被害者
6月24日
囚人徴兵が可決されてから政府は大忙しである。
地上と地下を結ぶゴンドラは決して広いわけでもなく、せいぜい乗れて二百人。徴兵に連行するのは三千五百人であるから、およそ十八回の往復が必要だ。
この作業には、士官である楠田も呼ばれた。つまり、刑務所の実情を覗くことにもなった。
まさに、地獄絵図。
そのたとえがぴったりと当てはまった。
ところどころに散らばる石の破片と血溜まりが、いかにここが危険な場所であるか示している。
「総理……これはつまり、牢が意味を成していないという事では……?」
「うむ、確かにここではもう牢など存在しない。代わりに――君も見ただろう。どう頑張っても突破できない高圧式のバリアが張ってある。あれを抜けるには虹彩認証が必要だから、どうあっても抜け出せない。ただ、この所内はもう無法地帯だ。決して一人で来る事は無いように。」
「……来たくもないです……」
「まあ、その通りだな。あと、ここには基本、警備がつく事は無い。ただ、そこにある監視所には就いているから、常に囚人の動向を窺えるから問題は無い。」
道理で、一人も巡回が居ないわけである。機械による自動化がこの近辺を守ってくれているわけか――
「では、これより徴兵を行う。呼ばれた者は前に出るように。」
監視所の警備員らしき男が、集まった囚人およそ七千人に声を掛ける。と、
「ざけんじゃねぇ!」
予想していたとおり、囚人から非難の声が上がる。ただそれは鳥居の行為によって消えた。
ばぁん。
凄まじい銃声が部屋いっぱいに響く。撃った弾は――脆くなった天井へとめり込んでいた。この時代に弾丸を使うのは珍しいが、これが一番黙らせるのに最適らしい。
「グダグダ抜かすなクズ共。いいか、これは政府の決定だ。人権?そんなものゴミ同然だ。お前らに適用される事なんて、とっくの昔に終わったんだよ!分かったらさっさと前に出ろ!出ねえと脳天ぶっ飛ばすからな!」
冷静沈着、且つ冷酷無比な鳥居にとって、囚人はただのゴミでしか無い。そのせいか、冷静さを欠いて暴言を撒き散らす。
ただ、もう逆らう者もいなくなった。逆らったら――そう考えると従いたくないものも従わねばならぬのだ。
連れられて行く囚人の顔を一人ひとり見送る。血気盛んな顔。死人のように青ざめた顔。無表情。その顔は様々な感情に満ちていた。
そうして半日を費し、ようやく全員を陸上へと連れ込んだが、どの顔も揃ってショックを受けたものだった。
「俺……たちの……過ごした場所が……」
「地下の都市なんて……そんなの許せるか……?」
牢での生活が長かったためか。いや違う。
政府が一般に見せることを禁じたからだ。
今地下で過ごす市民にこの光景を見せても、同じような反応をするだろう。
憐れな。
楠田はただただそんな事を思っていた。
夜になり、臨時住居に囚人を集めたところで囚人の振り分けが行われた。
「三千五百人の振り分けは……陸軍千人、海軍千人、空軍千五百人。これでいいかね?」
空軍への振り分けが多いのは「カミカゼ特攻」があるからだろう。第二次世界大戦で使用されたカミカゼはおよそ千二百。少々多めといったところだ。さて――ここからが本番だ。
「総理、私から頼みたい事があります。」
楠田は鳥居に向かって言った。
「……なにかね?内容によっては許可を下ろすが……?」
よし、いける。
「空軍に指定される千五百人のうち――五十名ほどで構いません。こちらから指名させていただくことはできませんか?」
「それは何故かね?」
「零戦の機体をベースに作成するというのは納得しました。ただそこに私が指揮を入れて改造を加えたいのです。」
「改造なら防衛省に頼めばよかろう。」
「いいえ、戦況を常に把握できるのは防衛省よりも空軍基地が先です。そうなってくると、近況からの改造をより正確に行えるのは我々では無いかと。」
しばらく考えた素振りを見せ、答えを出す。
「まぁ、良いだろう。陸軍も海軍も特に言いたい事は無いようだし……しかし良くそこまで考えていたな……。」
鳥居が言うのも納得だ。楠田は弱冠三十八歳。ここまで思考が巡るのも非常に珍しい事だろう。
「ありがとうございます。では、失礼します。」
そう言って楠田は囚人リストへと目を落とした。
そうして楠田がリクエストした囚人は、当然ながらみな機械に精通している者ばかりである。
これが、鳥居の見落としだった。