領都祭 4 ゲラシムとアクサナ
そう言った瞬間、ブローチの少し上の空間に直径1メートル程の球体が現れました。
「これは、なに?」
アクサナさんは驚き、そして素直にこれが何なのか理解できなかったようで呟くように聞いてきました。
「これは地球儀です。そうですね、世界地図と言ったほうが分かりやすいですわね。」
「これが地図でしょうか?その、地図というのはこのようなものでは…。」
ゲラシムさんもこれが何かよくわからないといった風です。
「うーむ。やはりこの世界も球形という事で間違いないようだね。以前フライで上空に上がったとき、地平線が湾曲して見えたのでそうではないだろうかと思っていたのだけれど…。これではっきりしたよ。しかし…このアイテムって『ソウル・ワールド』のマップ機能じゃないのかな…。」
マップ機能は私達従者NPCにも装備されていました。もちろん今は使用できません。
「おそらくそうだと思います。しかし、マップ機能と全く同じとは言えないようです。」
「うーん、ちょっと待ってね。」
そう唸ってアインフォード様は地球儀をくるくる回しながら地形を確認していきました。
「ざっと見ただけだけど、リコリス、何か他にコマンドワードはあるのかな?」
「いえ、アナライズで分かったコマンドワードは起動と終了のワードのみです。」
「ふむ…。マップ機能なら立ち寄った街は文字で書きこまれていくし、自分でメモなども書き込めたが、そう言った機能は無いのか…。というか…その『ワールド・イズ・マイン』というコマンドワードだけど…まさか、いやありえるな…。」
アインフォード様はコマンドワードに何か心当たりがあるのでしょうか。
「ちなみに終了のコマンドワードは?」
「えっと『ワールド・エンド・ダンスホール』ですわね。」
そう言うとアインフォード様は激しくむせ込み、間違いないじゃないか、と呟きました。
「しかし、まるで広域地図だな、これは。この濃い緑色が森林地帯で薄い緑色が平原、または農地といったところか。というか、陸地はほとんど森林じゃないか。もっと平原が多かったはずだが…。」
確かに濃い緑色の部分が多いようです。しかし、大森林と思しき場所はそれよりもさらに濃い緑色で表示されています。
「…倍率の変更はできないようだけど、これだけでも素晴らしい価値があるね。」
浮き上がった地球儀はまるで立体映像のようで触れることはできませんが、表面をなぞるように動かすことで回転させることができます。アインフォード様は手で色々な動きを行い、倍率が変更できないか、メモを書き込むことができないかなどを試してみましたが、そういった機能はやはり無いようでした。
「ん、この点滅している点はヘルツォーゲンなのかな。なんとなくそんな気がするね。」
一か所、光の点が点滅している箇所があります。北半球の北緯50度あたりでしょうか。おそらくそれがこの地球儀のある場所なのでしょう。
「色々ツッコミどころ満載だけど、ゲラシムさん、アクサナさん。ぜひこのブローチを売ってほしい。値段は…金貨20枚(約400万円)でどうでしょう。」
「金貨20枚!」
ゲラシムさんは目を見開き絶句し、アクサナさんも口を開けて呆気に取られています。
アクサナさんが最初言ってきた金額は銀貨10枚(約10万円)です。それが40倍の値段が付いたのですからそれは驚きますわよね。それにしてもアインフォード様、金貨20枚とはまた思い切りましたわね。
「ほ、本当に金貨20枚で買ってもらえるの?」
「ええ、これにはその価値がありますね。もしかしたらもっと高値で買う人がいるかもしれないけれど、このアイテムを持っていると知られるだけで殺してでも奪おうとする人が出てくるかもしれない。」
「売る。気が変わらないうちに早く契約を。」
アクサナさんは即座に売るという判断をしたようです。伝来のアイテムとは言え、それほど大事にしていた風でもなかったし、商売しようと思っていた積み荷が駄目になり故郷に帰るための路銀になれば、くらいのつもりだったのでしょう。
それにしてもゲラシムさんはこの取引には一切口を出しませんわね。親子であるならもう少し口出ししてもよさそうなものですが。
「そのかわりと言ってはなんだけど、このアイテムがどのような経緯で手に入ったのかとか、いわれみたいな話があれば教えてくれるかな。…これ、絶対カタリナがかかわっている。」
それは大いにあり得ます。普通の魔術師にこんなアイテムを作り出すことはとてもできないでしょうから。私だって絶対無理です。
「これだけの高値で買い取っていただいて心苦しいが、私はあなた方を信用しきれない。私の問いに答えてくれるのなら話しても良い。」
アクサナさんは私をじっと見つめて言いました。
「…なぜアンデッドが人に混じって暮らしている?」
その瞬間、まるで電撃が走ったかのようにこの場が緊張に包まれました。
…どうしてわかったのでしょう。肌の色が病的に白いとか、眼の色が赤いですとかヴァンパイアの特徴を詳しく知っていても、そうそうバレることはないと思っていたのですが。もちろん犬歯は通常目につかないようにしています。ヴァンパイアの犬歯は伸縮自在ですから。
「どうしてそう思ったのかしら?」
「それは私の質問に答えてから。なぜ人と暮らしている。この者たちはあなたの眷属なのか?アンデッドには見えないから、そうではないと思うのだが。」
「例えばそうだとして、この場から生きて帰れるとでも?」
そう言うと少し怯んだように目を伏せましたが、改めて頭を上げ私を睨みました。
「少しは戦えるけれど生きて帰ることは望み薄。あなたはきっと高位のアンデッド。だからこそ興味を持った。そちらの二人とそのドラゴンも。」
しばらく誰も口を開くことができず、沈黙が流れました。
「リコリス。この子は結構な覚悟を持って私達の事を聞いてきたようだ。別に私達は人に危害を加える存在ではないのだから話してあげよう。」
アインフォード様はそう判断されたようです。
「わかりました。アクサナ、あなた素晴らしい目をお持ちね。お察しの通り私はアンデッド。ヴァンパイアよ。…真祖と呼ばれるヴァンパイア。」
「…真祖…!」
「ああ、でも勘違いしないでね。私は人を襲ったことは存在を許されてから一度も…一度くらいはあったかもしれないけれど、危害を加えられなければ人を害することはないわ。」
「アンデッドは生者を憎み死をまき散らすもの。私はそう教えられてきた。でもあなたは違うという。あなたはここで何をしているのか。」
「私はね。アインフォード様に心を救われたの。そして私の正体を知ってなお友人と言ってくれる人がいるの。お父さまが亡くなって200年、私は自分が死ぬ方法だけを探してきたわ。今は、そうね…生きていく意味を探している、といったとこかしらね。アンデッドが生きていく意味を探すなんて面白い冗談ね。」
自分で言っていて面白く感じてしまいました。
「そちらの二人も友人?」
「どう言えばよいのかしら。むしろ私はアインフォード様にお仕えしているといったところですけれど。」
アインフォード様は私の後見人です。でも実際の所アインフォード様は私を友人のように扱ってくれます。いっそキャロットさんのように胸を張って従者ですと言えれば良いのに。
「リコリスは私の家族だよ。キャロットもエイブラハムもね。」
家族!アインフォード様は私を家族と言ってくださいました!何でしょうこの暖かい響きは!
キャロットさんに目をやるととろけそうな笑顔をされています。ええ、わかります。ああ、今日は記念日にしましょう。
「アクサナさん、リコリスは確かにアンデッドだけれど、人に危害を加えるようなことはしていない。それどころかこのお店でポーションを作り人の命を救う仕事をしている。それに街の人の暮らしを良くするようにいろいろ尽くしているのですよ。だから信用してほしい。まあ、あとできたらこのことは人に言ってほしくないかな。」
アクサナさんは私達3人を見渡して、そして静かに頷きました。
「わかった。信用する。その気になれば一瞬で私たちの命くらい簡単に奪えただろうに、ちゃんと話してくれた。ありがとう。」
そうしてアクサナさんはゲラシムさんを振り返って尋ねました。
「ゲラシム、良い?」
「ええ、良いと思います。私の商売人としてのカンもこのお方たちは信用できると言っています。」
「そう。でもゲラシムのカンは時々信用できない。」
ゲラシムさんは照れたように頭を掻き苦笑いです。
そうして二人はかぶっていたふさふさの帽子を取りました。
ゲラシムさんはまあ予想通りの北方の人種で間違いないようなのですが、アクサナさんは…。
「あら?エルフ?」
帽子を脱いだプラチナの髪の中から長い耳が現れました。
「はい、アクサナはエルフなのです。もちろん私達に血のつながりはありません。」
ゲラシムさんは真剣な表情で話し始めました。
「5年ほど前なのですが、人攫いに追われているところをたまたま匿ったのが縁で今は私と暮らしているのです。」
これは驚きました。ということは見た目通りの年齢ではないのでしょう。道理で見た目の割にしっかりしているわけです。
「私はアクサナマーユ・エメリー・エドバリという。エドバリの森のウッドエルフ。年齢は37歳になる。」
寿命は基本存在しないエルフにとって37歳というのは本当に子供なのでしょう。
「5年前、エドバリの森のはずれで人攫いに遭い街に運ばれているときに脱出した。その時近くの村で行商をしていたゲラシムに匿ってもらい以後同行している。」
「それ以来そのエドバリの森というのを探しているのですが、いかんせんエルフの生息エリアなんて私は知りません。アクサナも森から出たことがなかったので外の事を全く知らないのです。」
アインフォード様は何やら考え込みながら地球儀を回しておられます。かつての記憶にあるエルフの集落をこの地図に当てはめているのでしょう。
「私の記憶にある地図と海岸線など大まかな地形は合っている。けれど、何だこの大裂け目は…。エルフの集落があったのはこのあたりとこのあたりか。しかし大森林なんてなかったし、それも怪しいな。」
この地図では都市の場所などは記載されていません。そもそも「ソウル・ワールド」にヘルツォーゲンなどという都市はなかったのです。
「私は幸い旅商人なので、アクサナをその森に返すことを目的に情報を集め、あたりを付けた辺りで商売をしているのですが、そもそもエルフに出会うことがあまりないので全く当てがないと言ったのが現状なのです。」
「今すぐ、というのは難しいですが私も長命なエルフに会いたいとは思っていたのです。特にアクサナさんが持っていたこのアイテムは魔女カタリナが作ったとみて間違いないようなので、そのあたりも知っている人がいたらぜひ話を聞いてみたい。…アクサナさんは何か知っていますか?その、これを譲り受けた時の逸話とか。」
アインフォード様はこれがカタリナ様の作ったアイテムだと確信しているようで、ひょっとしたらカタリナ様と面識のあるエルフがまだ存命であるのではないかと考えているようでした。
「私はこれを祖母からもらった。祖母はまだ存命で年齢は500を超えると聞いている。魔女カタリナの名は私も祖母から聞いたことがあるが、このアイテムとの関係は聞いていない。」
「おばあさまは魔女カタリナの事をどのように言っていたのかな?」
どうやらアクサナさんのおばあさんはカタリナ様と面識がありそうです。これは是非ともお会いしなければなりませんね。
「祖母は魔女カタリナと旅をしたことがあると言っていた。史上最高の魔術師でとんでもない爆弾娘だと。」
「あははは。間違いない。それは間違いなくカタリナですね。」
アインフォード様はエルフにおけるカタリナ様の評価を聞いて大いに納得されたようでした。
「エルフの森にはおばあさま以上に長命な方はいらっしゃるのかな?」
エルフに寿命はないと言われます。アクサナさんのおばあさん以外にもカタリナ様と面識のある方がいるかもしれません。
「私の森では祖母が最年長。エルフに寿命がないと言うのはヒト属の思い込み。姿があまり変化しないから不老だと思われているよう。確かにある意味寿命はないが、私達ウッドエルフは通常500年から600年で聖樹に姿を変える。もっとも、そこまで生きていられることは稀。エルフとて病気や事故で命を落とす。」
この世界、怪我は治癒魔法で治すことができます。大怪我を負っても高位の治癒術師がいれば即死でない限り治すことができるのです。しかし病気については魔法で治すことができないので、種族にかかわらず死因の一位は病気です。それはエルフでも変わらないようでした。
「なるほど…。ますますアクサナさんのおばあさまにはお話を聞きたくなりましたね。領都祭が終わったら私達もエドバリの森を探してみようと思います。」
アインフォード様はそう言ってアクサナさんにエドバリの森の探索をお約束なさいました。
「となると、アクサナさんとゲラシムさんと連絡を取れる方法が必要になりますね。」
「私は行商人でもありますので年に一度、この時期には必ずヘルツォーゲンに来ています。来年また来させていただきますので、そこで情報を交換するとかいかがでしょうか。」
通信手段がありませんのでそれが一般的な考えですね。しかもゲラシムさんは行商人ですので、どこかの街に定住しているわけではありません。手紙を出すことも出来ませんしね。
「リコリス、なにか緊急時に連絡を取れるようなアイテムとか作れないかな?」
うーん。どうでしょう。「ソウル・ワールド」でなら通信機能で問題なかったのですが…。
「少し考えてみますわ。ゲラシムさん達はしばらくこの街にいらっしゃるのかしら?」
「商売の当てがなくなってしまった上、先立つものがなかったので途方に暮れていたのですが、先ほど大金でアクサナのブローチを買っていただいたのでそれを元手に何か仕入れようと思います。ですので、領都祭が終わるまではこの街に居ようかと。アクサナもそれでいいかい?」
「問題ない。ゲラシムには世話になる。」
「それに、先ほど話しておられた闘技会、アインフォードさんが参加されていると聞きまして、これも一儲けできるのではないかと…。」
そういってゲラシムさんはニヤリとされました。どうやらアインフォード様に賭ける気の様ですわね。
「アインフォード様は間違いなく優勝しやがりますので、あなたの判断は大正解です。さあアインフォード様、さっくりと優勝して見やりやがりましょう。」
ここまで黙って話を聞いていたキャロットさんが闘技会の話になると急に話に入ってきました。実際アインフォード様が優勝する可能性は極めて高いと思いますので、私達もアインフォード様に賭ける気ではありますけれど。
「あはは。善処いたしますよ。」
その後ゲラシムさんとアクサナさんは帰っていかれました。どうやら冒険者が利用するような安い宿を押さえているという事です。ヘルツォーゲンはスラムに行かない限り治安は比較的良いほうなので大丈夫だとは思いますが、アクサナさんがエルフだとバレたらよからぬことを考える輩がいないとも限りません。今は祭りで色々な人が来られていますので少しだけ心配ですわね。
「さて、リコリス、キャロット、エイブラハム。このワールドマップについて話がしたい。」
そう言ってアインフォード様は私達を集めました。
「私達は『ソウル・ワールド』世界からここに飛ばされてきた。今まで『ソウル・ワールド』と色々違いがあると思ってきたが、このワールドマップを見て私は正直驚いたよ。海岸線はほぼ同じだけれど、その他の地形が全く違う。それに『ソウル・ワールド』にはなかった大陸まで存在している。」
そうです。私もマップを見た時それは気が付きました。
「この世界は『ソウル・ワールド』世界の少なくとも500年以上経過した世界なのだろうと思っていたのだけれど、むしろいわゆるパラレルワールド的な世界かも知れない。」
「つまり、似ているけれどまったく別の世界、という事でしょうか?」
キャロットさんが端的にまとめました。全くキャロットさんは時々すごい理解力を見せます。
「その可能性が高くなったと思うんだ。キャロット、理解が速くて助かる。」
そう褒められてキャロットさんは「どやぁ」という顔です。
「このマップでは倍率も変化させられないし、詳細なことはわからないから、このマップで行動計画を立てるのは無理がある。地球儀で日帰り旅行を計画することはできないからね。でも大まかな地形が分かっただけでも価値は非常に大きい。これを元に近隣から詳細な地図造りもできるだろう。言うまでもないことだけれど、これの存在は絶対他人に知られるわけにはいかない。本当に戦争の原因になりかねないアイテムだからね。」
それにしてもカタリナ様はどうやってこのマップをおつくりになったのでしょう。とてもその方法がわかりません。
「とりあえず領都祭の間は動けないけれど、その後はアクサナさんの森を探すことを第一にしたいと思う。またその計画は今後ゆっくり建てよう。特にリコリスはどうしたいかちゃんと考えておいてくれないか。」
そうですわね。このお店をどうするとか考えなくてはなりません。
私の事を家族と言ってくださったアインフォード様にお仕えし、付いていきたいと思うのは間違いないのですが、最近では貴族様とのつながりができたこのお店を畳んでしまうのは惜しいと思います。それに贔屓にしてくださっているお客様やお店を開くのに腐心してくださったフランツ卿に義理を欠くわけにもいきません。
「はい、ちゃんと考えたいと思います。その間に先ほど言われた連絡を取れるようなアイテム、何か作れないか考えてみます。」
「うん。よろしく頼むよ。」
そう言ってアインフォード様はまた地球儀を回し始めました。




