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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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新商品は?

「リコリス暴行未遂事件」の3日後、私たちはお店に集まっていました。その事件名はちょっと恥ずかしいのでやめてほしいところなのですが、この界隈ではその言い方で定着してしまったようです。


「アインフォード様。このインヴィジビリティリングはお店に出してはいけないのかしら。それほど製作が難しいアイテムではないのですが…。」

 現在アインフォード様とお店に新しく出すアイテムを考案中です。

 アインフォード様は私の現在のご主人様に当たります。長い金髪をしておいでで、青い涼しげな目をした方です。細身ではありますが鍛えられた体躯をした歴戦の戦士でもあります。

「それはやめたほうが良いと思いますね。」

 アインフォード様は透明化の指輪を売り出すことには反対の様です。

「なぜなのかしら?理由を教えてもらっても?」

 ヒーリングアミュレットを銀貨300枚という高額で売り出しているのです。それくらいの値段設定にすればいいような気がするのですが…。


「リコリス。この街の魔法屋を見て回ったときに、透明化のアイテムを売っている店を見かけたかい?」

「いえ、それは見た事がありません。」

「インヴィジビリティポーションくらいなら作れる魔法屋はたぶんあると思うんだ。でも彼らはそれを売り出さない。」

 作れないというわけではないのですね。ではなぜ売り出さないのでしょう。危険な迷宮などの冒険には重宝すると思うのですが…。


「リコリス。ここは大きな街だから当然犯罪も多い。もし犯罪者が透明化をして泥棒などしたらどうなるだろう。きっと犯人を見つけ出すのは大変難しくなるのじゃないかな。」

 ああ、なるほど。犯罪に使われる可能性があるのですね。確かに透明化した殺人鬼などが現れたら大変なことになってしまいます。

「それに、もし透明化した犯人による犯罪が行われた時、透明化のアイテムを売っている店はどのように思われるだろうか。きっと街中から疑いの目で見られるのじゃないかな?」

 それは困ります。納得がいきました。このお店を利用してくださるのは冒険者の方だけではありません。着火石や羽ペンなどは一般の方も多く利用してくれます。どのような方がどんなアイテムを買ってくださるのかわかりませんので、疑いのかかるようなアイテムはあらかじめ排除しておくという事なのですね。

 さすが、アインフォード様です。私にはそこまで考えが及びませんでした。


「それではどのようなアイテムを今後追加していきましょう?」

 私はできれば冒険者の方だけでなく、もっとたくさんの方に利用していただければと思います。一般お方が気軽にご利用いただけるアイテムとはどんなものが良いでしょうか。


「そうですね…。例えば『紙』などはどうでしょうかね。」

 アインフォード様は「紙」をご提案されました。紙はたしか500年ほど前に魔女カタリナが開発したという事で知られています。


 なるほど…紙ですか…。確かに紙はそれほど珍しいものではないですが、やはり貴重品という認識がされています。お父さまもこの世界の紙は値段が高いとお嘆きになっていたことがありました。

「それは良いかもしれませんわね。私もレシピの記入など紙は使いますし、必要とされる方も多いのではないでしょうか。」

「リコリスは紙の錬成はできるかい?」

「はい。材料として何でもよいので植物の繊維が必要です。素材によって仕上がりが変わりますが、木材でも雑草でも可能です。」

 雑草などは街中でも普通に空き地に自生しておりますので、冒険者の方に依頼を出すまでもなく集めることは可能です。

「それではリコリスも使うものだし、この街で集まる素材で一度作ってみようか。」

 今日のお昼休みにでもちょっと街中を探索してみようと思います。いくらの値段設定にしようかなぁ。ついでにそのあたりの相場も調べてこようかと思います。


 このようなお話の最中、キャロットさんはミニドラゴンのエイブラハムさんと戯れておいでで、あまり興味はなさそうな感じでした。


 その日の午後、私はキャロットさんと紙の値段の市場調査と雑草、具体的には「ススキ」を採取に出かけることにしました。アインフォード様はお店番をしておくので、キャロットさんと二人で行くことをお勧めになられたのです。何か思うところがあるのかもしれません。

「それではアインフォード様、お店番よろしくお願いします。」

「ああ、いってらっしゃい。日暮れまでには帰ってくるんだよ。」


 私とキャロットさんは雑貨屋さん巡りから開始することにしました。あ、エイブラハムさんは当たり前のようにキャロットさんの肩にとまっておいでです。

 キャロットさんは聖戦士です。神の祝福を受けた聖なる戦士なのです。

 …アンデッドの私にとっては最大の天敵のはずなのですが…。


 キャロットさんとエイブラハムさんは私と「同類」なのです。キャロットさんはヒト種、エイブラハムさんはミニドラゴンですが、その生まれは私と同じものなのです。でなければ天敵同士なので本来なら出会った瞬間戦闘が始まってもおかしくないところですね。


 私はキャロットさんがうらやましいと思っています。だって私のお父さまは200年も前に死んでしまったのに、キャロットさんにはアインフォード様がいらっしゃるのですもの。しかもアインフォード様もヒト種でいらっしゃいます。キャロットさんはご主人様と同じように年を取っていけるのですから。


「アインフォード様はキャロットさんを大切にされていますね。」

 道すがら私はキャロットさんと少しお話をすることができました。

「はい。感謝しております。アインフォード様は時々おかしなことをぬかしますが、大体いつも私の事を大切にしていてくれていると思います。」

 おかしなことをぬかすのはあなたの方じゃないかなぁ。と思いましたが、もちろんそんなことは言いません。この街でキャロットさんは「残念美女」としてすっかり定着しているのですから。でもそんなあだ名をキャロットさんもアインフォードさんもご存じないと思います。


「キャロットさんはステータスに『美人』を持っておいでなのですか?」

 おそらく間違いないかと思います。キャロットさんは自らが美人であるのは当然であると自覚しているようなのですから。


「はい。アインフォード様が設定してくださいました。でも、リコリスさんもお持ちではないのかと思うのですが?」

「はい。私もお父さまが設定してくれていました。」

 やはりその通りでした。実は私もお父さまが『美人』を設定してくれていましたので、自らが美醜で言うとかなり優れているという自覚はあります。


「リコリスさんは年齢で見た目が変わらないのがうらやましいです。私はいずれ年齢でこの見た目は劣化していきますから…。」

「あはは。そういう言い方もあるのね。それは考えたことがなかったわ。でも、私から見ればそのほうがうらやましいのだけれど?」

「リコリスさんが200年一人で暮らしていたことは私には想像もつかないことです。アインフォード様がどう考えていやがるか私にはわかりませんが、このたびのお店を開く提案をしてくれたのも、リコリスさんの事を考えての事ではないかと私は思っています。」

「アインフォード様は私を消滅させることができるとおっしゃっていましたものね。」

 私を消滅させることができるのはおそらくアインフォード様だけです。いつの日にか私を本当の意味で殺してくれるのはあの方だけなのです。

「いつか私も死ねるのかなぁ。」

 その呟きにはキャロットさんは答えてくれませんでした。


 1軒目の雑貨屋さんにつきましたので売られている紙の値段をお店の人に聞いてみます。だって値札なんて付いていないのですから聞かないとわかりません。私の知る限り、商品に値札をつけている店はリコリス魔法商会だけです。


 紙一枚のお値段は銅貨2枚でした。一枚で銅貨2枚だと一〇枚買うと大銅貨2枚、100枚だと銀貨2枚です。今一つ高いのか安いのか微妙なところです。庶民が買うパンが2個で銅貨1枚だったと思いますので、紙1枚とパン4個が同じ価値という事になります。

 確かにこう考えると、必要がない人は紙なんて買わないですよね。一応声をかけたので紙を1枚買っておきました。だって買わないと怖い目で見てくるのですもの。この街のお店の人は全員、アインフォード様の「接客の基本」を読むべきです!


「リコリスさんは体を洗う必要がないのもうらやましいです。」

 紙の値段について考えていると意味不明な言葉が突然聞こえてきました。いきなり何をおっしゃるのでしょう、この残念美女。

「いえ、リコリスさんもこの世界の衛生観念が極めて悪いと思いませんか?」

 ああ、なるほど。わかります。お父さまも嘆いておいででしたもの。

「そうですね。そのせいではやり病なども起こりますものね。お父さまはかつてはやり病を収めたことがありましたが、その原因は衛生状態の悪さだ、と言っておられましたわ。」

「しかも、この国の宗教は体を洗うことはあまりよくないことだと教えているようなのですよ?」

 キャロットさんが衝撃的なことをおっしゃいました。

「ええ?!そうなのですか?なぜなのでしょう。」

「クラーラさんに聞いたのですが、体を水で洗うと病気になりやすくなるらしいです。私の知っている知識ではそれと全く逆なのですが…。」

 私の知っている知識でもそうです。確かに私は新陳代謝がありませんのでお風呂に入らなくても匂いがするとかいった不潔な状態にはなりません。ですが、実は私お風呂が好きなのです。

「でもうちのお店にもお風呂はありませんわね。」

「そうなんです!アインフォード様にもっと言ってやってください!」

 キャロットさんもお風呂がないことについては不満があるようです。

「もう香油の入った水で絞った布で体をふくだけのお風呂はいやです!」

 どうどう。


 私達は普段お風呂に入るといったことができません。それはこの国に入浴という習慣がないためというのと、水が貴重という事が理由として挙げられます。まさか宗教が入浴を禁止しているなどとは夢にも思いませんでした。

 井戸からくみ上げられる水は普通の人にとっては飲みすぎるとお腹を壊すことがあるという事です。そのため飲み水はだいたい「水屋」といわれる初級魔法使いでクリエイトウォーターを得意な方が売り歩いているものを買うという事が一般的なのです。

 アインフォード様も私もそしてキャロットさんもクリエイトウォーターは使えますので、水は不足していませんが…。


「私はお風呂に入りたいのであって水浴びがしたいわけではないのです!」

 キャロットさんがそう力説します。ええ!それは激しく同意します!アンデッドが熱いお風呂が好きでもいいじゃないですか!


 お風呂についてひとしきり盛り上がったところで2軒目の雑貨屋さんに到着しました。ここの雑貨屋のロジーおばさまとは顔見知りです。おばさまはよく私のお店を利用してくださるのです。

「いらっしゃいませ。」

 え?ちょっとびっくりです。この街でこの挨拶を使うのは私のお店だけだったと思うのですが。

「おや、リコリスちゃんじゃないかい。いらっしゃい。いやね、あなたのところの挨拶を真似させてもらったのさ。こういってニッコリすると大体の人はなんか買っていってくれるね。」

 アインフォード様の「接客の基本」は少しずつ浸透している…のでしょうか?


「で、リコリスちゃん今日はどうしたんだい?」

 ロジーおばさまは人懐こい笑顔で聞いてきました。

「はい、今度お店で紙を扱おうかなと考えているのですが、大体どれくらいの相場で売られているものなのかなと思いまして。」

「なるほどねぇ。残念ながらあたしの店では紙は扱ってないねぇ。紙っていうのは使う人を選ぶからね。魔術師やリコリスちゃんみたいな錬金術師の人は結構使うのだろうけど、あたしら庶民には必要があまりないからねぇ。」

 なるほど。そもそも字を書ける人があまりいないような世界です。紙とペンがあっても字を知らなければ絵を描くくらいしかないですものね。文字や絵を描く以外に紙って使い道がないものでしょうか。


「でもおばさまも帳簿はお付けになるのでしょう?」

「そりゃ商売やってると帳簿くらいはつけるけどさ、仕事で使うことにしか紙なんかもったいなくて使わないよ。」

 そういってロジーおばさまはカラカラとお笑いになられました。

 ロジーおばさまは帳簿用の紙は普通に他のお店から買っているという事です。


「リコリスちゃんの錬金術でさ、なんか変わった紙の使い方を発明してみたらどうだい?面白いものならまた買わせてもらうよ。」

 面白い紙の使い方…ですか。帰ったらアインフォード様に聞いてみましょう。

「おばさま、お仕事中お時間取ってくださいましてありがとうございました。今度は何か買いによらせていただきますね。」

「あいよ。待ってるからね。ありがとうございましたー!」

 ああ、確かに帰り際に「ありがとうございました」と言われると、また来ようという気になります。「接客の基本」恐るべしです。


「お風呂で使える紙製品…」

 キャロットさん、お風呂から少し離れましょう。


 そのままもう一軒紙を扱っているお店に寄ってからススキの採取に向かいました。

 街の空き地にはススキが群生しています。今回はとりあえず作ってみるというレベルのものですので原材料の品質は問いませんので適当に伐採していきます。もっとも今までの経験上、普通に売られている物の作成をするときはあえて品質を落とさないと、売り物にできないという事がわかっています。だからこの程度の品質でも十分でしょう。

「ススキは秋が綺麗ですよね。かつてアインフォード様と一面のススキ野原で戦闘をしたことがありましたが、大きな姉の月イーリス様の光に銀色の穂が煌めいてとても綺麗だったことを覚えています。」


 この世界には月は2つあります。姉の月イーリス、妹の月サリアです。確かキャロットさんの信仰する神様は姉の月イーリス様だったと思います。

「ススキの穂はそれだけでまた別の素材になるのですよ。秋にはお月見を兼ねてススキ狩りなどもしてみたいものですわね。」


 リコリス魔法商会アイテムNO.04

「インヴィジビリティポーション」 

 お値段未定。

 姿を消すことのできるポーションです。

 魔法のインヴィジビリティと同等の効果を持ちます。

 危険な探検の際、敵から身を隠すなど用途は多岐にわたります。

 事情によりただいま取り扱いしておりません。


 リコリス魔法商会アイテムNO.05

「インヴィジビリティリング」 

 お値段未定。

 姿を消すことのできる指輪です。

 魔法のインヴィジビリティと同等の効果を持ち、日に4回使用できます。

 危険な探検の際、敵から身を隠すなど用途は多岐にわたります。

 事情によりただいま取り扱いしておりません。


 リコリス魔法商会アイテムNO.06

「インヴィジビリティマント」 

 お値段未定。

 同じく姿を消すことのできるマントです。使用制限はありません。

 こちらも事情によりただいまの取り扱いはございません。


 リコリス魔法商会アイテムNO.07

「接客の基本」

 お値段大銅貨2枚(銅貨20枚)。

 アインフォード様のお言葉を私が書き起こし本にしたものです。

 お店を持つ者の心得や、お客様対応の基本が書かれています。

「お客様には常に感謝の気持ちを持つ」ことが基本です。


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