領都祭 9 闘技会 4 決勝戦
決勝戦はお昼からという事で休憩時間がとられることになっていた。
この世界は基本1日2食である。しかし、こういったお祭り騒ぎの時は屋台などが乱立し、そのような慣習は無視される。
この日もコロシアムの中に出店を許可された屋台は大繁盛であり、場外から持ち込みも特に規制されていないので、休憩時間は多くのグループが串焼きの肉やサンドイッチのようなものを食べながら決勝戦の予想をしていた。
アインフォード対マーキナというのはどちらが勝っても結構な高配当になる。アインフォードの掛け率は7.8、マーキナの掛け率は5.7である。
公式の優勝者予想の賭けは決勝大会前に締め切られるが、民間ではあちこちに胴元がたち、一戦一戦に賭けが成り立っている。あくまで平民が娯楽として行っているので公式程大きな金額が動くわけではなかったが、普段娯楽の少ない庶民にとっては熱中するに十分な対象だった。
そんな民間の予想屋によればこれまでの強烈な戦いぶりからマーキナ有利との予想がなされていた。胴元によって掛け率は違うが、大体アインフォード3、マーキナ1.5と言ったところであった。
「まったく見る目のない者ばかりでやがりますね。」
そんな賭け率の話を聞いてキャロットはため息をつきながら串焼き肉を頬張り、アインフォードのチケットを握り締めていた。
「あの、キャロットさん?私達これから動かなくてはいけないのですから、賭け事などしている場合では…。」
「それはそれ、これはこれと言います!」
キャロットさんはそんなお金に執着のある方ではなかったと思うのですけど。リコリスはキャロットもこの雰囲気を楽しんでいるのだろうかと、納得することにした。
「リコリス?これから動くって?」
リコリスはクラーラたち魔女の銀時計にこれからの事は話していない。もともと極秘に受けた依頼である。
「ええ、少し頼まれごとがありまして。私達はこれから席を外しますわね。いえ、すぐに戻れると思いますわ。」
昼休みに入り、どこからともなくエイブラハムが飛んでくるとリコリスとキャロットは通路に消えていった。
エイブラハムはインビジビリティで姿を隠し、様々な場所で情報を集めていた。
エイブラハムは人語を話すことができない。どういうわけかある程度の意思疎通がキャロットには出来るので日常的には不便を感じていなかったが、それでも言葉で話せるわけではないのでエイブラハムが集めてきた情報は解析に時間がかかる。しかし今はそんな時間をかけている暇はなかったので、普段はめったに行わない魔術に頼ることにしていた。
「アニマルスピーキング」
キャロットは「動物との会話」の魔術を使用した。本来ドルイドの魔術であるが、プリーステスでも位階は上がるが使用は可能であった。
『キャロットちゃんと話ができるのはいつ以来だろうね。以前はこんな魔法いらなかったのにね。』
『そうね。なんだか懐かしいじゃない?』
『フフ。それじゃ時間もないから端的に話すよ。あのヘルミーナお嬢様、とんでもない人だよ。』
『よく買い物に来る変わり者のお嬢様ではないの?』
『それは間違ってないけど、あの子天才みたいだよ。マーキナの正体も僕たちと同じ結論に至っているみたい。それでアインフォード様がマーキナを行動不能にしたらあの小男を押さえるようだね。僕達はそれを手伝う形にしたほうがいいかもね。』
『そう。なら配置につきましょうか。私はディスペルマジックの用意をしとくわね。』
『わかった。小男が魔術を使う可能性が大きいからリコリスにはプロテクションマジックを用意しておいてもらえるかい?』
『わかったわ。リコリスがあの魔力バッテリーだけは欲しいって言ってたわよ。』
『リコリスらしいね。ヘルミーナ様が見逃してくれるかなぁ。』
『これより決勝戦を開始する!』
午後になりいよいよ決勝戦が開始される時間となった。会場は最近になって頭角を現してきた冒険者アインフォードがここまで多くの重傷者を出しながら勝ち上がってきたマーキナとどう戦うのか、ということが興味の対象となっていた。
ここまでのアインフォードの戦い方は極めてスマートである。どの戦いも剣を首筋に当てるなど出来るだけ相手に怪我を負わせないように戦ってきている。対するマーキナは対照的に暴力の権化であるかのような苛烈な戦いをしていた。
観客の心情的には悪漢に立ち向かう正義の騎士のようなアインフォードを応援するものが多かった。しかし、掛け率からわかるようにマーキナ有利と現実的には思っているものが大半であったのだ。
進行役がお約束となっている選手紹介をしていく。決勝戦という事もありこれまでの戦いぶりも併せて大いに盛られた内容となっていた。
『東門冒険者アインフォードはここまで正々堂々と戦い、その武勇を大いに示したヘルツォーゲンの誇る偉大な冒険者である!亡国の騎士であり百人長であったという実績もその紳士的な戦いぶりからも頷けるものである!』
『西門武芸者マーキナはアインフォードとは対照的にその荒々しい戦いぶりから、まさに狂戦士ともいうべき猛者であり、彼もまたヘルツォーゲンに現れた勇者の一人である!この決勝においてもその武威を如何なく発揮してくれるであろう!』
進行役の紹介もだんだんと仰々しくなってくるのは盛り上げるための演出なのであろうが、アインフォードにしては勘弁してほしい紹介文句であった。
…亡国の騎士というデマ、なんかすでに事実として受け入れられているんじゃないだろうか…
アインフォードは頭を抱えたくなった。あながち間違いともいえないのではあるのだが。
アインフォードはマーキナの実力はソウル・ワールド時代のモンスターとして出てきたオートマタには及ばないと考えていた。
例の双子のオートマタのレベルは60である。マックスレベルである99のアインフォードなら1対1ならまず負けることはなかった。あの双子のオートマタの恐ろしいところはその連携攻撃だった。そのため、ゲームではいかにあの双子を分断し、最低でも一体を味方に引き入れるかがポイントになっていたのだ。
対してマーキナは一体である上、中身はどうであれこの世界で組み上げられたオートマタであると予想されるのでレベル的にも相当控えめなはずである。
リコリスはオートマタの作成を可能としているが、それでもリコリス自身のレベル79を超えるものは作成不可能である。
『試合始め!』
審判の合図によりついに決勝戦が始まった。
アインフォードは今回大剣を選択していた。もっとも使い慣れた武器種であり、重装甲のマーキナを行動不能にするには破壊力が必要とされたからだ。
問題はどうやって行動不能に持っていくかである。例えば頭部を切断してもオートマタは活動をやめないケースもある。また、闘技会の場でそのような衝撃的なことをすれば、観客がパニックを起こすことも考えられる。観客はマーキナを人間だと思っているのだから。
そしてさらに、明らかにアインフォード達にとってはマーキナが人間でないという事はわかっていても、万が一本当に特殊なタイプの人間であった場合、へたに手足や頭部の切断などをしてしまうと大きな問題になるかもしれないのだ。
そこでアインフォード達が考えた方法は背中に背負っている魔力バッテリーを切断してしまう方法である。おそらく本体にも最小限のエネルギーを保っているであろうが、長時間の稼働はできなくなるはずである。マーキナを足止めしておけばそのうち動きは止まるのではないかと予想されたのだ。
問題はいくつもあった。闘技会という事で使用している武器は刃をつぶしてある。そのような武器で狙ったところを切断できるのか、というのが一点、またそれができたとして、その時例の小男がどう動くか、という問題だ。
マーキナの性能的におそらく小男は敗北はないと思っているはずである。この大会に優勝して賞金を得ることが目的なのか、それともオートマタの性能テストが目的なのかはわからないが、小男にとって最も困るのはマーキナがオートマタであることがばれることではないかと思われた。
アインフォードはマーキナがオートマタであることがばれそうになると必ず小男が動くと想像していたのだ。
そのためにリコリスとキャロットを小男対策に配置した。不審な動きをした時にはすぐに取り押さえる計画だった。
マーキナは相変わらずハルバードを怪力に物をいわせ、大振りに振り回してきた。ただし、時に突然軌道を変えるようなありえない取り回しを行っていた。
アインフォードにすればそれでもかわすことは難しいことではなかったが、例のロケットパンチのような隠し玉を持っている可能性があったのでその点は警戒していた。
リコリスはできたらバッテリーを回収したいと言っていたが、無傷であれをはぎ取るのは難しいなあ。
動き回るマーキナから背中に背負ったものを刃のない剣で斬り落とすのはさすがのアインフォードでも難易度が高かった。
アインフォードは大剣を確実にマーキナに当てていくが、そもそも痛覚があるのかどうか怪しい相手である。どれほどダメージを受けても気にした様子がなく、ハルバードを振り回してくるマーキナにアインフォードは少々うんざりしてきた。
試合自体は決勝戦にふさわしい白熱した戦いと群衆には思えただろう。巨大な大剣を巧みに扱いマーキナの連続攻撃をかわし続けるアインフォードに大きな声援が起こっていた。
マーキナを応援する者ももちろん多数おり、特に多額の掛け金をかけている者にとっては一獲千金のチャンスであるので応援にも熱が入るのも当然である。
試合開始10分がたったころ、マーキナに変化が現れた。一度両手をクロスさせ体を小さく丸めたあと、大きく胸甲をはじけ飛ばしたのだ。
アインフォードは突然のマーキナの行動に驚いたが、胸甲が自分に向かって吹き飛んできたのであわてて大剣で叩き落とした。
そしてマーキナを見るとそこには異形がいた。
マーキナの腕が増えていた。わき腹から2対、4本の腕が生えていたのだ。そしてマーキナのスピードが上がった。今までは鎧の重量分で動きが阻害されていたかのように軽快な動きで合計6本の腕で攻撃してくる。こうなると攻撃レンジの長いハルバードは邪魔になるようで、マーキナは武器を放り投げ、格闘戦を挑んできたのだ。
6本の腕で上下左右から繰り出される拳をアインフォードは器用にかわしながら反撃のチャンスをうかがっていた。さすがにこれなら生えた腕を切り落としても問題がないとも思えたが、そもそも大会運営はこれを認めるのだろうか。前例などない事態にアインフォードは審判団をちらりと伺った。
審判団は大いに戸惑っていた。もちろんこんなことは初めてであり、6本腕の人間などいるはずがないのだ。ではモンスターに6本腕のものがいるかと言えば、いるかもしれないが誰も見た事がないのだ。マーキナが特殊なからくり装甲を操っている可能性もあるのでそうであるなら反則というわけでもない。もっともそんなものを見たことがあるものはいないのだが。
一方観客は大いに盛り上がっていた。今までに見た事もないような格闘戦であり、口々にマーキナの素性を噂し始めたのだ。6本腕のマーキナは東方の鬼神の様だと東方出身の商人が噂を始めると瞬く間に「鬼神マーキナ」という二つ名が出来上がり、大声援が起こった。そしてさらに大声援を起こす行動をマーキナは起こした。そう、ロケットパンチである。
アインフォードが一度距離を取ったとき、マーキナの腕が2本発射された。ロケットパンチは前の試合で見ていたので警戒はしていたが、2本同時に発射される事態はアインフォードにとって想定外だった。
アインフォードは大剣で1本の腕を叩き落したが、もう1本は左腕に命中を受けてしまった。その威力は想像以上であり、骨折はしていないであろうが左手に力が入らなくなってしまった。
ちょっとまずいな。
アインフォードは勝負を急ぐことにする。ここまでスキルは使用してこなかったが、こんな異形に戦士の礼儀も何もないだろうと、スキル「ビハインド」を発動した。
スキル「ビハインド」は相手の背後を取るスキルである。本来はアサシンなどが好んで使い、バックスタブによる大打撃を目的としたスキルだ。アインフォードの今回の目的はマーキナのバックパックである背中に背負っているボックスをはぎ取ることである。
一瞬アインフォードを見失った隙をつき、アインフォードは大きくジャンプした。そしてマーキナの肩に後ろ向きに飛び乗り、大剣を背中とボックスの間に滑り込ませた。もちろんすんなり滑り込むわけもなく、ブチブチとコードのようなものを断ち切りながら力任せにねじ込み、そのまま梃子の原理でマーキナの頭を前方に蹴り飛ばすことでボックスをはぎ取ろうとしたのだ。
マーキナもすぐに反応した。本来の腕である2本の腕でアインフォードに殴りかかり、わき腹から新たに生えた腕で、アインフォードの足をつかみかかったのだ。
「往生際が悪い!ぬおおおお!」
アインフォードはマーキナのパンチを受けながらも。雄叫びを上げマーキナの背中のボックスをはぎ取ることに成功したのだ。ボックスはバキバキと音を立てそして大きな衝撃音と共に地面に落下した。これでマーキナの動きは止まるはずである。
アインフォードは小男の様子をちらりと見るとヘルミーナの騎士であるホルストが小男を抑え込んでいる。しかし、その隣でキャロットがこちらに向かい絶叫していた。
「アインフォード様!」
その瞬間、闘技場舞台が爆発した。




