園遊会 2 ある男爵令嬢の視点
南陽宮は領主様自身の離宮として作られたいくつかある離宮の一つです。その名の通り城の最も南にある離宮であり、特に陽の光を取り入れる工夫が随所にみられる美しい造りになっています。
その南陽宮に次々に招待客が姿を現し、領都祭に先駆けた園遊会が始まりました。招待客が登場するたびに名が知らされ、久しぶりに会う貴族たちの挨拶があちらこちらで見受けられます。私も男爵令嬢として淑女にふさわしい振る舞いで、社交をしなければなりません。
こういった社交の場では基本的に下位のものは上位貴族に話しかけられるまでは、こちらから話しかけるのは不作法とされます。今日の園遊会は比較的そう言ったルールは緩く、自由にお話をすることが許される場ではありますが、それでも無礼講ということはないのです。
ああ、私はメルヒルデ・カロリーネ・ヒューグラーと申します。ヒューグラー男爵家の次女で19歳、そろそろ結婚を決めなければならないお年頃になります。お姉さまはすでに嫁ぎに出ており、子爵家の正妻となっておりますし、お兄様はすでに結婚し次期領主としての準備を進めていますので、あまり私には期待がかかっておりません。お父さまも私の意にそうお方と結婚すればよいとおっしゃってくださいますので、この年まで自由にさせて戴いているのです。
これでも結構社交の場ではダンスに誘われることも多く、懇意にしてくださる騎士や貴族子息もそれなりにいらっしゃるのですが、なかなか結婚までは、とならないのです。だって、たくさんの殿方と仲良くさせて戴けるのは楽しいですもの。特に深い関係を持った方も10人は下らないかしらね。まあ、いざとなったら教会にちょっとお布施をすれば、ね。
今日の園遊会は冒険者の方が招待されていると聞いています。毎年ある園遊会ですが、冒険者の方が招待されるのは大体2,3年に一度といったところでしょうか。私は15歳で社交デビューいたしましたが、2年前、17歳の時にA級冒険者という方が来られていたのを覚えています。
その方は身長が2メートルを超える巨漢で、衣装などはちゃんとしたものをお召しになっていたものの、どこか粗野な感じのするお方でした。お話になった内容もどこそこの洞窟で凶悪な魔物を討伐したとか、犯罪者を斬り殺したとか血なまぐさい内容が多かったような気がします。
正直私は騎士や神官様の語る神様にどのような奉仕をしたとか、もしくはロマンティックな恋物語を聞くほうが好きですので、その冒険者さんにはあまり近づきませんでした。
今回の冒険者さんはどのような方なのでしょうか。少しは期待したいところですが、冒険者さんというのは大体が粗野な方で、正直このような貴族が集う社交の場には似つかわしくないと思います。少なくとも私の結婚相手にはまずなりえない方たちですから。
しかも聞くところによると、冒険者さんは所詮は平民ですのでマナーも何もなっていなく、衣装すら何とか借り物であつらえてやってくるらしいのです。実際2年前の冒険者さんもダンスも1曲もせずに殺伐とした自慢話を延々とされていたことを覚えています。
そういう事で私は懇意にしている騎士とお話をしていましたが、その騎士も冒険者は粗野で話ばかりが大げさだとうんざりした顔をされていたのを大いに納得しながら聞いていました。
その時来場者案内の声が響き渡りました。
「冒険者アインフォード様、キャロット様、シロウ様、ジェシカ様ご到着でございます!」
どよめきが起こりました。冒険者さんが招かれるのはそれほど珍しいことでもないのにどうしたのかと、私とその騎士も入口の方に目を向けました。
そこにいらした冒険者さんは、そうと聞かされていなければ平民だとは誰も思わないであろう方でした。
男性であるのに長い金髪をなびかせ青い目をしたまさに騎士のような雰囲気を持った男性が、これまたどこの令嬢であろうかと思える美しい女性をエスコートして入場してきたのです。
その男性冒険者さんの風貌も驚くほどの端正さで、その金色の髪には見事な艶があり、正直この場にいる誰よりもつややかな髪をしていると感じました。もちろんパートナーの女性の髪の艶もそれに負けてはいません。いったいどのような整髪料を使っているのか是非とも教えていただきたいと思いました。
残念ながらお召しになっている衣装は今の流行からは若干外れていますが、それすらわざとそういう着こなしではないのかと思えるほど堂々とされています。
お連れの女性の方の美しさと相まって、登場した瞬間に会場の視線を一気に引き寄せてしまったようです。アインフォード様、とたしか聞こえましたね。これはあとでお話に伺いましょう。内容も見た目に似合ったロマンティックなお話をしてくれると嬉しいのですが。
その冒険者さん一行はホールの隅に固まっておいででしたが、周りの皆さんは少し遠巻きに興味ありげに、様子をうかがっておいでの様でした。誰も話しかけに行かないのかなと思い見ていると、老齢の紳士が話しかけていかれました。ああ、あれはフランツ卿ですね。今回男爵に陞爵されたという元騎士です。
フランツ卿が話しかけられたのを見て、普段フランツ卿が仲良くされている方々がそちらに向かわれました。見ている限りそれは普通の貴族の社交の場の様であり、平民がいるような雰囲気ではありませんでした。
「騎士ライナー・フランツ卿、錬金術師リコリス様ご入場!」
そう招待客の到着を知らせる声が聞こえてきました。そう言えば今回は下町で話題になっている錬金術師の方が来られるとも聞いていました。錬金術師とはどのような方なのでしょう。やはりイメージとしては、怪しげな老婆が大きな鍋をぐるぐるとかき回しているようなそんな想像しかできません。いったいどのような方なのでしょう。
私はそんな貧相なイメージでホールに現れる錬金術師リコリスを待っていました。
しかし、そこに現れたのは私の想像を裏切り、騎士にエスコートされた絶世の美女だったのです。歳は私より少し上だと思われますが、決して老婆だとかそのようなことはなく、真黒な髪を腰まで伸ばし、纏っているドレスも黒を基調とした上質なものに見えます。
いったい最近のヘルツォーゲンの平民はどのようになっているのでしょう。少なくとも私の実家ヒューグラー男爵領で見かける冒険者や平民とは全く違います。
エスコートしている騎士は今回ヘルツォーゲンであった騒動を治めたライナー・フランツ卿と聞きましたが、その騎士と並んでも全く見劣りすることがありません。いえ、むしろライナー卿の存在が薄く感じられるほどです。
今日の園遊会、楽しみになってきました。是非ともお話を聞きにいかなくてはね。
招待客が全員そろったことが確認され、領主リーベルト辺境伯様が開催の挨拶をされました。リーベルト辺境伯様はこの一帯の支配者であり、多くの爵位をお持ちです。本来は爵位の授与などは国王陛下のみにしかできないことなのですが、リーベルト辺境伯様は伯爵、子爵、男爵の爵位を幾つも持っているため、国王陛下から領内の事に限り叙爵権を与えられているのです。これは他に類を見ないことです。下手をすると辺境伯様を王として独立国家となれる権力という事になるのですから。
しかし、辺境伯様は代々王に対しては忠義篤く、帝国との戦争や大森林からのモンスターの攻勢に常に王国の盾として戦ってきたという事です。もちろんその忠義に応えるための人事権という事なのかもしれませんが、私ごとき一令嬢にはそのような政治上の事はわかりません。わかるのは辺境伯様と王家の関係は極めて良好であるといったことだけです。その証拠に次期リーベルト辺境伯様であるクリストフ様の正妃は王家の第2王女アウレーリア様なのですから。
リーベルト辺境伯様のお話の中で今回ヘルツォーゲンに起こった辻斬り事件についての発表がありました。
その事件の内容は驚くべきものでした。普段ヘルツォーゲンにいない私にはそのようなことがこの街に起こっていたとは全く知りませんでしたし、ましてやこの街の地下に古代の遺跡があり、そこに巣くっていたモンスターが地上に現れ人々を襲っていたなどとは想像を絶するお話でした。
「騎士ライナー・フランツ、冒険者シロウ、アインフォード、キャロット、錬金術師リコリス、前へ!」
政務官様の声で5名が前へ出、膝をつきます。今日は略式ですがヘルツォーゲンの街を守ったことを称える、という意味のお言葉が領主様からあり、領都祭最終日には白虎城塞勲章が贈られる旨が語られました。
なるほど、今期呼ばれている冒険者さんはこのことで功績を認められたという事なのですね。
それにしても白虎城塞勲章ですか。この勲章は特に街をモンスターから守るなどの功績のあった勇者に送られる勲章で、騎士ならぜひ持っておきたい勲章です。ライナー様は幸先良いですね。私もライナー様を狙っちゃおうかしら。
いえ、それよりもこのアインフォード様というお方、ただの冒険者さんとは思えませんしこちらを狙ったほうが良いかしら…。
リーベルト辺境伯様のご挨拶が終わると、次期領主様のクリストフ様がパートナーである第1婦人アウレーリア様と共にホールに現れます。
領主様に一礼すると音楽が奏でられ始めました。最初にお二人のダンスが行われ、その後全員がホールに出ての群舞となります。
クリストフ様とアウレーリア様のダンスはそれはお見事なものでございます。クリストフ様は略装ながら多くの装飾品と勲章を身に着け、次期領主にふさわしい堂々としたエスコートでアウレーリア様をリードします。対するアウレーリア様は白を基調とした清楚でありながらも見事に刺繍が織り込まれた豪華なドレスをお纏いになり、頭上にはこれも見事なティアラを身に着けておいでです。お二人はクリストフ様のエスコートでそれはお美しい舞を披露されました。
見ているだけで心が奪われてしまいため息しか出ません。私もそろそろ結婚をまじめに考えなくてはなりませんね。今日は少し真面目に社交を行いましょう。
群舞が始まりました。私のパートナーは最近懇意にしている騎士の方です。別にこの方と結婚しても良いのですが、残念ながらこの方私以外に懸想している方がいらっしゃいますので、お互いに完全に割り切ったお遊びのお付き合いです。
こういう付き合いをしているから結婚できないのかしらね。
群舞の途中、隣で踊っているのが先ほどの冒険者さん、アインフォード様とおっしゃったかしら、であることに気が付きました。
自分のダンスに失敗がないよう、時に横目でアインフォード様とそのパートナーであるキャロット嬢を盗み見していたのですが、なかなか練習していらっしゃるようですね。その辺の貴族子弟と比べても遜色がないダンスを披露されていました。
それにしてもこの二人、お似合いすぎじゃないかしら?このお二人は恋人同士なのかしら?息はぴったりですし、何よりも超がつくほどの美男美女です。周りを見渡してみると私と同じようにこの二人を気にしている方は多いようです。何より私と今ダンスを踊っているパートナーですらキャロット嬢に目が行っているのですから。いくらなんでもそれは失礼ですわよ。
と、思ったその時私の近くで踊っていらした別の組の方がステップを間違えたのでしょうか、私と接触してしまいました。
「あ、痛っ。」
私は思わずよろけて、そのアインフォード様に接触し膝をついてしまいました。
「も、申し訳ございません。」
私は思わずアインフォード様に許しを請いてしまいました。
「いえいえ、お気になさらず。こういった群舞ではよくあることです。」
アインフォード様はニコリと微笑まれ、私の手を取って起こしてくださいました。
確かに群舞では接触は偶にあることです。時には大怪我に発展することもあるのです。それにしても!なんという洗練された立ち振る舞いなのでしょう。この方は本当に平民の冒険者なのでしょうか。冒険者の中には元貴族の方もいらっしゃるという話は聞いたことがあります。この方もひょっとしてどこかの貴族なのでしょうか。
ああ、もしかしたらこれは神の御引き合わせかもしれません。後でお話をする機会を頂けたのですから!




