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リコリス魔法商会  作者: 慶天
5章 エルフの森
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語られる事実

「あらエイブラハム。お久しぶりね。」


 あまりにも意外なイェレナの言葉に全員が凍り付いたように動きを止めた。


 さてさてなぜこの年老いたエルフはエイブラハムの名を知っているのだろうか。いやそれどころかまるで旧知の仲のような気安さではないか。


 全員がどういう事だとエイブラハムを振り返る。


「あの、エイブラハムちゃん?この方お知り合い?」

 エリーザは皆の気持ちを代弁するようにエイブラハムに話しかけた。気持ちを代弁するようにとはいえそんな軽い聞き方でいいのか、と皆心の中で突っ込んでいたのだが。

 当のエイブラハムはキャロットの肩の上で困惑したような素振りだ。


「あら、ごめんなさいね。エイブラハム、話してなかったの?…そうよね、まだ完全ではないはずだものね。」

「…イェレナ様、私の名はアインフォードと申します。今の話で大体の予想がついたのですが、詳しく聞かせていただいてよろしいでしょうか。」


 アインフォードはここまでの様々な手懸りからある仮説を立てていた。「イェレナがエイブラハムを知っている」この事実だけでほぼそれは正解ではなかろうかと思えたのだ。




 そもそもエイブラハムはなぜアインフォードのもとに転移したのか。ここが最初の疑問だった。

 もちろん転移自体が理解不能な事態であり誰がどこに何時転移したのかといった法則性など検証しようがない。

 ここまでわかっている転移者はアインフォード、カタリナ、ラケルス、ダーク・アポストルそしておそらくはジャクリーヌである。法王バルナバスも転移者である可能性が高いが今のところそれは不明である。


 そして従者NPCとして確認されてるのはキャロット、エイブラハム、リコリスの3人のみである。ジャクリーヌやダーク・アポストルに従者NPCがいたのかどうかはわからないが、少なくともキャロットとリコリスはその主人のもとに同時に転移している。(ダーク・アポストルの従者NPCは転移していない)


 エイブラハムだけがカタリナのもとに転移しなかったのだ。


 かつてアインフォードはそれを疑問に思ってキャロットに転移時の事を尋ねたことがある。

 キャロットはアインフォードの後方に現れており、最初アインフォードはキャロットまで転移していることに気が付いていなかった。

 そしてアインフォードがキャロットを認識した時にはすでにその肩にエイブラハムは乗っていた。


 しかしキャロット曰くエイブラハムの転移には若干のタイムラグがあったという。キャロットが転移して数秒後に上空から落ちてきたらしい。

 キャロット自身はその時カタリナがログアウトした為エイブラハムだけがこちらに来たと思っていたようだが、アインフォードはそうは思わなかった。

「カタリナも転移している。」

 半ば確信に似たものを感じていた。


 エイブラハムは彼のその背中にバックパックを背負っている。そしてそのバックパックにはロックの魔術がかかっておりアインフォードにも解除できなかった。

 これがアインフォードが疑問に思った二つ目である。


 アインフォードのレベルは99であり魔術師としても最高レベルを誇る。レベル79のエイブラハムのかけた魔術をアインフォードが解除できないはずがないのだ。

 これはおそらくカタリナがゲーム時代にロックをかけたままエイブラハムが別の場所に転移してしまったためではないかと当初は考えていたが、考えてみれば「なぜカタリナはエイブラハムのバックパックにロックをかけたのか」という疑問がわく。


 そもそもPKが禁止されていた「ソウル・ワールド」では荷物をPCに奪われるという事がない。荷物が奪われる可能性があるのはアイテム強奪能力のあるモンスターと戦闘を行う場合や街中でNPC住人によるスリ被害に遭うといったケースくらいである。


 その場合でもレベル差でそれは防げるためエイブラハム程高レベルの従者NPCはスリに遭う心配はなかったし、エイブラハム自身のロックでモンスターからのアイテム強奪被害も防げるはずなのだ。


 なぜカタリナ自身がエイブラハムのバックパックにロックをかけたのか?それは「誰にも見られたくないモノがその中にあるから」そしてそれはゲーム時代ではありえない。「転移後」のことではないかとアインフォードは考えた。


 そしてアインフォードの疑問を仮説にまで昇華させたのはオークの狂化事件で起きた謎の極大魔術である。

 100mを超える巨大亀アーマードタートル・グレイターにとどめを刺したのはリコリスの作った「神金槍リコリス」であることは間違いないのだが、あの時あの大魔術が発動していなかったらアインフォードとリコリスは巨大亀に間違いなく噛み千切られていただろう。


 それではいったい誰があの極大魔術を使用したのか。あの魔術はアインフォードですら見た事のない大魔術であり、少なくともソウル・ワールド時代には存在していなかったはずなのだ。


 あの時は近くにダーク・アポストルがいたため転移者で間違いないであろうと思われる「狂騒の使者」ジャクリーヌ・クレリーではないかという結論を出したが、実はアインフォードは別の可能性を考えていた。


「エイブラハムではないのか?」


 もちろんアインフォードはエイブラハムのレベルは知っていたし、従者NPCに第十位階のエクストラ魔術を使用することはできないと知っている。

 だが、もしカタリナがこの世界で新たな魔術を作り上げていたら?

 そしてエイブラハムが実は限界突破して第十位階相当の魔術を体得していたら?

 そしてカタリナが時空を超えてエイブラハムをアインフォードのもとに送り込む術式を開発していたら?


 カタリナが残したという「時の魔術書」は多くの時間にかかわる魔術が記されていた。タイムストップの他にもマジックジャーを利用した他者に憑依し永遠に生きる方法なども。

 アインフォードの疑問を決定づけたのはその「時の魔術書」にわざわざ日本語で書かれていたカタリナのメモである。


 ―どんなに時間がかかろうと私はあなたのもとに辿り着きます。覚悟しておけ。―


 これを見た時アインフォードの疑問は一つの仮説になった。


 カタリナはエイブラハムに同化しているのではないか。


 カタリナは時の魔術書の中で時間と空間に関する研究をずいぶんと行っている。しかし自分自身を500年後の世界に再転位させることができなかった。おそらく質量的な問題がありエイブラハムサイズなら転移させることが可能になったのだろう。

 そこで思いついたのが自身をエイブラハムに憑依させる方法ではなかったのだろうか。


 カタリナもマジックジャーによる憑依を非人道的であると時の魔術書の中で否定していた。間違っても自分の従者NPCにそのような非人道的なことはしないだろう。

 おそらくではあるが仮の依り代を作りそれに魂を憑依させる。そしてエイブラハムの協力のもと一部をエイブラハムと同化させていたのではないか。


 それがアインフォードの立てた仮説であった。


 そしてカタリナの仮の依り代がロックされたバックパックに入っているのではないか?エイブラハムと分離した後カタリナの魂をどこに入れるのかという疑問はあるが、それは分離前にカタリナ自身に確認することができるだろう。


 古エルフのイェレナがエイブラハムを知っている。その事実はアインフォードの仮説を確信に変えた。


「あら、ごめんなさいね。エイブラハム、話してなかったの?…ああ、そうね。まだ完全ではないのね。」


 イェレナがそう言うということは、カタリナがそれを明かすことはできない状態に置かれているという事なのだろう。

 おそらくエイブラハム自身にはカタリナがすべて話してあるはずだとアインフォードは思った。しかしカタリナ自身がエイブラハムにプロテクトをかけていたのか、または再転位の副作用でエイブラハムがカタリナの事を忘れているのか、彼はカタリナの事を話すことはこれまでなかったのだ。


 エイブラハムは時折ふらりとどこかに行ってしまう事があった。大事な時には必ず戻ってきているので問題になったことはなかったが、そういう時はカタリナが表層に現れているときだったのではないだろうか。


「あなたがアインフォードさんね。お会いできて光栄ですわ。カタリナから話は聞いているわ。ほんとあの子アインフォードさんのことになると見境なかったから。」

 イェレナの言葉にアインフォードは少しうれしいような気恥しいような複雑な顔をした。


「イェレナ様。そうですかカタリナは私の事をそんなに話していましたか。」

 そう言ってアインフォードはエイブラハムを盗み見る。エイブラハムはまだ混乱したような素振りだ。


「しかしそうおっしゃるという事はやはりカタリナとエイブラハムは同化していると言ってよいのですか?」

「さすがね、アインフォードさん。この状態でそこまでよく看破されましたね。カタリナの言う通り聡明な方なのね。」

「いえ、偶然が重なった結果です。」


 事実カタリナの手がかりは偶然で手に入ったものばかりと言える。まずリコリスと知り合う事がなければ時の魔術書は入手することができなかった。

 またアクサナがリコリス魔法商会を訪れるという事もなかったはずであるし、さらにイェレナの情報も得られなかったのだ。


「それでもカタリナが予想していたよりもずいぶん早く辿り着いたのは確かだわ。その証拠にまだカタリナ、ちゃんと覚醒してないじゃない。」

「やはり…そういう事でしょうか。」

「後一年はかかると思っていたみたいですわよ?カタリナは。」

「一年でカタリナが復活すると考えても?」

「簡単じゃないわね。『器』を用意しないといけないわね。」

 エイブラハムからカタリナを分離するならカタリナの魂を入れる『器』が必要になる。


「うふふふ。カタリナってあなたのことをほんと信頼していたみたいね。エイブラハムの体にカタリナが同居できる限界は3年だと言っていたわ。あと1年半で『器』を用意できるかしら?」

「可能であるとは思います。もちろん私一人では無理でしょうが私には家族ともいうべき仲間がいますので。」


「本当にカタリナがうらやましいわね。あの子のドヤ顔が目に浮かぶようですわ。」

 そういってイェレナはエイブラハムに目を向ける。エイブラハムは何も言わずにイェレナを見つめ返した。


「それと、あなたがキャロットさんですわね。カタリナが言っていた通り素敵なお嬢さんですこと。」

 突然話を振られたキャロットはどう答えていいものやら目を白黒させて挙動不審になっていた。先ほどからの話からカタリナが復活するという事がさすがのキャロットにも理解できたのだ。

「カタリナ様が復活する…。何という事…。これは…一大事…。」

 どうやらキャロットにとっては脳の処理限界を超える事態だったらしい。




 ここまでアインフォードとイェレナが話す内容を聞いていて他のメンバーが衝撃を受けなかったはずがない。伝説の大魔女カタリナが後1年で復活するというのだ。

 しかもその魂は今までずっとこの小さなドラゴンの中に宿っていたという。


 あまりにも理解しがたい内容に古エルフに会ったら聞こうと思っていたことがあるエリーザなどもそんなことは忘れそうになっていた。


「エ、エリーザ。せっかくだから聞いてみたらどうだ?」

 アルベルトはエリーザが例の銀時計が本当にカタリナの遺産なのか確認してもらおうと思っていることを知っていた。


「そ、そうね。あまりのことに思考を放棄していたよ…。」

 エリーザはそう言って頭を2,3度振り思考を切り替えた。

「あ、あの。これを見てもらってよいでしょうか。」

 さしものエリーザも緊張した様子で懐から銀時計を取り出した。


「これは我が家に魔女カタリナの銀時計として伝わっていたものなのですが、間違いないのでしょうか。」

「ええ、ここからでもわかるわ。その銀時計は間違いなくカタリナのものよ。カタリナの魔力が感じられるもの。あなたもあなたのお兄さんもずいぶんと大事に使っていたようね。」


「お兄さん?」

 エリーザは首をかしげる。

「私には確かに年の離れた兄がいるけど、この銀時計のことは触ったことがないと思うのだけど。」

「あら?あなた方は兄妹ではなくて?」


 これまた衝撃の発言がイェレナから飛び出した。

「え、ええ?アルベルトが私のお兄ちゃん?いやいや、え?ええええええええ!!」

 アルベルトは「しまった」という顔をしている。どうやらアルベルトの側からはこのことは知っていたことらしい。


「ちょっと!あんたら兄妹だったの?」

「知らないよ!初耳だよ!びっくりだよ!」

 ドーリスの言葉に大いに狼狽えるエリーザだったが、アルベルトは観念したように事実だと認めた。


「このことは今ここで話すようなことでもないから後でゆっくりと話すよ。」

 アルベルトはため息をついてこの話は後でと切り上げた。

 エリーザは元貴族の令嬢だと聞いたことがあったアインフォードは、だからアルベルトもこれほど洗練された言葉使いができるのかと妙に納得した。エリーザよりアルベルトの方が教養が高い気がしていたのだ。


「ところで…そちらのヴァンパイアさんは私に何か聞きたいことが?」

 やはりさすがにイェレナの目は欺けなかったようでリコリスの正体は簡単に見破られてしまった。


「さすがですわね。いえ…。私は特に聞きたいことがあるわけではございません。ここまでのお話を聞けただけでもここに来た甲斐がありました。」

「そう?あなたがなぜヒトの中で暮らしているのかわからないけれど何か事情があるのではなくて?」


「事情はありますが、これは私自身が見つけていかなくてはいけない問題ですので。」

「そう。立派な心構えね。では私からあなたに一つお願いがあるわ。寿命のないあなたにこそ頼めるお願い。半死人マイシェラを眠りにつかせてほしいの。」


「マイシェラ?グリーンドラゴンを倒した英雄と聞いていますが?」

「そう。そのマイシェラよ。数年前ジャクリーヌがグリーンドラゴンの封印になっていたマイシェラの遺体を持ち去ったのよ。しかもあの女マイシェラをハーフアンデッドなどというよくわからないものに変えて。」

 ハーフアンデッドってなんだ?500年前の英雄をそんな冒涜的なものに変えるってどういうことなのだ。


「おかげでグリーンドラゴンがアンデッド化して復活しそうなのよね。たぶんもう復活しているわ。できればアンデッドドラゴンも討伐していただけると嬉しいのだけれど。」


 もうメンバーは何度目の驚愕だろうか、衝撃の受け過ぎで感覚がマヒしてきたような気がしていた。

 今度はグリーンドラゴンがアンデッド化して復活しているとかもうまさにお腹いっぱいというしかない情報であった。


「幸いなことにアンデッドドラゴンはそれほど活動的ではないから例の腐蝕沼から動いてはいないの。エルフの氏族連合から謝礼を出すので冒険者として受けてくれないかしら。」

「アンデッドドラゴンと聞いては放置できませんね。それについては私も協力させていただきます。それにしても今ジャクリーヌという名が聞こえたのですが、『狂騒の使者』をご存じなのですか?」

 アインフォードはアンデッドドラゴンのことよりジャクリーヌの名前がなぜここで出てくるのか気になった。


「ジャクリーヌも私やカタリナと旅をしていた仲間だったのよ。懐かしいわ。」


 もういい加減にしてくれ。

 アインフォードは頭を抱えるのだった。


大混乱です。劇中人物も筆者もw

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