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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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犯人は冒険者?

 夕方になりアインフォード様がお戻りになりました。アインフォード様とキャロットさん、エイブラハムさんにもう一人いらっしゃいますね。あの方はたしか冒険者のシロウさんだったと思います。このお店の常連さんのお一人です。


「おかえりなさい。そちらは確か冒険者のシロウさんですね。いらっしゃいませ。」

「う、うむ。失礼つかまつる。」

「お茶を用意いたしますね。」

「ああ、すまないリコリス。お願いするよ。」


 アインフォード様がわざわざ連れてこられたのです。何かきっと事情があるのでしょう。

 シロウさんはこのあたりではあまり見ないサムライといわれる戦士です。遠くジパンの国から流れ着いたとおっしゃっていました。冒険者ランクは「B」だったと思いますので、かなりの実力者と言われているお方です。着流しと言われる一風変わった衣装をお召しになり、長い黒髪を高い位置で纏めた髪型をされています。


「どうぞ。お召し上がりください。」

「かたじけない。リコリス殿に茶を入れてもらえるなど、拙者望外の喜びにござる。」

 それからアインフォード様は今日どういうことがあったかをお話になられました。


 アインフォード様たちが昼過ぎに冒険者ギルドに赴くとちょっとした騒ぎが起きていたという事です。実は昨晩も辻斬り事件がありその犯人が冒険者の中にいたという噂になっていたのです。


 被害にあわれたのは警邏中の治安維持団隊員だったのですが、発見された時はまだ息があったという事なのです。ただ、息があったと言っても一言だけ発することができただけだという瀕死の状態でした。

 その一言が問題だったのです。瀕死の彼の残した証言が「カタナが…」という言葉だったのです。


 この国の一般的な戦士が持つ剣は両刃の「ソード」が主になります。剣そのもの重量で対象を「叩き切る」ことを主眼に作られています。対して「カタナ」と言われる剣は片刃で細身の「ブレード」です。斬ることに特化した剣と言われていますが、扱いが難しくこの街でカタナ使いとして知られている人物はシロウさんただ一人だったのです。

 当然シロウさんに疑いの目が向けられることになりました。シロウさんは参考人として治安維持団の詰め所に午前中連行され、取り調べを受けたらしいのです。

 私もシロウさんの事はよく知っているわけではないですが、この店に良くお買い物にいらっしゃる方で、義に篤い武人というイメージがあります。そのような罪を犯すような方ではないと思いたいのですが。


「やっていないことの証明程難しいことはない」といいますが、シロウさんには昨晩の確かなアリバイがありました。昨日の夜から冒険者仲間数人と夜警をすでに行っていたのです。そのため治安維持団からも有力参考人という事で逮捕されることは免れました。

 冒険者ギルドの方々も普段のシロウさんをご存じなので、誰も本気で疑っているわけではないらしいのですが、治安維持団にとってはそうはいきません。唯一の情報から導き出される容疑者がシロウさんなのですから。

 そこでアインフォード様が提案なさったらしいのです。


「いくらなんでも『カタナ』という情報だけでシロウさんを犯人に仕立て上げるのは無理があるでしょう。なら、参考人として監視をつけて様子を見るというのはいかがでしょうか。

 幸いなことに私は今晩から騎士フランツ様の依頼を受け、騎士ライナー様と合同で捜査をすることとなっております。騎士ライナー様であるなら監視役としても十分ではないでしょうか。もちろんシロウさんにしても濡れ衣を着せられたままでは納得がいかないでしょうし、私達と捜査をしてもらうこととします。」


 この意見にギルドに居合わせたメンバーはおおむね賛成されたそうです。

 そしてシロウさんを伴って治安維持所を訪問し、先ほどの話をしてきたという事です。

 治安維持団は騎士様が承諾してくれるのなら、それで構わないという結論を出されました。アインフォード様はこういった世界ですので、でっちあげでも何でも犯人を特定し事件を解決したことにするのではないかと思ったらしいのですが、さすがに誤認逮捕で辻斬り事件が収まらなかった場合冒険者を敵に回す可能性があります。

 街の治安を預かる彼らとしては、武力集団である冒険者ギルドと敵対することは避けたかったのだろうとおっしゃいっていました。


 しかし騎士ライナー様がこの提案を受け入れてくれなければ、シロウさんは辻斬り事件が解決するまで詰め所で軟禁されることになるという事です。これは何としても今晩ここに来る騎士ライナー様を説得せねばなりませんね。


「しかし、辻斬り犯が刀を使用しているとは信じがたいでござる。」

「確かにこの街で刀を見る機会はほとんどないですからね。私もシロウさん以外の方が刀を使用しているところは見た事がありません。」

「アインフォード様は刀を使用することができるのですか?」

 アインフォード様もキャロットさんも普段は一般的なバスタードソードをお使いです。ですが、アインフォード様の本来の武器は身の丈もありそうな大剣です。刀を扱うことはできるのでしょうか。

「使うだけなら使えるよ。だけど刀を使用したスキルは習得していないから、シロウさんのようにうまくは扱えないね。」

 それを聞いてキャロットさんが言いました。

「ということは専門の訓練を受けた方でしか、今回の辻斬りは行うことができないと言えるのではないでしょうか。」

 時々キャロットさんは鋭いことをおっしゃいますわね。

「その通りだキャロット。今回の辻斬り事件、意外と根が深いかもしれないぞ。」

 専門の訓練を受けた殺人鬼が街の中にいる…。それは何と恐ろしいことなのでしょうか。


 キャロットさんが夕食の準備をしているとフランツ卿と騎士ライナー様がいらっしゃいました。打ち合わせではライナー様のみがお越しになるという話でしたが、なぜかフランツ卿まで一緒です。キャロットさんお料理二人前追加ですわ。

「いきなりわしも一緒に来てしまってすまんのう。実はシロウ殿の話を聞いたものでな。それならわしが証人になったほうが治安維持団も納得するじゃろう。」

 なるほど。さすがフランツ卿です。騎士ライナー様は確かに騎士様ですが、この街ではまだあまり名が知られておりません。それに比べて御父上であるフランツ卿は有名人です。この二人が監視役なら誰も文句は言わないでしょう。


「初めましてシロウ殿。私はライナーと言う。ここにいるフランツ男爵の嫡男だ。あまりこの街の事はわからないので、あなたの事を信じているわけでもなければ疑っているわけでもない。しかしシロウ殿は「B」ランクの冒険者という事ではないか。できれば濡れ衣であることを今回の捜査で証明できれば良いと考えている。」


 食事が始まるまでにシロウさんとフランツ親子の挨拶が行われておりました。

「私もシロウさんの濡れ衣が晴れることを祈っていますよ。さあそれより夕食といたしましょう。貴族様のお口に合うかどうかいささか不安ですが、キャロットが腕によりをかけて夕食を用意させていただきました。どうぞお召し上がりください。」

「な、なんと!キャロット嬢の手料理を頂けるのですか!」

 ライナー様、なにやら興奮しているようです。

「いや拙者もキャロット嬢の手料理を頂けるなぞ、明日の朝には同じ冒険者仲間から半殺しに合うかもしれませぬな。」

「キャロットさんは冒険者の方から人気があるのかしら?」

 シロウさんに聞いてみました。

「うむ、キャロット嬢はこの街の3美人に選ばれておるのでござる。もちろんリコリス殿も選ばれてござるぞ。」

 は?何でしょうかそれは。初めて聞きました。「美人」特性恐るべしですね。キャロットさんを見ると「だからどうなのよ?」的な顔をされています。美人であるように創造された私達ですから、逆にそれから外れていると問題ですわね。


 キャロットさんは皆さんの席に配膳していきます。本日のメニューはキャロットスープにサラダ、メインディッシュに牛肉のステーキです。さすがに騎士様が来られるという事なので奮発したようです。香辛料をたっぷり使ったステーキなど庶民には夢のような食事です。そういう意味ではこのお店の売り上げもそれなりに順調といえるのでしょう。ちなみにパンは私が錬成したリコリス印の大き目のパンです。


 キャロットさんによる配膳が終わったので見渡してみれば、騎士ライナー様のお肉が若干小さいような気がします。…キャロットさん大人げないというか、かわいいというか…。

 騎士ライナーもそれに気が付いたのか苦笑いです。キャロットさんは「ツーン」といった感じで斜め上を向いていました。

 ちなみにキャロットさんのお肉が明らかに大きいのは、この家では常識です。聞いたときは驚いたのですが、キャロットさんは「食料消費1.5倍」というマイナス特性をお持ちだという事です。私なんて基本的に食事はいらないですのに。


 食事の内容には騎士様たちも大いに満足してくださったようです。

「これは素晴らしい味だな。この腕があれば一流のレストランでシェフもできるのではないか?」

「拙者もこのように美味なる食事は久しぶりでござる。キャロット殿がこれほどまでの料理人であったとは。」

 シロウ様もキャロットさんの認識を改めたようですね。残念美人などと世間では言われていますが、キャロットさんはアインフォード様の従者です。もちろん様々なスキルをお持ちなのです。


 食事を終えてしばらくはブリーフィングタイムです。夜警に出るのは、アインフォード様、キャロットさん、シロウさん、騎士ライナー様、そして今日はフランツ卿も参加されるとのことでした。数日前の事件では4人組の冒険者が返り討ちにあったという事もあり、全員で行動するという事にしたそうです。

 夜の行動であるなら私もそれなりの戦力になる自信があるのですが、今日は人数も多いので私はエイブラハムさんと留守番という事になりました。明日は連れて行ってくれるという事です。


 基本睡眠の必要がなく、不死身の私こそこの任務に一番適しているとは思うのですが、街の人や冒険者さんたちは私に戦闘ができるとは思っていないようなので、あえて身バレする必要もないだろうという事です。


 メンバーが決まってあとは巡回ルートです。昨晩の事件はスラムで起こっていますので、今日はスラムを重点的に回ろうという事になりました。スラム街は昼間でも危険なエリアです。結構裕福な町であるこのヘルツォーゲンにもスラムは存在するものなのです。

 逆にスラム街は夜だろうと昼だろうと危険なエリアなので、辻斬り犯も潜んでいる可能性が大きいと考えました。それにアインフォード様とキャロットさんがいるのです。めったなことでは危険はないと思います。特にアインフォード様はちょっとだけ実力を出すような話をされていましたので、他の方に被害が出ることもないでしょう。


「今までに起きた今回の一連の事件と思われるものは合計で6件です。最初の被害者は冒険者風の男性と娼婦の女性です。女性は一刀で首を落とされていたという事ですが、男性の方は上半身と下半身がおさらば状態でした。次がスラムで酔っ払いが惨殺死体で見つかった件ですね。こちらの遺体も一刀で胴を両断されていたようです。」

 これまでの事件を順を追ってもう一度おさらいしておきます。何か見落としている共通点がないでしょうか。


「3件目は大通りですが、一つ中の路地に入ったところです。被害者は行商人の下男です。近くの酒場で深酒をしたその帰りに被害にあったようです。着ていたマントごと両断されていたということです。4件目はこれも大通りですね。酒場の給仕の娘が心臓一突きで殺されていますが、性的暴行を受けた様子はなかったという事です。5件目が夜警に出た冒険者チームがやられた件ですね。4人のチームを皆殺しですので相当な手練れなのか、または複数犯ではないのかと噂になりました。場所は武器屋筋です。」


 辻斬り犯を捕まえるつもりで武装していた冒険者チームを皆殺しです。この段階で複数犯ではないかという疑問が出てきました。そして被害者が若い女性であったにもかかわらず、性的暴行がなかったという事は本当に誰でもよく、殺すために殺しているという事なのでしょうか。


「そして昨日の夜ですね。スラムエリアに夜警に出ていた治安維持団員が2人被害にあいました。」

 それにしても被害者に全く共通点が見られません。本当に無差別に斬り殺しているのでしょうか。しかも最初の事件が起こってからまだ15日しかたっていないのです。ひょっとしたらこの事件に関連付けされていないだけで、それより前からあったのかもしれませんが。


「リコリス、これは君が準備しておいてくれたのかい?」

 アインフォード様が私の用意したザックを見ておっしゃいました。

「はい。『バインドロープ』を3本と『魔力ビーコン』を2個用意しておきました。」

 朝方来られた領主令嬢のお付きの騎士がバインドロープを買って行ってくださったので、これはきっと役に立つと思い3本作っておきました。

 そして今回私が考案した「魔力ビーコン」を出してみました。


「この魔力ビーコンはこのようなこぶし大のボールです。これは対象にぶつけることによりこちらのペンダントが魔力共振で輝くようになっています。万が一取り逃がすような事態になったときは、このボールを犯人にぶつけてください。」

「ほう。これは面白いものを開発したね、リコリス。これは良いものを用意してくれた。今回非常に役に立ちそうだよ。」

 アインフォード様がそういてほめてくださいました。よかった、作っておいて。


「それではそろそろ出発といきましょうか。」

 夜3つの鐘が鳴りました。これからいよいよ夜警を開始します。といっても私とエイブラハムさんはお留守番ですが。


 リコリス魔法商会アイテムNO.23

「魔力ビーコン」

 お値段銀貨4枚。

 一定の周波を発信する魔力を込めたボールと、その周波を受信するペンダントです。

 ボールは強い衝撃を受けると破裂して魔力を周りに付着させます。

 逃走犯の追跡時、このボールをぶつけておくと、取り逃がしても後に発見できます。



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