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リコリス魔法商会  作者: 慶天
5章 エルフの森
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アンデッドドラゴン討伐戦 4

 突然空中より現れ空を駆ける戦士たちにその場にいた全員の目は釘付けとなった。


 エインヘリアル、それはヴァルキュリアによってヴァルハラに集められた英霊たち。彼らはロスヴァイセの召喚によりそのたぐいまれな力を発揮する。


 ある英霊はフルプレートの鎧に身を包み馬と共に空を駆ける。

 ある英霊は両手に斧を持ち獣の皮を頭からかぶったバーバリアンであった。

 ある英霊は美しい細剣を腰に佩いた麗人であった。

 ある英霊は百発百中の弓矢を扱うエルフであった。

 ある英霊は爬虫類のような顔と尻尾を持ち三俣の槍を構え疾走する。


 全く統一性のない装備に身を包んだ英霊たちはキャロットの声に応えると一直線にアンデッドドラゴンに向かって行った。

 英霊たちは久しぶりの現世にその力を余すところなく発揮する。彼らの攻撃は確実にアンデッドドラゴンの体力を奪い、その部位を破壊していった。


「な、何だあれは!」

 マエンタウスタは空を見上げ絶叫する。

 しかしその声に応えることができたものはこの場にはいなかった。英霊の騎行、そんなものを見た事のある者はだれ一人としていないのだ。


 英霊たちは自らの持つ武器でアンデッドドラゴンに次々と打撃を与えていく。その破壊力は今までの自分たちの攻撃はいったい何だったのかというほどのものであった。

 アンデッドドラゴンもあらん限りの抵抗を行うが、その攻撃はどれ一つとして英霊に届くことはなかった。


 見る見るうちにアンデッドドラゴンの翼は破壊され、尻尾は切断され、その巨大な体躯は地面に打ち付けられていった。


 しかし英霊たちの攻撃は時間にすると一瞬のことであった。空中より現れた英霊は自分の攻撃を終えるとそのまままた空中の裂け目に向かって駆けてゆき、そのまま消え去っていった。


 そして今までの狂騒が嘘だったかのように静寂が訪れた。


「英霊たちよ!協力に感謝する!」

 キャロットは声を張り上げ、エインヘリアルの戦いを称え、そしてこの場に残るエルフの戦士たちに告げた。

「アンデッドドラゴンはもはや瀕死。戦士達よ!ここから先はこの世の者たちの戦いだ!」

 そう言うとキャロットはロスヴァイセと共にアンデッドドラゴンに踊り掛かった。


 呆気に取られていたこの場の戦士たちの中でも、アルベルト達魔女の銀時計の再起動は早かった。

「行くぞバルドル、ドーリス、エリーザ!」

 アルベルトの号令でバルドルとドーリスは自らの武器を振り上げ突撃する。

 エリーザはフライを唱え上空に飛翔した。


 エインヘリアルの攻撃によりアンデッドドラゴンはその能力を大きく低下させていた。すでに翼は完全に破壊され空を飛ぶことはできなくなっている。さらに尻尾も切断されていたため攻撃の手段と手数が明らかに低下したのだ。


 アルベルト達はキャロットの先導の元アンデッドドラゴンの正面から切り込んでいった。

 エリーザはいつの間にかリコリスより発火札を受け取っており、先ほどリコリスがとっていた戦法で発火札をアンデッドドラゴンに貼り付け、破滅的な攻撃を阻止していた。


 後で振り返ってみてアルベルトはこの時は明らかに気持ちが異常に高ぶっていたと明かした。自分たちの実力でアンデッドドラゴンの正面など危険すぎるはずなのだ。

 しかしキャロットに先導されたことで何とも言えない万能感に支配されていたという。


 そんなヒト種の冒険者の行動を見てエルフたちもようやく再攻撃をする決意ができた。

 マエンタウスタは撤退の判断を捨て、残った戦士たちに攻撃の命令を出したのだ。

「あれはまさに神話の戦士達!誇り高きエルフの戦士達よ!この戦いは神に祝福された!邪悪なる死のドラゴンを打倒せよ!」


 マエンタウスタの檄に戦える者はすべて駆け出した。

 この状況で尻込みするようなものは一人もいなかった。瘴気を抑えるために後方で魔術を扱っていた者たちも、最低限の人数を残して攻撃に参加し始めたのだ。


 キャロットとロスヴァイセは自在に空を飛びながらアンデッドドラゴンの鼻先に攻撃を加える。エインヘリアルの攻撃で大きくダメージを受けたとはいえ、相変わらず毒のブレスや先ほど大きな被害を出した瘴気の噴射があり得るのだ。

 そんな厄介な攻撃をさせないように常にアンデッドドラゴンに目に入るところで二人は攻撃を繰り出していた。




 アンデッドドラゴンとの戦いは開始からおよそ1時間に及ぶ長期戦となっていた。ラージサイズをはるかに上回るアンデッドドラゴンの体力はエインヘリアルの攻撃を受けてなお、簡単には削り切れなかったのだ。


 しかしそんな無限の体力を持つかと思われたアンデッドドラゴンにもついに終わりが訪れた。


「ロスヴァイセ、ここで決めます!」

「ええ、わかったわ、キャロット。」


 二人はアンデッドドラゴンの正面に立ち剣を大上段に構えた。

「この世に在らざるべき死の龍よ。その偽りの生をここに閉じん!!」

 キャロットはロスヴァイセとモーションをシンクロさせ、スキルを発動させた。


「スキル、ピュアフィケイション・インパクト!」


 キャロットとロスヴァイセ二人でシンクロして行われたスキルは「大浄化」である。

 通常のターンアンデッドでは浄化できない強力なアンデッドを最終的に土に返し消滅させる聖戦士の固有スキルである。


 プリーステス時代のキャロットには当然使用することが出来なかった。アインフォードはこのスキルが必要と感じた時にはまずキャロットにロスヴァイセの召喚を行わせ、さらにそのロスヴァイセにスキルを使用するようキャロットに指示するという非常に面倒な手順が必要だった。

 実際問題そんな手順を踏むくらいなら普通にキャロットに浄化の魔術を使用させた方が圧倒的に効果的であったのだ。


 しかしこの世界においてキャロットはすでに聖戦士であり、聖戦士固有スキルであるこの上級スキルも習得している。

 しかも今回に限って言えばすでにロスヴァイセも召還済みである。


 キャロットとロスヴァイセの二人が放った極大の浄化スキル「ピュアフィケイション・インパクト」はアンデッドドラゴンにまさに致命的な効果をもたらせた。

 ここまで多くの苦労をし、魔女の銀時計やエルフの戦士たちがダメージを蓄積させてきた成果ともいえるが、ついにアンデッドドラゴンを打倒すことに成功したのである。


 キャロットとロスヴァイセが同時に放った斬撃は聖なる光に包まれたような真っ白な軌跡を伴ってアンデッドドラゴンの頭部に吸い込まれていった。

 そしてその斬撃跡から爆発的な光があふれたと思うと次第にアンデッドドラゴンの体が崩れ始めたのだ。


 ボロボロとアンデッドドラゴンの骨の体からその骨が地面に散らばっていく。そしてついにはその場にうずたかく積みあがった骨の山となってしまった。

 更にしばらくするとその骨の山もサラサラと風に流されるように塵となって散っていった。


 ここにきてようやくエルフの戦士達やアルベルト達もこの厄介な敵が完全に消滅したことを確信できたのだった。




 この戦いで犠牲になったエルフの戦士は3名である。件の戦士は瘴気の噴射の直撃を受け、塵となって消え去ってしまった。さすがにキャロットといえど死体のかけらさえない状況においてはリサレクションも使用できない。


 もっとも死者復活の魔術はアインフォードより厳しく禁じられていたため、アインフォードが目覚めない現状においてキャロットがそれを使用することはなかったのではあるが。


 その他致命的な大怪我を負ったものは5名に及ぶ。瘴気には触れなかったが毒の噴射を浴びたものの中には腕や脚が壊死してしまった者がいたのだ。

 そういった重傷者にキャロットは「ヒール・オール」を施していった。

 すでにこの世界では扱える者が存在しないと言われている第八位階の治癒魔術である。

 失った手足すら復活させる究極の治癒魔術であり、それを見たエルフたちはまたまた言葉を失った。


 このヒト種の女戦士はあまりにも常識外の存在である。アンデッドドラゴンとの戦いにおいてもエルフたちには信じられないことを立て続けに起こしていた。

 まずアークエンジェルの召喚である。大天使を召喚するなどまさに神話の世界の出来事であり、長命なエルフとてそんな場面は見た事がなかった。


 それで驚いていると今度はヴァルキュリアとエインヘリアルの召喚である。神の戦士である戦女神とそれを守る英霊エインヘリアルはアンデッドドラゴンを瀕死にまで追い込んだ。

 アークエンジェルだけでも信じがたい事であるのにその上神の戦士まで呼び出して見せたのだ。エルフたちの驚きはいかようなものであっただろうか。


 そして止めが「ヒール・オール」である。

「あ、アルベルトといったか?いったい彼女は何者なのだ?」

 マエンタウスタはキャロットというヒト種の女性が本当に神の御使いではないかと思いアルベルトに詰め寄った。


「いやあ、キャロットさんはヒト種の街でも『聖女』とか『戦女神』とかいう二つ名で呼ばれてますからね。それにしても『ヒール・オール』ってすごいな。」

 リコリスに肩を貸しながら側に寄ってきたクラーラが興奮を隠しきれない顔で同意した。

「やはりキャロットさんは神の御使いに違いありません!ああ、大天主様!感謝します!」

「やはりキャロットさんはアンデッドに素晴らしい力を発揮しますわね。」


 リコリスの体はまだ再生が終わっていない。いかに強力な再生能力を持ちさらにパラケルススの外套の再生力をもってしても短時間では回復させることが出来ないほどのダメージをリコリスは負っていたのだ。


 醜く爛れた顔を晒さないようにリコリスはパラケルススの外套を頭からかぶり静かにたたずんでいた。

 でもこれでなんとか当面の危機は去ったようですわね。リコリスはそんな風に周りを見てほっと溜息をついた。


 エルフの森を震撼させた死の龍の討伐作戦はここに完了したのである。


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