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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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魔法屋の女主人

「リコリスさん。これ貰っていくよ!」

 年若い冒険者の一団がヒーリングポーションを嬉しそうに買ってくださいました。それほど高品質なものではありません。むしろあえて品質を落とすように、と言われて作ったものなので少し心が痛みます。


 今お買い上げいただいたポーションはヒール・ライトウーンズ級のポーションです。お値段は銀貨2枚。銀貨10枚あれば4人家族が1か月慎ましやかに生活できるお金ですので、銀貨2枚というのは結構な大金ではないでしょうか。それをこの程度のポーションのお値段にするのはいかがなものでしょう。

 私はもっとお安くしたほうが良いのではないかと思うのですが、それをすると他の魔法屋さんが困るので仕方なくこのお値段で販売しております。

 あ、でもそのかわりほかのお店で売られているものよりは効果が高いです。それくらいしないと私自身が納得いきませんもの。


 目の前の若い冒険者さんたち、今度はどこに行くのでしょうか。このお店を贔屓にしていただいているようなのですが、いつも生傷が絶えません。

「限りある命ですから大切にしてくださいね。ありがとうございました。」

 そういうと冒険者さんたちはどこか照れたようなはにかんだ笑顔で力強く頷いて、またきっと買い物に来るよ、と言ってお店から出ていきました。ちゃんとわかっているのかしらね。死んだら終わりなのでしょう?


 ふーとため息をつきながら振りかえると、お店のお手伝いをしてくれている親友のクラーラが明るい栗色の髪を揺らしながら微笑んでいました。

 もう。クラーラはきっと私の事を「残念な子」とか思っているのだわ!

「クラーラ?何か言いたそうね?」

「何を言っているの、リコリス。すばらしい言葉だと思いますよ。冒険者さんはどうにも命を軽く扱っているようでなりません。『命を大事に。』大天主様もそうおっしゃっています。」

 元シスターのクラーラは今でも敬虔な大天主教徒です。私は個人的に大天主教を好きではありませんが、クラーラの信仰をとがめるのは間違っていると思いますのでそれをどうとかいう気はありません。お父さまを迫害した人たちとクラーラは違う人ですもの。

 ああ、お父さま。リコリスは幸せなのでしょうか。


 *


 領都ヘルツォーゲン。人口10万人を超える大都市である。領主はゲーアハルト・エーヴァルト・フォン・リーベルト辺境伯。王国の北方にありリーベルト辺境伯領は都市の数などでは公爵家に劣るものの、王国最大の穀倉地帯を持ちこの一帯の豊作、不作によって王国全体の物価に影響が出ると言われている。

 リーベルト辺境伯領は北方を異民族の支配地域と接し、また東側にある人跡未踏の大森林に最も近い都市のため、モンスターの襲撃に対する砦の役目を持った城塞都市として知られている。


 季節は春3月。ヘルツォーゲンに新たな魔法屋が誕生してから1か月がたった。

「リコリス魔法商会」という名でオープンした魔法屋は道具屋筋の一角に建っていた。

 落ち着いた色合いのレンガ造りの2階建ての建物で工房を兼ねた造りになっており、店主であるリコリスが錬金術で作り出したアイテムを主に販売していた。


 冒険者が多く通っていたが、その目当ては主にヒーリングポーションだ。治癒術師が教会に独占されている現状では、けがの治療は街に戻ってから教会に行くか、ポーションを買って対応するかの2択なのである。

 そんな中でより品質の良いポーションを安く販売してくれる魔法屋は、冒険者にとってまさに命綱と言えた。


 もちろん、値段を下げすぎると同業者のみならず、教会からも目をつけられるので値段の設定は非常にデリケートな問題である。リコリスのようにもっと値段を下げたいと思っている魔法屋も多くあったが、教会に睨まれるといろいろ厄介になるので、大体の値段を崩さないよう自然と相場が形成されていったのである。


 もっともリコリス魔法商会が冒険者に人気が出た最大の理由は、店主リコリスが絶世の美女だったからである。リコリスはまっすぐな黒髪を腰まで伸ばし、白磁のように真っ白な肌をした20代半ばの女性であった。いつも黒いローブ姿であるが、そのローブも熟練の冒険者が「億万の金貨を積んででも欲しい」といったといわれるほどの一品であった。


 冒険者というのは基本男性が多い。しかも危険な職業であるが故、独身者がほとんどであった。そんな独身男性冒険者にとってリコリスは、知る人ぞ知る隠れたアイドルのような存在になっていたのだ。

 同じようにもう一人冒険者の中に絶世の美女といわれる女性がいたが、そちらのほうは決まった相手がいるようであり、また言動もちょっと変わった娘であったので皆遠くから生暖かく見守っていた。


 *


「それじゃ、リコリス、私はこのあたりで帰らせてもらうわね。」

 時刻は昼4つ。日暮れです。

「ああ、ありがとうクラーラ。助かったわ。これお給金。」

「ありがたく頂戴しときますね。なんだかリコリスから給金貰うっていうの、変な感じだわ。」

「あはは。私もそんな日が来るなんて夢にも思わなかったわ。」


 本当にそんな日が来るなんて思ってもいませんでした。お父さまが亡くなって以来、200年間引きこもっていた私にとって、クラーラは私を外の世界に引きずり出してくれた大切なお友達で恩人です。お給金なんかで返せる恩ではないと思うのです。

 だってクラーラはそのせいでシスターの立場と住む場所を失い、危険な冒険者家業をすることになってしまいました。そして何より私はクラーラの人としての価値観を狂わせてしまったような気がします。

 クラーラは私の計画に躊躇なく加担してくれました。それはシスターとしてどころか、人としての禁忌に触れる内容だったと思います。

 錬金術による生命力の収集、そして賢者の石によるエルダーリッチの召喚。

 …そもそも私というアンデッドの計画に加担という段階で駄目ですよね。


 結局計画は失敗しちゃったし、もしあの時アインフォード様がいらっしゃらなかったらもっと多くの人に迷惑をかけることになっていたでしょう。どうしてこんな私に、皆さんやさしくしてくれるのかが不思議です。


 …でも…クラーラもいずれは私を置いて死んじゃうのです。その時私は今度こそまともで居られるでしょうか…。やっぱり…まだ少し死にたいと思うのです。


「それじゃまたね。あ、明日からしばらく私、姉さんたちと依頼を受けているので街から離れることになっているの。その間お手伝いに来られないけれど、今日の夜か明日の朝にはアインフォードさんが帰ってくると思うから心配しないでね。」

 そうなのね。残念だけどしかたないわ。

「はい、わかりました。クラーラもくれぐれも無茶しないでね?」

「大丈夫よ!だってリコリス印のポーションがあるからね。」

 クラーラはお金なんかいらないと言っても絶対に譲りません。今日だって給金で支払ったのは大銅貨5枚です。それが相場らしくクラーラはそれ以上受け取ってくれません。大銅貨5枚の給金しか渡していないのに銀貨2枚もするポーションを3つも買ってくれました。

「絶対無事に帰ってきてね。」

 私にはそう言うしかありませんでした。せめてもの抵抗で一番出来の良いポーションを選んで渡したのは秘密です。


 日が暮れるとお客様もあまりおいでになりません。私は奥の工房に入り上着を脱いで薬草をすりつぶす作業を始めました。

 ゴリゴリゴリ…。

 乳鉢の中に緑色の薬草がすりつぶされペースト状の液体がたまっていきます。

 ゴリゴリゴリ…。

 この作業をしているとなぜか心が落ち着くのです。周りの景色が目に入らなくなるというか…。

 ゴリゴリゴリ…

 ゴリゴリゴリ…

 ゴリゴリゴリ…

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 はっ!?つい夢中になってしまいました。乳鉢の中には大量の薬草がペースト状になって溜まっています。でもおかげでとても滑らかにすり潰すことができたので、いいポーションができそうです。ああ、でもこれだと品質あがっちゃうなぁ。もっと値段を上げて販売したらいいのかな。今度アインフォード様に相談しましょう。今日帰ってくるといいのですけれど。


 カランカランとお店のドアが開くベルが鳴りました。アインフォード様たちがお帰りになったのでしょうか。

「はーい、ただいま伺いますー。」

 お客様かもしれません。アインフォード様より戴いた「接客の基本」という本に書いてあったことを思い出し、すぐにお店に出ます。


 アインフォード様は私がお店を開くことが決まるとこの本を書いてくださいました。アインフォード様はまだあまり字を書くことが得意ではありません。私はさすがに200年も引きこもっていましたので、その間に文字は覚えました。そこでアインフォード様のおっしゃることを私が文字に起こす形で書き上げたのです。


 それによれば、お客様がお店にいらしたときは「いらっしゃいませ。」お帰りになったときは「ありがとうございました。」何もお買い上げいただけなかった時でもこの二つの挨拶だけは徹底しなさいと書いてあります。

 何もお買い上げいただいていない方にも「ありがとうございました。」というのは何か不思議な気もします。そう質問すると、

「お店に来ていただいてありがとうございました、という意味ですよ。そういう風に対応された人はまた来てくれて、次はちゃんと買い物してくれるから。」

 と教えてくださいました。そしてそれは事実だとすぐにわかりました。一度来て何も買わずに出ていった人でも、その次にはお仲間と一緒に来られて色々買っていってくれることが多いのです。


 そんなアインフォード様の教えの中に「お客様が来られたらできるだけ早く店に出る。すぐ出られない時でも、すぐに行きますと声に出して言う事。」というのがありました。

 私は薬草をすりつぶしていましたので素早く手を拭き、すり潰した薬草が乾燥しないように乳鉢にふたをしてお店に向かいました。

「いらっしゃいませ!」

 そう言って暖簾をくぐりカウンターに出ました。


「ヒュー!!噂通り別嬪さんじゃねーかよ!ぎゃはははは!」

「おいおいこんな辺鄙な店にこんな別嬪さんがいるってのはどういうことだろーなぁ?」

「きっとあれですぜ?俺たちが誘いだしに来るのを待っていたにちげーねーですぜ!」

「ぐあはははははは!そうだようなぁ。暇な店みたいだし、ねーちゃんちょっと付き合えよぉ。なに明日の朝にはちゃんと帰してやるからよぉ。気が向いたらだけどなぁ!!」

「ぎゃはははははは!」

 何でしょうこの方たちは。カウンターに出てみると、お店には3人の冒険者と思しき男性が居られました。ずいぶんと使い込んだというか、粗雑な格好をしておいでです。まだ夜は冷えるので毛皮を革鎧に張り付けて防寒にしているのでしょうか。北方にそのような装備をした部族がありましたが、それを模しているのでしょうか。

 ずいぶんと騒がしく言葉遣いも乱暴ですが、いちおう冒険者さんの様です。ポーションでもお求めに来られたのでしょうか。


「いらっしゃいませ。どういったものがご入用ですか?」

 どのような風体をした方でもお客様はお客様です。アインフォード様の本にもそのように書かれています。お客様を見た目で差別してはいけません。

「ああ?何言ってんだ。おめーだよ、おめー!俺たちはこんなしけた店のアイテムなんかに払う金は持ってねぇよっ!」

 何をおっしゃっているのでしょうか。今日はお買い上げの予定がないという事でしょうか。

「今日はお買い上げの予定がないという事ですね。ええ、結構ですよ。本日は当店のアイテムをじっくりご覧になったうえで、お気に召すものがあれば後日お越しくださいませ。」

 きっと手持ちが心もとないのでしょうね。そういう日もあります。きっと冒険者さんだって仕事がうまくいかなくて、気が立っている日もあるのでしょう。


 そういうと冒険者さんたちはポカンと口を開けて何か変なものを見るような目で私を見てきました。

「何だこの女、頭がちょっと弱いのか?まぁそれならそれで都合がいいわ。」

 何かとても失礼なことを言われた気がします。私は確かにちょっとトロいのではないかと自分でも思っています。でも、頭は良いほうだと思っているのですが、思い上がりでしょうか?


「ごちゃごちゃいってねーでこっちに来い!」

 そういうなり冒険者さんのうちの一人が私の腕をつかみ無理矢理カウンターから引きずり出しました。

「そうそう。大人しくしてりゃ痛い思いはしなくてすむぜぇ?げへへへ。」

 そう言って全員が私を舐め回すような目で見てきました。正直不快ですが、この方たちはいったい何をしたいのでしょう。武器を抜いているわけではないので私に危害を加えるつもりではないと思うのですが…。


 そう思っていると突然私の衣服が破かれてしまいました。え?これはまさか私は襲われているのでしょうか?

「あ、あの。そのやめて戴けますでしょうか?この服もアインフォード様に買っていただいた大切なものですので。」

 そう言ってやめてくれるよう頼んでみたのですが、冒険者さんたちは鼻息を荒くしていて私の声は届いていないようです。彼らの腕が私の体をまさぐるように触ってきます。力任せに胸を鷲掴みにされました。痛いです。


 これはどうしたらいいのでしょう。殺しちゃっていいのでしょうか。アインフォード様に戴いた本には、このような時どうすればいいのか載っていませんでしたわ。ただ、相手が武器を持っていない限り、武器を抜いたり、魔法を使うのはダメだと言われたのは覚えています。なんでも相手が武器を持っていないのにこちらが武器を出すと、後で一方的に悪者にされてしまうことがあるらしいのです。


 とはいってもこのまま男たちに体を触られ続けるのはちょっと遠慮願いたいです。


 痛っ!私は店の床に押し倒されてしまいました。

 あ、そうだ!思い出しました。アインフォード様はむやみに体を触ってくるような人がお店に来たときは、大声を出して悲鳴を上げなさいっていっていたわ!

 大きく息を吸い込み!


「きゃあぁあああああぁああ!!」


 できるだけ大きな声で悲鳴を上げてみました。自分でもびっくりするくらいの大声が出ました。男たちも思わず耳をふさいだくらいです。ちょっとはしたなかったでしょうか?


 …ドドドドドドドドドド…


「リコリスちゃん!どうしたっ!!」

「なんだなんだ!何があった?」

「狼藉物はどこでござるか!!」

「姉さんどうした?!」

「リコリスちゃん大丈夫?!」


 地響きかと思うくらい沢山の足音と共に近所のお店のご主人や、たまたま近くにいた冒険者さんたちが10人以上お店に殺到してきました。昼間お店でポーションを買ってくださった年若い冒険者さんもいらっしゃいました。皆さま手に手に得物を持っておいでです。

 まさかこんなことになるとは私も思っていませんでした。


 集まってくれた方々は服を破かれ胸をあらわにしている私と、私に馬乗りになっている男たちを見て即座に怒りを爆発させました。

「てめぇ!リコリスちゃんになんてことを!」

「許せん!今ここでぶっ殺す!」

「人として風上にも置けぬ所業!斬る!」

「リコリス姉さんに手を出すな!」

「だれかー!治安維持団を呼んで頂戴!!」

 泡を食ったのは3人組です。まさかこんなに人が集まってくるとは思っていなかったのでしょう。私だって思っていませんでしたわ。


 集まってくれた人たちにボコボコにされた3人組はすぐにやってきた治安維持団の兵士さんにしょっ引かれて行ってしまいました。

 3人組はそれはもうかわいそうなくらいボコボコにされていました。腕の一本くらいは折れているような気もします。やってきた治安維持団の兵士さんも一緒になってボコっていたのは秘密にしておいてくれと後から頼まれてしまいました。


「あの、結構怪我がひどいようなので、これを飲ませてあげてください。」

 さすがにちょっとかわいそうな気がしたので売り物のヒーリングポーションを飲ませてあげました。

 ポーションを飲ませてあげた冒険者さんたちは、なぜか涙を流して謝罪をしてきました。これからはうちの良いお客様になってくれそうな気がします。

 それからすぐに治安維持団の兵士さんに連れられて行きました。

 しょっ引いていく兵士さんがやたらいい笑顔で手を振ってくれたのはなぜでしょうか。


 それからしばらく集まってくれた人たちが、「女の子一人では不用心だから」と言ってお店にいてくれました。いや、そこまでしてもらわなくても…。しかたないので皆さんにお茶をお出しすることにしました。

 それにしても皆さん、どうしてあんなに早く集まってくれたのかしら。


 しばらくするとアインフォード様とキャロットさん、ミニドラゴンのエイブラハムさんが戻ってこられました。

 なぜかアインフォード様は集まっていた人たちに、寄って集って説教をされていました。正座でペコペコ頭を下げるアインフォード様に普段のカッコよさはなく、なんとなく微笑ましかったです。でも私の事で怒られているのですよね?ごめんなさい…。


 リコリス魔法商会アイテムNO.01

「ヒーリングポーション・ヒールライトウーンズ級」 

 お値段銀貨2枚。

 当店の売れ筋商品です。冒険の際にはぜひお持ちください。

 初級の回復魔法と同等の治癒力があります。


 リコリス魔法商会アイテムNO.02

「ヒーリングポーション・ヒールシリアスウーンズ級」 

 お値段は銀貨15枚

 熟練の冒険者さんがたまに買ってくれます。

 中級治癒魔法ヒール・シリアスウーンズと同等の治癒力があります。

 骨折ですら治してしまいます。



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[一言]  なぜかアインフォード様は集まっていた人たちに、寄って集って説教をされていました。 ↑ 接客マニュアルを現地用にローカライズしなかったアインフォードの手落ちやからしゃーない(ノ´∀`*) …
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