領都祭 8 闘技会 3 準決勝
闘技会本戦二日目は午前中に準決勝2試合が行われ、昼から決勝戦が行われることになっている。第1試合はアインフォード対騎士ライナー、第2試合がマクガイヤー対マーキナという組み合わせである。
その前日リコリス魔法商会は遅くまで明かりがついていた。
「オートマタ?」
「はい、アインフォード様。その可能性が大きいかと思われます。」
「しかし、例の双子のオートマタは2体ともこちらが確保しているだろう?」
「ええ、しかし、あのマーキナというものの動きはオートマタとしか思えません。おそらく背中に背負っている箱は魔力バッテリーであるかと。」
「リコリスはあのバッテリーを小型化できないかと研究していたね。めどは立ったのかい?」
「いえ、正直あのサイズにまで小型化できていることが驚きです。明らかにこの世界の技術ではないでしょうね。」
「うーん。転移者の存在は確定的という事か。」
アインフォードは転移者と常に敵対したいと考えているわけではない。しかし、相手が何を考えているのかわからないのである。しかも今回に限って言えば明らかに「危険なもの」を用意しているのだ。そもそもオートマタを作ったにしてもあれほど好戦的で破壊的なものをアピールする意図が分らなかった。
「例のボスマシーナリーから奪われていたのは中央管制ユニットだったね。やはりマシーナリーの軍団を作ろうとしているのか…?いや、それと今回のマーキナは関係ないのか…?関係ないというのはあり得ないか…。」
「ヘルミーナ様からそのあたりの話はなかったのですか?」
「残念ながら秘匿事項が多いようでね。一介の冒険者には話せない内容なのだろう。」
「エイブラハムさんが帰ってきやがったらもう少し情報が手に入るのでは。」
「ああ、キャロット。もうそろそろ帰ってくる頃だろう。転移者か…。できたら仲良くしたいものなのだけどね。」
『これより準決勝第1試合を開始する!東門冒険者アインフォード!西門騎士ライナー・フランツ!』
準決勝第1試合はアインフォード対ライナーである。そもそもアインフォードがこの闘技大会に参加するきっかけの一つが騎士ライナーの勘違いによりライナーがアインフォードと戦いたいという事からであったので、ある意味ライナーの望みがかなったと言える。
しかし、ライナーとしてもその誤解は解けているうえに明らかな実力差を自覚していたので今さら戦うことに意味はなかった。それでもキャロットの事をあきらめたわけではなかったので、出来ればアインフォードに実力を認めさせ、お付き合いできないかと考えていた。
「しかし、こうなった以上勝つつもりで挑ませていただく!そしてキャロットさんとの仲を認めていただく!」
「ええ、もちろん私も全力で行かせていただきますよ。」
…認めるも何もキャロットにそんな気は全くないんだけどな…。
コロシアム中央ではアインフォードとライナーはそんな会話を行っていた。
貴賓席でそれを見つめるフランツ男爵はまさかライナーがここまで勝ち上がるとは思っていなかった。確かに騎士としては王都で経験を積んでおり、中隊長まで務めた実績はあった。
しかし先のマシーナリー事件においては公式には中心的な働きをしたとなっているが、実際はいくつかのフォローをしただけである。騎士を差し置いて冒険者に勲功第1を与えるわけにいかなかったが故の措置であったのだ。
しかしそんなフランツの予想を覆す活躍に彼は十分に満足していた。当初、ライナーにもマーキナ破壊の命令を出した時は不安の方が大きかった。あのマシーナリーとの戦いを見ている者にとってはとても勝てる相手に思えなかったのだ。
しかし今のライナーを見ているとマーキナとライナーが戦うことになってもこれなら倒すことができたかもしれないと思えた。いや、ひょっとしたらアインフォードにも勝てるのではないか?親ばかだとはわかっているが、そんな期待さえ抱いていたのである。
『それでは試合、始め!』
審判の合図により二人はお互いに踏み出した。アインフォードはいつものグラスファイバーの黒い軽鎧にバスタードソードの模擬剣を両手で持っていた。対するライナーは騎士鎧にロングソードとシールドという基本スタイルである。
まずはライナーが攻勢に出た。いかにも教範通りと言うべききれいな太刀筋でアインフォードに斬りかかる。
足元に一つフェイントを入れてからの切り上げ、そのままシールドで半身と剣を隠しての突きなど対人訓練が豊富であるとうかがわせる技を繰り出してくる。
…きれいすぎるな。
アインフォードはそう思った。アインフォードとて転移前はごく普通の会社員であり、実戦の経験などなかった。キャラクターが持っていたスキルで何とかここまで生き残ってきたのである。しかし、それでも多くの経験は積んできたという自覚はあった。初めて人を殺した時の感覚はいまだに手の中に残っているし、エルダーリッチの高位魔法の連発には正直死を覚悟した。
そんな経験がライナーの剣筋をきれいであると思わせたのだ。
ライナーは自分の実力では絶対にアインフォードに届かないと理解していた。であるならどうするかを考えるのが騎士である。
ライナーにはまだこの街に知り合いは少ない。頼れる騎士は自分の父親であるフランツ男爵だけであり、日々屋敷では親子で訓練を繰り返していた。
「ライナーよ。お前の剣術はいかにも道場剣術よな。」
「モンスターの討伐の経験も少しはあるが、対人の実践は少ないものでな。」
「4年前は本営守備にいたのじゃったか。それなら戦闘には参加しておらんか。」
4年前の帝国との戦いはホリガー卿の大規模魔法一つで決着がついてしまったため、騎士団に出番は全くなかった。
「もう少し汚い戦い方を覚えるべきかもしれんな。騎士らしくはないがの。」
そう言ってフランツは足技を繰り出した。
「足癖の悪い爺だな。」
「それも戦い方じゃよ。」
ライナーはそんな父親との訓練を思い出し苦笑いした。そして盾に身を隠し、そのまま体当たりを敢行した。
!シールドバッシュか!
盾は決して防御のみに使うものではない。金属の塊である盾はそれだけで十分な凶器である。
ライナーはシールドでアインフォードの意表を突きバランスを崩すことに成功した。そしてそのまま足払いを行い転倒を狙ったのである。
「その手は食うわけにはいかないな。」
アインフォードはシールドバッシュからの足払いを予測できていた。軽く片足を上げ足払いを避け、逆にシールドに蹴りを入れライナーを突き放した。
やはりそう簡単には倒れてくれないか。ライナーは素早く体勢を立て直し盾を構えアインフォードの斬撃に備えた。
「え?」
しかし、その時アインフォードはライナーの視界にいなかった。
その瞬間、ライナーは自分の足に衝撃を感じ、視線を落とした時には剣の柄で鳩尾に一撃をもらっていた。
「ぐっ!」
思わず身をかがめてしまったところに背中から強烈な打撃が襲ってきた。
気が付いたときには派手な金属音をさせてライナーは俯けに倒れ、首元に剣が当てられていた。
…やっぱりこの方は強い…。
「参った。」
『勝者、冒険者アインフォード!』
審判の騎士が高らかに宣言すると大歓声が起きた。賭けとすればこれは大番狂わせである。紙きれと化した賭け券が大量に宙を舞う中、アインフォードはライナーを助け起こした。
「まさかライナー様が足技を繰り出してくるとは思いませんでしたよ。少し慌てました。」
「ふん、しかしそれも読まれていたようだな。まいったよ。完敗だ。」
「ライナー様はまだまだ強くなるでしょうね。次に戦う事を楽しみにしていますよ。」
そう言って二人は舞台の中央で健闘をたたえあった。
「傍目に見ている分にはすごくいい光景に見えるのだけど。」
エリーザは相変わらずリコリスたちの座席に紛れ込みそう呟いた。
「あははは。ライナー様もがんばったんじゃないかな。騎士様が足払いとか冒険者みたいな戦い方するんだな。」
アルベルトもライナーの騎士らしくないが勝利に執着する戦い方に感心していた。
「いやぁ!これは大番狂わせですな!アインフォードに賭けて大正解だ!」
そう言って大喜びしているのはゲラシムである。今日はアクサナとゲラシムもコロシアムに来ており、リコリスたちのところに来ていたのだ。
「アクサナさんもアインフォード様の券を買っているのですか?」
リコリスが小さなアクサナに聞くと
「アインフォードは自信があると言った。」
そう言って半券を握り締めるのであった。
「ムウ…やはりまだ無理であったか。だいぶ良くなってはいると思うのじゃがなぁ。」
「クンツ、おぬしの息子もがんばったではないか。初参加で4強とはこの先が楽しみだな。」
「は、ありがたきお言葉でございます。リーベルト様の剣となれるよう、明日からはもっと精進させます。」
「ははは。まあほどほどにな。しかし、あのアインフォードという冒険者、お主の言う通り只者ではないな。あの身のこなしでさらに第三位階の魔術も使えるというのか?話を聞く限り彼は魔術師で剣術はそれほどではないのかと思っていたが、あれはとんでもない掘り出し物ではないのか?」
リーベルト辺境伯はいかにしてあの冒険者をこの街に取り込むか考えをめぐらすのであった。
「サラ、例の小男の動きは?」
「はいお嬢様、今のところマーキナに付ききりで特に動きはないようです。」
「ホルスト、抜かりないように。」
「はっ。万事手はず通りです。」
「魔法使いである可能性が極めて高いわ。気を付けて。サラ、フォローをしてあげて。」
リーベルト辺境伯のいる貴賓席にほど近い貴族用観覧席ではヘルミーナが指示を出していた。
ヘルミーナ・ボルト・リーベルト。年齢10歳。リーベルト辺境伯の第3夫人の第2子であり、世間的には下町好きの奔放な娘と思われている。
ヘルミーナはいわゆる天才であった。わずか3歳にして文字を諳んじ、7歳にして高等教育機関で納める上級数学も習得してしまった。もちろんリーベルト辺境伯はそれを承知している。しかし、ヘルミーナの継承権は8位であり下手に優秀ぶりが知られると担ごうとするものが現れる可能性があるため、それはごく一部の身内にだけしか知らされていなかった。ヘルミーナ自身も十分に理解していたため、目だったことはしないように気を付けていた。
そして彼女の現在の趣味は魔道具の解析と歴史書の編纂である。そんな彼女が歴史にしばしば姿を現す奇妙な女性に辿り着くのは必然であった。
『ジャクリーヌ・クレリー』『狂騒の使者』という二つ名と共に出てくるこの女性は王国のみならず帝国や聖国にも現れている。そしてその名が現れた時は必ず大きく歴史が動いているのである。しかもこの500年に渡ってである。
『ジャクリーヌ』の名前がメルヒルデの口から出た時は心臓が止まるかと思った。
ジャクリーヌ・クレリー…いったい何者なのかしら。500年も生き続けているならエルフ?でもそんな記述はどこにもないし…。同じ500年前ならカタリナ様の方が会いたいわね。
「あ、あの。姫様、私はいつまでここにいれば…?」
「メルヒルデ、あきらめて頂戴。ここまで関わっちゃったらあなたはもう私の手駒よ。あなたはアインフォードさんに面識があるわね?使わせてもらうわ。」
わずか10歳の少女とは思えない眼光にメルヒルデは「ひっ」と軽く息をのんだ。
アインフォード様とお近づきになれるのはうれしいですけど、そんな陰謀まみれなようなお付き合いはしたくないです!メルヒルデは心の中で絶叫していた。
そんなヘルミーナのすぐ近くでは姿を消した小さなドラゴンが小さくため息をついていた。
『準決勝第二試合を開始する!東門A級冒険者マクガイヤー!西門武芸者マーキナ!』
コロシアムでは第2試合が始まろうとしていた。優勝候補であるマクガイヤーはここまで全く危なげなく勝ち上がってきており、正直物足りないと思えるくらいだった。
対するマーキナは一回戦で対戦相手に重傷を負わせ、会場の度肝を抜く戦いを披露した。2回戦は不戦勝であったが、3回戦でも対戦相手の両足を折るという重傷を負わせていた。
「やれやれ、こいつはここでやっつけておかないといけないよなぁ。ちょっと派手すぎるぜ。」
マクガイヤーにはマーキナの破壊という依頼はされていない。マクガイヤー自身もこいつは何かおかしいとは感じていたが、裏側で動いている事態については何も知らなかった。
「化けの皮はがしてやるぜ。」
そう呟いてハルバードの柄を握り締めた。
この戦いはお互いに得物がハルバードというポールウェポン同士の戦いとなった。マクガイヤーは前日の戦いからこのマーキナはハルバードの使い方についてはほとんど素人だと判断していた。無駄な動きがやたらと多い上、本来のハルバードの使い方をしていなかったのだ。
ハルバードとは見た目のごつさ以上に器用な取り回しが必要とされる武具である。斧の部分で斬るのはもちろん、先端で突く、斧に引っ掛ける、ポールそのもので打つなど棒術めいたことまでできる優秀な武具なのだ。
しかし、マーキナはそういった器用な取り回しは一切せず、人間離れした筋力で無理矢理武器の軌道を変えたり、または力任せの斬撃を与えたりと常識外の戦いを繰り広げていた。
試合は両社の壮絶な打ち合いから始まった。巨大なハルバードはまるでその重量を感じさせないくらい軽々と振り回される。
マクガイヤーは器用にフック部分にマーキナの腕をひっかけバランスを崩し有効な打撃を与えていく。マーキナの全身鎧はそこかしこがへこみ、亀裂が入っていった。
マーキナの攻撃はどれもマクガイヤーに決定的な一撃を与えることはなかった。しかし、当たればその一撃はどれも破滅的である。力任せに振り回される巨大な斧をマクガイヤーは器用にいなしていく。それはまさに長年にわたって培われた経験がなせる業であった。
それにしてもやりにくい。マクガイヤーは焦りを感じていた。これまでの試合からわかっていたことなのだが、常識的な動きをしないのだ。まるで関節が逆についているのではないかと思えるような、無理な態勢からでも攻撃が繰り出されるのだ。
本来なら決定的な隙が隙にならないため、マクガイヤーも決定打を与えることができないでいた。それでもここまで結構な有効打を与えているはずなのだが、マーキナの動きが全然鈍らないのも不気味だった。
「こいつ本当に人間か?」
マクガイヤーもマーキナが人間ではないだろうと本気で思い始めていた。
「さすがはマクガイヤーさんだな。これは勝てるんじゃないかな。」
アルベルトは試合を見ながら優位に戦いを進めているマクガイヤーに感心していた。
「伊達にAランクじゃないってか?あたしらにすれば冒険者の代表みたいな人だからね。勝ってくれないと困るよ。」
ドーリスはマクガイヤーに冒険者全員の期待が掛っているという。
「…リコリス殿…あれは本当に人間だと思うか?拙者にはあれは例のマシーナリーに近いものに思えるのだが。」
「シロウさん…。私達も昨日の試合でその結論に至りました。おそらくまだあのマーキナは何か奥の手を隠していますわよ。」
それを聞いたアルベルトはマシーナリーについてリコリスに質問した。
「マシーナリーってのは街の地下にいたっていうモンスターだろう?あのマーキナがそれと同じってことは奴はモンスターなのか?」
「同じ、というわけではないと思いますが、今のあれはモンスターと同じですわ。ただ、命令を出しているのはきっとあの小男ですわね。」
リコリスは会場の隅でローブをかぶり蹲っている小男を指さした。
「予選でもあの男がずっと一緒に居たっていう話だったな。なんだか不気味な奴だな。」
リコリスはあの小男がマーキナに魔力供給しているのではないかと思っていた。もちろんそれは昨日の話し合いでも話題になっており、アインフォードもマーキナ破壊の時にはあの男を取り押さえるためにキャロットとリコリスを配置することにしていた。
アインフォード達には伝えられていなかったが、ヘルミーナもその結論に至っており、騎士ホルストと魔術師サラを向かわせることになっていた。
マクガイヤーはマーキナを無力化する方法を考えていた。このでたらめな怪力さえ何とかすれば勝てると思ったのだ。そのためには武器を破壊するのが先決との結論に達し、器用にハルバードを使い、マーキナの武器を取り上げようとしていた。
しかし、打ち合っている間にお互いの武器が悲鳴を上げていた。マクガイヤーのハルバードもすでに限界が近かったのだ。
マクガイヤーはフェイントをかけハルバードをひねるとつられたマーキナのハルバードの斧にうまく絡まった。力では逆に持っていかれるので、器用にハルバードを回転させ、てこの原理でマーキナの武器を奪うことに成功したのだ。
よし!これで奴は素手しか攻撃手段はないはず!通常ならこの時点で降参するんだがな。
その時、マクガイヤーは目を疑った。
マーキナの左腕が「発射」されたのだ。まさかの事態にマクガイヤーは回避することも出来ず、発射されたマーキナの左腕はマクガイヤーの腹部に直撃した。
「ぐ、ぐふう。」
まるで内臓を破壊するかのような苦痛にマクガイヤーは思わず膝をついた。
マクガイヤーが顔を上げた時、そこには巨大な拳が眼前に迫っていた。
『勝者マーキナ!』
審判の宣言があり準決勝第2試合はマーキナの勝利となった。
マクガイヤーはマーキナの鉄拳に吹き飛ばされ重傷を負っていた。
会場もまさかの結末にどよめきが収まらない。優勝候補の敗北に観客の怒号も響き渡っていた。
「おー。ロケットパンチかよ。」
アインフォードはなぜかワクワクしていた。




