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リコリス魔法商会  作者: 慶天
1章 魔法屋の女主人
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騎士ライナー

 2か月前、王都にて勤務中の俺のもとに親父殿から使者がやってきた。使者は大層興奮した様子で「慶事です!」と叫んでいたものだ。

 確かに親父殿が陞爵されたというニュースは我が家にとって素晴らしい知らせだった。男爵になれば世襲が認められ、本当の意味での貴族と言えるのだからな。


 基本的に騎士家は世襲が認められないため、多くの男子は騎士を目指して訓練を積み、王都や領主家の騎士団に入隊することが多い。この俺も多分に漏れず、幼いころから訓練課程を積み王都騎士団に入隊を認められ、現在は中隊長まで任されるようになった。幸いなことに武人である親父殿の才能を少しでも継いでいたのだろう、20歳の若さで中隊長なのだからそれなりに出世街道であるともいえる。


 だが…王都にはもうウンザリしていたところだった。3年前に帝国との戦争が一応の停戦を迎え、かりそめの平和を享受しているが戦争において、王都の騎士団は正直何もしていなかった。

 戦争で戦ったのは各領主家から徴兵されてきた民兵と、王宮魔導士団だけだった。いや、戦争を終わらせたのはハルトムート・メルヒオール・ホリガー卿一人の力だった。


 現在の最上級魔術師であるホリガー卿はなんと第六位階の魔法を使うことができるらしい。第三位階が使えれば一流と言われる魔術師である。第六位階など完全に人知を超えた魔術なのだ。

 かの大魔法使いは帝国軍に対したった一つの魔法で1軍団を壊滅的状況に追い込み、戦争を継続させることが困難な状況を作り上げたのだ。あの魔法を見せられたらいかな精強な軍団でも士気をくじかれるだろう。


 だが、同じことは味方にも言えた。「騎士なんていらないんじゃないのか?」「歩兵なんてばかばかしい」という感情が味方にも生まれてしまったのだ。

 たしかにホリガー卿の魔術はすさまじいものだった。だが、あの魔術は決して連発できるものではない。もしあの戦いで帝国軍の士気が下がらず、騎士による突撃が行われたら実際戦況がどうなったかは分からなかったのだ。

 俺はあの時、第3軍近衛大隊に属していたため本陣にいたが、正直に言って士気は低く万が一ここまで敵が達した場合、総司令官たる王子の命を守り切れるかどうかは不明だったと言わざるを得ない。それほどまでに王国騎士団の士気は低かったのである。

 王都の雰囲気も厭戦ムードが高まっていたこともあり、一撃で勝負を決めたホリガー卿の人気は高い。その分騎士団は肩身が狭く、規律も緩み質も低下しているのである。

 逆に言えば、だからこそホリガー卿は勝負を急いだのかもしれない。


 親父殿からの手紙には正式に爵位を世襲し、家督を俺に譲りたい旨が書かれていた。フランツ家に子供は俺だけである。親父殿はすでに60を超える高齢であることから、これは至極もっともなことだろう。

 俺自身としてもせっかく親父殿が武勲を上げて手に入れた男爵位を継がないなどといったことはあり得ないので、さっそくリーベルト伯爵領ヘルツォーゲンに帰郷することとなったのである。

 1か月は引き継ぎや、騎士団長に対しての返礼の儀など様々な手続きに追われたが、2月半ばには王都を出発することができた。

 王都からヘルツォーゲンまでは徒歩なら約1か月かかる。乗合馬車を利用したが、それでもヘルツォーゲンに着いたときには季節はすっかり春になっていた。


 久しぶりに会う親父殿は相変わらずだった。5年前におふくろが流行り病で亡くなったときの親父の落ち込みようはなかったが、すっかり吹っ切れたようで、おふくろの話も笑いながらできるようになっていた。


 うちのおふくろは結構剛毅な性格であった。親父殿に嫁いだ時は17歳だったという事だ。しかもほぼ押しかけ女房だったらしい。

 親父殿は世襲のない騎士家でもあるので結婚して子供を成すつもりがなかったようなのだが、おふくろのあまりの強引さに負けたような話だという。

 俺の思い出にあるおふくろは優しくも厳しい理想的な母であったと思う。まぁ、親父殿は尻に敷かれていたとは思うが。


 そんな思い出話を親父殿としていると、最近気になる若者がいるという事を言い出した。なんでも今回陞爵される切掛けとなったヴァルト村盗賊事件で共に戦ったアインフォードという名の冒険者の事をいたく気に入っているようなのだ。

 親父殿の話によればヴァルト村を襲った盗賊団およそ50人を、ほぼそのアインフォードと妹のキャロット嬢だけで殲滅したらしい。いやいくらなんでもそれは無理があるだろうと思うが、それほどまでに武勇に優れた人物だという事だ。


 俺とて王都騎士団で中隊長を任されるほどには武芸に自信がある。一度そのアインフォードとやらと手合わせでも願いたいものだと親父殿に言ってみた。

 ならば一度様子を見てきたらどうだ、と言われて最近街にできたという魔法屋「リコリス魔法商会」を覗いてみた。このリコリス魔法商会の開店には親父殿も一枚かんでいるらしい。なんでも店を構えようにもこの街に伝手のなかったリコリス嬢にたまたま空いていた店舗を紹介したのが親父殿という事だ。

 リコリス魔法商会の店主リコリスは絶世の美女ということを聞いたので少し楽しみにしながら店の中に入っていった。


 だが、そこにいたのは街の人や冒険者10人以上から説教され、正座で謝り続ける情けない男と、金髪の美女と黒髪の美女二人だった。

 この情けない男が親父殿の言うヴァルト村の英雄アインフォードなのか?とてもそんな風には見えないし、周りの者から話を聞くにここの店主リコリスの稼ぎで食っているヒモのような男だということだ。それにしてもこの黒髪の女性がリコリス嬢で金髪のほうがキャロット嬢だろうが、なんという美人なのだろう。王都でもここまでの美人にはお目にかかったことがない。こんな美女二人をはべらしてヒモ生活とはなんとうらやま…いや、けしからん!

 ここは漢とは何ぞや、という事を俺が教育してやらねばならないだろう。




 屋敷に帰り今見た事を親父殿に話したところ、親父殿は大爆笑であった。アインフォードの事をよく知るという従士長のエーゴンも腹を抱えて笑い出した。何がそんなにおかしいのか?

「ライナーよ。それがアイン殿の懐の深さだ。どれだけ武勇に優れようと決してそれを奢らず、人の忠告には耳を傾ける。こちらに非があれば素直に謝ることができる勇気は見習わねばならんな。」


 親父殿のいうことはわかる。貴族という立場に胡坐をかき、下級の貴族や平民をまるで人ではないように扱うろくでもない連中を王都で散々見てきたのだ。

 だが、だからと言って女二人に貢がせておいて遊び歩いている男を俺は認めることができない。漢たるもの婦女子を庇護するべきであり、あのように情けない姿をさらしてへらへらしていていいものでは決してないのだ。


「親父殿、建都祭の武闘大会に出場しても良いだろうか。できればその武勇に優れるというアインフォード殿と手合わせしてみたいのだ。」

「ふむ…すでに男爵位を引き継いだ後なら出場は認められないが、今の状態なら騎士団を除隊したフランツ家の跡取りというだけだからな。認めよう。」

 親父殿は少し悩んだが、もともと武闘派の父である。内心では出場することをよろこんでいるのではないだろうか。

「だが、簡単に優勝できるとは思わないほうが良いぞ。おぬしの実力はわしも知っておるが、冒険者の中にも強者はおる。例えばオイゲン殿だな。あの男は強いぞ。なにより、アイン殿は相当に強い。その日まで鍛錬を積んでおくがよい。」

 それは言われるまでもない。明日からまた鍛錬を始めることにしよう。


 それから4日後の昼、庭で剣を振るっていた俺に親父殿から呼び出しがあった。

「ライナーよ。今巷を騒がして居る辻斬りの事を聞いているか?」

 噂は聞いたことがある。何か勘違いした冒険者などが自分の力を誇示するべく夜中に殺人を犯したりすることは、この街だけでなく王都でもあった事件だ。

「はい。このところそういった物騒な事件が起きているという話は聞き及んでいます。」

「それでだな、実はその辻斬り事件の解決を請け負った冒険者チームが返り討ちに会い、皆殺しにあったらしい。4人のチームだったようだ。」

 4人のチームを皆殺しとは、その辻斬り犯も複数人数なのだろうか。

「ギルドとしてはこれ以上の被害を食い止めるべく、オープンクエストにするらしい。」

 オープンクエストか。いわゆるデッド・オア・アライブ(生死問わず)というやつだな。

「そこでだ。今回の事件にわしは名乗りを上げることにした。」

 従士長エーゴンを見ると、やれやれまた旦那の悪い癖が出たとばかりに肩をすくめて見せた。

「いやいや、これはちゃんと理由があるのだ。今回わしはライナーに家督を譲るつもりでおるが、王都で騎士団中隊長を務めていたとはいえライナーはまだ無名だ。ここで手柄を上げ、フランツ家の嫡子ライナーここにありと名を上げれば、今後何かとことがスムーズに運ぶだろう。」

 なるほど確かにそれは一理ある。が、いかにも脳筋の親父殿らしい発想だ。

「それに別に犯人を仕留めたのがフランツ家ではなくとも、ヘルツォーゲンの治安に貢献したという事だけでも十分に名が上がるだろう。」

 デメリットはないという事か。

「しかし、だ。どうせ名乗りを上げるのならぜひともに我らの手で解決したいもんだろう?」

 親父殿何か企んでいるのか。

「そこで、この間から話しの出ていたアイン殿を雇うことにした。」

 な、なんだと。あのヒモ野郎を雇うというのか?親父殿は奴の武力と人格を高く買っているようだが、どうにも俺は好きになれないのだが。

「ライナーよ。おぬしが彼をよく思っていないのはわかっておるが、一度彼と共に行動してみるがよい。第一印象だけで人を判断するのはよくないぞ?」

 複雑な表情をした俺を見て親父殿はそう諭してきた。ううむ…。

「明日の朝、アイン殿とキャロット嬢をここに呼んである。一度話してみることを進めるぞ。」

 明日ここに来るというのなら会わざるを得ないだろう。よし、漢とは何ぞやということを教えてやろう。


 次の日の朝、指定した時間よりわずかに早くアインフォード殿とキャロット嬢がやってきた。こういったときは少し遅れて来るものだという事を知らないらしい。もっとも貴族のそういった風習は俺も親父殿も気にしていないので、どうという事はないのだが。


「本日はお招きにあずかり、ありがとうございます。こちらは今回リコリス魔法商会で考案いたしました魔法瓶というものです。今日の良き日の記念にどうぞお納めください。」

「これはどういったものなのかね?」

「はい、この中にお湯を入れますと冬でも1刻以上温度が下がらないように作られた魔法のボトルです。紅茶を入れる際にいちいちお湯を沸かさなくても済みますよ。」

 親父殿も珍しいものを見るように目を細めて観察していた。

「これはありがとう。大切に使わせてもらうよ。」

 それにしてもこのアインフォードという男の礼はあまり見た事がない形式だ。決して不快な態度ではないのだが、王国式でも帝国式でもない一風変わった礼だと思った


「リコリス魔法商会も順調そうでなりよりだ。わしも店を手配した甲斐があったというものだな。」

 それからたわいもない雑談がしばらくあり、親父殿が俺の紹介をしてくれた。

「ここにいるのがわしの息子でライナーという。昨年までは王都にて騎士団に所属しておったのだ。これでも中隊長まで任されていたので、それなりに腕に覚えはあるようだぞ。」

「ライナー様、お初にお目にかかります。私はアインフォードと言います。男爵様には日ごろからお世話になっております。このたびは家督を譲り受けると聞き及んでおりますれば、まずはおめでとうございます。」

 ほう。なかなかにきちんとした挨拶ができる奴だ。こういう挨拶は重要だという事は貴族社会でいやというほど味わってきた。


「そして、こちらが私の妹になります、キャロットと申します。」

 キャロットと紹介されたその人は輝かんばかりの金髪を背中まで伸ばし、緑色の瞳をした美しい女性だった。あの時見かけた時とは違い、白いワンピースの上からカーディガンをはおり、優雅にカーテシーをして見せ微笑むその姿はまさに神が遣わした聖女様なのではないかと息をのんだ。

 思えばこの瞬間、俺は恋に落ちてしまったのかもしれない。

「は、はじめまして。ライナー・ヴァルト・フランツです。以後お見知りおきを。」

 何とかそう挨拶するのが精一杯だった。

 この美しい女性がアインフォード殿の妹君だというのか。リコリス嬢だけでなく、実の妹にまで貢がせているとは、ますます持って許しがたい。まさか、まさかとは思うが肉体関係を強要されたりしているのではないだろうな。


「さて、固い挨拶はこれくらいにして本題に入らせていただこう。アイン殿も聞き及んでいるとは思うが、今回の辻斬り事件に私は名乗りを上げさせてもらった。そして今回はこのライナーを捜査の中心として活動したいと思っておるのだよ。ところが、ライナーはこの街に来てからまだ日が浅い。確たる伝手もないので冒険者をライナーと共に捜査してくれるメンバーとして雇おうと思ったわけだ。どうだろう。一つ今回、わしに雇われてくれんかね?」

「親父殿、俺はこのような冒険者に頼らずとも、辻斬り犯の一人や二人捕らえて見せます。ましてや、失礼を承知で言いますが、このアインフォード殿は町での評判は今一つ良いものを聞きません。いや、キャロットさん!なぜこのような男と一緒にいるのでしょうか?俺であるならばあなたをきっと幸せにして差し上げます。どうでしょう、今回俺とパーティを組み、事件を解決してみませんか!?」

 そう言った瞬間、親父にぶん殴られた。

「ばっかもの!!アイン殿はわしの恩人だと言っただろうが!なんということを言うのだ!」

「親父こそこの男の街での評判を知っているのか!どれだけ腕が立つのかは知らないが、女性二人に貢がせて遊び歩いているだけだって言うじゃないか!」

「噂に振り回されおって情けない!そんなことだからおぬしは脳筋だとか言われるのだ!」

「脳筋の親父に言われたくない!今ここで引導渡してやる!」

「よかろう!かかってくるがいい!」

 そう言って剣を抜きかけた時に従士長のエーゴンが割って入ってきた。

「旦那、ぼっちゃん、いい加減にしてください。客人の前ですよ。」

 見るとアインフォード殿は目を丸くして固まっていた。そしてキャロット嬢は肩を震わせ…これは、怒っている…のか?

「アインフォード様に向かってなんということを言うのですか!私はアインフォード様によって生み出され、アインフォード様のために存在する従者です!今の発言まさしく万死に、ぷぎゃっ!」

 キャロット嬢はアインフォード殿にチョップを食らい蹲って頭を押さえていた。


「まぁ、キャロットも落ち着いて。えっと、フランツ様もライナー様も落ち着きましょう。」

 アインフォード殿は腹が立つくらい落ち着き払った態度でこの場をまとめに入った。

「街での私の評判がそのようなことになっているとは知りませんでした。これは確かに私の落ち度ですね。ちょっと依頼を受ける数を増やしませんといけませんね。そしてライナー様の発言もキャロットの事を思っての事とお見受けしますので、その男気に免じて不問とさせていただきます。その上でフランツ様の今回の依頼ですが、お受けさせていただきますよ。」

「おお、さすがはアイン殿、なんという懐の深さだ。お前もちっとは見習え!」


 ムムム…話が分かるふりをしても俺は騙されんぞ…だがしかし、これから行動を共にすればこいつの本性もわかるだろう。その時こそキャロット嬢をこの男の魔の手から救い出してあげることができるだろう。

「それじゃ、ぼっちゃん。ここは握手で納めると致しましょう。」

 エーゴンは俺の手とアインフォード殿の手をつかみ、無理矢理握手をさせた。その時気が付いたが、この男の手は確かに剣を持つ男の手だった。剣士としての実力はあるのだろう。

 そして今後の打ち合わせを行い今日は解散となったのだった。キャロット嬢はずっとこちらを睨んだままであったが、大丈夫!俺がきっと君を救ってあげるから!


 リコリス魔法商会アイテムNO.19

「魔法瓶」

 お値段銀貨8枚。


 中に入れたお湯の温度を一定に保ったまま1刻以上安定させます。

 紅茶を入れる時など、いちいちお湯を沸かす手間がなくなります。

 実は冷たいものも2刻以上冷たいままで保温できます。


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