一、王子様ですよ
およそ自然界においては、雄のほうが はるかに美しい。
百獣の王、獅子の勇姿を象徴する鬣も 雄のものである。
優美な鹿の頭上を飾る見事な角も、雄鹿のみが持つ。
鳥類でも、孔雀をはじめとして、より華麗な彩りの羽をまとっているのは、決まって雄のほうだ。
求愛の踊りを踊る鳥も、身を震わせて啼く虫たちも、見栄えのしない雌に対し、命の限りを尽くして愛の告白を繰り返す。
闘魚と呼ばれる魚がある。
宮中の舞姫かと思われるほどに華麗な真紅の鰭を持ち、水中花のごとく襞を 水中になびかせるのが雄であり、くすんで褪せたような色をした、ずんぐりと大きめなのが雌である。
雌は卵を産んだらそれっきり。
寝食を忘れて、生まれた卵を守るのは雄の仕事だ。
子育てさえしない 丈夫だけが取得の不細工な雌を獲得する為に、闘魚の雄は鱗を散らし、赤い衣装を血に染めて、ボロボロになるまで競争相手と闘うのだ。
自然界の悲哀である。
人間もまた、そういう自然界の一部である。
女よりもはるかに美しい男がいたとしても、なんら不思議は無い。
クロウは、そういう男だった。
その艶やかな美しさは、国一番の美女と称えられる兄嫁をさえ凌いだ。
但し、人間は、もう少し複雑だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マホロバ王国 ホヒコデ王の第四王子として生を受けたクロウは、幼い頃から紛れもなく美少年だった。
美少年が、そのまま美しい青年に育つとは限らない。
二十歳過ぎたら、ただの野卑な阿呆面 ということも、ままあることだ。
しかしクロウの場合は、長ずるに従い ますます美しさが際立ち、
いっそ恐ろしい といえるまでに成長した。
空を飛ぶ鳥が、クロウの美しさに驚いて落ちた、という怪しげな噂さえ、まことしやかに伝えられたほどだ。
一方では、どうにもならない変人だという噂も絶えなかった。
常軌を逸した美しさは、狂気を孕んでも不思議はない、と納得する者が多かった。
父親のホヒコデ王は、そんな息子の、時に奇矯な振る舞いを面白がってさえいたが、世話をしなくてはならない召使たちにとっては、それどころではない。
もてあまされて次々と入れ替わったが、当のクロウは気にしなかった。
というより、むしろ喜んだ。
そうやってどんどん入れ替わり、いつかは気に入る者が近くに現れることを待ち望んでいたが、なかなか うまくは運ばなかったようだ。
相も変わらず、召使は入れ替わり続けた。
年の離れた兄のウナサカ皇太子は、弟の振る舞いが全く理解できずにいた。
しかし、次々と寄せられてくる苦情を、困った顔で苦笑しながらも穏便に対処した。
理解不能ながらも、なぜかクロウが可愛かった。
思春期に入った頃から、実態のよく分からない、というか、ほぼたいした実体の無い団体の名誉職につかされた。
身分はれっきとした王族だし、見栄えはすこぶる良いことから、はじめは歓迎されたが、団体側は、すぐに 失敗を悟ることになる。
その内のいくつかは大胆な改革を余儀なくされ、いくつかは抵抗むなしく解体されるにいたった。
さすがに何処からもお呼びが来なくなり始めた頃、長年席を暖めていた中務卿が退官する運びとなった。
中務省は、宮中の政務を統括し、侍従の任免、後宮の人事、詔勅文案や 宣下・上表 などにかかわる部署だが、長官には代々王族が就くことから、有能な副官が用意されており、中務卿の職は 王族の体裁を整える為に利用されてきた経緯がある。
お飾りで充分なのである。
ホヒコデ王の弟である前任の中務卿は、体躯も堂々として押し出しも良く、どちらかといえば小柄な王よりも見た目は立派だった上に、難しいことは何も考えない、周囲にすこぶる都合のよい人物だったこともあって、見事にお飾りの役目を果たし終えた。
クロウ 二十六歳。
第二王子は病没し、第三王子は既に自身の希望で太政官として政務に寄与していた為、お鉢が回ってきたのだ。
美しい若者というには薹の立った年齢になっていたが、その美しさには、さらに凄みがましていた。
飾りとしては充分すぎる。
問題は、クロウの変人ぶりだった。
だが実質的に中務省を取り仕切ってきた次席の大輔ナユタは、特にあわてた様子も無く受け入れた。
いくらお飾りとはいえ、国の中枢にある官位である。
目に余るようなら、正式な手順で排斥が可能だ。
ナユタは有能な官吏であった。
ところがいざ、クロウが中務卿として官位に就くと、周囲の危惧をよそに、案外まともな中務卿になった。
就任の祝いにやってきた人々への挨拶も、立派にやってのけた。
中務省が管轄する部署を含めて、主だった配下への就任の辞を何事も無く無難にこなし、最後に、こう締めくくった。
「宮中の万事を取り仕切る部署なれば、くれぐれも不正の無きよう心せよ」
省内は安堵に包まれた。噂ほどの変人ではないようだ。
大きな騒動さえ起こさなければ、それで良い。
どうせお飾りなら、美しいほうが楽しい。
先の卿同様、在席してくれるだけで、気ままにやってもらっても仕事には差し支えない。
やれやれ。