを頬張りながら頷いていました。
本来貴族の食事としては護衛であるサラさんやホルスト様が同じ食卓で同時に食事をとるなど考えられないことなのですが、ここはお城でもないし色々な習慣を平民と同じようにしています。テーブルマナーなども気にしなくても良いという事にしたのですが、驚いたことにアインフォードさんやキャロットさんも含めてリコリスさんも完璧なテーブルマナーを身に着けておいでだったのです。
「リコリスさんはどこでこういったテーブルマナーなどを身に着けなさったのです?」
「それについては秘密にさせてくださいまし。お父さまから習ったとだけお伝えさせていただきますわ。」
リコリスさんはもともと貴族の生まれなのでしょうか。そう言われればどことなく高貴な雰囲気が漂っています。
アインフォードさんにも亡国の王子様だったのではないか、等といった噂がありますし、リコリスさんが貴族の出身でも驚くことではないのかもしれません。
食事が一通り終わった後で、いよいよ今日の反省会が行われることになりました。
聞きたいこと、言いたいことが山ほどあります!
「ヒルダ、あなたの聞きたいことはわかっているのだけれど、今から聞く内容はくれぐれも他言無用だわ。これはお父さますら知らないことだから。」
ヘルミーナ様は姿勢を正して話し始めました。領主様ですら知らないお話というのに私は少し戦慄を覚えました。それはきっとあの「下半身」の事なのでしょう。
「それと、サラとホルスト。今回ヒルダが強盗に遭った件はあなたたちの失態よ。いったい何をしていたの。これについては後程処罰を与えます。」
「は、申し訳ございませんでした。いかような処罰も受ける所存です。」
「はい。メルヒルデ様、申し訳ございませんでした。」
ああ、そんなに厳しい罰をお与えにならないでくださいませ。結果的には何もなかったのですから。怖かったけど。
「それではあの『下半身』について話しますわ。ヒルダ、あなたマーキナを覚えているわね。」
闘技会で大暴れしたマーキナのことは記憶に新しいところです。確かオートマタであったとの結論が出ていますわね。
「はい。『オートマタ』という事ですが…。」
「そうね。まずはオートマタがどのような物なのかを説明したほうが良いわね。これは専門家でもあるリコリスからしてもらおうかしら。」
そう言ってヘルミーナ様はリコリスさんに説明を促しました。
「それでは私の方からオートマタについて説明させていただきます。」
リコリスさんは黒板を引き寄せ、そこに白い石灰を固めたもので図を描き始めました。
「まず、マーキナについてですが、あれは正確にはオートマタというよりからくり人形の域を出ていません。オートマタと名乗るには幾つか条件を満たしていないのです。」
そう言ってリコリスさんは黒板にその条件を書き出しました。
半永久自律行動ができること。
自己修復できること。
自己判断ができること。
「この3つ以外にもいろいろありますが、重要なのは特に1番目、半永久自律行動といった点です。マーキナは背部に大きな魔力バッテリーを背負っていました。大きなと言いましたが、あれはあれで信じられないくらいに小型化された物でした。」
確かアインフォードさんはあの魔力バッテリーを引きはがすことでマーキナを無力化したはずです。
「あの魔力バッテリーを調べてみてわかったのですが、あれは少なくともこの国の技術で作れるものではありませんでした。あれ一つでマーキナの稼働時間は約1日といったところだったと思われます。」
どこかでバッテリーの補充を行っていたという事なのでしょうか。
「しかし、それでもマーキナは自身で補充を行う方法を持っておらず、付き添っていた魔術師がマナの補充を行っていたものと思われます。つまり、魔術師がいなければマーキナはすぐに動かなくなってしまうのです。」
なるほど。魔術師が二人いたようですが、彼らはその役目を担っていたのでしょう。
「完全に人に近い容姿で作られたオートマタは、人とほぼ変わりありません。通常生活で見破られることはそうないでしょう。」
それはそれで恐ろしい事のように思えるのですが…。
「オートマタの設計には錬金術が大きく関わります。錬金術の一つに『自動人形の作成』というのがあります。これはいくつもの魔術と、ボディやパーツの錬成にかかわる錬金術の秘術です。
例えば、頭脳に当たる『高速演算プログラム及び多層式魔法陣』の作成、『マナ循環変換機構』これは心臓に当たりますね。「魔力リアクター」は動力炉に当たります。…私には一つを除いてほぼ完ぺきなオートマタを作成する技術があります。ただ、どうしても私ではできない技術が、『魔力リアクター』半永久自立なのです。もっとも今いる錬金術師でそれができる人はいないでしょうね。私のお父さまならできたのでしょうが…。」
「リコリスのお父さまって?」
「もうずいぶん昔に亡くなりましたので…。」
「そう。それは悪いことを聞いたわね。」
「それで、もうだいたい予想がついてきたのですが、例の『下半身』はオートマタのものであるという事でしょうか?」
さすがの私もだいたい話が見えてきました。
「さすがヒルダ様、察しが良くて助かります。あれは例のヘルツォーゲンの地下に発見された遺跡から持ち出したものなのです。」
「例の遺跡にはマシーナリーという戦闘機械があったことは聞いていますが、その、オートマタが発見されたという話は初耳ですわ。」
「そうでしょうね。私も正式には報告を受けてないわ。」
ヘルミーナ様ですら知らなかったことなのでしょうか。それにしてはずいぶんと詳しそうなのですが。
「それで、私には製作できない魔力リアクターがそのまま使用できる状態のものがあるのです。発見当時、一体のオートマタは稼働状態でしたので、一度は無力化しましたがもう一体に比べると極めて損傷が少ないのです。」
え、二体あるのですか?
「あの遺跡であったことはだいたい聞いているわ。『生きている』オートマタがいたこともね。そのオートマタやマシーナリーとの戦闘で、アインフォード殿やキャロットさん、リコリスも含めて異常な戦闘力を発揮したことなんかもね。」
異常な戦闘力?それはどういうことなのでしょう。確かにアインフォードさんは武闘大会で優勝するほどのお方ですが…。
「リコリスさんやキャロットさんもそれほどまでに?」
「お父さまが色々裏で動こうとするくらいにはね。」
「なんだかずいぶん知られているようですわね。」
リコリスさんははあ、とはめ息をつきました。
「大丈夫よ。この街の利益になるような人を粗雑に扱うようなことはしないわ。少なくともお父さまは話の分かる方よ。ちょっとまわりにキナ臭い人もいるけれど。」
「だからオートマタについては他言無用よ。サラとホルストもね。なぜリコリスがそんな高度な技術を持っているのか、とかいろいろややこしくなるからね。」
「しかし、領主様に報告しなくても良いのでしょうか。」
「ホルスト、そんなことしたらリコリスはお父さまに監禁されてしまうかもしれないわ。場合によっては世界中から狙われることになるわね。」
「そ、それほどまでの事なのでしょうか。」
「それほどまでの事よ。あなたたち理解しなさい。今この場にいるこの錬金術師は世界を変えかねない人物なのよ。」
ヘルミーナ様のその言葉にサラさんが異論をはさみました。
「でも、それならなおさら王都の魔術院で知識を広めるなどされた方が安全ですし、わが国に貢献できるのではないでしょうか。」
「サラ、確かにそれは理想ね。でも残念ながら人はそんなに賢くないわ。出過ぎた才能は潰されるものよ。リコリスはおそらく世界でも有数の魔術師であるのだから。」
「いえ、私など…。私で世界有数ならアインフォード様は世界一の魔術師になってしまいますわよ。」
リコリスさんは謙遜してそう言ったのでしょうが、その言葉に周りの皆は凍り付きました。
「リコリス?今、『アインフォード様は』と言いましたわよね?あの方魔法戦士と聞いていますけど?」
「ええ、アインフォード様は魔法戦士ですわよ。私よりもはるかに優秀な魔術師でもありますけど。」
魔法戦士というのはとても希少な存在です。魔術の研鑽と戦士としても鍛錬は両立させることがほぼできないと言われているからです。私が聞いたことのある魔法戦士とは精々初級の魔法や身体強化を行えるといった程度なのですが、アインフォードさんはそれどころではないと?
「アインフォード殿は魔術をどれほどの位階で行使できるのかしら?」
「ああ、すみません。それは言っちゃダメと言われていました。私よりも上の位階が使えるとだけにさせて下さい。」
「・・・・・・・・・・・」
全員呆気に取られてしまいました。
「…いいこと?絶対秘密ですわよ。」
私達は揃って首を何回も縦に振るのでした。
次の日からもヘルミーナお嬢様はリコリスさんと地下でオートマタの製作を行っているので、相変わらずお店には出てきません。何でも例の「下半身」の持ち主であるオートマタはもともと大きく損傷していたわけではないので、もうすぐ完成するという事なのです。
完成は楽しみなのですが、どうしてもオートマタというとあのマーキナの事が思い出されます。あんな武骨なものを作ってどうするつもりなのかしらね…。
それからサラさんとホルスト様の私に対する警備体制も少し見直されました。わずかな間とはいえ、私が一人になってしまったのが例の強盗事件につながったのですから、常に店内にはサラさんかホルストさんのどちらかが待機するようにしたのです。
例の「下半身」事件で強盗の恐怖もどこかに行ってしまったのですが、この体制を敷いてくれたことで安心して働けそうです。
ちなみに二人に対してはこの店のトイレ掃除というペナルティが課せられました。サラさんはともかくとして騎士の方には辛いことではないでしょうか。
この店には驚いたことにトイレがあります。しかも見た事がないような清潔なものです。
なんでもアインフォード様の手作りらしいのですが、ボタンを押すと水が流れ、汚物が勝手に川に廃棄されるという驚きの設備です。
私の離宮にも作ってくれないかしら、とヘルミーナ様がおっしゃっていましたが、それは私も同じことを心から思いました。私のお屋敷にも作ってください。




