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無血戦線  作者: なすみそ
楠田坰の「平和」
4/21

被害者

6月24日


 囚人徴兵が可決されてから政府は大忙しである。

 地上と地下を結ぶゴンドラは決して広いわけでもなく、せいぜい乗れて二百人。徴兵に連行するのは三千五百人であるから、およそ十八回の往復が必要だ。

 この作業には、士官である楠田も呼ばれた。つまり、刑務所の実情を覗くことにもなった。


 まさに、地獄絵図。

 そのたとえがぴったりと当てはまった。

 ところどころに散らばる石の破片と血溜まりが、いかにここが危険な場所であるか示している。

 「総理……これはつまり、牢が意味を成していないという事では……?」

 「うむ、確かにここではもう牢など存在しない。代わりに――君も見ただろう。どう頑張っても突破できない高圧式のバリアが張ってある。あれを抜けるには虹彩認証が必要だから、どうあっても抜け出せない。ただ、この所内はもう無法地帯だ。決して一人で来る事は無いように。」

 「……来たくもないです……」

 「まあ、その通りだな。あと、ここには基本、警備がつく事は無い。ただ、そこにある監視所には就いているから、常に囚人の動向を窺えるから問題は無い。」

 道理で、一人も巡回が居ないわけである。機械による自動化がこの近辺を守ってくれているわけか――


 「では、これより徴兵を行う。呼ばれた者は前に出るように。」

 監視所の警備員らしき男が、集まった囚人およそ七千人に声を掛ける。と、

 「ざけんじゃねぇ!」

 予想していたとおり、囚人から非難の声が上がる。ただそれは鳥居の行為によって消えた。


 ばぁん。


 凄まじい銃声が部屋いっぱいに響く。撃った弾は――脆くなった天井へとめり込んでいた。この時代に弾丸を使うのは珍しいが、これが一番黙らせるのに最適らしい。

 「グダグダ抜かすなクズ共。いいか、これは政府の決定だ。人権?そんなものゴミ同然だ。お前らに適用される事なんて、とっくの昔に終わったんだよ!分かったらさっさと前に出ろ!出ねえと脳天ぶっ飛ばすからな!」

 冷静沈着、且つ冷酷無比な鳥居にとって、囚人はただのゴミでしか無い。そのせいか、冷静さを欠いて暴言を撒き散らす。

 ただ、もう逆らう者もいなくなった。逆らったら――そう考えると従いたくないものも従わねばならぬのだ。

 連れられて行く囚人の顔を一人ひとり見送る。血気盛んな顔。死人のように青ざめた顔。無表情。その顔は様々な感情に満ちていた。


 そうして半日を費し、ようやく全員を陸上へと連れ込んだが、どの顔も揃ってショックを受けたものだった。

 「俺……たちの……過ごした場所が……」

 「地下の都市なんて……そんなの許せるか……?」

 牢での生活が長かったためか。いや違う。

 政府が一般に見せることを禁じたからだ。

 今地下で過ごす市民にこの光景を見せても、同じような反応をするだろう。

 憐れな。

 楠田はただただそんな事を思っていた。


 夜になり、臨時住居に囚人を集めたところで囚人の振り分けが行われた。

 「三千五百人の振り分けは……陸軍千人、海軍千人、空軍千五百人。これでいいかね?」

 空軍への振り分けが多いのは「カミカゼ特攻」があるからだろう。第二次世界大戦で使用されたカミカゼはおよそ千二百。少々多めといったところだ。さて――ここからが本番だ。

 「総理、私から頼みたい事があります。」

 楠田は鳥居に向かって言った。

 「……なにかね?内容によっては許可を下ろすが……?」

 よし、いける。

 「空軍に指定される千五百人のうち――五十名ほどで構いません。こちらから指名させていただくことはできませんか?」

 「それは何故かね?」

 「零戦の機体をベースに作成するというのは納得しました。ただそこに私が指揮を入れて改造を加えたいのです。」

 「改造なら防衛省に頼めばよかろう。」

 「いいえ、戦況を常に把握できるのは防衛省よりも空軍基地が先です。そうなってくると、近況からの改造をより正確に行えるのは我々では無いかと。」

 しばらく考えた素振りを見せ、答えを出す。

 「まぁ、良いだろう。陸軍も海軍も特に言いたい事は無いようだし……しかし良くそこまで考えていたな……。」

 鳥居が言うのも納得だ。楠田は弱冠三十八歳。ここまで思考が巡るのも非常に珍しい事だろう。

 「ありがとうございます。では、失礼します。」

 そう言って楠田は囚人リストへと目を落とした。



 そうして楠田がリクエストした囚人は、当然ながらみな機械に精通している者ばかりである。

 これが、鳥居の見落としだった。

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