領都祭 10 闘技会 5 ダーク・アポストル
舞台は轟音と共に一瞬にして爆炎に覆われ巨大な火柱が立ち上った。
ファイアボールか?しかし、アインフォードにダメージはない。どうやらリコリスがプロテクションフロムマジックをかけてくれたようだ。しかし、その効果は今の一撃で切れているはずだし、アインフォード個人にかけられた防御魔法だったため、あたりの石床は破壊され黒く変色していた。
マーキナの体は炎に包まれ立ったまま燃えていた。もはや動くこともないようであった。
いったいどこから攻撃されたのだ?アインフォードは素早く魔法が飛んできたあたりにディテクトマジックを展開した。
突然の爆発に観客席はパニックである。飛び散る石片や火の粉に怒号と悲鳴が巻き起こり、場外へ逃れようとするもの、状況が理解できず呆然とするものなどが大混乱を起こしている。
そんな中、キャロットとリコリス、エイブラハムはアインフォードのもとに駆け寄った。
「アインフォード様、あそこです!」
キャロットが指差すほうにはローブを深くかぶった魔術師風の男が次の魔法の詠唱を始めていた。
「まずい!」
アインフォードは咄嗟にリコリスとキャロットを庇うように、大剣を地面に突き立て防御姿勢をとった。
「レールガン!」
その時アインフォードの後ろからリコリスの声が聞こえた。そして電撃の光がリコリスの指先から放たれた。
リコリスは賢者の石を持っている。賢者の石は錬金魔術の詠唱をショートカットさせ、また威力を高めるという効果もある。そのため、敵の後から魔術を行使してもリコリスの方が早く発動するのだ。
リコリスが使った魔術は錬金魔術「レールガン」である。触媒として金属片が必要になる術式で、今回リコリスは銅貨を使用していた。自身の前方に弾いた銅貨を触媒とした電撃は目標との間を一直線に駆け抜ける。通常の人間なら生きていられるはずのないダメージが与えられるはずである。
そして魔術師は最悪の状態で魔術を発動させてしまった。魔術師がファイアボールをその前方に打ち出した直後に電撃が到達したのだ。レールガンの電撃が魔術師の放ったファイアボールと激突しすさまじい爆発が起きた。
魔術師は至近で爆発が起きたため吹き飛ばされ、石壁に激突し動かなくなった。周辺にも巻き添えを食らった群衆が何人かいた様であるが、幸い皆魔術師から離れようとしていたため、大きなけがを負った人はいないようであった。
アインフォードはあたりを見渡すが、混乱する群衆で魔術師が他にもいる可能性があるので気が抜けないでいた。
「ほう…。オートマタを倒し、ファイアボールを防ぎ、高位魔術を扱うか…。」
「誰だ!」
アインフォードは突然背後から聞こえた声に振り向きざまに剣を突きつけ誰何した。
「フハハハハ。この世界にお前らのような強者が存在するとはな。面白い。」
「貴様、何者だ。」
「俺か?俺は闇に生きる混沌の使者。龍の力を秘めし暗黒神の使徒よ。くだらない世界だと思っていたが、俺の暗黒流殺人剣を披露するときが来たのかもしれんな。」
そう言った男は乱雑に切られた黒い髪の毛が顔にかかるのが邪魔なのか右手で額を押され、左手を突き出し体を半身に構えた。そして何が面白いのか「ククク」と嗤った。
黒いコートを着たその男の左手には包帯がまかれ、その包帯の先がゆらゆらと燃えながら揺れていた。
「俺の名は暗黒神の使徒ダーク・アポストル。龍の力を左手に封ぜしものよ。」
…何このイタい奴。完全にこじらせている。ダーク・アポストルってそのまんま闇の使徒って意味だと思うのだが。
極めて重大な局面に際しているはずなのにアインフォードは体中の力が抜けていくような脱力感に襲われていた。
「それでそのアポストルさんはこのマーキナのお仲間と考えてよいのかしら?」
リコリスは平然とダーク・アポストルと名乗った男と会話をし始めた。さすがもとNPC、このあんまりな名乗りにも動じることがないと、アインフォードは妙に感心した。
「はっ、仲間?この俺に仲間など必要ないのだがな。実験だよ実験。お前らは強そうだから俺の中の龍が言うのさ。『闘え!』ってなっ!」
そういうが早いかアポストルは右手に短剣を逆手に持ち襲い掛かってきた。
アインフォードは素早くリコリスを庇う位置に移動し、アポストルの短剣を試合で使っていた模擬大剣で受け止めた。
な、なんだこいつマジで強い?
アインフォードは今まで試合で戦ってきた上位者より圧倒的な強さを男に感じた。こんな厨二病患者なのに!
アポストルはにやにやと笑いながら短剣を振り回しているが、その剣筋は確かで的確にアインフォードの急所を狙ってきた。
「ほうほう。お前やっぱり強いな。しかし俺の方が強い!ダークフレイムシャワー!」
アポストルは短剣を繰り出しながら左手を突き出し炎の矢を3本撃ち出してきた。
魔法戦士なのか!しかし、剣戟の中でラグなしで魔法が使えるのかこいつは!アインフォードは驚愕した。魔法戦士としての実力もだが、何よりただのフレイムアローにそんな名前を付けていることに。
フレイムアローはアインフォードに命中したが、第一位階の魔術である。アインフォードにとってはそれほどのダメージではない上にリコリスの作ったグラスファイバー製の軽鎧はリコリス自身の魔力を帯びているので、魔力ダメージの軽減効果もあった。
しかし、今の攻撃でアインフォードの大剣は真っ二つに折れてしまった。さすがに模擬剣では魔法攻撃の前にはなすすべがなかった。
「おや、武器が折れてしまったようだね。ククク、俺の方がやはり強かったか。やっぱりつまらん世界だ。む?まて、まだだ、まだお前の出番ではない、静まれ、静まるのだ俺の左腕の龍!」
アポストルは突然自分の左腕をつかみ、苦しそうな顔をした。
アインフォードはもうなんかいろんな意味でこいつとかかわるのは嫌になってきた。
「ダーク・アポストルとやら!お前ごときの相手にアインフォード様はもったいなすぎます!ここからはこのキャロットがお相手になります!」
アインフォードの武器が折れたことを見たキャロットはマーキナの使っていたハルバードを拾い、アポストルに向かい合った。
「ククク、美しいお嬢さん。俺に剣を向けるというのか。あなたのような美しい方にはそのような武骨な武器よりも花束の方が似合うというのに…。」
アポストルは左手から右手を離し、再び半身になり右手で顔面を覆い指の隙間からキャロットを見つめた。
アインフォードはなんだか全身がかゆくなってくるような気がした。
「黙りなさい。何やら邪悪なものの加護を得ているようですが、そのような力で私を破ることなど出来ません。あなたをその暗黒の力から解放して差し上げます。」
え、キャロットさんその男の言う事信じちゃっています?いや、マジですか。
アインフォードはあくまで素直にアポストルのいう事を信じているキャロットをちょっとかわいそうな子を見るような目で見たが、いやこれがキャロットのいいところなんだと思いなおして折れた剣を構えなおした。
「キャロット、君が出るまでもないよ。ちょっとこのイタい子にお仕置きをしてあげよう。」
「フハハハ。お仕置きをされるのはどっちかな?って?」
突然アポストルは顔色を変え両手で頭を押さえながらうろたえ始めた。
「あ、ジャクリーヌさん?あ、あの、違うんです。い、いえそうですが。さっさと帰って来い?あ、はい、わかりました。はい、すみません!」
アポストルは一通りうろたえた後、ちらっとアインフォード達を見、あわてて姿勢を正していつものポーズ、半身になり右手で顔を覆うポーズをとって口を開いた。
「…あー。俺の主よりお前らを見逃せと命令が出た。お前らは運が良い!今回は見逃してやろう。しかし、せっかくのオートマタ壊しやがった罪は重い。いつかまた会う事もあるだろう。フフフ、その日までさらばだ!アディオース!」
そう言ってアポストルはコートをばさりと翻すと、その場から消え失せた。
転移魔法まで使えるのか…。
アインフォードはこのちょっとこじらせた男が転移者であることは間違いないとは思ったが、とても仲良くできそうな気がしないと大きくため息をつくのだった。
「アインフォード様、今の暗黒神の使者とかいう邪悪な男は…。」
「ああ、キャロット。間違いなく転移者だろうね。しかし…よりによってあんなやつとはな。」
リコリスも不安そうな顔を向けてアインフォードに尋ねた。
「暗黒神の伝承を調べたほうが良いでしょうか。暗黒神に仕える使徒が今回の事件にかかわっているというのは由々しき事態ではないでしょうか。」
「え、リコリス…。君までそんなことを言うのか。た、たぶんだけど暗黒神はないと思うよ。うん。」
アインフォードがそう言うとリコリスはコテリとかわいらしく首を傾げ、ではあの者は何者に仕えているのでしょう?と不思議がった。
アインフォードが騎士ホルストが抑えている小男がどうなったかと視線を向けると、小男がいた場所には砂の山ができており、ホルストが大いに戸惑っていた。メイド服の魔術師サラはアインフォード達に向かってやれやれと言った素振りで首を振っていた。
あーこれはヘルミーナ様や他の人になんて説明しよう。奴の言った通り話したらパニックになるのじゃないだろうか。
アインフォードは軽くめまいを覚えながら今後の対応を考えるのであった。
アポストルが姿を消したことで、ようやく落ち着きを取り戻しつつある闘技会場で表彰式が行われた。マーキナの体は魔術師の放ったファイアボールで完全に燃えてしまったので、決勝戦の勝者はアインフォードという事になったが、準優勝者は人間でなかったという判断が下され失格という扱いになった。
またリコリスはオートマタの研究の素材にすることができなかったので非常に残念がっていたが、ちゃっかりと魔力バッテリーだけはこっそりキープしていた。
3位決定戦は行われないので3位は騎士ライナーとA級冒険者マクガイヤーという事になる。マクガイヤーも重傷を負ってはいたものの命に別状はなく、治癒魔法のおかげもあって決勝戦は選手控えスペースから観戦していた。
「なんだよ、やっぱり人じゃなかったのかよ。何だってあんな奴がこの街にいるんだ?例の地下遺跡関係なのか?」
マクガイヤーはため息をつきマシーナリーについて調べることを決意していた。
表彰式にはリーベルト辺境伯自身が闘技会場に降りてきてアインフォード、騎士ライナー、そしてマクガイヤーの殊勲を称えた。
あのような事件があった直後であるので、こういった場に領主自身が出てくることに皆驚いたが、リーベルト辺境伯とて武人として鳴らした人物である。この程度の事で怖気づくような人物ではなかった。
「結局あのマーキナってのはなんだったんだい?」
観客席に戻ったリコリスにアルベルトは聞いてみた。
「そうですわね。簡単に言うとからくり機械ですわね。砂になってしまったほうではなく、もう一人の魔術師が操っていたのではないかしら。」
「あの魔術師は生きていたの?」
クラーラはリコリスの電撃魔法の威力を思い出しながら尋ねた。
「いえ、残念ながら死んでしまっていました。でも死因は私ではなく、胸にナイフが刺さっていたことが致命傷になっていたようです。」
レールガンとファイアボールの激突で吹き飛ばされた魔術師はまだその時には息が合ったようである。ところがアポストルが消えてしまったあと、状態を見に行くと刺殺されてしまった後だったのだ。
その現場は誰も見ていなかった。あの群衆の中でそんなことができるのかと検死したものは疑問に思ったが、事実として胸に刺さっているナイフは確かに存在しているのでる。
「からくり機械とは例のマシーナリーのようなものでござるか?」
「そうね。あれに近いものですわ。」
シロウにとってはマシーナリーと実際に戦ってその脅威度はよく理解できていただけに、何者があのような者を闘技大会に送り込んできたのかが気になっていた。
「あの黒ずくめの男は何を言っていたのか。」
今度はアクサナである。
「ごめんなさいね。アクサナさん。それはまだ話すことができないわ。この後領主様に呼ばれているのでそれから公式発表があると思いますわ。」
リコリスにそう言われるとアクサナはリコリスの耳に口を近づけて小声で語った。
「私の知る限り暗黒神などというあいまいな神はエルフにも人の世にも存在していない。」
「あなた聞こえて?」
「私は少しだけ耳が良い。」
アクサナにもすべての会話が聞こえていたわけではなかったが、少なくともエルフにも暗黒神などというものは聞いたことがなかった。アクサナはリコリスの問いに頷き、あの男が何を信仰しているのかわからないが、少なくとも人にもエルフにも伝わっていない神であることを伝えた。
リコリスとキャロットは複雑な顔で頷きあったが、エイブラハムだけは時折思い出したように噴き出したり、身もだえたりするようなそぶりで震えているのだった。
そのまま表彰式も無事に終わり、リコリスとキャロット、エイブラハムはアインフォードに呼ばれ領主リーベルト辺境伯の執務室に通されることになった。
彼らがリコリス魔法商会に帰ってきたのは次の日の朝になってからであった。




