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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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マシーナリー 1

 アインフォード様たちが帰ってこられたのはお昼を回ったころでした。詰め所で結構な時間事情聴取を受けたようです。


 一度全員がお店に戻ってこられてから軽く食事をとり、フランツ卿は自宅に戻っていかれました。

「ライナーよ。もうすでにアイン殿の実力を疑っているようなことはないだろうと思うが、今回の事件想像以上に厄介じゃ。正直言ってわしはお前をこの件から手を引かせたいと思っておるくらいじゃ。だが、お前もそれでは納得できまい。くれぐれも無謀な戦闘をせぬようにな。アイン殿、足手まといになるかもしれぬが、ライナーをよろしくお願いする。」

「親父殿…。ああ、わかったよ。あれだけのものを見せられちゃ納得するしかないだろう。アインフォード殿、これまでの暴言の数々心から謝罪する。このお詫びは必ず何らかの形で償させて戴くので、この事件を解決するためにどうか力を貸してほしい。」

 ライナー様がしおらしく頭を下げます。どうやらアインフォード様の実力の片鱗でも見る機会が昨晩あったのでしょう。

 横を見るとキャロットさんがふんぞり返って「ふんず!」といった顔をされています。アインフォード様の従者であるキャロットさんにしてみればライナー様の暴言の数々はとても我慢ならないものだったのは理解できます。私だって正直殺してやろうかと思ったくらいですから。

「いえ、街で私の事を悪く言う方がいるのはよくわかっていますので、誤解が解ければそれで十分ですよ。それよりなりより今回の事件をともに解決いたしましょう。このままではもっと大変な事態になってしまいそうです。」

 アインフォード様はとても寛大な方です。私もその寛大なお心で救われた一人なのですから。


 それからアインフォード様たちは2階のリビングに集合して今夜の計画を立てるということになりました。今晩は私も連れて行ってくれることになっておりますので、お店番をキャロットさんにお願いし、私もブリーフィングに参加させてもらうことにします。

「今夜からはリコリスも探索に参加してもらうわけだが、正直リコリスが今回の事件解決には最も効果的な働きができそうだね。」

「リコリス殿にこのような荒事は危険なのではないでござらぬか?」

 シロウさんが私を気遣ってくれています。

 でも夜目が利き、眷属による調査などもできる私は確かにお役に立てると思いますわよ。

「しかも、リコリス殿は昨晩碌に寝ていないのではないか?今からでも仮眠を取っておくべきではないか?」

 あら、ライナー様もお優しいですわね。でも必要ないのですわよ。

「そうだな、リコリス。このブリーフィングが終わったら少し寝ておくように。」

 アインフォード様が睡眠を取るように言われました。うーん、仕方ないですね。何日も不眠で動いていれば人としておかしいですからね。

「かしこまりました。」

 そう言ってここは素直に従っておきます。


「それで、昨晩は例のマシーナリーに魔力ビーコンをつけてあるので、今晩はその痕跡を追って行こうと思う。今奴はあのスラムでじっとしているようなので、動き出す前にねぐらを襲撃しようと思います。」

「では一刻も早く出発すべきではござらんか?」

 シロウさんがおっしゃることももっともです。

「そうしたいところなのですが、今あの一帯は治安維持団が捜査をしているので、下手に近づきたくないのですよ。下手をすると大量殺戮になる可能性もあります。」

「スラムであの化け物が発見される可能性はないのか?」

「その可能性もあると言えます。しかし私が昨晩追いかけた時、奴はまるで透明化の魔法を使ったかのように姿を消したのです。奴が動かない限り発見することは困難だと思います。」

 マシーナリーは魔法を使えなかったと思うのですが…。

「アインフォード様、マシーナリーに魔法の能力はなかったと思うのですが?」

「そうなんだ。私もそれが疑問でね。あの場で魔力感知をしてみたんだが、魔力はなかった。考えられるのは光学迷彩などの科学的不可視化の可能性だな。」

「光学迷彩…マシーナリーにはいくつかのタイプが存在しましたが、そういうタイプもいましたでしょうか。」

「見たことはないが、存在しても不思議ではないと思うよ。あとは銃火器搭載型もいたぞ。」

「あの、ひょっとしてアインフォード様はマシーナリーが1体だけではないとお考えなのですか?」

 それは何と恐ろしい想像でしょうか。

「ちょっと待つでござる。まさかあんな化け物が複数いるというのか?」

「あくまで可能性です。私だってあんなもの1体で十分です。」

 もし複数いたら大変なことになりそうですね。ここはひとつ皆さんにあれをお渡ししておきましょう。

「皆様にお渡ししたいものがございます。しばらくお待ちくださいね。」

 そう言って工房に午前中に作成したものを取りに行きます。


 1階に降りてお店を見るとキャロットさんとエイブラハムさんがこの間お店に来られた領主令嬢と折り紙をして遊んでおられました。お付きの騎士とメイドさんもこの間の方と同じです。

「いらっしゃいませヘルミーナ様。少々立て込んでおりまして手が離せませんが、ごゆっくりしていってくださいね。」

 そうヘルミーナ様に声をかけると彼女はぱっと明るい笑顔になり手を振ってくれました。

 彼女たちが安心して暮らせるように、あの殺人機械は早く始末しないといけませんね。


 工房からリビングにそのアイテムを持って上がります。アイテムとはまだ言えないものですが、少しはお役に立つかもしれません。

「アインフォード様、これをシロウさんとライナー様に使っていただきたいのですが。」

「ん、これは鉄板?いや、朝見せてもらった強化セラミックの板かな?」

「その通りです。この強化セラミック、固すぎて加工が難しいのですが、板状にしたものを脛当てや手甲に仕込んでおけばあの強力なブレードにも耐えられるかと思うのです。」

 本来は鎧に埋め込む形で使用できたらと思っていたのですが、そこまでしている時間はないようなのです。それでも脛当てなどに張り付けておけばそれなりの防御力になると思うのですが。

「それは良い考えですね。ライナー様、シロウさん使ってくれますか?」

「いや、拙者などよりアインフォード殿が使うべきではないのか?」

 ライナー様もそれが良いと頷いておられます。

「いや、私とキャロットは今回自分の鎧を持ち出そうと思いますので結構ですよ。お二人でぜひお使いください。」

「いつも使っている革鎧ではないのでござるか?」

「ええ、ちょっと仰々しい鎧ですので普段は使っていませんが、今回は使うつもりです。リコリスも例の外套を使ってくれ。」

 そうしてブリーフィングは終了し、約束通り私は少し休むこととしました。

 お父さまの外套を着てモンスター討伐。いけないことですが何かワクワクしますわね。


 夕食を食べるとすぐに出発となりました。治安維持団の捜査は日暮れと共に終了するためです。夜2つの鐘と共に出発します。

 今回は私たち全員、アインフォード様、キャロットさん、ライナー様、シロウさん、そして私とエイブラハムさんでの出発となりますので、お店は無人となりますが魔法でロックをかけておきましたので、よほど高度な魔術師がいなければ泥棒はできないでしょう。

 昨晩戦闘があった場所まで5人と一匹で向かいます。日が暮れると普段は遅くまで空いている酒場や食事処も閉店しているところが多いです。やはり辻斬り事件が解決しないと皆さん安心して出歩けないのでしょうね。

「アインフォード様は治安維持団があのマシーナリーと交戦した場合、勝ち目があると思いやがりますか?」

 キャロットさんがそう言ってアインフォード様に語り掛けます。私は無理じゃないかと思っています。

「無理だろうね。」

 アインフォード様はそっけなく言い放ちました。これにはシロウさんやライナー様も言葉をなくしました。

「マシーナリーはレベル30から40のモンスターだ。あのブレードを見ればわかると思うけど、同レベル帯のモンスターより攻撃力が高い。今回の私たちのようにきちんと対策をして挑まないと、あっという間に首を跳ね飛ばされちゃうだろうね。」

 そういえばマシーナリーのブレードタイプはクリティカルヒットで一撃死を放ってきましたわね。

「なので、ライナー様、シロウさん、くれぐれも注意してください。リコリスから渡された強化セラミックの板は、あのマシーナリーのブレードと同等以上の硬度を誇っていますので最悪の時はそれを仕込んだところで攻撃を受けてくださいね。」

「お、おお。承知したでござる。」


 アインフォード様は漆黒の鎧、キャロットさんは白銀の鎧、そして私はお父さまのパラケルススの外套を纏っています。エイブラハムさんはそもそもがドラゴンなのでその外皮はその辺の武器を寄せ付けません。私達については防具の心配はないと言えるでしょう。

 シロウさんの鎧は以前の世界、ソウル・ワールド以来では初めて見ました。サムライ・ウォリアーです。和風鎧です。赤い胴鎧は磨き上げられて輝いています。

 騎士ライナー様はやはり騎士鎧でおいでになりました。鉄製の騎士鎧はあまりにも重いので、胴、腕、脚を重点に防御した動きやすさを重点に置いた簡易装備です。

 シロウさんとライナー様は革ひもで強化セラミックの板を足と腕に固定してもらいました。セラミックは比較的軽いのが良いですね。

 キャロットさんが白銀の鎧を着て現れた時のライナー様の表情は、それはもう崇拝する女神様に出会った騎士のようでした。でも気持ちはわかります。普段のキャロットさんを知らない人があの姿を見れば思わず剣をささげたくなるでしょうね。


 私達はビーコンの魔力を頼りにマシーナリーを探します。そして昨晩の事件の場所まで来ました。アインフォード様がマシーナリーを見失ったという場所まで来てみましたが、ビーコンの場所まではたどりつけないのです。

「ビーコンの場所はここを示しているのですが…。ひょっとして地下空間があるのでしょうか。」

 アインフォード様の言葉に皆で地下に至る入り口がないか探し始めました。

 それにしてもここはスラムの中でもちょっと雰囲気が違いますね。この一帯だけ石畳が敷かれているのです。だからこそ地下への入り口がないかと思ったわけなのですが。

「アインフォード様、この石畳ですが違和感があるというか、ここに存在してよいようなもののような気がしません。」

「キャロット、それはどういう意味なのかな?」

「いえ、この街にある石畳とは違う石のような気がしまして。」

 たしかに同じ場所から採掘された石ではないような気がします。これほどの街ですのでいくつかの石切り場から切り出されてきた石が使われているだろうとは思いますが、それにしてもここの石は雰囲気が違います。なんというか…古い、という感じでしょうか。


「ビーコンではこの近所に反応があるんだがな…。待てよ…ひょっとしていま私たちが乗っているこの石畳自体がエレベーターになっているのか?」

 アインフォード様はそういって少し離れたところを探し始めました。

「…あった。これだな。みなさんちょっと石畳からどいていただけますか。」

 アインフォード様が発見した何かにコマンドワードを呟きますと静かに石畳がスライドし、地面に3m四方ほどの入り口が開きました。どうやらこれがエレベーターになっているようです。


 全員が無言でエレベーターに乗ると、コンソールがすぐに見つかりました。アインフォード様が操作をしますと、エレベーターは静かに下降を始めます。これは明らかにオーバーテクノロジーです。なぜこの街にこんな施設があるのでしょうか。

「これはいったいどういうカラクリでござるか?」

 私にもわかりません。マシーナリーという機械兵器が存在する以上それをメンテナンスする工廠なのかもしれませんが、この世界でここまで科学技術が発展しているはずがありません。つまりここは…

「ソウル・ワールドの遺構といったところか…。」

 アインフォード様も私と同じ結論に達したようですね。

「これはかなりまずいな。ここがマシーナリーの工廠だとすると、どれだけのマシーナリーがいるか想像がつかないぞ。」

 それにしてもいったいどれほどの時間、この工廠はここに存在していたのでしょうか。私が200年前にこの地に転移したときにはすでにヘルツォーゲンの街は存在していました。魔女カタリナ様は500年前に転移したとアインフォード様はおっしゃっていましたので、少なくともそれより前からここに存在していたと考えるべきなのではないでしょうか。


 私達がそのような事を考えている間にエレベーターは地下倉庫に停止しました。上を見るとエレベーターのハッチは閉じられており、かすかに壁が発光しています。

 私達が降り立ったのは大きな倉庫と呼べるような場所でした。いくつかのドックがあり、その中には明らかに稼働しているとは思えないくらいに損傷したマシーナリーが朽ち果てています。その中に唯一、稼働しているマシーナリーが存在していました。

「やつだ!」

 騎士ライナー様が盾を構え、剣を向けた先には片目に傷がついたマシーナリーがおり、今まさに起動するところでした。

「くるぞ!」

 マシーナリーにつながっていたチューブが分離され、すさまじいジャンプ力で片腕のマシーナリーがこちらに飛び掛かってきました。

「エレクトリカル・ナイブズ!」

 まずは私から行かせていただきます。あらかじめ用意してあった金属片を上方に放つとそれは電気を帯びたナイフに変化します。

「穿て!」

 10本のナイフはマシーナリーに殺到し、そのすべてが突き刺さりました。電気の影響で動きが止まったところに、アインフォード様とシロウさんが走り込み、アインフォード様が背中の大剣を右から振り下ろします。左からはシロウさんが居合で切り上げていました。

 昨晩は不覚を取ったらしいですがシロウさんの居合は見事なもので、マシーナリーの足を斬り飛ばしていました。

 アインフォード様の大剣はマシーナリーの頭部を斬り割いていました。さすがにこの状況で動き出すことはないようでした。


「ふう。これは昨晩のマシーナリーですね。おそらくかなりダメージが蓄積されていたのでしょう。」

「それでも拙者の剣が通用することが分かったので少し自信が戻ったでござるよ。」

「シロウさんの居合はかなり強力だと思いますよ。さすがBランク冒険者だと思いました。」

 キャロットさんがシロウさんを褒めています。キャロットさんがアインフォード様以外の方を認める発言をしたのは初めて見ました。

「そ、そうでござるか?いや、キャロット嬢に褒められると照れるでござるな。」

 シロウさんは頭を掻きながら照れていらっしゃいます。なんだかかわいらしい方ですわね。


 一方ライナー様は深刻な顔をされています。

「こ、これで辻斬り事件は解決したことに…ならないよな。」

 騎士ライナー様はそうであってほしいと思いながらも、これで終わったわけではないであろうと諦めたようにおっしゃいました。

「そうですね、とりあえずこの工廠を捜索しましょう。まだ動くマシーナリーがないとも限りません。」

「アインフォード殿はずいぶんと落ち着いているようだが、ここが何なのか想像がついているのか?」

 騎士ライナー様は周りをキョロキョロ見渡しながらここが何なのか懸命に見極めようとされていました。

「そうですね。私の故郷に似たような遺跡がありました。古代の超文明というところでしょうか。その遺跡にはあのような機械モンスターが存在していたのです。」

「古代の超文明でござるか…。まだ魔女カタリナの遺産と言われた方が信じる気になるでござるよ。」

「おそらくは魔女カタリナよりはるか前から存在していた遺跡でしょうね。まさかヘルツォーゲンの地下に存在しているとは誰も思っていなかったでしょうが…。」


 アインフォード様は慎重に辺りを見渡しながらドッグを一つ一つ確認に行かれました。一人で確認作業をするのは危険です。当然のようにキャロットさんとエイブラハムさんもアインフォード様についていかれました。

 私達はその間、倉庫の奥の通路から新たな敵が来ないか見張りをすることにします。


 しばらくしてアインフォード様たちが戻ってこられました。何か手に持っておられます。

「アインフォード様、それは?」

 なにやら筒の様ですが、これはもしや。

「マシーナリー用のライフルだ。」

 私はあわてて周りを見渡します。アインフォード様!それをライナー様やシロウさんに見せるのはまずいのではないでしょうか。以前私が火薬を調合したとき、アインフォード様は「それはまだこの世界の人に見せるものではない。」とおっしゃいました。この世界の根本を変えてしまいかねないからだとおっしゃいました。だからライフルはまずいのではないでしょうか。

「大丈夫だリコリス。これはマシーナリー用だし、そもそも火薬は使用されていない。いうなれば魔力爆発型バネ式弾丸発射装置といった代物だよ。ただし、威力はリコリスも知っているだろうが凶悪だ。」

「これをどうなさるおつもりですの?」

「どうもしないよ。見ただけで理屈はわかったから破棄するつもりだ。リコリスも構造だけは覚えておいたほうがいいかと思ってね。」

 なるほど。いずれそういったものを作ることが必要になるかもしれないという事ですわね。

「かしこまりました。それでは拝見いたしますわ。」

 私がライフルの構造を見ている間にアインフォード様たちはこの部屋の探索をあらかた終えたようでした。


「それではそろそろこの通路の先に行ってみようか。」


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