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リコリス魔法商会  作者: 慶天
3章 スタンピード
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ヒルダの店番奮闘記 1

 リコリス魔法商会にヒルダという店員がやってきて3日目。今日も彼女は色々思うところはありますが、彼女なりに頑張っているようです。これはそんな彼女の奮闘記です。




「い、いらっしゃいませ。」

 はあ。どうにも慣れません。下級貴族とはいえ男爵家令嬢の私がなぜお店番などをしているのでしょうか。もちろん私は今までお店番などしたことがありませんので、アインフォードさんが書いたという『接客の基本』という本を覚え込まされました。

 そもそも私はただ単に『ジャクリーヌ』という名前をうっかり聞いてしまっただけのただの令嬢です。あの園遊会の日に盗み聞きしてしまったことがこんなことになるとは思いもしませんでした。


 だいたいあのヘルミーナというお嬢様はいったい何者なのですか。いえ領主様のご令嬢という事はもちろん知っています。でもわずか10歳にもかかわらず高等数学を治め、魔道具の研究と歴史の編纂がご趣味とか訳が分からないです。

 しかも行動が突拍子なさすぎです。突然お嬢様のもとに呼び出されたかと思うと、知りたくもない歴史の暗部を教え込まれ、今度はリコリス魔法商会のお手伝いなどと言い出す始末です。


 まあ確かに、アインフォードさんの近くに居られるという提案は魅力的でつい了解してしまった私も悪いのでしょうが、そのアインフォードさんはワイバーンの討伐とかで出て行ってしまってしばらく戻らないとかいうではありませんか。

 しかもどうやらそれは最初から分かっていたことの様です。つまり、私ははめられた!

 さらにヘルミーナ様はリコリスさんと魔道具のお話をするのに忙しく、お店に出てくることなどめったにありません。私はヘルミーナ様の護衛であるサラさんとお店に出ずっぱりです!

 ちなみに騎士ホルスト様も護衛としてこの店にいるのですが、ホルスト様は店の隅でまるで置物のように立っています。たぶん言われなければそこに人がいるとは誰も気が付かないでしょう。


「アルバイトのねーちゃん、なんか日持ちのする保存食はないもんかな?干し肉はまだいいんだけどよ、歯が欠けそうな固すぎるパンはもう食い飽きたんだよな。」

 しかもお客様は私の苦手な粗暴な冒険者さんがほとんどです。

「え、えと、保存食ですね。…確かこの辺に…。ああ、あのあたりになりますね。」


 一応私もやると決まった以上お店の商品はだいたい覚えるようにしました。ただ、私には理解できない魔法の品も多いようで、そう言った注文が来たときは店主であるリコリスさんに聞きに行くように言われています。

「あ、その棚は違います。こっちです。」

 危ないです。だいたい何なんですかこの『爆裂宝石』って!どう考えても取扱注意品ではありませんか!こんな危険なものを平然と並べておかないでください。


「え、えっと、今取り扱っている保存食は…えっとこちらです。」

 そう言って食品が置いてある棚に向かおうとして振り向いたとき、力いっぱいカウンターに肘をぶつけてしまいました。

「ぎにゃあ!」

 肘をぶつけると脳天にまで貫くような痛みが走りませんか?私だけですか?…痛いです…。

「お、おい、ねーちゃん大丈夫か?」

 肘を抱え蹲ってしまった私に冒険者さんは心配そうに声をかけてくださいました。

「だ、大丈夫です。ちょっとしびれただけです。」

 思わず涙目になり、肘をさすりながらその冒険者さんを棚の前まで案内しました。


「あっと、こちらは小麦粉を麺状にしたものを乾燥させた『乾燥パスタ』です。えーっと、食べるときはお湯に塩を入れてゆでてください。それで、こっちは『クッキー』ですね。これは焼き菓子の一種なのですが、貴重な砂糖を使っているので少々その、お高めです。」

「へぇ。砂糖入りの保存食かい。それいくらするんだ?」

「えと、1食分で大銅貨3枚になります。」

「たか!」

「でも、美味しいのですよ!これすごく美味しいのですよ!」

「お、おう、わかったから。わかったから落ち着けよねーちゃん。値段はそりゃそうか、砂糖使ってるって話だしな。ふーむ。」


 砂糖は高価です。私だっておいそれと口にできるものではありません。ヘルミーナ様なんかだと日常的に食べているのでしょうね。ちなみに、このクッキーというものを初めてリコリスさんに頂いたときは衝撃でした。私とて男爵家の令嬢です。平民に比べればはるかに良いものを口にしているはずなのですが、この焼き菓子は今まで食べたどんなものよりも美味しかったのです。

 砂糖を使っているから、というだけではありえない深い味わいがありました。それがどれだけ美味しかったかというと、一緒にそれを食べたヘルミーナ様も驚きに目を見開いていたくらいですから。


 ちなみにお店に出しているクッキーはそれに比べると味はずいぶんと落ちるものです。落ちると言っても、初めて口にする方にはびっくりするような美味しさだと思いますが、あくまで保存食として腹持ちが良いように、また砂糖は使いながらも出来るだけ安くしたものなのだそうです。


「じゃこっちの『乾燥パスタ』ってのはいくらだ?」

「こちらは1食分銅貨2枚だったはず…。ちょっと待ってください。えっと、はい銅貨2枚です。これも料理の仕方によってはずいぶん美味しくなりますよ。」

「ほう。値段も安いし、んじゃこれを10食分貰っておこうか。」

「はい、かしこまりました。では大銅貨2枚になりますね。えーと、そう!ありがとうございました。」

 買っていただいたのだから「ありがとうございました」は当然ですね。


 この乾燥パスタも画期的な商品です。どうやってここまで水分を飛ばしているのかわかりませんが、カチカチに固まった小麦粉で作られた麺は塩を入れたお湯で戻すともちもちのパスタに早変わりです。

 それだけなら味気ない小麦の味しかしませんが、ソースを工夫することで高級なレストランでも出せるような料理になるのです。実際キャロットさんが振舞ってくれた料理はトマトピューレとひき肉を合わせ、様々なハーブを煮込んだとても素晴らしいソースでした。


 キャロットさんはアインフォードさんと共にワイバーン退治に行ってしまったので、お料理を振舞っていただけたのは一度だけでしたが、あの方は高級レストランでシェフでもしていたのでしょうか。うちの料理人などおよびもつかないような料理の腕前でした。

 そう言えばあの方、園遊会の次の日騎士の方と決闘したという逸話がありましたわね。闘技大会で優勝したアインフォード様といい、ここの方たちは正直底が見えない不思議な方ばかりです。


 保存食を買って行った冒険者さんを見送りながらぶつけた肘をさすっていると、護衛である魔術師のサラさんと置物と化していた騎士ホルスト様がこちらにやってきました。

 サラさんは魔術師でありながらヘルミーナ様のお付きのメイドをされています。もっともサラさんが魔術師であるという事知ったのは、ついこの間の武闘大会の時です。


「メルヒルデ様、本当にご迷惑をおかけします…。肘は大丈夫ですか?」

 サラさんが私の肘を心配してくれました。

「い、いえ、肘をぶつけたのは私の不注意ですから。そ、そのうち痛みも治まりますので。それとここでは『ヒルダ』と呼ぶようにとお嬢様がおっしゃっていましたから…。」

「メルヒルデ殿…あ、いや、ヒルダ殿、お嬢様のわがままに巻き込んでしまって本当に申し訳なく思います。私は商売の事はその全く分かりませんので、お役に立てませんがいざというときは全力でお守りさせていただきます。」

 まじめなホルスト様から励ましのお言葉を頂いてしまいました。

「ホルスト様ありがとうございます。きっとここでの経験はのちの私の為になると…そう信じています。」




 事件が起こったのはその日の夕方です。


 そろそろ日暮れが近くなってきて、お客様もいなくなったので、閉店の用意をしようとしていたころです。サラさんは奥に商品の不足分を取りに行き、ホルスト様は表に掃除に出ていて、たまたま店内には私が一人の時でした。


 そんな時冒険者さんの一団が来店されました。3人組の様で皆さん剣で武装した戦士のように思いました。店中だというのにヘルムをかぶり、口元までマフラーを巻いています。また私の苦手なタイプの粗暴な方々のようです。

 3人は店内に散らばり、商品を物色していましたが、そのうちにその中の一人が私に話しかけてきました。

「あー、ちょっと聞きたいんだけどよ。」

 そう言ってカウンターに近づいてきた一人が懐から木切れを一枚と革袋を一つ取り出し、私の前に置きました。なにやら文字が書かれています。


『声を出すな。この袋の中に金を入れろ。』


 え?

 意味が分からずその方を見ると小型のクロスボウが彼の体に隠されるように私に向けられていました。

 ご、強盗!

 私は声も出せずに固まってしまいました。

「悪いんだけどよ、急いでるんで手早くしろ。」

「あ、え、えっと。」

「早く、しろや。」


 私はどうしていいかわかりません。状況が分かってくるにつれ膝が震えて涙があふれてきました。

 お、お金を入れればいいのですか?いくらほど入れればいいのでしょう。で、でもこのお金は大事な売上金です。私が今日一所懸命働いていただいた大切な…。


 私がオロオロとしていると男はいらだったようにクロスボウを私に突き付けて押し殺したような声で言いました。

「死にたいのか?」


 し、死にたくないです!私は弾かれたようにお金の入った箱に手をかけそれを開けようとしました。

 ああ、そういえば今日はいくら売上あったかな。ヒーリングポーションが5本ほど売れていたから銀貨15枚はあったし、魔法のランタンも売れたような気がしますわね。それにパスタも売れたし、クッキーは売れなかったわね。それが、それがこんな理不尽に持って行かれてしまうのですか?嫌です!こ、こんなこと許されません。でも私には目の前に突き出されたクロスボウをどうすることも出来ません。…私はなんて無力なのでしょう。情けなくてまた涙があふれてきます。サラさんやホルスト様はなぜここにいないの?護衛なのでしょう?こいつらを何とかしてよ!


 震える手で銀貨を一枚ずつ袋の中に入れようとすると、男はカウンターに身を乗り出し乱暴にお金の入った箱に手を突っ込み、幾枚かの銀貨を鷲掴みにして革袋にねじ込みました。

「よし、ずらかるぞ。」


 男がそう言って振り返ろうとしたとき、店の奥から激しい物音と、女性の声が聞こえてきました。

「リコリスさん!そっち行きましたわ!」

「サラさん!取り押さえてください!」

「き、きゃああああああ!」

 そしてどたどたと激しい音と共にありえない衝撃的なものが店内に飛び出してきました。


 さすがにそれを見た瞬間、私は強盗にクロスボウを向けられているという事を忘れて悲鳴を上げてしまいました。

「ひゃあああああああああああ!!」

「うわあああああ!な、なんだこいつ!!」

 強盗の男も私に突き付けていたクロスボウを「それ」向けて悲鳴を上げながら発射しました。しかし、走り回る「それ」には掠ることもありませんでした。


 それは「人の下半身」でした。衣服をまとっていない腰から下、2本の脚がなにや内臓のようなものを引きずりながら店の中に乱入してきたのです。

「それ」がどうやって視界を確保しているのか?どこで思考しているのか?などという事を考えることができるようになったのはしばらくたってからです。

「それ」は店の中を走り回り追いかけてきたリコリスさんやヘルミーナ様から逃げようとしています。


 店にいた強盗の男たちはパニックになり、剣を抜き「それ」が近くを通ると振り回していました。

 広くもない店内でそんなものを振り回すとどうなるかは自明です。案の定商品棚に剣は当たり、陳列されている商品が破損したり落下したりと散々なことになっています。

「や、やめて、店の中で武器を振り回さないでー!」

 リコリスさんの悲痛な叫びが聞こえますが、男たちには聞こえていないようでした。

 私は床にへたり込んで、ただただその惨状を眺めることしかできませんでした。少なくとも私に向けられていたクロスボウはすでにこちらには向いていないので、命の危機は去ったようだという事が理解できました。


 店の中で「人の下半身」とリコリスさん、ヘルミーナ様にサラさんも加わっての追いかけっこが続く中、店の入り口付近で爆発が起きました。

 誰も魔法は使用していなかったのですが、どうやら「爆裂宝石」を強盗の一人が踏んだのでしょう。

 それほど大きな威力があるものではなかったのでしょうか、それとも陳列用に威力が低いものを置いてあったのかはわかりません。

 それでもその男は黒焦げになり、意識を失ってしまったようです。生きているだけ幸運でしたわね。しかし、威力はそれほどではなかったかもしれませんが、爆風でそのあたりはひどいことになっていました。棚は壊され、商品も多くは使い物にならなくなっているでしょう。損害賠償を要求いたします!

 その時になり、ようやく爆発音に驚いたホルスト様が中に駆け込んできて、唖然としていました。


 走り回る「それ」に、このままでは埒が明かないとリコリスさんは判断したようで、店内に陳列されていた一束のロープを掴み、コマンドワードを叫びました。

「縛!」

 するとロープは走り回っている「それ」に自然とまとわりつき、何やら怪しげな縛り方で巻き付き始めたのです。

 さすがにロープに縛られた状態で「下半身」は走ることができなくなり、床に倒れびょんびょんと跳ね回っていました。

「ホルストさん、『あれ』を地下室に!」

 リコリスさんの声が響き、茫然としていたホルスト様が再起動されました。

「わ、わかった!」


 ホルスト様が小脇にその「人の下半身」を抱えて店の奥に入っていくと、ようやく皆さん落ち着きました。

「ところで、そちらの冒険者さんとお見受けされる方々は?」

 リコリスさんが私に尋ねられました。あ、ああ!こいつら!

「こいつらは強盗です!お店のお金を奪われました!」

 それを聞いた瞬間サラさんとリコリスさんは魔法を発動させていました。

「バインド!」

「見えざる戒めよ、その者を捕縛せよ!バインド!」

 リコリスさんとサラさんは同じ魔術を使用したようなのですが、リコリスさんは詠唱をしていなかったような気がするのですが?


 3人のうち一人は「爆裂宝石」を踏み抜いて黒焦げで意識を失っており、あとの二人も魔術で確保されました。その時になって爆発音に驚いた近所の方々がお店に殺到してくれました。

「リコリスちゃん、なんか爆発音が聞こえたんだけど、この店の惨状はなんなんだい?」

「なんだなんだ、また不埒もんが現れたのか?こいつらか?」

 リコリスさんは集まってくれた方々に、先ほどの「人の下半身」については何も言わず、この惨状は強盗が暴れたからという事で説明していました。どうやら「あれ」は見なかったことにされるようです。私もできれば忘れたいです。


 すぐに警備の兵士さんがやってきて、強盗の男たちはしょっ引かれていきました。

 お店の損害は彼らが弁済することになるとのことですが、おそらく無一文の彼らに支払い能力があるとは思えません。おそらく彼らは犯罪奴隷として鉱山に送られるという事です。

 犯罪者を捕らえたという事で、いくばくかの報奨金は出るようですが、爆発で傷んだ店内を直すには全く足りませんよね。商品もダメになったものもありますし、全く大損害ではないでしょうか。


 それよりもなによりも、あの「人の下半身」はいったい何だったのでしょう。あの強盗たちは「化け物がいたんだ!」と盛んに言っていましたが私達が全員「はて?何のことでしょう?」としらばっくれたのでそれについては深く追及されることもありませんでした。

 警吏の方が犯罪者の言うことを聞いてくれるほど甘い世界ではありません。

 また、おそらくヘルミーナ様がそこに居たことも影響しているのでしょうが、驚くほどのスルーっぷりでした。


 と、とりあえず「あれ」はなんなんですか!リコリスさん!!

 あまりにも「下半身」のインパクトが強かったので、強盗に襲われたというショックがどこかに行ってしまいました。




 リコリス魔法商会アイテムNO.34


「乾燥パスタ」


 お値段銅貨2枚


 小麦粉を練り込んで麺状にしたものを乾燥させたものです。このままでも食べられないことはりませんが、通常は塩水で茹でてからお召し上がりください。

 ソースを工夫することで保存食とは思えない程美味しく召し上がっていただけます。

 店主の一押しはトマトペーストにあらびき肉と各種野菜、ハーブを煮込んだものです!


 リコリス魔法商会アイテムNO.35


「固焼きクッキー」


 お値段大銅貨3枚


 小麦粉に砂糖、バター、卵などを練り合わせて焼き上げた焼き菓子になります。

 保存が利くように出来るだけ水分を飛ばしてありますので、かなり堅い食感になっています。ただし、使用している食材が高価なためお値段もそれなりにいたします。



 リコリス魔法商会アイテムNO.36


「爆裂宝石」


 (弱)お値段大銅貨1枚

 (強)お値段銀貨10枚


 爆裂の魔法をガラス球に封じたものです。爆発の威力は2段階あります。

 衝撃を与えると爆発します。取り扱いは厳重にしてください。

 第1段階目は小規模な爆発です。ゴブリンクラスならこれで倒せるでしょう。

 第2段階目はファイヤーボールの魔術と同規模の爆発が起こります。強敵に襲われた時の切り札となりえますが、取り扱いにはくれぐれもご注意ください。


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