ラハヤ
辺境の村にとって冒険者の武勇伝などは格好の娯楽と言える。かつてヘルツォーゲンの園遊会で貴族からも同じように冒険談をアインフォード達は語らされたことがあったが、方向性は違うが自分たちの普段知らない世界について知りたいと思うのは貴賤問わずの事なのだ。
キエロ村は他の同じような集落と同様、基本的に閉鎖的な村である。行商人が訪れるのも年に数回のことであり、村の外に出るにしてもせいぜいアンヌッカに特産品を売りに行くくらいのことしかない。
王国や帝国とは大きく文化が違う事もあり、都市の生活や魔法文化についての知識はほぼないと言ってよい。
またモンスターによる被害は深刻な問題であり、時には村単位で全滅したなどという話も珍しくない。そのモンスターと果敢に戦う冒険者の活躍は彼らにとってもあこがれであると同時に実生活に取り入れる知恵ともなるのだ。
最初は遠巻きに突然村に現れた一行を見ていた村人たちだが、村長がゲラシムとの商談を終えて広場に出てきた頃には若者を中心に冒険談を熱心にねだっていた。
その日は広場で火を囲み多くの村人と共に夕食をとることになった。もちろん多少のアルコールも入り、アルベルト達が語る冒険談に大いに盛り上がっていた。
魔術を使える者など一人もおらず、エリーザがライトの魔術で明かりを灯しただけで大きな歓声が上がって盛り上がる。
しかしそこで最も活躍したのがクラーラであった。
クラーラはヘルツォーゲンにおいてはバードとして登録している。実際彼女は竪琴も達者である上歌もうまく、酒場で歌っていることもあるのでこのような場所でリクエストに応えるのはお手のものであった。
クラーラの美声で語られる魔女の銀時計の冒険譚や魔女カタリナの伝説、そして彼女のオリジナルの物語「少女と聖騎士」は村人たちの目を輝かせるのに十分な魅力を持っていた。
もっとも「少女と聖騎士」の物語をされるたびにアインフォードやリコリスは居心地の悪い思いをすることになるのだが。
日も落ちてしばらくしてもアルコールの入った村人は楽し気に旅人の語る冒険譚を熱心に聞いていたのだった。
そんな彼らを遠くから見つめる者があった。彼女は賑わいの輪に決して加わらず、物陰からじっと炎の周りの人々を見つめていた。そんな彼女に気が付いた者はこの場にはいなかった。
突発的に始まった宴も終わり、村人は自分の家に帰っていった。魔道具があまり普及していない村であり燃料を節約するため村人の就寝は早い。
アインフォード一行は村の集会所を寝泊まりする場所として貸し出されており、そこでこれからの予定を話し合っていた。
だいぶ夜も更け、これからの予定が確認されたころ、ドアがノックされた。
全員がこんな時間に誰だろうと顔を見合わせ、代表してアルベルトが入り口のドアまで出て行った。
「どちら様ですか?」
「…あの。」
アルベルトの問いかけに消え入りそうな女性の声が返事をした。
「…ラハヤという、です…。あの、少し時間貰ってもいいでしょうか…。」
どうやらこの村の住人であるらしい。あまり丁寧な言葉に慣れていないのかところどころ怪しげな敬語で話していた。
外はだいぶ冷え込んできていることもあり、女性をそんなところに長時間置いておくのもどうかという事で中に入ってもらう事にした。
「いったいこんな時間にどうしたのですか?」
「……。」
ラハヤと名乗った女性はこの村の人と同じくプラチナブロンドの髪を三つ編みで一つにまとめ背中に流している、小柄ではかなげな印象の美女と言えた。
頭にはアクサナが耳を隠すためによく身に付けているのと同じような毛皮の帽子をかぶり、身に付けている衣装も村人と同じような民族衣装をまとっていた。
ラハヤと名乗った女性は一行を見渡し一度うつむき、そして意を決したように毛皮の帽子を頭から取り除いた。
エルフ…?
帽子の中から現れた少し長めの耳を見たアインフォードは一瞬そう思ったが、エルフと言うには耳が短い事に気が付いた。
ハーフエルフか?
かつてアインフォードの妻であったカタリナやヴァルト村盗賊事件で見た事があるハーフエルフの女性を思い出しそう結論付けた。
「ハーフエルフ…!」
息を飲んだのはアクサナである。無意識のうちにアクサナはゲラシムの後ろに移動していた。
エルフの集落においてハーフエルフはあまり良い扱いをされない。むしろ差別されると言ってよい。閉鎖的で排他的なエルフは人の血が混じった者を同胞とは認めないのである。
ハーフエルフは寿命もエルフよりはるかに短く、通常200年ほどと言われている。アクサナ達ウッドエルフは500年以上生きるという事もあり、ハーフエルフはエルフの集落では伴侶を得ることも出来ず、半ば追放されるような形で出て行くことになるのだ。
だからと言ってヒトの村で仲良く暮らしていけるかと言えばそれも困難である。この世界のヒトの寿命は80歳迄生きれば長寿と言われるほどのものであり、大体の者は70を迎えずに病気や怪我で他界してしまう。
200年を超える寿命を持つハーフエルフはどうしてもヒトの数世代分を生きることになるため、次第にお互いに距離を取り出来るだけ干渉しないようになっていくのだ。
そのためハーフエルフは大きなヒトのコミュニティで暮らすことが多い。しかしあまり個人的な付き合いを深めようとするものは少ないのだ。そのような彼らが大きなヒトのコミュニティ、つまりは都市で就く職業は男性なら冒険者であり、女性であるなら娼婦が最も多くなる。
ハーフエルフに限らずデミヒューマンと呼ばれるドワーフや獣人種などのハーフは子供ができにくいという特徴がある。クォーターは生まれにくいのである。
もっともアインフォードの知る限り、ヘルツォーゲンの冒険者にハーフエルフはいなかったし娼館に通ったこともないのでそういった女性も見たことはなかった。
「見ての通り、私はハーフエルフです…。」
おずおずと彼女はそう話しだした。
「私を街に連れて行って欲しい、です。」
ラハヤの両親は父親がエルフで母親がヒトである。
約100年前この村の近くの森で知り合った彼らはお互いに惹かれあいラハヤを生したのだが、たまたま起こったブルーオーガとの戦いで父親のエルフは命を落としてしまったのだ。
その時ラハヤの母は自分が身ごもっていることに気が付いていなかった。
ブルーオーガとは北方に棲むオーガの亜種であり通常のオーガより知能が高い。村が被った被害も大きくそんな中生まれたラハヤは村人と共に大きくなっていったが、やはり30年を過ぎ、母親が亡くなったあたりから村人との間に距離を感じるようになってきたのだ。
それから50年以上ラハヤはこの村の外に一人で暮らしている。御多分に漏れず彼女も村の中で暮らすことが苦痛になり距離を置く暮らしをしているのだ。
彼女は普段は狩りをしてその得物を村で塩や生活必需品と交換してもらう事で生計を立てていた。
それでは村人はラハヤの事をどう思っているのかと言うと、彼女が一人で村の外で暮らしているという事もありあまり気にかけていないというのが現実である。
彼女が村に物々交換にやって来た時も特に邪険にすることもなく要望に応じている。ただ、子供達には彼女は普通のヒトとは違うのであまり近づかないようにといった指導は行っていた。
彼女はこの閉鎖的な村で100年近く暮らしており、すでに数世代の村人を見てきた。外の世界に出たことは一度もなかったので話で聞く以外に村の外にどのようなヒトが暮らしているのかを知ることはなかった。
ところがたまたま村に来てみれば王国人と思われる冒険者が大人数来ているではないか。
ラハヤは遠くから様子をうかがっていたが、その中に話にしか聞いたことがなかったドワーフを見つけたのである。
ドワーフの寿命もエルフほどではないがヒトの倍以上であると聞く。そんなドワーフがヒトと冒険者を生業として暮らしていける世界があるのだと彼女は知ったのだ。
幸い自分は狩人としてそれなりに弓の腕は持っている。ハーフエルフであるが故魔術の才能もあり、呪文を習ったことがないので魔術は使用できなかったが単純に魔力の塊を対象にぶつけて打撃を与えることはできたのだ。
後に分かったことだが、この魔力の使用法はアインフォードやキャロットだけでなくエリーザにも行う事が出来なかった。
ある意味特殊な才能であると言えた。
「ドワーフさんもヒトに比べて長生きと聞く、聞きます。街だとそういった人もたくさんいるのかな、と…。」
いきなり話を振られたバルドルは眼を白黒させながら自分の知っているハーフエルフの境遇について話を始めた。
「わしは確かに冒険者として暮らしておるがの。アルベルト達と知り合ってからはまだ5年ほどじゃったか。」
アルベルトも頷いて肯定した。
「シャルフェン王国の王都にはおぬしのようなハーフエルフも多くはないが暮らしておる。わしのように冒険者をしている者もいれば、女性であるなら、その、なんというかそういう仕事をしている者もおるの。」
さすがに女性に向かって「おぬしの種族は娼婦が多い」などというのは憚られたので奥歯にものが挟まったような言い方になってしまった。
「そういった仕事…?」
それを聞いていたアインフォードやアルベルトにはどういう意味なのかがすぐに理解できたが、さすがに説明する気にはなれなかった。
「ハーフエルフの冒険者は多いのですか?」
アインフォードはこの話題からごまかすようにバルドルにそう投げかけた。
「そ、そうじゃの。ハーフエルフは総じて弓に長けている上に魔術も使える者が多い。知り合いにもそういったものがおるわい。」
バルドルがアルベルト達とパーティを組む前の事は実はあまり知られていない。王都で冒険者をしていたという事しか彼らは聞かされていなかった。
「へー。バルドルにハーフエルフの知り合いがいるなんて知らなかったな。」
エリーザも初耳であった。
「わしらドワーフは基本的にエルフとは相性が合わんのだが、ハーフエルフとはそういうわけでもないのじゃ。わしらのエルフの気に入らんところはあの傲慢で他種族を見下したような振る舞いに我慢ならんというところが大きいからの。ハーフエルフの者たちはそういう訳ではないからの。」
なんとなく居心地の悪い思いをするアクサナであるが、里にいた時に他種族を見下すような話をしていた同胞がいたことも思い出していた。
「あの、それでは私をその、王都?まで連れて行っていただくとかできないか、でしょうか…。その、謝礼は…することが難しい、ですが…。」
一行はどうしたものかと顔を見合わせた。
「アインさんはどう思います?」
え、俺かよ!?とアインフォードは心の中で狼狽えたが、決してそれを表に出すことなく冷静なふりをして答えた。
「そうですね。王都には私も行ったことがないですが、ヘルツォーゲンでしたら私達も冒険者ギルドに紹介できると思いますね。シュライブベルグは避けたほうがいいでしょうね。あの街は治安も悪いですし。」
「ヘルツォーゲン?ですか?」
もちろんラハヤにヘルツォーゲンなどという街の名の知識などない。
「そうですね。あの街は開明的なところだからハーフエルフだからと言って変な目で見られることもないし、冒険者以外でも職種さえ選ばなければ暮らしていけると思うよ。」
アルベルトもアインフォードの意見に賛成したが、その選ばない職種とはなんであるかという事はさすがに言わなかった。
「ヘルツォーゲンまで一緒に行くという事については問題ないですが、ラハヤさんは本当にそれでいいのですか?」
「はい。ここにいても息が詰まります。一人はさみしい、ですから…。」
「そうですね。一人はさみしいですわ。ええ、アインフォード様この方を是非ヘルツォーゲンに連れていきましょう。何でしたら私が雇ってもいいですわね。」
一人はさみしいというところにリコリスが思い切り食いついた。
リコリスも200年引き籠っていたという実績があり、クラーラとドーリスに発見されるまで一人で暮らしていたのだ。
クラーラとドーリスはリコリスに「楽しい」という感情を思い出させた大切な友人である。
ラハヤの境遇に自分を重ねてしまったリコリスを責めることは誰にもできないだろう。
「ま、まあ私としてもラハヤさんが良いのなら構いません。けど少なくとも春以降になると思いますがよろしいですか?」
「あ、そうだった!私達行く所があるんだった!」
これから一行はエルフの里に行く予定であり、厳冬期はそこで過ごすことになっている。ハーフエルフであるラハヤをエルフの里に連れていく事はさすがに問題があるのではないかと思われた。
「しかし、カタリナを受け入れていた里なのでしょう?ひょっとしたら受け入れてもらえるとか?」
アインフォードのその問いにアクサナが応える。
「さすがに厳しい、と思う。魔女カタリナは伝説に残る大魔術師。同じようにはいかない。」
カタリナもハーフエルフである。しかし彼女の場合は伝説的な人物であり多くの功績があるのだ。一般のハーフエルとは明らかに待遇も変わるのだろう。
「あ、あの。私は春でも全然かまわない、です。今さら季節の一つ二つ気になるようなこともありませんし、ご用事が済んでからで結構です。是非その街までお願いいたします。」
「それであるなら一冬ここで待っていてくださいね。帰りにまた寄らせてもらいます。」
そう言ってアインフォードはラハヤを連れて帰ることに同意したのだった。
ペトラの日記
最近食料品の値上がりが酷いかも。オークの大群が押し寄せた影響で収穫前の麦が大打撃を受けたって聞いていたけど、その影響が出てきたのかな。わたしまだパンを作る錬金術使えないしちょっと困ったかも。




