とある冒険者の証言1 ドーリスさんの話
リコリスとあたしら姉妹が出会ったのは10年以上前になるね。まだあたしたちがハナタレのガキだったころさ。あたしたちはここの隣領のシュラブベルグのスラムで生まれ育った。毎日食べるものは教会からもらえるパン一個だけさ。あとは自分たちで何とかしなくちゃならない。なんとかしてたさ。あたしは手先が器用だったからね。
ところがある日あたしはドジ踏んじまってね。パンを万引きしたところを見られちまったのさ。あたしは妹のクラーラの手を引いて必死に逃げた。捕まったらよくて娼館行き、悪けりゃその場で斬り殺される。娼館に売られたところでその手の趣味のある変態に嬲り殺されるのがオチだからね。
あたしたちは墓地に逃げ込んで夜中までそこで隠れてたんだ。しばらく表に出なければほとぼりも冷めてまたいつもの暮らしに戻れるからさ。
その時クラーラがたまたま地下教会の隠し扉を見つけちまったんだ。
あたしたちはいい隠れ家を発見したと最初はワクワクしながら探検したんだ。でも中には干からびたミイラや骸骨がそこかしこに散乱しているじゃないか。ガキのあたしらはもう半泣きで走り出した。でもここから出ると大人につかまるから前に進むしかなかったんだね。
クラーラと手をつないで泣きながら歩いているとね、天使と悪魔が戦っている扉があってね。そこはカギがかかっていたんで、あたしらは泣きながらそこで一晩を明かしたのさ。
さすがに泣き疲れて眠ってしまって、目を覚ますとあたしたちを亡霊が見下ろしてたんだ。
そりゃびっくりしたさ。でも二人とも一瞬で腰が抜けちまってね、もう声も出なかったさ。震える声で「ごめんなさいごめんなさいあたしたちを食べないで」って呪文のように繰り返すのが精一杯だったのさ。
その亡霊ってのがリコリスさ。あんなきれいな子を亡霊と間違うなんて?いやあんた、その時のリコリスはひどかったよ。髪はぼさぼさで前向いてんだか後ろ向いてんだかわからない、着ている服はボロボロで墓場から今まさに這い出てきたっていう風情だったよ。
後でリコリスから聞いたんだけど、リコリスもその時たいがい慌てていたみたいだね。人の気配がするので見に来たら子供が二人眠っていて、どうしようかオロオロしていたら目を覚まして「私達を食べないで」だろ?そりゃ狼狽えるよね。
リコリスは辛抱強くあたしたちが泣き止むまで待ってくれていてね、それから地下教会の中に案内してくれたのさ。
その頃にはようやくリコリスは亡霊じゃなく、ここに住み着いているちょっと変わったお姉さんという事が理解できたよ。
10年前からお姉さんだったんだと今のリコリスの年齢はいくつだって?それはあれだよ。その、そう!リコリスはきっとエルフなんだ。だから年をとらないんじゃないかな?知らんけど。
でな?でも残念ながらリコリスは一切食べ物を持っていなかったんだ。どうやって暮らしているんだろう、とは思ったけどその時は深く考えなかったのさ。
あたしたちが食べ物を持ってないという事を知ると、リコリスは何でもいいから植物の種を持ってくるようにって言うんだ。そんなものをどうするのか不思議に思ったけど、次の日にリンゴの種を2つ拾って持って行ったんだよ。
するとびっくりさ!リコリスは魔法使いだったんだ。リンゴの種は小さなパンに変身さ。あたしたちに見せてくれたパンを作る魔法が錬金術だって知ったのはずっと後になってからだけどね。それからというものあたしたちは残飯から植物の種を一所懸命集めたさ。
でもリコリスとの約束でね、ここの場所とリコリスの事は誰にも話さないってことになってね。あたしとクラーラは交換してもらったパンを同じ孤児院の仲間とこっそり食べてたんだ。
それからあたしたちとリコリスは時々遊ぶようになった。あたしよりもクラーラのほうが仲が良かったね。クラーラは頻繁に遊びに行ってたみたいだから。
リコリスと出会ってから大体10年くらいはそんな関係だったよ。
その頃にあたしは冒険者になってヘルツォーゲンに出てきたからリコリスと会うこともなくなっていた。逆にクラーラはシスターとして大天主教会で働き始めたのでまだこっそりとリコリスと会っていたようだね。
あたしがリコリスと再会したのは昨年の事さ。とある事件を捜査中にリコリスと再会してね。その時リコリスはずいぶんと思い詰めていたよ。
それから色々あって…色々はいろいろだよ!そこの突っ込みは無しでな?あたしとクラーラ、そしてリコリスもヘルツォーゲンに引っ越しすることになったのさ。
さっきも言ったけどリコリスは錬金術師だった。しかも一流のさ!だからこの街で魔法屋を開くことにしたんだ。リコリス魔法商会の商品の品質が高いのは皆知ってるだろ?
それ以外にもリコリスには色々秘密があるんだが…それはまたいつの日にかだ。いつかって?そんなもんわからねぇよ。あたしが生きてるうちにな!
リコリス魔法商会アイテムNO.03
「パン2個」
お値段銅貨1枚。
普通のパンです。ちょっと大きめなのはサービスです。