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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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サムライ・シロウ

 拙者、名を志郎と申す。ジパンとこの国では言われている東方の国の出身でござる。


 もともとは南蛮貿易奉行所の役人をしておったが、海賊船を追い外海での戦闘中、巨大な嵐に巻き込まれてしまったのでござる。おかげで海賊もろとも拙者の乗っていた船も沈没し、拙者も波にのまれ気がついたら見知らぬ土地に流されておった。

 生きていただけ僥倖ともいえるが、言葉もわからぬ土地であった故まともな手段で国に帰ることはかなわぬと、長距離航海をしていると思しき船に密航したのでござる。


 ところが、なんということか密航した船はジパンとは反対に向かう船でござった。しかも航海中に船乗りに発見されてしまい、危うく海に投げ込まれるところでござった。その危機を救ってくれたのはたまたま現れたサハギンの集団でござる。

 サハギンの集団に商船が襲われ、戦えるなら密航を見逃すと提案されたのでござる。拙者、こう見えてもそれなりに戦闘経験は海賊相手にもっておったので、この程度のサハギンに苦戦することはなかったのだ。

 その時の活躍はぜひリコリス嬢に見てほしかったでござるな。それはもうちぎっては投げちぎっては投げ…う、うおほん。それはまあそういうことで気がつけばこの国に流れ着いたというわけでござる。


 流れ着いたときはまだ20歳そこそこであったが、しばらくは放浪しておったのでこのヘルツォーゲンという街に辿り着いたのはそれから5年後であった。この街の居心地がよくてな。ここ数年はこの街で生活をしておったのでござるよ。


 それにしても今回の辻斬り事件は不可解にござる。下手人が刀を所持していたというだけで危うく犯人にされそうになったが、確かに拙者以外に刀を所持している者は見たことがないでござる。まさか拙者を追ってきたものが居るとも思えぬのだが…。


 いずれにせよ下手人を捕らえ無実を証明せねばならぬ。拙者とてこの街では少々実力者として名が知られておるのだ。騎士殿が同行してくれるのであるなら、機会にさえ恵まれれば必ずやとらえることができるでござろう。

 しかも、しばらくはリコリス殿の家に世話になれるという幸運!これは冒険者仲間から妬まれるであるかもしれぬな。

 よくわからぬのがアインフォード殿とキャロット殿でござる。彼らも冒険者である故、武技を心得ておるようであるが、その実力は未知数でござる。最近売り出し中のパーティ「魔女の銀時計」の連中は彼らを極めて高く評価しているようでござった。トロールをこともなげに始末したと彼らは言っておったが、はたして…。


 夜3つの鐘がなったので予定通り出発の運びとなり申した。そこで拙者と騎士ライナー殿は大いに驚くこととなった。

「アインフォード殿、その巨大な剣はいったい…。」

 ライナー殿の驚きはアインフォード殿が背負っている大剣に向けられていた。拙者も同意見でござる。それに、アインフォード殿の大剣に隠れて目立ってはいないが、キャロット殿の腰に吊るされている剣もその辺で売っているような代物ではないと思われる。


「おお、貴君らがその装備を持ち出されるという事は、むしろ辻斬り犯に同情したくなるな。ヴァルト村以来、この街でその剣を見るのは初めてじゃな。」

「お、親父殿は知っているのか?」

「そうじゃ、ライナー。ヴァルト村で盗賊どもや、オーガを一刀のもとに切り捨てたのはまさにその大剣じゃぞ。キャロット嬢のバスタードソードもすさまじい切れ味を誇っておったの。」

「お、オーガを一刀で斬り伏せたでござるか?」

 オーガは強い。しかもそのタフさには定評がある。それを一刀で切り捨てたなどB級の拙者にも出来ぬことでござる。


「ぶしつけな願いではござるが、その大剣見せてもらっても良いでござろうか?」

「ええ、結構ですよ。ただ、この剣と私は契約で結ばれておりますので使用することはできないと思いますよ。」

 契約で剣と結ばれているだと?そんな伝説のような話があるのか?

 そう思いながらアインフォード殿の大剣を見せてもらった。これは何という大剣なのだろう。真黒な刀身から揺らめくような魔力を感じることができる。魔術師でもない拙者が感じることができるのだから、その魔力量は尋常ではないレベルなのではないだろうか。しかもその重量はまさに見た目通りの重さで、持ち上げるだけで精いっぱいでござる。こんな重量の大剣を彼は振り回せるというのでござろうか。


「私は剣の契約者ですので普通に使えますが、契約者以外の方がこの剣を持った場合、見た目のまんまの重さになるので、とても戦闘では使えないと思いますよ。」

「剣と契約とはまるで伝説の中の話のように聞こえるのだが。」

 ライナー殿が先ほど某が考えたことと同じような感想を漏らした。

「そうですね。伝説の武器と思っていただいて問題ありません。『嵐の黒剣』と言います。」

「『嵐の黒剣』!」

 リコリス殿が目を見開いて問いかけておられるが、その剣の名を今まで知らなかったのだろうか。

「アインフォード様はあの困難なクエストをクリアされていたのですか!」

「あはは。昔の事だね。今回からちょっと本気を出していきますので、装備も本来のものを使わせていただきますね。やたらと広範囲を巻き込む武器ですので、戦闘になった際のため場所取りの連携をシミュレーションしておきましょう。」


 伝説の武器でござるか…。これはなんだか楽しくなってきたでござる。「魔女の銀時計」の話していたことが本当だとするとひょっとして彼らはこの街で2チーム目のAランク冒険者に認定されるかもしれぬな。


「それでは、そろそろ出発しましょう。皆さんよろしくお願いします。シロウさんの冤罪を晴らして、この街の平穏を取り戻しましょう。」

 アインフォード殿の号令で出発することとなった。アインフォード殿に嫉妬する若者が流す心無い噂が、もうこの段階で的外れなものであることが拙者にはわかってしまったでござるよ。


 巡回は何事もなく進んでいった。辻斬りなどないに越したことはないのだが、今回ばかりは事件が起きてくれないことには拙者の無実を証明できない。被害者が出ないように解決できればいいのだが、今までの犯行からかなりの手練れであると思われるのでそれは難しいかもしれないでござる。

「そろそろ夜5つ(深夜2時)といったところでしょうか。このあたりが昨日犯行のあったあたりになりますね。」

 アインフォード殿が言う通りこの辺りは昨日治安維持団員が襲われた辺りのスラムでござる。


 夜の闇に隠されて昼間なら目につく汚物や動物の死骸が目に入らないのは、幸せな事かも知れないなと思う。しかしこの腐臭というべき悪臭だけは夜闇も隠してはくれないようでござる。

 この街は比較的裕福だが、ストリートチルドレンや物乞い、犯罪者は少なくない。ランタンに照らされて朽ちかけた小屋が散見されるが、さすがに昨日あのような事件があったためか人影は見えない。


「ここでいったん休憩にしましょう。軽食を持ってきていますので軽く食事にしませんか。」

 確かに小腹がすいたでござるな。騎士ライナー殿も頷かれたので、休憩を取ることになった。

「それにしても犯人は何の目的があってこのような殺人を繰り返しておるのじゃろうな。」

 フランツ卿がふぅとため息をつきながら腰を下ろし、そう漏らした。全くその通りでござる。被害者の共通点がなく、下手人の目的が全く分からないのである。

「全く手掛かりらしいものがないからな。唯一の情報が『刀を使っている』という事だけだからな。」

 騎士ライナーは某の刀を見ながらそう申された。


「今までの事件を地図に落としてみたところ、ここのスラムが怪しいと先ほども話しましたが、ひょっとしたらこのあたりを拠点にしているのかもしれませんね。」

 辻斬り犯も人であるならねぐらを持っているのかもしれぬからな。普段はスラムの住人に紛れて何食わぬ顔で生活しているのかもしれぬ。


 キャロット嬢が作ってくれたサンドイッチを食べながらそのような話をしていたのだが、不意にアインフォード殿が皆に声を潜めるように口元に一本指をあてられた。静かにせよというゼスチャーなのでござろうか。

「…キャロット、聞こえたか。」

「はい。なにか機械的ノイズであったような気がします。」

 機械的ノイズとは何であろうか。

「コンティニュアルライト!」

 不意にアインフォード殿が明りの魔法を使われた。ま、魔法が使えるのか、この御人は!

 今までランタンで照らされていた範囲をはるかに上回るエリアが明るく照らされた。


 そこにいたモノは間違いなく「異形」でござった。これは何なのだ?

 拙者からおよそ5メートルという至近距離にそいつはいた。

 見た目は人間大の蜘蛛というのが近いだろうか。足の数が4本に腕が2本付いた蜘蛛の化け物。その化け物は「キチキチ」と動くたびに異音を発していた。さっきアインフォード殿たちが言っていたのはこの音でござろうか。

 真黒な、まるで光を吸い込んでしまうかのような艶のない黒いボディは完全に闇夜に溶け込んでしまうだろう。

 腕に当たる部分には鎌のような刃物が仕込まれており、魔法の光に照らされたそれはいかにも切れ味が鋭いということを誇示していた。

 そいつが恐ろしい跳躍力を見せ、拙者に飛び掛かってきた。かわすことが精一杯だった。

 いや、かわせなかった。その化け物の腕に当たる部分が拙者の左腕を斬り飛ばしていたのだ。

「ぐおおおお!!」

 これでも拙者はBランクの冒険者である。今まで多くの強敵と戦ってきたが、これほどまでに「勝てない」と思わされることはなかった。本能が直ちに撤退せよと告げる。

 それでも拙者はサムライである。この程度、腕の一本ごときで引くわけにはいかぬ。

 斬られたのが右腕でなくて良かった。居合で拙者の腕を斬り飛ばしたそいつの頭と思しき場所を斬りつける。

 複眼のような目がいくつかはじけ飛んだ。拙者は居合には少々自信がある。今の一撃、感覚では確殺したと思った一撃でござった。しかしこの化け物は少しも怯んだ様子がなかった。

「な、なんだこいつはっ!」

 騎士殿の声が後ろから聞こえたが、そいつは目標を変えることはなかった。先ほどとは別の腕でやはり拙者を狙ってきた。

 今度は刀でその攻撃を受ける。確実に命を奪うべく首を狙ってきた。

 首を狙った一撃は受け止めることができた。しかし、拙者の右足は同時に斬り飛ばされていた。同時にか!

 いよいよ死を覚悟したとき、突風のような速さで巨大な大剣がそいつの腕を粉砕していた。

「シロウさん!下がって!」

 大剣を盾に拙者の前に立ったのはアインフォード殿でござった。

「キャロット!後方警戒!」

「はい!」

 アインフォード殿は右手で剣を盾にし、左手を突き出した。

「ライトニングボルト!」

 アインフォード殿の左手から紫電がほとばしり、そのクモの化け物を貫いた。

 電撃を食らった化け物はマヒしたかのように一瞬動きを止めた。アインフォード殿は素早くリコリス殿から受け取った魔力ビーコン球をそいつに投げつけ、そのまま追撃の剣戟を放った。

 しかし、そいつはまだ死んではいなかった。その化け物は煙を吹きながら大きく後ろにジャンプし、アインフォード殿の攻撃をかわしながら路地の中に消えていった。

 すぐにアインフォード殿は後を追ったが、見失ったのだろうか深追いはせずすぐに戻ってきた。

「キャロット、そちらはどうだ?」

「はい、他に脅威となるものはいないようです。」

 どうやらあの化け物以外に敵はいないらしい。そう思ったところで血を流しすぎたためだろうか、意識が遠のいてきた。これは命がつながっても冒険者家業も引退でござるな…。

「シロウさん、意識をしっかり!ライナー様、フランツ卿!シロウさんの斬られた手足を繋げるように持っていただけませんか!」

「お、おお」

 フランツ卿とライナー殿が拙者の手足をつなぎ合わせるように当ててくれた。

「キャロット、頼んだ。」

「はい、アインフォード様。ヒール・クリティカルウーンズ。」

 キャロット嬢が治癒の魔法を唱えるとキャロット嬢のかざした手にまばゆい光が収束し始めた。その光は拙者の斬られた手足に集中し、傷口を覆い始めたのである。

 しかし、斬り飛ばされた手足をつなぐことなど出来るのか。

 そう思ったのもわずかな時間だった。驚いたことに斬られた手足に感覚が戻ってきたのだ。こんな高度な魔法は初めて見たでござる。少なくともこの街の神官にここまでの治癒魔法を扱える者はいないはずだ。いや世界中でこんな奇跡のような魔法を使える者など果たしてどれだけ存在しているであろうか。まさに伝説に聞く法王バルナバスに匹敵する治癒術師ではないのか。いずれにせよこれは命を救われたでござるよ…。

 ただ、やはり血を流しすぎたのはいかんともしがたく、しばらくは動けそうにないでござるな。


「アインフォード殿、いまの化け物はいったい…。」

 フランツ卿の疑問はここにいる全員の疑問だったであろうな。某も非常に気になるでござるよ。

「かつて似たようなモンスターと戦ったことがあるのですが…。」

 そう言ってアインフォード殿は破壊した腕を拾い上げた。

「これは…グラスファイバーか…?」

 何やら聞きなれぬ言葉でござるが、特殊な素材でできているという事だろうか。

「これは治安維持団に提出せねばならぬですな。」

 フランツ卿がそう言って残された腕を観察している。腕には三日月状の刃がついており、その切れ味は拙者自身が実証したとおりでござる。


「そうですね。そうせざるを得ないでしょうね。ですが、この破片くらいはちょっと拝借させてもらいましょう。リコリスなら何かわかるかもしれません。」

「何か特殊な素材なのか?」

 騎士ライナーはリコリスならわかるかもしれないとの言葉に反応した。

「ええ、おそらくは。」

 アインフォード殿もそれがどんな素材なのかは判別できないようでござる。それよりも…。

「命を救っていただいて感謝の言葉もない。誠にかたじけのうござる。」

 まだ起き上がることができないので、頭だけ下げて感謝を伝えた。

「と、ところで、あ、アインフォード殿は魔術師でござったのか?いや、あの剣技は魔術師に行えるものではござらんかったが。」

「わしもアイン殿が魔術を使用できるとは知らなかったな。しかも先ほどの電撃の魔術は第三位階のライトニングボルトではなかったのか?」


 フランツ卿とアインフォード殿は以前から付き合いがあると聞いていたが、そのフランツ卿も魔術が使えるとは知らなかったようである。


「この国にも魔法戦士はいると聞いていますが、この街にはいらっしゃらないようですね。」

 魔法戦士は確かに存在する。しかし、拙者の知る魔法戦士は補助的に魔術を使う程度で、せいぜい自分の剣の切れ味を上げたり、魔法感知を使ったりする程度でござる。

 魔法というのは才能のある者が長い研鑽を経て初めて実戦で使えるようになるものである。そのため魔術師は肉体を鍛えることを切り捨て、魔法を発動するための訓練と理論構築、または魔力を高めるための瞑想などに時間を費やす。

 それゆえ魔法戦士などといった戦士の訓練と魔術師の研鑽を同時に行える者などまず見かけることがない。いたとしても先に述べた初級の補助魔法を幾つか使えるだけなのだ。

 あのような攻撃魔術、ましてや第三位階魔術など使えるわけがない。そもそも第三位階の魔術を使える魔術師はそれだけでBランク冒険者認定を受けるほど希少な存在なのだ。

 それだけの魔術を行使しながら拙者が死を覚悟した相手の武器を剣技で破壊し、ついには撃退して見せたのだ。いったいこのお方は何者なのだ。Eランク冒険者?ありえぬ。


「キャロットさんは治癒術師だったのですか。」

 騎士ライナーはキャロットさんの治癒魔法について質問していた。

「緊急事態でしたので使用しましたが、あまり他言しないでいただけると助かります。」

 今のキャロット嬢は冒険者の間で「残念美女」のあだ名で呼ばれているちょっとおかしな女性ではなく、凛とした立ち振る舞いが美しい一流の治癒術師と言えた。


 確かに治癒魔法を使えるものは教会が囲い込みに来ることが知られている。本人が敬虔な大天主教徒であるならそれでも良いだろうが、教会は自身の権威のために治癒術師を教会に閉じ込めようとするので冒険者からは特に嫌われている。

 しかもキャロット殿の治癒魔法は拙者の切り離された手足を繋いだのだぞ。どれだけ高位の魔術なのか見当もつかないでござる。


「とりあえず今日はこれ以上の夜警は無理でしょう。一度リコリスの店に戻りましょう。」

 アインフォード殿の提案に反対するものは誰もいなかった。今ここで起きた一連の事を整理しないことには、被害が増すだけのような気がするでござる。


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