マシーナリー 3
全員が緊張した面持ちで明りの魔法を頼りに慎重に下に降りる階段を下っていきます。エレベーターは動力が破壊されていますので動かすことはできません。
最下層にいるこのダンジョンのボスはどういう状態になっているでしょうか。アインフォード様は階段下のドアに着いたとき、ドアを一度開け、中に小石を投げ入れました。
カランカランと小石が転がる音がします。
しばらく息をひそめて中の反応を伺いますが、物音ひとつしません。やはりここのボスは破壊されているのでしょうか。
なんとなく息苦しさを覚えるような感覚に襲われます。私は息をしていませんが、緊張は伝わってきます。後ろにいるライナー様の息が、心なしか荒いような気がします。
「反応がないな…よし…行くか。」
アインフォード様が意を決して中に飛び込んで聞きました。シロウさんも続きます。すかさずエイブラハムさんもドアをすり抜けるように飛び込んでいきました。
明りの魔法に照らされたその空間は広い倉庫のような工房になっていました。部屋の奥にはエレベーターがありますが、エレベーターは明らかに破壊されており、上に上がる機能は失われているようでした。
そしてそのエレベーター付近では激しい戦闘が行われた形跡がありありと残されています。今まで見てきたマシーナリーより明らかに大きな機体が破壊され、そのパーツが散乱していました。
間違いないでしょう。これはこの拠点のボスの残骸です。どうやらここを破壊した侵入者はボスも見事に破壊し、マシーナリーが街にあふれだすことを阻止したようです。
「エイブラハム、監視を続けて。まだほかに何かいないとも限らない。」
アインフォード様は慎重にその残骸に向けて進んでいきます。私達は周りに目を凝らし、突然の襲撃に備えていつでも戦える状態で待機です。
いつどこから敵が飛び出してくるかわからない状況というのは、精神的に大きな負担になります。実戦経験が豊富なシロウさんですら脂汗を流しながら鋭い目を光らせています。シロウさんに比べてモンスターとの戦いの経験が浅いライナー様はさらに憔悴しているように見えます。このままじゃ倒れてしまうのではないかしら。
しばらくはその状態が続きましたが、残骸を調べていたアインフォード様が大きなため息をつき、安全を宣言なさいました。
「ふう。もう大丈夫でしょう。この巨大マシーナリーは完全に機能を止めています。突然動き出したりする心配はないので、皆さんもこれを見てください。」
アインフォード様は全員を手招きして、マシーナリーの残骸を脇にのけていきます。
「アインフォード様?なにかあったのですか?」
キャロットさんはアインフォード様が何かを掘り出しているような感じであったため、そう聞いていました。
「ああ、ちょっと面白いものを見つけた。」
「おもしろいものでございますか?犬でも居たのですか?」
「何で犬がここで出てくるのかわからないのだが…?」
「いえ、白い犬は『尾も白い』というではありませんか。」
「・・・あー。うん、そ、そうだね。キャロットはジョークのセンスもいいね。」
この状況で何を言い出すのでしょうかこの残念美人。そのようなカビが生えた上にそのカビごと化石化したようなギャグを平気で口にするキャロットさんをある意味尊敬しますわ。
「白い犬は尾も白い…?プッ!くくくくく…。」
あら?どうやらライナー様には好評の様ですわよ。ライナー様のセンスもたいがいですわね。
「で、何がありやがったのですか?」
まわりを微妙な空気にさせておきながら、何事もなかったかのようにキャロットさんはアインフォード様が掘り出したものの所に行かれました。なんというか、キャロットさんさすがです。
「あ、うん、これを見てくれ。」
アインフォード様も微妙な顔でキャロットさんを迎えます。
「これはなんでしょうか。マネキン…?いえ、まさかオートマタの残骸…?」
え、オートマタ?それは聞き捨てなりません。
「あ、アインフォード様、今オートマタという言葉が聞こえたのですがっ。」
オートマタとなれば、それは私の領分です。錬金術の分野の一つに自動人形作成というカテゴリーがあります。私は急いでアインフォード様のところに駆け寄り、その破壊された人形を見せていただきました。
確かにこれはオートマタだと思われます。あちこち激しく損傷しているので、果たして元の状態に戻せるかどうかは怪しいですが、これは研究材料としてぜひ頂きたいところですね。
「おそらくこのオートマタがここのマシーナリーと戦ったのではないだろうか。」
オートマタがいかに激しい戦いを繰り広げたのかは、その損傷具合からもよくわかります。
「しかしオートマタは主人の命令がなければ基本、行動ができません。このオートマタに命令を与えた術者がいたのではないでしょうか。」
「それは間違いないだろうね。でもオートマタを作成した錬金術師でなくとも、契約を交わしたものなら特にクラスに関係なくオートマタは使役できるよ。」
この子の主人はどこに行ったのでしょうか。ひょっとしたら私と同じく主人はもうすでに亡くなっているのかもしれません。
「リコリス、これを直すことはできるかい?」
「どうでしょうか。かなり損傷が激しいようですので、内部機構にどれほどのダメージがあるかによります。ですが、直してみたいです。」
私がそう答えるとアインフォード様は頷いて、そのオートマタが持っている武器を私に見せてくれました。
…刀です。ここにきて辻斬り事件との関連性がまた大きくなりました。
しかし、このオートマタは破壊されてどれほどの月日が経っているのかもわからないほど昔のものと思われます。つまり、現在稼働しているオートマタが別にいるのでしょうか。
「もうすでにキャロットもリコリスも気が付いていると思うが、この施設はかつての時代のものだろう。」
キャロットさんも頷いています。アインフォード様はシロウさんとライナー様に聞かれても大丈夫なように、一部ぼかしながら説明してくれました。
「『双子のオートマタ』」
アインフォード様は私とキャロットさんにだけ聞こえるように小さくそう呟きました。
その言葉を聞いた瞬間、戦慄が走りました。では、では、辻斬りの犯人は!
ハッと顔を上げた私にアインフォード様は頷き、シロウさん、ライナー様のところに歩いて行かれました。
「機械兵の反乱」シナリオのこの施設には双子のオートマタが登場します。私はソウル・ワールド時代、お父さまのパーティに同行してこの施設を訪れたことがありました。
オートマタはその時のパーティの行動や、状況によって敵になることがあれば味方になることもあるという話でしたが、私たちの時は一体が味方に、もう一体は敵として立ちふさがりました。そしてそのオートマタの製作者はすでに亡くなっていたはずです。
オートマタ達は主人が亡くなってからも長い年月、命令を忠実に守ってきたのでした。
その時は何も思いませんでしたが、このオートマタ達も主人に先立たれたかわいそうな存在なのかもしれませんね。
私と同じじゃないですか。
直してあげたいな…。
「ライナー様、シロウさん、このような遺跡を発見した場合などそこにあったお宝的なものの所有権はどうなるのでしょう。」
「そうでござるな。一般的に遺跡やダンジョンを捜索した場合、それで見付けた財宝などは発見者のものとみなされる。そういった遺跡などを探すトレジャーハンターもいるでござる。ただ、今回の場合はヘルツォーゲンの地下という事になるので領主がどういう判断を下すかわからないでござるよ。」
「この施設がヘルツォーゲンの城壁の中にある以上領主の持ち物という解釈になると思うぞ。王国法に合わせると、都市はその領主の財産とみなされるからな。都市に住む住人は土地を領主から賃借しているという見方をされ、それが税金という形で支払われていることになっているんだ。」
「なるほど…しかし、うーむ…。」
アインフォード様が考え込んでしまわれました。
「少し気になることがあるんです。この大きなマシーナリーの残骸ですが、頭部の中身が人為的に抜き取られたような、そんな気がするのです。」
何者かがそれを目的にこの施設を襲撃したという事でしょうか。しかしそんな物をどうするつもりなのでしょう。まさかこのマシーナリーを複製するとか…。
その考えに至って私はアインフォード様を見つめました。
「リコリスもその考えに至ったようだね。私にだってできることじゃないし、まさかそんなことができる人がいるとは思えないが、可能性はあると思う。」
それは何と恐ろしいことなのでしょうか。先ほどライナー様たちと話していた内容が現実になる可能性があるのです。
「ここを公開しても大丈夫なものだろうか…。」
「拙者は包み隠さず報告すべきではないかと思うでござるよ。正直言ってここの価値が拙者にはわからないが、見たところほとんどの機材は破壊されているようであるし、使い方もさっぱり分からないでござるからな。しかもまさか先にこれを見つけ部品を持ち出したものがいるかもしれないなら、それこそ領主に報告する必要があるでござろう。」
頭部の中身については大問題だと思うのですが、シロウさん達にすれば訳の分からないものでそれがどうにかできるとは思えないようです。
「俺もその意見に賛成だな。危険がないと判断できたのなら、後の調査は領主の判断に任せたほうが良いだろう。」
シロウさんとライナー様の意見は同じようで、「訳が分からないものは領主に丸投げしてしまえ。」的な感じです。
「確かにそれが一番かもしれませんね。というわけでリコリス、その大量に抱えたマシーナリーの銃身をどうするつもりなのかな?」
あ、ばれました。
「あ、あの。ちょっと作ってみたいかなーって…。そのオートマタも直してあげたいですわ。」
「そうだな。どうせ使い物にならないものだし、有効に活用できるのはリコリスくらいだろうから、少しばかり素材を頂いて帰ろう。ライナー様、それくらいいいですよね。」
「そもそも元の形がどんなものなのかもわからないモンスターだ。しかもモンスターの素材は倒したものが好きにしていいことになっているから、それは問題ないだろう。」
よかった。これでこの子の修理ができそうです。あとガトリング砲も。頭部の件は気になりますが…。「倒したモンスターの素材は好きにしていいことになっている」という事は私達の前に何者かがパーツを持って行ってもそれは罪にはならないという事でしょう。
「しかし、まだ肝心の辻斬り事件が解決していないですね。」
アインフォード様が皆に言いました。その通りです。犯人はおそらくもう一体のオートマタであるとは思いますが、どこに潜んでいるのか全く分からないのです。
しかも、それをどうやってライナー様たちに説明すればよいのでしょうか。私達がオートマタが二体いることを知っているのはどう考えても不自然です。
「それにしてもアインフォード殿、貴殿の仲間はなんというか、その、ちょっと常識外れすぎないか?リコリス嬢もそうだが、あのエイブラハムというちびドラゴンも先ほど魔法を使っていたよな。」
ですわよね。ライナー様はそうおっしゃいますが、これでも私を含めてみんな自重して第三位階までの魔法までしか使っていないのですけれどね。
この世界では第三位階の魔法を使えれば一流と言われ、世界最高峰と言われる魔術師でさえ第六位階までの魔法しか扱えないと聞きます。むしろ魔法の位階は最高位が六位階と思われているようです。魔女カタリナが第九位階の魔法を使ったという伝説があるだけで、500年も昔の事なので誰も見た事がないのですから。
第六位階など私でも扱えるのですけれどもね。
「私達はそういうところで生きてきたというだけです。でなければあのマシーナリーのような敵とまともに渡り合えませんでしたから。」
「いったいどこでござるか、その修羅の国は。拙者もまだまだ精進が足りぬでござるな。あの機械兵のような奴らが当たり前にいる国でなどとても生き残れないでござるよ。」
しかしこの国にもあのようなモンスターがいることが確認されてしまったのです。それも人が生活しているこんな身近で。
考えてみれば今回の事件はこの街のみならず、この国いやひょっとしたら世界を震撼させる出来事と言えるのではないでしょうか。
この国の人たちからすればあのマシーナリーは致命的です。それは今回の辻斬り事件でも証明されてしまいました。おそらく辻斬りの犯人はオートマタと最初にスラムで遭遇したマシーナリーであったのでしょう。どういう経緯でマシーナリーが起動を始めたのかは不明ですし、なぜオートマタとマシーナリーが戦っているのかもわかりません。そしてパーツを持ち去ったものの意図も。
お父さまやアインフォード様にならもっと事情が分かるのでしょうか。今回の事件が片付いたらアインフォード様にいろいろ聞いてみましょう。
「オートマタの修理ができるといいのですが…はっ!?」
顔を上げると目の前に真黒な刃が迫っていました。これは!
武器を抜いている余裕もありません。思わず爪で受けてしまいました。
私の爪はそれ自体が武器になっています。ヴァンパイアの爪は伸縮自在、その切味も魔剣に引けを取りません。
ですが…ちょっと不味かったかしら。ライナー様やシロウさんが驚きに目を見開きこちらを見ています。
「くっ!アインフォード様!」
私をいきなり襲ってきた黒い影は間違いなくオートマタです。もう一体のオートマタが突然襲撃してきたのです。
「キャロット!展開!」
「はい!」
「マジックミサイル!」
アインフォード様はすかさず魔法の矢を射出します。アインフォード様のミサイルは7本です。魔法に詳しいものがいるならこれだけで大体の使用位階を知ることができるのですが、シロウさんやライナー様はそこまで魔法について詳しくはないのでそれは大丈夫でしょう。
魔法の矢は矢除けの魔法を使わない限り、必ず標的に命中します。しかし、これだけで倒せるほどにたやすい相手でないことは、皆わかっています。
それにしてもこのオートマタ、動きが尋常ではありません。まるで獣のように地面を走り、壁を蹴り、必殺の一撃を放ってきます。
オートマタの目標はあくまで私の様です。物凄い連続攻撃をその黒い刀で繰り出してきます。私は魔法を使う余裕もないのでひたすら爪で防戦します。
右上方から斬撃が来たところを爪で受けると、左足の膝から飛び出した大きなとげが私の腹部に襲い掛かります。それを左手の爪ではじくと、いっきにバックジャンプで距離を取りました。
「キャロットさん!」
「ラッシュ!」
キャロットさんは私と入れ替わりにスキルを使用してオートマタに斬りかかります。
一刀目右上からの袈裟懸けの斬撃、2刀目返す刀で足を斬り払い、3刀目切り上げでわき腹を狙い、4刀目そのまま一回転して胴を払い、5刀目にのど元に突きを繰り出しました。まさに流れるような剣舞です。
しかしオートマタはそのキャロットさんの連続攻撃に見事に対応し、その黒い刀で5つの斬撃のうち4つまでは防いでいました。
それでもキャロットさんの武器は聖剣デュランダーナです。その攻撃力は片手剣随一と言われるほどのものであり、その実力通りにオートマタの左肩を粉砕していました。
最後に繰り出した突きをかわし切れなかったのでしょう。
オートマタはよろめいて一歩後退しました。
ここで逃げられると厄介です。
「ベアトラップレベル3!」
錬金魔術第一位階呪文である「ベアトラップ」を三位階で使用します。強化して使用しないとおそらくこのオートマタを拘束することはできないでしょう。
これで拘束できるかと思ったのですが、ベアトラップに挟まれた自らの足を切断して脱出を図り始めました。なんという執念でしょうか。
私は素早くバインドロープを投げつけ、コマンドワードを唱えました。
「縛!」
こういう時のために自分で使うコマンドワードはごく短くしてあります。ロープはオートマタの全身に絡みつき、その行動を阻害し始めました。しかし、あくまでも足止めにしかならないことは明白です。
「よくやったリコリス!」
ベアトラップに足を取られたうえ、バインドロープに全身を絡められて動きを止めたオートマタにアインフォード様が斬りかかります。
大上段から斬り降ろされた嵐の黒剣は防御に使われた黒い刀ごとオートマタの肩口を斬り割きました。
オートマタの右腕はだらりと垂れ下がり、まさに皮一枚でつながっている状態です。
中にある内部機構である機械類にバチバチとスパークが走り、オートマタは一度大きく痙攣して、そしてその動きを止めたのでした。




