矛の向く先
むせ返るような血の臭いと焦げ臭さが辺りに充満する。
攻め込んできた兵はほとんど逃げた。この死体は――そんな兵の中でも勇気ある者たちのものだった。
この細胞破壊装置……威力が洒落にならないほど高く、当たった者は悲しき一途を辿る。
「ぎゃあああああああ!ぎゃあああ、ぎゃあああああああ!」
叫び悶える兵からは血も流れていない。
ただ、体内では……。
「撃て撃て撃て撃て!」
この銃――反動が無く当たったか分からないのが少し使いづらいところだ。
そして――
「あ、あ、あ、熱い!!熱い!!熱いいいいいいいぃ!!」
細胞が暴走によって摩擦を起こし、体に熱を持たせる。つまり――焼死。
やがてロシア兵はもがく事をやめ、体中に内出血を残して死んだ。
「……あっけないな……。」
「瀬戸さん、撤退です。」
「なに?どうした?」
「それが……鳥居秀悟が反乱を起こしたようで……空軍の兵士全員を連れて内閣に攻め込んだそうですが、今は皆拘束しているようです。」
「そうか……わかった。あとはどうするんだ?」
「あとは海軍の方で処分するそうです。陸に上がった敵兵はもういないかと。」
「よし、撤退しよう。あとは総理の対応を待とう。」
内閣
「……総理。来られました。」
中で待っていたのは長谷川総理と――
「……鳥居、秀満くん……?君は都市部で警備をしていたはずでは……?」
弱冠二十歳の鳥居秀満は都市の警備を任されている。その若さからは感じられない切れた頭は羨ましい限りだ。
「……私の父が、何やら反乱をしでかしたと聞きまして……」
「ああ、そうか……それで来たのか……」
「瀬戸くん、少しいいかな?」
そうだ。なぜ呼ばれたのか、それが知りたかった。
「はい……私はなぜ呼ばれ――」
「何か言いたい事があるんじゃないかな?」
図星。この総理、人の考えていることが分かるのか――
「……」
「ん?どうしたかね?」
「……私は……実力で兵をねじ伏せるつもりでした。」
「……」
総理は黙って聞いている。
「それを……この小さな武器一つにその誉れを奪われたんです。だから……」
「それだけかね?」
皆まで言わせず総理が言う。
「……え?」
「戦争は勝てばいい……だから個々の実力を注視なんてしていられないんだよ……。分かるかね?」
「……」返す言葉が見つからない。
「さて……では消えてもらおうか。」
「な……」
「連れていけっ!!」
突如、脇から黒服が飛び出してくる。瀬戸はこれに応戦した。
「寄るな!寄るとこいつをぶっ放つぞ!!」
黒服は一瞬ためらう。が、直ぐに総理が言う。
「瀬戸くん、彼らはもうリスピリンの暴走対応をしている。だから撃ったところで無駄さ。さあ、銃を捨てろ。」
「……本当ですか?」
「嘘だ。」
その刹那が命取りになった。あっという間に腕を捕まれ銃を奪われた。
「さあ、秀悟くんと同じ場所に連れていけ。」
視界が暗転した。
「……っ痛ぅ!」
「おい……大丈夫か?派手に落ちてきたからな……」
その声の主は――
「な、秀悟さん!?……あ、そうか……」
「いやぁ、すまんな俺の反乱でお前まで……」
「いえいえ、俺が思った事を言い過ぎたんですよ……」
鳥居秀悟とは仲良くさせてもらっていた。
その屈託の無い笑みを表情に浮かべ、誰もが彼を信頼している。
そんな彼が、なぜ。
「……どうして国に歯向かおうなどと……」
「近いうち、この国は都市を地下に移す。」
秀悟はきっぱりと言ってのけた。
「その理由は、まだはっきりとは分からない。ただこの大戦が終わってから、それを行うはずだ。」
「……」
この地上の人種を屈服させるもの。それは――
「核、ですか……?」
「どうだろうか……。まだ分からんね。」
「まぁ、どっちにしろ秀悟さんがなんとかしてくれますよね?」
それまで押し黙っていた兵士の一人が言った。
「分からんね……」
「そう言えば、ここはどこなんですか?」
瀬戸が尋ねた。
「分からない。ただ地下らしいんだ。ちょうど、内閣の中心部の真下らしい。俺たちはそこから落とされた。」
「なるほど……ん?という事は……俺の部屋が近い?」
「あ、そうか。瀬戸さん地下に部屋を作ってたのか。」
「ああ……あの部屋に穴を通じさせる事は……できますかね?」
いやぁ、と秀悟は苦笑する。
「我々にこの強固な壁が壊せますかねぇ……」
「あ、そちらでしたら心配には及びません。先程総理に取られた武器は全て私の複製です。消音機や爆弾もあります。」
「……やってみる価値はありそうだな……よし、やろう!」
そうして極めて警備の希薄な(というか警備がいなく、食料が自動で届く)状態の中、実に二十日を経て、階段を手で掘り、何と瀬戸の部屋の床まで辿り着いてしまった。
「……ああ、ここか……よし。」
思いの外床は脆く、軽く銃器で刺激するだけで抜け落ちた。覚えている限りのカーペットの模様に合わせ、切り取る。
「うん、違和感は無いな……これならいいか……。」
そしてポケットから取り出したのは、記憶装置。ここに自分の記憶を保存して……また自分と同じ道を歩む者の、僅かでも道しるべになればいい。
そして、引き出しに細胞破壊装置と、記憶装置をしまった。
「――俺の部屋から出るより、壁を崩して出た方が良いかと思います。その方が、総理の不意を突ける。」
「……分かった。崩せ!!」
爆弾を設置し、一思いに爆破。
そうして出た所は――ただ広い、広い地平線が見えるだけだった。
「なんだここは……!」
「まさか、地下都市計画がもうここまで進んでいるというのか……!?」
「くっそ、全員出ろ!行くぞ!」
秀悟の掛け声で全員が駆け出した。――のが全ての失敗だった。
先陣を切って走っていた瀬戸や秀悟がゲートを通った瞬間、体中に違和感が走った。
そして――灼けるような体の熱さと痛みが瀬戸の体を包み込んだ。
「ぐぉ……!まさか……リスピリンの……!!」
「瀬戸くん……っ!大丈夫っ……か……」
「し、秀悟……さ……あああああぁ!!熱い熱い熱い熱い熱いいいいいいぃ!!」
血液が沸騰する。眼球が飛び出る。脳が……焼ける。
――そのまま瀬戸が起き上がる事は無かった。