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リコリス魔法商会  作者: 慶天
5章 エルフの森
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血の渇き 2

 その日帰ってきたアインフォードはキャロットがアンチマジックシェルまで使用している事態に何が起こったのかと大いに慌てた。実のところアインフォードが帰ったのはキャロットがアンチマジックシェルを使用して間もなくのことであった。


「キャロット!いったい何が起きたんだ?」

「アインフォード様!おかえりなさいませ!リコリスさんの歌が綺麗でペトラがポンコツでやがります!」

 これはだいぶ混乱していそうだなとアインフォードは判断し、とりあえず落ち着かせることから始めなければとテーブルに置いてあった水差しからコップに水を入れキャロットに飲ませた。


「とりあえず落ち着こうか、キャロット。」

 コップを渡されたキャロットは大人しく水を飲み、そして深呼吸を始めた。

 深呼吸など教えたことはないのだがな。アインフォードはそう思ったが、自分の知らないところで誰かがしているのを見たのかもしれない。彼女たちも学習するのだから、と納得した。


「いったい何があったんだい?」

「はい、取り乱しました。申し訳ございません。実はリコリスさんが歌を歌い初めまして。小さな声で漏れ聞こえてくる程度でしたので気にする事もねーだろうと思っていやがったのですが。」

 ふむとアインフォードは頷き、続きを促した。

「どうやらその歌声に魅了の効果が乗せられていたようで、ペトラが魅了されてしまいました。」

 そしてキャロットは地下室であった一件を話し、アンチマジックシェルでここに立てこもっていたと説明した。


 アインフォードにしてもそれは驚愕のことだった。ヴァンパイアの瞳に魅了の効果があることは広く知られている。当然リコリスもその力を持っていることはここにいる者は全員知っていた。

 だが、歌声に魅了の効果を乗せることができるなどは誰も聞いたことがなかったのだ。それはローレライやセイレーン、ハーピーなどが使用するスキルのはずだからである。


「大体わかったよ。まさかリコリスにそんなスキルがあるとはね。」

 その言葉にキャロットは少し違和感を覚えた。

「スキル…?」

「ああ、スキルだ。歌に乗せて魅了を発動するのは魔術ではない。スキルだ。むしろ呪いといったほうがしっくりくるかもしれないね。」


 アインフォードの言葉にキャロットは少し考えてから言った。

「あの、それではアンチマジックシェルは…意味がない…?」

 その言葉にアインフォードは頷いた。

「だいぶ慌てていたようだね。普段のキャロットならすぐに気が付いたと思うんだけどね。」


 それを聞いたキャロットは赤面しうつむいてしまった。その通りなのだ。呪いにアンチマジックシェルは効果がない。当然キャロットもそんなことは百も承知である。にもかかわらず咄嗟に取った行動がこれであったというほどにキャロットは動転していたのだ。


「キャロットの動転もわかるよ。仲間でありキャロットと同じ従者NPCであったリコリスを斬りつけてしまったのだからね。でもおかげでペトラは無事救出できたわけだし、キャロットの判断は正しかったよ。切り落としたとは言ってもリコリスの再生力は尋常ではないからね。もうすでに新しい腕が生えている頃だろう。」


 ヴァンパイアの再生能力はずば抜けて高い。そもそも特別な方法を用いない限りリコリスを殺すことはできないのだ。例え細切れにされても次の日には棺の中で復活する。それが真祖ヴァンパイアである。


 アインフォードとキャロットがそのような話をしている間にようやくペトラも正気に戻った様である。

「あ、アインフォードさんおかえりなさい。」

「ああ、ペトラ、ただいま。自分に何が起こっていたかわかるかい?」

「えーっと。リコリスさんの歌を聞いていたらとても気分が良くなってきて…あそこから出してあげなきゃって思って…。ドアの外まで行ったらドアから腕がにゅーっと出てきて…で、首を絞められたかも。でもなんかそれが幸せだなーって…。」


 そこまで言ってペトラは顔を青ざめさせた。

「も、もしかしてわたしリコリスさんに魅了されてました?」

 さすがと言うかなんというかペトラはそこまで話して自身に何が起こったのかを理解した。


「キャロットがディスペルしたし、リコリスの歌声ももう聞こえていないからもう大丈夫だと思うよ。しかしこれから夜になるから念のためサイレンスをかけておかないといけないね。何かいいものはないかな。」


 そう言いながらアインフォードは部屋の中を見渡して適当な置物を2つ持ってきた。

 それはリコリスが何らかのアイテムを作ろうとしてそのままになってあったと思しきビスクドールとキャロットが以前作り上げた折り紙の超大作のドラゴンだった。


「これにサイレンスをかけてさらにパーマネントを施しておけば、簡易消音アイテムになるだろう。」

 パーマネントとは永久化という魔術であるが、実際は永久に魔術の効果を維持できるわけではない。高位の魔術ほど持続時間は短くなるが、サイレンスは第二位階であるためアインフォードが使用した場合最低でも一年は効果が持続する。


「それにしてもこのピスクドール、ものすごくよく出来ているね。」

 ビスクドールとは陶器でできた頭のパーツに豪華な貴族の女の子が着るようなドレスを着せた高級な人形である。


 このリコリスの作ったドールは青い目をガラス玉で作られており、髪の毛は金糸を使用しているかのように艶やかな金色をしている。かすかに朱を帯びた頬は同じく桜色に塗られた唇と良く似合っている。衣装は黒でいわゆるゴスロリファッションだ。

 はっきり言って非常に愛らしい。現代日本にも収集家は多いが、おそらくかなり良い値で売れるのではないかと思われた。


「リコリスさんはこれで何を作るつもりだったのかな?」

 ペトラはその愛らしい人形を眺めながらうっとりとした目をしていた。どうやら欲しいらしい。

「さあ。私も聞いたことはありやがりません。アインフォード様はご存知ですか?」

「いや、私も聞いたことはないね。まあリコリスが何かに使う予定があるのであれば後でディスペルすればいいだけだから。今回はこれとキャロットの作った折り紙のドラゴンを使わせてもらうよ。」

「はい、私の会心作を使っていただけるとはキャロット感激です。」


 このドラゴンも異常に出来が良い。かつて折り紙をリコリスが売り出した時、キャロットは折り紙に少しはまってしまい幾つもオリジナル品を作り出していた。どうやら気に入ったらしい。

 そんな中試行錯誤の結果1m四方はありそうな巨大な紙からハサミを全く使わずに見事なドラゴンを作り上げてしまったのだ。


 アインフォードは日本人であったときにネット動画でそのようなものを作る人がいるという事は知っていたし、作業動画を見た事もあった。しかしとても並の人にできるようなものであるとは思えなかったため、キャロットがこれを作り上げた時には惜しみない賛辞を贈ったものである。


「よし、ではこれをどこに置くかだね。まず一つは地下室の扉の前は確定だとして、もう一つは…。」

「地下室の真上の部屋に置いておくのはどうでしょうか。万が一地下室から音が漏れてもそこにおいておけば大丈夫かと。」

「そうだね。地下室の真上と言えばリコリスの工房になるな。お店に影響が出なければ大丈夫かな。では地下室の前にはビスクドールを、工房には折り紙を置いておこう。これで歌声は遮断できるだろう。」


 その作業を見ていたペトラはアインフォードがこれほど簡単に魔道具を作ることが信じられなかった。

「あの!アインフォードさんも魔道具の作成ができるのですか!?」

「ん?ああ、いやそういうわけじゃないよ。今のはあくまでその場しのぎの魔術を物体に施しただけだから魔道具とは言えないよ。」

「え、でもその消音効果のあるドールなんて立派な魔道具に思えるのですけど。」

「リコリスにそんなこと言ったらきっと怒られるよ。魔道具というからには少なくとも機能のオンオフ位できないとね。」


 なるほど確かにとペトラも納得した。でもこの消音効果のあるドールはきっと売れるとペトラは思った。ペトラの父は非常にイビキがうるさくペトラも就寝時大変苦労したことがあるので、そういった方に需要があるに違いないと考えたのだ。

 これは後で研究しよう。ペトラはまた新たな目標が見つかり少し楽しくなっていた。


 その日は置物の効果が表れたのか特に問題もなく皆が就寝することができた。ただ、アインフォードだけは万が一を考え徹夜で警戒をしていたのだが。


 次の日の朝になり、皆が起き出してきた頃アインフォードは逆に午前中は仮眠をとることにし寝室に向かって行った。店の準備などはオートマタ達がまさに機械のように(機械なのだが)定時になると自動的に始めるためキャロットとペトラはゆっくりと朝食をとっていた。


「あの、キャロットさん。昨夜はありがとうございました。」

「気にする必要はありません。私も取り乱しましたがもう大丈夫です。」

「それにしてもリコリスさんって年に一度ああなってしまうのですか?」

「残念ながら私も真祖ヴァンパイアの生態については詳しくありません。しかし私としてもリコリスさんと戦うなどとは考えたくないでやがりますね。…本当に…。」

 キャロットはじっと手を見つめ昨夜リコリスに斬りつけた時の感触を思い出していた。


 昼過ぎにはアインフォードも起きてきたためキャロットとアインフォードは地下室にリコリスの様子を確認に降りていった。

 地下室に前に置いたドールの効果で一帯は静かなものである。逆に言うと中で物音がしても聞こえないという事なので、ここにいても何も情報は得られなかった。


 あれ?このドールここに置いたっけな?アインフォードは自分が置いた場所とは違うところにドールがあるような気がしたが、一緒に来ていたペトラがこのドールを気に入ったようで抱き上げたりしていたため彼女が置き場所を変えたのだろうと思う事にした。


 なんというかもうそれは明らかなフラグなのだが…。


 しかしその後は何もなく平和に過ぎていった。

 そしていよいよ「血の渇き」が明ける予定の7日目の朝。


 事件は起こっていた。


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