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リコリス魔法商会  作者: 慶天
2章 領都祭
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領都祭 6 闘技会 1

 ホルスト様が謎の発注書を持ってきて二日後、アインフォード様が一人でヘルミーナ様を訪ねていきました。わざわざアインフォード様宛とした理由がそこにあるのではないかと、アインフォード様はお考えになったのです。キャロットさんがついていきたそうにしていましたが、アインフォード様はあくまで自分が指定されているのだからと一人で向かわれました。


 夕方になり、ヘルミーナ様の離宮から戻られたアインフォード様は何やら考え込んでおられましたが、その夜、キャロットさん、エイブラハムさんと私を集め、ヘルミーナ様の離宮であったことを話してくださいました。


 それは驚くべき内容でした。




 30日に及ぶ領都祭も27日目、残すところ大きなイベントは闘技会決勝大会と領主様による新たな領主貴族及び叙勲者の発表を残すのみとなりました。

 今年は新たに男爵としてフランツ卿が周知されます。またこのヘルツォーゲンの地下に古代遺跡があったことが公式に発表され、その探索と潜んでいたモンスターの討伐に功のあった騎士ライナー・フランツ様が勲章を受けることがすでに決定しています。


 闘技大会決勝は32人のトーナメントで行われます。予選通過者24名にシード8名で行われ、私の知っている参加者はアインフォード様と騎士ライナー様、A級冒険者のマクガイヤーさん、そして話題になっていた武芸者マーキナです。


 トーナメント表が中央広場に貼りだされ、発表されると正式に大会運営より掛け金の募集がありました。公営ギャンブルという事なのでしょうが、闘技大会そのものは神事扱いというよくわからない状況になっているようです。

 その公表を受け、様々な情報屋が各選手のプロフィールを売り歩いている姿が見られます。しかし、どうにも胡散臭い内容が多く、アインフォード様などは「亡国の騎士で、百騎長の過去がある」などといった適当極まりない紹介がされていたりしました。


 大会二日前には公式オッズが確定し、掛け金の応募は締め切られました。

 オッズはと言うと1.4倍と最も低い優勝候補はAランク冒険者マクガイヤーさんの様です。マクガイヤーさんはかつて準優勝の実績があるようで、今回も大いに期待されているようです。特にAランク冒険者というのはこの街にとっても重要な財産であり、有事の際の貴重な戦力ですので民衆からも人気があるという事です。


 それで、アインフォード様はと言えば7.8倍と微妙なオッズがついていました。例の古代遺跡の探索にかかわっていたという実績とそれにより領主様より褒美を授かったという事で、ある程度は注目されているようです。しかし、ほとんどその力を目にした人がいないので、運営の方も実力を測りかねているようです。


 ちなみにライナー様は2.5倍と3番人気です。マシーナリーとの戦いで指揮を執り、中心となって活躍した、と公式にはなっていますので本人もびっくりな高評価になっているのでしょう。


 トーナメント表を見ながら私達は対策会議をしていました。

「このトーナメントだと私が騎士ライナー様と当たるのが3回戦だね。マクガイヤーさんと例のマーキナは別ブロックになるから私と当たるとすると決勝戦か。」

「先日のヘルミーナ様からの依頼の件もあります。決勝戦まで当たらないというのは、組み合わせに何らかの手が入っているのではないでしょうか。」

 例のアインフォード様宛の手紙はヘルミーナ様から直々の依頼という他には漏らすことのできない内容でした。

「どうだろう。依頼そのものは簡単に言うとマーキナの『破壊』なので決勝である必要はないと思う。むしろ決勝戦までお互いが勝ち進む必要があるうえ、先に騎士ライナー様と私が当たってしまうのはヘルミーナ様…とサラさんにすれば誤算だった可能性が高いね。」

 騎士ライナー様にも同じようにマーキナの破壊という依頼は行っているようです。


 そもそもマーキナというものは何者なのかという話なのですが、ヘルミーナ様曰く「マシーナリーのようなもの」だという事なのです。

 アインフォード様にも詳しい話は教えてくれなかったらしいのですが、どうにも上級貴族が関係しているようです。そうすると下手をするとこの街で内乱が起こる可能性すらあります。

 そこでアインフォード様や、騎士ライナー様と言った先のマシーナリー事件にかかわっている者に極秘裏に依頼が行われたらしいのです。もっともそのマーキナが「マシーナリーのようなもの」という証拠はありません。さらにセコンドにいるという小男の正体も教えてはくれませんでした。ただ、マーキナを破壊すれば後はこちらで処理するという事なのです。


 アインフォード様は「マシーナリーを作る技術がこの世界にあるとは思えない。」とのことで、転移者の可能性を視野に入れておくようにとおっしゃいました。


 それにしてもなぜヘルミーナ様なのでしょう。領主一族とはいえまだ小さな女の子がこのような依頼をしてくることが不思議でなりません。ひょっとして見た目以上の年齢なのでしょうか…。




 そうしていよいよ決勝大会の日を迎えました。今日の戦いでベスト4を決定し、明日準決勝と決勝が行われることになります。つまり今日は3つ勝たなくてはいけないという事です。順当に行けば準々決勝でアインフォード様とライナー様は当たることになります。アインフォード様は問題無いでしょうが、ライナー様は上がってこられるでしょうか。


 会場は朝早くから大賑わいです。入場料も必要なのですが、平民でも払えるほどの金額なので闘技場は大変な人になっていました。私とキャロットさんは出場選手の招待枠が適用されましたので、問題なく会場入りできましたが、魔女の銀時計の皆さんは朝早くからチケット売り場に並び、何とか入場チケットを手に入れたらしいです。

 こういうところではシロウさんは抜け目がなく、伝手のある貴族に手を回し悠々と入場してきたようです。


 会場入りして席についていると周りにシロウさんとジェシカさん、それに魔女の銀時計の皆さんが集まってきました。

 どうやら全員アインフォード様に賭けているようで、アルベルトさんなどは上限いっぱいの金貨5枚(約100万円)を賭けたという事です。

「アルベルトって時々物凄い勇気あるよね。あんた金貨5枚って全財産じゃないの?」

 エリーザさんが呆れた顔でアルベルトさんに詰め寄っていましたが、アルベルトさんはさらに斜め上の答えを返していました。

「何を言っているんだエリーザ、金貨1枚借金してきたんだぜ!」

「それ自慢すること?はあ、まさかうちのリーダーがこんな計画なしだとは思わなかったわ。」

「いやいや、エリーザ。案外アルベルトが一番しっかり考えていたかもしれないぞ。あたしももちろんアインさんに賭けているけど金額は銀貨10枚だ。それでも結構な金額だけど、アルベルトが勝ったらどうなる?金貨で39枚だぞ?ぶっちゃけ言って場所を選ばなきゃ家買えるぞ?」

 ドーリスさんはアルベルトさんが賭けに勝ったら拠点用の家を買いたいと思っているようです。確かにずっと宿屋暮らしよりも経済的ですからね。

「ぐははは。ドーリスよ、そう言うのをわしらの言葉で『飛んでいる竜の鱗の値段』というのじゃ。まあわしもアイン殿に賭けているから、期待はしとるがの。」

 ドワーフのバルドルさんもアインフォード様には期待しているようです。いったいいくら賭けているのでしょう。


「あまり賭け事は好きではござらぬが、今回ばかりは拙者もアインフォード殿に賭けさせてもらった。アインフォード殿の実力を知っている者にとって、あの倍率は魅力でござるからな。」

「アインフォードさんて、あなたにそこまで言わせるほどの強者なの?私も乗ったけどさ。」

 園遊会でシロウさんのパートナー役をされていたジェシカさんもシロウさんがそこまで言うなら、とアインフォード様に賭けたようです。


「リコリスやキャロットさんはどうしたの?」

 クラーラが聞いてきました。

「もちろんアインフォード様に金貨5枚賭けに決まっているでしょう!」

 キャロットさんは胸を張って答えました。私もアインフォード様に金貨5枚なのは同じです。

「あ、あんたらすごい信頼ね。私ももう少しかけたほうが良かったかな…。」

 エリーザさんは「むむむ」と唸って考え込んでしまいました。


「あ、そろそろ奉納演武が始まるみたいよ。」

 クラーラがそう言って舞台の上を指さしました。もともとシスターであるクラーラはこの手の神事にとても興味があるようで、大神官の動きや演舞する騎士の動作の意味を考えているようでした。

「なるほど…。この奉納演武は王子様のドラゴン退治をモチーフにしたものなのね。大神官は法王バルナバス様役なのね…。ということは…あの魔術師は魔女カタリナ様に当たるのね。」

 クラーラはそんなことをぶつぶつ言っていますが、私達にとっては演武の意味などさっぱり分かりません。そう言うものなのだろうと黙って見ていることにしました。




 演武が終わると大会運営よりルールの確認と優勝者の待遇や賞金の説明があり、そしていよいよ一回戦が始まりました。

 アインフォード様は第一試合から出場です。今日もいつものグラスファイバーの軽鎧を身に着け、武器はバスタードソードの模擬剣を選ばれているようです。

「アインフォード様はバスタードソードでやがりますね。」

 キャロットさんはなぜ大剣を使わないのだろうと首をかしげておられました。

「やはり大剣だと手加減が難しいからじゃないのかい?下手に喰らったら死んじまうからね。」

 ドーリスさんがそのように分析されています。確かにアインフォード様のメイン武器は大剣です。しかし、この大会は予選から通してバスタードソードをお使いになっていたようです。


 対して相手は革鎧を身に着けた一風変わった戦士が出てこられました。持っている武器は金属製の「昆」のようです。槍のように刃物がついているわけではないので、殺傷力は劣りますが達人が使うと攻防一体の体術になると聞いた事があります。

「珍しい武器でござるな。『昆』でござるか。あまりモンスター相手に使うことはないが、こういった一対一の武術大会なら有効ではあるでござるな。」


『これより闘技大会決勝、第一回戦第一試合を執り行う!出場者は東門、冒険者アインフォード!西門、修行僧カン・ヤー!』


 進行役の騎士がおそらく何らかの魔道具を使用し、声を拡声しています。ソウル・ワールドにもスタンドマイクというアイテムがありましたが、同じようなアイテムがあるのかもしれません。


『冒険者アインフォードは騎士ライナー・フランツ卿に協力し、この街の地下にあったというモンスターを退治した勇者である!また噂ではかつて亡国で百騎長を務めたこともあるとか!決勝大会までコマを進めたのは決してフロックではないであろう!』


 どうやら出場選手のプロフィールを紹介するようですわね。というかその噂はどこから出てきたのでしょうか。

 進行役のアインフォード様紹介に微妙な感想を持った私達ですが、一部では大いに受けたようで歓声が上がりました。女性の声が多いような気がましたけど。ちなみに魔女の銀時計の皆さんは大爆笑中です。


『西門、修行僧カン・ヤーは遠くキタイの国の出身である。キタイでは武術においては右に出るものなしと言われた双頭流棒術の達人であり、諸島連合推薦で予選をシードされた強者である!この大会でもその実力をいかんなく発揮してくれるであろう!』


 カン・ヤーさんはシード選手だったのですね。どれほどの強さなのかしら。


『試合始め!』


 審判役の騎士が始めの合図をするとすぐにカン・ヤーさんが仕掛けました。


 そのアクロバティックな動きは剣を武器にしている人しか見た事がないものにとっては対処が困難であることは間違いないでしょう。

 突きを繰り出したかと思えば即座に突いた方とは逆側の昆が足を払いに来ます。そしてそこから怒涛のように連続した攻撃が繰り出されるのです。

 時には昆を支柱にし、空中で蹴り技などの体術まで駆使する戦闘技術は確かに長く訓練した達人の技に思われました。


 アインフォード様も昆を扱うものと戦ったことはないようで、当初はカン・ヤーさんの動きをじっくりと観察し、受けに専念されていました。


 昆とソードの打ち合う金属音が会場に響きます。会場にいる人々にとっても昆という武器は珍しいようで、その流麗な技に見入っているようでした。


 開始から5分程たったころ、アインフォード様が反撃に出ました。カン・ヤーさんが突きに出たところを脇で昆を絡めとったのです。武器を抑えられたカン・ヤーさんは即座に昆を引きながら飛び蹴りを繰り出しました。

 しかし、その攻撃はアインフォード様に予想されていました。飛び蹴りは当たれば大きなダメージを与えられますが、隙が大きいという弱点があります。アインフォード様は半身をずらすと飛び蹴りをかわし、カン・ヤーさんが着地した瞬間、後ろから首筋に剣を当てられました。

 二人の動きが止まり、カン・ヤーさんは静かに降参を申し出ました。


『勝者、冒険者アインフォード!』


 審判の宣言があり、アインフォード様の一回戦突破が決定しました。

 アインフォード様とカン・ヤーさんは握手をすると何やらお話をされていましたが、お互いの控室に帰っていかれました。


「さすがアインさんだなぁ。あんな武術俺は見たことないな。」

 アルベルトさんが感心したようにつぶやきました。

「キタイの国にはこの国にはない様々な武術があるでござるよ。拙者の国にはカン・ヤー殿が使用していた昆術も伝わっているでござる。」

「ほう。シロウ殿もあのような武術が使用できるのかの?」

 興味を持ったのはドワーフのバルドルさんです。バルドルさんは普段は両手持ちのハンマーを使用していますが、昆にも興味があるのでしょうか。

「いや、拙者はこのカタナしか修めておらんでござるよ。ただ、武器を持たない格闘術は少々たしなんでおる。」

「格闘術は大事だよな。騎士も結構武器を使わない訓練もするっていうからね。」

 実際戦場で武器を失うことは即、死につながります。そのためそういったときに身を守れるような訓練は戦闘を行うものは冒険者であれ、騎士であれ行っているものです。


 いずれにせよ危なげなくアインフォード様は一回戦突破です。さて…次の試合はちゃんと見ておかねばなりません。


 そして会場に刃をつぶしてあるとはいえ、いかにも殺傷力の高そうな巨大なハルバードを持ったマーキナがゆっくりと入ってきたのでした。


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