引鉄
男は楽しげに一発弾を込め、ガラガラとシリンダーを回す。
そして唄うような口ぶりで語り出した。
「古い映画だ。野獣死すべし。聞いた事あるか?何十年も前の映画でな、」
男は慣れた手付きで銃口を拭く。いやな煙が辺りに立ち込める。
漂う硝煙の臭い。部屋に染み付いた悪臭、壁にかかるどす黒い血飛沫。
酷く懐かしいその光景は菅原を歪んだ興奮へと追い詰めるのに十分だった。
「俺の好きな役者が主演だった。そいつは自分を逮捕しに来た刑事へ銃を向けてとある戯曲の話をする。リップヴァンウィンクル、一つの瞬きで全部失った男の話さ。たった一回、たった一瞬でそいつ一人だけ未来に進んじまった。いや、周りに置いていかれちまったのかな。」
_____俺達みたいに
男は撃鉄を指で弾く。
カチリ、シリンダーが動くのを止める。
「そう思うとよ。俺たちはきっと似た者同士なんだろうよ。恐れて怖がってる癖に、あの日の光景がちっとも頭から離れない。五年前、俺もお前もここで自分の親父が命を賭ける所を見てたんだよ。」
魅せられて、ずぶずぶ沈んで。今や俺らが遊ぶ側。まあ最後に最高のスリルを味わって死ぬのも悪くないやな。
ひくひくと顔を引き攣らせ、男は震えた指でこめかみに銃口を当てる。
手が震えている。
ぶるぶると震えながら、引き金に指を当てる。
男は躊躇う事なく引き金を引いた。
何も起こらない。
男はにこりと笑い、菅原に銃を渡す。
その手はまだ震えていた。