セラミックとグラスファイバー
アインフォード様たちがお店に戻ってきたのはまだ夜が明ける前でした。
「おかえりなさいまし。…何かあったのですね。」
アインフォード様が計画を変更して時間より早く戻ってこられたのです。当然何か特殊なことがあったのだと想像できます。
「ああ、ちょっとシロウさんが負傷した。治療はしたがだいぶ血を失っていると思われるので栄養剤を飲ませてあげてくれないか。」
「かしこまりました。」
私は店の棚から栄養剤を取り出し、シロウさんのところに駆け寄ります。シロウさんは床に毛布を引いた上に寝かされていました。
「シロウさん、栄養剤です。血をだいぶ失ったと聞きましたので、これを飲んでください。」
私はシロウさんの頭を膝の上に乗せ、膝枕状態でシロウさんの口に栄養剤のビンを持っていきました。
シロウさんはなぜか顔を真っ赤にして目が泳いでおりましたが、栄養剤を最後まで飲んでくれました。これで夜が明けるころには普段通り動けるようになるでしょう。
「今の事が親衛隊の連中に知れたら、拙者、この街におれぬでござるよ…。」
親衛隊とは何でしょうか。
「でだ。色々聞きたいことがあるのだが…。」
騎士ライナー様が聞きにくそうに切り出しました。
「アインフォード殿は魔法戦士で、キャロット嬢は治癒術師という事…なのかな。」
あー。なるほど。アインフォード様とキャロットさん、何かやらかしましたわね。
「私は治癒術師ではございません。聖戦士です!」
あ、キャロットさんぶっちゃけちゃいましたよ。大丈夫なのかしら。
私はお茶を入れながら皆さんの話を聞いていましたが、さすがに今のぶっちゃけにはアインフォード様も慌てたようです。
「せ、聖戦士ですと!」
フランツ卿もびっくりです。
「えーっと。ちょっと事情がありましてあまり詳しく話せませんが、その通り私は魔法戦士でキャロットは聖戦士です。第三位階の魔術は二人とも使用できます。」
「ふ、二人して第三位階の魔術が使えるのか!な、何でこんなところで冒険者なんかしているのだ?王都で仕官すれば大貴族が挙って召し抱えに来るぞ!」
騎士ライナー様が吠えるように聞きました。
「ご存じのように私たちはこの国の生まれではないので、今のところ王家や貴族などに仕えるつもりはありません。それで、特にキャロットの治癒魔術については教会との絡みもありますので内密にしていただけると助かります。」
怪我や病気の治療は教会の領分とされています。教会は寄付金と引き換えに治療魔法をかけてくれますので、冒険者の治癒術師が無償で治療をすることを極端に嫌がるそうです。
私の親友、クラーラも治癒術師であるのですが、表向きはそれを隠しバードとして冒険者をしています。
特に危険な討伐などでは教会にお金を払って治癒術師を派遣してもらうという事なので、純粋な冒険者に治癒術師は、ほぼいないということです。
「それは、そうだろう。こちらとしてもキャロット嬢があの魔法をかけてくれなければシロウ殿は間違いなく命を落としていたと思うし、教会とトラブルになるのは避けたいところではあるな。」
「協力感謝します。」
そう言ってアインフォード様は頭を下げられました。
「リコリス、先ほど正体不明の…おそらくマシーナリーと思しき敵に遭遇した。このブレードと装甲を解析してくれないか。」
「マシーナリーですか。それは驚きですね。承りました。解析してまいりますわ。」
「よろしく頼むよ。ちょっと面倒なことになりそうだから、敵の事はちゃんと知っておきたい。」
アインフォード様は鎌のようなブレードとそのマシーナリーのものと思われる装甲を渡してくれました。ただ、ブレードの方は治安維持団に提出することになるので、このままでの解析をとの事です。
「アインフォード殿、マシーナリーとは何でござるか?」
私が工房で解析をしている間、アインフォード様と皆さまで先ほど出会った敵について協議がされているようでした。
マシーナリーとは機械兵器の事です。以前の世界では中級の敵としてお目にかかることが良くありました。魔法は使いませんが、攻撃力が突出して高いのが特徴です。
私がこの世界に来てお父さまと放浪している間では遭遇したことがありませんでしたので、てっきりそのような機械兵器は存在しないのだろうと思っていたのですが…。
「アイデンティファイ・ロウ・マテリアル」
物質鑑定の魔法を使います。一般的な素材ならこの魔法で分かるはずです。
しかし、このアームがマシーナリーのものであるなら、おそらくこの世界では精製不能な素材ではないでしょうか。そもそも、マシーナリーの素材がなんであるかなど今まで考えたことがありませんでした。見た目から昆虫のような外見をしているものが多いので、そのようなものなのだろうと想像していましたが、考えてみれば機械兵器が昆虫と同じであるはずがありませんわね。
マシーナリーの装甲とブレードの解析は私の錬金術をさらに進めてくれる予感がしますわよ。
解析結果が出ました。装甲はガラス系素材です。これはグラスファイバーとみて間違いないようですわね。
グラスファイバー…これなら私でも生成できそうです。素材としてガラスがあれば繊維状に形成しなおすことは可能ですし、それを素材として装甲にすれば革鎧よりも軽くて丈夫なアーマーが作れるような気がします。アインフォード様たちは普段は市販されている革鎧と胸当てを使ってらっしゃいますので、それを強化してみましょう。私には鎧は必要ありませんし。
ブレードはどうやらセラミックの様です。セラミックの刃は切れ味が鋭く、包丁などとしては優秀なのですが、固いけれど脆いという弱点があります。
通常のセラミック製の剣はおそらく何度か打ち合っているうちに折れてしまうと思われますので、武器には向きません。
しかしこのブレードはその弱点を大きく改良したようなセラミックで、いわば魔力強化セラミックというべき素材でできていると言えます。これほどの剛性があるのなら十分武器として使えそうです。
ちなみに一般的に売られている剣は鉄剣で、鋳型に溶かした鉄を流し込み、冷えたところを研磨して切れ味を出したもので「鋳造剣」と言われるものです。当然重量は相当なものになりますので、柄の長さや形状などでバランスを取り、取り回しをしやすいように考慮されています。セラミックは鉄より軽いので、量産できれば十分に商売になりそうですね。いやそれどころか、軍に革命をもたらす可能性もあります。ちょっとコストを計算してみましょう。
「アインフォード様、素材の解析ができました。」
そう言いながらリビングに戻ると皆さん爆睡されていました。ああ、もう夜明けなのですね。しかたないので毛布を全員に掛けてから私は工房に戻りました。
この魔力強化セラミック、作れないでしょうか。
もう少し詳しく調べてみると、この強化セラミックは素材として炭素繊維が使われていることが分かりました。おそらく炭素繊維によって靱性を高め、欠けにくくしているのではないでしょうか。しかしこれだけでは金属剣のような使い方ができないと思われるのですが。
工房を見渡してみるとセラミックの原料になりそうなケイ素素材はガラスがあります。今回は素材としてガラスを使ってみましょう。ガラスはポーションのビンをチップ状にして使います。
しかし、剣を作るには材料が少なすぎるようなので、今回はダガーにしましょう。ダガーなら私も使えますからね。
高温炉に石炭を燃やしてガラスチップを投入します。ここからが錬金術師の出番なのですが、このままガラスを高温で金属に吹き付けて焼き上げればホーローになってしまいます。それはそれで利用価値がありますが、今回の目標はあくまで剣なのでホーローを作っても仕方ありません。
ガラスが液状になったところで炭素繊維を作るため炭を錬金術でカーボンファイバーの粉に変化させておきます。
配合比率も何も手探りなのでまずは1本作ってみることにします。硬度や靱性などは今後実験を繰り返すしかないですから。
液化ガラスとカーボンファイバーを合成してダガーの形に精製していきます。このままでは炭の入った黒っぽいガラス剣でしかありませんが、これに魔力を加えます。ある程度冷え固まったところで、再び窯に入れ焼き入れをしていきます。
朝2つの鐘が鳴るころには皆さん起きてこられました。大けがを負ったシロウさんも皆と同じようにされていますので、もう心配ないでしょう。
「リコリス、ひょっとしてあれからずっと実験していたのかい?」
アインフォード様が申し訳なさそうに聞いてくれましたが、私には特に睡眠は必要ありません。眠ることはできますので、普段は皆さんと同じように睡眠をとっていますが、つい実験に夢中になり徹夜をしてしまうことも結構あるのです。
「あ、つい夢中になってしまいまして…。それとアインフォード様これを見ていただけますか。」
そう言って作ったばかりの魔力強化セラミックでできたダガーをお見せしました。光沢のある黒いダガーはまるで黒曜石から切り出した美術品のように見えなくもないです。
ですがその硬度は自分でも驚くほどになりました。
窯から取り出したダガーがちゃんとした刃物として機能するためには研磨が必要になります。
自分で作ってみて何ですが、このダガーやたらと固いです。研磨するために通常より硬度の高い研磨剤が必要になりました。おそらく、武器としてちゃんと機能する品になっていると思います。
「昨日見せて戴いたマシーナリーのブレードを解析し、このダガーを作ってみました。マシーナリーのブレードの素材は『魔力強化セラミック』装甲は『グラスファイバー』であることが分かりましたわ。」
「え、解析してそのままこのダガーを作ったのかい?それは頑張ったな。」
アインフォード様はそう言って私の頭を撫でてくれました。はい、これだけで頑張った甲斐がありましたわ。
「それで、やはりグラスファイバーの装甲だったわけか。それにしてもブレードがセラミックとはな。」
アインフォード様は私の作ったダガーを観察しながらそうおっしゃいました。
ライナー様がその会話を聞いていたのか、質問をしてきました。
「ぐ、ぐらすふぁいばー?せらみっく?その、聞いたことがない名前の素材ばかりなのだが、それはどういったものなのだ?」
ライナー様やシロウさんが興味津々で私の作ったダガーを見ています。
「リコリス、説明をしてくれるかい。」
「はい。セラミックは皆さんよくご存じの素材ですわ。この花瓶も広義でセラミックと言えます。」
「その花瓶と同じ材質だというのか?このダガーが?」
「もちろん全く同じではないです。セラミックとはケイ素を高温加工して得られる素材で、陶器である花瓶と同じ理屈です。ですが花瓶は落とすと簡単に割れてしまいますよね。武器がそのように簡単に壊れてしまっては意味がありません。そこで剛性と靱性を持たすため、カーボンファイバーを加えてあります。それにより十分に刃物として通用する、いえそれ以上のものとすることができました。このダガーの色が黒いのはカーボンファイバーを加えているためです。」
「いや、すまないが何を言っているのかさっぱり理解できない。わかったことはこれが金属ではない刃物だという事だけだ。」
やはり錬金術に馴染みのない方には難しかったでしょうか。そういう意味では錬金術師でもないアインフォード様が大体理解されているのが不思議です。
「つまりリコリス。あのマシーナリーのブレードもこれと同じ強化セラミックという事なのかな?それならあの高い殺傷力も理解できますね。」
「はい、ほぼ同じものであると思います。それと装甲もグラスファイバー製であるので、金属に比べ非常に軽く、サイズに比べて機動性が高いのも理解できます。」
グラスファイバーは金属に比べて耐久性に劣りますが、軽くまた高靱性を持っていますのであの高機動性を維持できるものと思います。
「さすがに時間がなかったので製作はできませんでしたが、グラスファイバー製の装甲を作れば革鎧に勝る軽量強靭な軽鎧が作れるかと思いますわ。」
「アイン殿、わしにも全く何の話をしているのかわからないが、あの敵の装甲や武装が普通ではないという事なのかの?アイン殿は昔戦ったことがあると言っていたが、倒せるものなのか?」
「はい、非常に強力なモンスターではありますが、装甲は金属に比べて柔らかいと言えます。シロウさんの居合で頭部に傷を与えたのも私達も見ています。倒すことは可能でしょうが、危険度はトロール級以上と言っていいかと思います。」
「ばかな!そんな危険な奴がこのヘルツォーゲンの街中に潜んでいるというのか!いったいどこから入ってきたというのだ。」
騎士ライナー様の言うことはもっともです。いったいどこから侵入したというのでしょう。しかも今も街中に潜み夜毎に被害者を求めてさまよっているかもしれないのです。
「ですが、アインフォード様。治安維持隊員の残した『刀』という言葉とはどう考えても一致しないのですが、あのマシーナリー以外に犯人がいるのではないでしょうか。」
キャロットさんは時折ハッとするようなことを言います。
「その通りだ、キャロット。あのブレードはいうなれば『鎌』だ。『刀』とは誰も思わないだろう。」
「ではやはり他に辻斬り犯がいるという事になるのかのう。」
「あんな化け物がいるだけでも大問題なのに、辻斬り犯とは別だというのか!いったいこの街で何が起こっているのだ…。」
ライナー様のおっしゃる通りですわね。いったい何が起こっているのでしょう。
「とりあえず、この出来事を詰め所に報告に行きましょう。刀がなんであるのかは不明ですが、少なくともシロウさんが犯人でなかったことの証明にはなるでしょう。」
アインフォード様たち昨晩の夜警組は全員で治安維持団詰め所に、マシーナリーのアームを持って報告に行かれました。
…朝ご飯食べ忘れましたわ。
リコリス魔法商会アイテムNO.24
「栄養剤」
お値段銀貨1枚。
様々な薬草を調合して弱った体力を復調させるドリンク剤です。
特に血を大量に失ったケースなどでは造血増強効果もあります。
大怪我を治療した後には、是非とも服用をお勧めします。
リコリス魔法商会アイテムNO.25
「セラミックダガー」
お値段銀貨10枚
魔力強化セラミックで作ったダガーです。
その切味は通常の鉄剣の比ではなく、達人が使えば鉄剣を斬り飛ばすことができます。
あまりにも堅く、加工が困難なため受注生産とさせていただきます。
リコリス魔法商会アイテムNO.26
「セラミック包丁」
お値段銀貨1枚
通常のセラミックで作った包丁です。切味は鉄包丁に勝ります。
鉄製とは違い錆びることがありません。また耐久度も高く、長く使えます。
専用の砥石とセットで販売しております。一家に一本いかがでしょうか。




