園遊会 1
いよいよ今日が園遊会の日です。予定通り領都祭開始日の7日前に行われます。
場所は領主様の居城ではなく、領主様の離宮である南陽宮で夕刻から行われます。正式な叙勲式は領都祭最終日に行われるので、今日は正式な式典ではなくどちらかというと顔見せのような意味合いが強いという事です。
貴族様というのはあまり貴族街から出ることがないので(一部例外の方もいますが)冒険者のお話などは非日常を感じられる、格好の娯楽なのだそうです。
それでも主催は領主様ですので、参加される貴族様も豪華な顔ぶれになり、リーベルト辺境伯支配下の子爵様、男爵様も多くおいでになるようです。
当然そうなるとある程度の格式が必要になります。特に今回のように舞踏会がある園遊会ともなると、必ず男女がペアで出席する必要がありますし、ドレスコードもずいぶんと厳しいものになります。
当然私達もそれぞれがパートナーを必要としましたので、その件ではだいぶもめました。
まず、騎士ライナー様がどうしてもキャロットさんをパートナーにお願いしたいと言ってきかなかったのです。しかし、キャロットさんがそれを是とするわけがありません。キャロットさんにとっては仕えるべき主人以外をパートナーにすることはあり得ないでしょう。
アインフォード様がライナー様のパートナーを務めるようにと指示を出せば、いやいやながらでも従うでしょうが、アインフォード様もキャロットさんを大切にしているお方ですので、そのような指示は出さなかったのです。
私としてはそうやってお互いに大事にしあっているアインフォード様とキャロットさんがとてもうらやましいのですが、思い起こせば私もお父さまには大事にしてもらっていました。
という事で最後までキャロットさんが折れなかったため、結局私がライナー様のパートナーを務めることになりました。キャロットさんを見ていて、これはらちが明かないかなと自ら立候補したのです。アインフォード様が私にそのような指示を出さなかったことにほっとしたのは秘密です。
シロウさんは冒険者仲間の女性をパートナーに頼んだとおっしゃっていましたが、どのような方を連れてくるのでしょうか。少し楽しみです。
今日は私の店に領主様から馬車が回されることになっています。まず店にシロウさんとパートナーの方が来られることになっており、その後、フランツ卿の屋敷によってライナー様と合流し、私はライナー様の馬車に移動するという予定です。フランツ卿はまた別の馬車で来られるという事です。色々貴族様というのは面倒が多いのです。
朝3の鐘が鳴ったころシロウさんとパートナーの女性がやってきました。シロウさんのパートナーはジェシカという方で、Cランクの冒険者さんです。ジェシカさんは実はちょっと訳ありな方の様で、貴族特有の作法やマナーを心得ているという事です。たぶん深く聞かないほうがいいようなことなのでしょう。冒険者の中には貧乏貴族の3男、4男といった家に居られなくなった方も結構いらっしゃるのです。
「初めましてリコリスさん。私はシロウさんのパーティで軽戦士をやっているジェシカと言います。今日はよろしくね。」
ジェシカさんは栗色の髪をきれいに編み上げた大人の女性という雰囲気の方です。鳶色の瞳をした結構な美人さんであると思いました。
来た時から髪を結い上げていたのは、髪結いには時間がかかるので朝から知人にやってもらったからだという事です。私達はここで着替えて馬車に乗り込むことになります。
男性陣、女性陣に分かれて着替えの時間です。私は以前からパーティ用のドレスを何着か持っていましたが、アインフォード様やキャロットさんはフランツ卿から借り受けたようです。幸いアインフォード様とフランツ卿は体格も似ていたためフランツ卿が以前に使っていたもので十分間に合ったようです。ただ、やはり古い衣装ですので流行の衣装というわけにはいきません。女性に比べるとそれほど流行による差はないので問題ないだろうという事ですが、脳筋が服を着ているようなフランツ卿の言う事ですので、鵜呑みにするわけにもいかないでしょうね。
そもそも私の持っているドレスなんて200年前のものですから、むしろ私のほうが問題かもしれません。魔法のバックパックにしまってあったので経年劣化していなかったのが幸いでした。
キャロットさんについてはなんとフランツ卿の奥様が着ていらしたものを少し手直ししてくださったという事です。フランツ卿の奥様は数年前に若くして亡くなったという事ですが、そのような大事な衣装をこともなげにお直しに出すフランツ卿に大層驚いたものです。
私達がお互いに着付けの助け合いをしながら3人の衣装について楽しく語りながら着替えが完了しました。
私は黒を基調とした背中が大きくカットされたイブニングドレスです。今の流行は大きく裾の広がったAラインのようなのですが、私の持っているものはIラインのものしかありません。足元に向けて絞り込むようなデザインで足首辺りから少し外に広がったタイプなのです。この流行というのは全く面倒なものです。200年前はこれが流行りだったのですよ?
キャロットさんはさすがに流行を取り入れた感じでお直ししているようで華やかな水色の裾の広いドレスに仕上がっています。とてもキャロットさんに似合っており、キャロットさんの美しさがより一段と際立っているような気がします。ああ、これはまたひと悶着ありそうな予感がしますわ。
ジェシカさんはこれまたセクシー路線ですわね。赤いドレスは大きく胸元を開き、肩にボリュームを持たせウエストを絞って足元をやや広く拡げたスカートになっています。
基本的に足を大胆に見せるのははしたないこととされているようで、貴婦人様の着るドレスはすべて少なくともくるぶしまで隠れるロングスカートです。下町のご婦人方はそんなことも言っていられませんから、ふくらはぎくらいの長さのスカートを良くはいていらっしゃいますが、ミニスカートなどといった破廉恥なものは存在していないようです。
胸元を大きく開けるのは破廉恥ではなくて足を出すのが破廉恥というのも何か釈然としませんが、そういう文化なのだと納得するしかないでしょう。不思議ですが。
ちなみにアクセサリーの類は私が銀を素材に錬金し、ネックレスやイヤリングなどを製作しました。一般的にヴァンパイアは銀が苦手とされているようですが、私は特にそう言ったこともありませんので。
私達がわいわい騒ぎながらお互いの衣装をチェックしていると、アインフォード様とシロウさんがこちらにやってきました。
アインフォード様はシックな準礼服で白と黒ですっきりときめられています。確かにこの衣装だと流行はあまり関係ないのではないでしょうか。フランツ卿がこの服を着ていたと思うと少し意外だと思ってしまいます。
アインフォード様にはとてもお似合いで、もともと貴族然としたお顔立ちのアインフォード様が、背中まで伸ばした金髪を揺らすともうそれは貴族を通り越して王子様と言っても過言ではないでしょう。キャロットさんがその美しさでひと悶着ありそうだと先ほど思いましたが、アインフォード様もきっと何かやらかしそうです。
シロウさんは、と見ると、これは「紋付き袴」です。こちらの世界に来てからは初めて見ました。「ソウル・ワールド」にはいわゆるネタ装備として存在していましたが、ジパン出身のシロウさんが着ると全く違和感がなく、ものすごくお似合いです。これをアインフォード様が着ていたならきっと噴き出しているところです。
しかし、シロウさんは海賊を追いかけて嵐で遭難し、長い時間をかけてこの街に辿り着いたとおっしゃっていました。つまりこの紋付き袴はこの街でシロウさんがオーダーメイドしたという事なのでしょうか。よくこれほどのクオリティで再現できたものですね。ある意味流行を無視できるシロウさんにとっては最強の礼服と言えそうです。
しかし、この服でダンスなどはできるのでしょうか。
「シロウさんのそのお召し物はジパンの民族衣装でしょうか?」
「おお、リコリス殿。よくご存じでござるな。いかにもジパンの正式な服のレプリカでござる。拙者の場合見た目からして異人種であることがわかるので、こういった服を着ているほうが評判良いのでな。」
「シロウさんはこういった席ではいつもこれなんですよ。貴族様の中にもこの姿のシロウさんを楽しみにしている方がいらっしゃるようです。」
ジェシカさんがそのように教えてくれました。もうすっかりおなじみという事なのでしょうね。そう考えてみるとシロウさんの知名度というのは私が思う以上に高いのでしょう。
予定通り南陽宮には夕方に到着いたしました。これからホールで今回のマシーナリー辻斬り事件の功労者の発表があり、そのまま舞踏会という流れだそうです。
当然、最初に今回の園遊会の主催者である領主様のご子息が最初に踊られます。その後は群舞という事になり、私達もその中で最低一曲は踊らなければなりません。最初の曲が終わるとパートナー交代という流れになりますが、2曲続けて同じパートナーと踊る行為はその方と特別な関係であることのアピールになるので、私たちの場合は無難にパートナーチェンジしたほうが良いようです。
とりあえず一曲踊り終わるとダンスを続けるものと、歓談をしたがるものとに分かれます。
ここで私たちが求められる役目は、冒険者物語という貴族にとってはワクワクする物語を聞かせてあげるという事になります。
貴族という人種は常に話題を求めているものであり、生の冒険者のお話などというのはこの上ない娯楽になるようです。王都の貴族様はモンスターと戦うなどお話の上でしか知らない方たちですが、ここヘルツォーゲンは大森林の近くという事もありモンスター問題は比較的身近な問題です。
騎士や地方領主は実際モンスターと戦う事もありますので、今回のように活躍した冒険者を表彰などというとよくない顔をするという方もいらっしゃるという事ですが、貴婦人方にとっては心躍る物語なようで、その話の中に恋愛の要素が入って居ようものなら次の日には芝居の脚本が出来ていることもあるとか。
当然私達もそのような話をねだられることは自明ですので、ある程度はネタを仕込んでおく必要があります。当然中心になるのは先のマシーナリー事件の事になるでしょう。しかし、それだけでは話題が尽きることも考えられますので、他にも用意しておかなければなりません。
しかし、アインフォード様とキャロットさんはこちらに来てからまだ10か月ほどですので、それほど人に話せる冒険譚はありません。あるにしても大森林を抜けるために獣と戦ったり、またはシュライブベルグでの私の一件などですので、貴族様を喜ばせる内容にはしにくいという事です。
苦肉の策として「ソウル・ワールド」時代のクエストを話そうかな、とおっしゃっていました。
さて時間がやってきました。私達は馬車で到着すると簡単なボディチェックを受け、ホールに入っていきます。入るたびにどなたが到着したのかを知らせる係の人がホールに声を響かせます。
「冒険者アインフォード様、キャロット様、シロウ様、ジェシカ様ご到着でございます!」
私は騎士ライナー様にエスコートされますので、アインフォード様たちとはタイミングをずらせて入場します。
「騎士ライナー・フランツ卿、錬金術師リコリス様ご入場!」
さあ園遊会が始まります。




