発覚
6月30日
第四次世界大戦、その発端。
露西亜の領空に亜米利加のBee211が侵犯し、それを露西亜側が撃ち落としたことが国際問題に発展。
その後亜米利加が宣戦布告をし、露西亜これに応戦。
亜米利加には日本が、露西亜には中国が協力した。
「準備はいいかな?外崎くん。」
遅くまで機械とにらめっこをしていた外崎が少し眠たそうな瞼を楠田に向けながら笑った。
「ええ、問題ありません。これなら、上手くいきますよ。」
「あまり無理するなよ。これからもっと激しい戦いが始まるんだから。」
「……そうですね……」
……さぁ、開始だ。鳥居、お前の好きにはさせない……!
海軍モニター室
「二階堂士官!中国の領海に入りました!相手の攻撃も始まると思われます!」
「……まだだ。……引きつけろ。」
二階堂。常に寡黙で何を考えているのか分からない存在。だがその頭はかなり切れ、鳥居さえも脅威を覚えるほどである。
「……士官!もう無理です……」
「まだだッ!……三百……二百……ッ撃ー!!」
「了解っ!」
二階堂の合図はぴったり当たり、相手の被弾無しで中国の初期位置艦隊をやっつけてしまった。
「君たち、分かったか。ただ闇雲に撃てば良いというものではない。」
二階堂は頭をコツンと叩いて言った。
「防衛戦略。攻め込む中にも防御を覚えろ。」
陸軍作戦会議室
「……美濃囲い。」
「……は?」
「聞こえなかったのか。美濃囲いだ美濃囲い。王を守るには歩兵を切り捨てろ。」
「……」
川舘。この時代には珍しい熱血漢なタイプで、どこか昭和の雰囲気を醸し出していた。
裏表の無いさっぱりとした性格は荒々しくも正確な指示を出す。
「なんだ、ショーギを知らんのか。俺の曾祖父さんが好きだったんだぞ。」
「知りませんよそんなの……」
囚人ですらこんな物言いができるほど川舘はとっつきやすい性格だった。
「まぁ、なんだ。今のは冗談だ。……いざとなったら俺が先陣に出るから、心配すんな。」
「……そんなわけにはいきません。俺らの力舐めないでくださいよ。」
「おぉ?そうか?すまんな。じゃあ……突撃!!」
内閣議事室
「総理……」
「何かね上堂くん?」
「なぜ楠田の改造案、呑んだのですか。」
「……都合が悪かったかね?」
「いえそんな事は……」
「まあいいではないか……若者の奔走も見ものだぞ?それに――」
「それに?」
「……少し、泳がせてみようと思ってな。機が熟すまでは良いだろう……。」
「……?」
「……昔を思い出すな……。あいつの若い頃にそっくりだ……。」
7月11日
「よし飛ばせ!」
楠田が大きく叫び、外崎がこれに応じて自動操縦装置搭載の零戦を「無人のまま」飛ばした。
「……どうだ……」
一瞬の静寂。そして――
「全機飛びました!成功です!」
「よっし!やった!」
「あと、やる事は無くなりましたね……」
「ああ、あの飛行船の完成を待つだけか……」
「そうですね……」
そう、内閣で把握できるものは陸軍の戦況と海軍、空軍の戦闘機艦隊の突撃状況のみだった。
楠田はそれを突き、見事「無人」の零戦を完成させたのだった。これを二、三日続ければ――沖縄へ避難できる。飛行船で移動するのだ。
「飛行船の状態はどうだ?」
「順調ですよ。完成も近いです。あとはコクピットモニターの調整とエンジン部の確認ですね。」
「もうそこまで……。早いな。」
「私たちだって犯罪者とはいえ頭は良いんですよ。」
ふふん、と一人が誇らしげに鼻を鳴らす。
「自分で言っちゃダメだろ。」
と、また一人が茶々を入れる。
「あああもうやかましい!作業するぞ!」
どっ、と爆笑。
――普通に笑えているこの状況が素直に嬉しい。
「ああそうだ。内閣の監査が三日後らしいからな。それまでには飛行船で逃げるぞ。余った零戦は全機発射してな。」
「分かりました!」
「これで晴れて自由の身だよ……」
「バーカ。楠田さんのクーデターが全部上手くいけばだよ。あれ?楠田さん、クーデターの決行日って……」
「ああ、監査の二日前。つまりは――」
「明日、ですか。」
「そうだ。昨日も言ったとおり、難しかったらやめても構わないからな。」
「ここまで来てやめるわけにゃいきませんよ!」
「まぁ、そうだな。じゃあ頼むぞ!」
「はい!」
よしよし、ここまでは上手くいっている。あとは鳥居をあの世へ送ってやればいいんだな……
「じゃあ、作業さいか――」
「そこまでだ。」
振り向いた頃には二人の黒服に拘束されていた。他の面々も全く気付いていなかったらしい。抗っても解けないほどの力で抑えられ、思わず声を上げる。
「……あぁ……参った参った……」
「いやはや。見事だったよ楠田くん。我々の盲点を突いてくるとはね。だが一歩、甘かったんだね。」
眼前には――あの忌々しい笑顔が。……全てバレていたのだ。
「ッ鳥居イイイイ!!」
「うん?何かね?私に捕まるのがそんなに悔しかったかな?」
ふと、鳥居から笑顔がずり落ちる。
「……全員連れていけ!!」
「……クソがっ……」
このあと何が待っているのかは、ここにいる全員が容易に予想できた。
連れていかれたのは内閣だった。
「……なぜここに連れてきた。」
「まあそんな怖い顔をするな。君に見せたいものがあるんだ。」
内閣の丁度真ん中。ホールほどの大きさがある場所に全員立たされる。
「ここからいつでも、刑務所に突き落とせるという寸法だ。……私の・・・」
最後まで聞き取れなかった。そうして鳥居が隠されていたレバーを押し、足下が消えた。
「……楠田さぁん?」
暗がりの意識の中、間抜けな声が投下された。
その声の主――外崎だった。
「っは!ここはどこだ……!」
「……あの刑務所ですよ……」
「な……!」
そう、壁の崩れ方といい広さといい、紛れもなくあの刑務所だったのだ。
「俺たち、閉じ込められたんですよ……」
「なんてこった……」
『あー、あー、聞こえるかね?』
と、無機質な声が刑務所いっぱいに響き渡る。
「……鳥居か……何の用だ……!」
『まあまあ、少しは落ち着いて人の話を聞きたまえ。――零戦に乗れ。』
「……何だって?」
『零戦に乗れと言っている。』
「……正気かお前……」
『私は至って正気さ。むしろこんな莫迦な作戦を遂行しようとした君の方が狂っているんじゃないかね?』
「……!」
『まあ何も言い返せないか……どうでもいい。明後日には迎えに行くからな。全員、生きて出てこいよ。』
「……」
くそ……くそ!なんて事だ……!全部鳥居に読まれていたとは……。
「……みんな、すまん。俺の考えが甘かった……。」
「謝んないでくださいよ楠田さん。俺らは望んでここにいるようなもんですから。」
外崎が優しく声をかける。
「しかし……どうする……。」
「どうするって……このまま明後日を待つしか……。」
「なァに情けない事言ってるンすか楠田さん。」
そう言ったのは橋川だ。
「俺らは知能の塊ですよ。」
「だから自分で言うなっつーの」
べしん、と誰かが橋川の頭を叩く。
「ってぇな!俺禿げてるから叩くと痛てぇんだよ!」
雰囲気はもう完全にいつも通りで、楠田はその明るさに思わず吹き出してしまった。
「くくくくく……!いや……全くお前ら気楽だな……でも羨ましいよ……。」
「楠田さん……?」
「そうだな……俺はお前らを救うためにここにいるんだ。……やってやる!突破口は必ずあるはずだ!」
「はい!」
「よし、外崎と橋川は俺と一緒にこの刑務所内を探索しよう。他のみんなは何か手がかりが無いか探していてくれ。」
「分かりましたよ〜。」
まだいける。楠田は僅かな――ほんの一握りの希望を背に、足を進めた。
「そういう事ですか……。」
「ああ。だから奴を拘束した。上堂くん。今度は君に空軍の士官を頼むよ。」
「ええ、分かりました。しかし楠田は出てきませんかね……」
「楠田は出てくる。」
鳥居はきっぱりと言った。
「彼の頭はひょっとしたら私よりも冴える。その頭をもってすれば出てくるのは当たり前だろう。ただ出てきたところで――」
「突破口が無い、という事ですか。」
「ああ、そういう事だ。……私は戻る。」
「分かりました。ごゆっくり。」
「んー……何にも無いなぁ……。」
「そうですねぇ……。」
外崎もお手上げらしい。どこを探しても何も見つからなかった。
「じゃあ、戻るか――」
「楠田さぁぁ〜ん!」
と、十五人ほどが塊になって楠田を襲ってきた。
「な、な、な、なんだ!?どうした!」
「見つけましたよ!手がかり!」
「……な」
何だってーーーーっ!!
「ああやかましいですちょっと黙ってください!」
「ああ、すまんすまん……じゃあとりあえずあのホールに戻るか……」
広間に戻り、拾ったという紙切れを見る。そこには数字の羅列があった。
「666660000999555557722(26666(00442222……?何じゃこりゃ……。」
何のこっちゃ、さっぱり分からない。
が、レトロ好きでもあるらしい橋川がひょっとして、と言う。
「これガラケーの話じゃないですか?」
「ガラ……なんだそれ?」
「今よりも二世代くらい前の携帯電話機の事ですよ。今は耳に付ける型ですけど、一、二世代前は手で入力してたんですよ。」
「へぇ……詳しいなぁ……。」
「これ、ボタン入力するんですよ。で、当てはめると一の部分があ行、二の部分がか行って感じです。あ、括弧は多分、濁点でゼロはわ行ですかね。」
「あー……なるほど。そう考えると……?」
「今読みますね……。ほーるのみぎかべをちけ?」
「ホールの右壁をちけ?何だそりゃ?」
「あ、これ多分離して読むんですね。そうすると……『ホールの右壁を叩け』ですね。」
「このホールに入って右側の壁は……」
楠田の目の前の壁だ。
「……ここを壊せば良いのか……?」
「やってみましょう!」
「あ、ああ……」
かなりの広さのあるホールの壁、真ん中を集中的に攻撃する。殴り、蹴り、タックル。やがて――
「……ヒビだ……」
「……ねぇ楠田さん。ふと思ったんですけどこんなボロい刑務所の壁を壊して、一部の決壊で済むと思いますか……?」
「……思わん。」
「……」
もう知るか。死んでも死ななくても一緒だ。
「ええぇい!」
「ああ楠田さんバカぁ!崩れるーー!!」
ガラガラガラ……!
幸いにも、崩れたのはその一部の壁だけだった。
「び、びびった……」
「楠田さんっ!何してんすか!殺す気ですか!」
「あ、ああぁ……ごめんごめん……。」
「なぁ外崎、この奥……階段があるぞ……。」
「何……?」
橋川の言ったとおり、その先には階段があった。これは――賭けるしかない。
「みんな……待っててくれ。外崎、橋川。行こう。」
「はい。……みんな、楠田さんを信じて待ってろ!」
「わかってますよ!行ってきてください!」
裏切るかも分からない。
赤の他人を。
ここまで信頼できるものだろうか。
楠田の目からは、一滴の涙が零れていた。