怨恨
放送局では、相変わらず三人がくすぶっていた。
「どうするんですか楠田さん……?」
沢中が聞く。鳥居も諦めたように言った。
「この人の量では移動も無理だろう……」
そんな中楠田が唯一、諦めた様子を見せなかった。
「いや、もう少しで陸軍か海軍の士官が来るはずだ。そこでもう一度考えてみよう」
「はあ……」
二階堂か、川舘か。
現状を鑑みるに、事情を早くに悟ってくれそうなのは二階堂であろう。川舘では恐らく理解できない。
それを考えると今この状況で望ましいのは二階堂の先着だ。と──
「おや、そちらの方はどなたですか?」
いかにも落ち着いたような声がした。──良かった。
「二階堂さん。お待ちしていました」
そう言うと二階堂は少し笑って頷いた。
「ええ、私としても早めに着けて良かったです。それで──こちらの方は?」
二階堂がそう聞くと沢中が直接答えた。
「沢中亮です。放送局の扉を無理矢理閉めてきました。ただ、個人的に鳥居に用があったので、俺だけ入らせてもらいました」
「なるほど……それで、そちらの用事はもうお済みですか?」
「はい……まあ」
「それなら良かったです」
二階堂はそれだけ言うと鳥居の方に向き直り、懐からおもむろに高圧銃を取り出して鳥居に向けた。鳥居は虚を突かれたように動けなくなっていた。
「何を───」
する気だ、という前に二階堂が答える。
「喋んない方が身のためですよ。と言うより喋るな。──ここまでよくやってくれたな、楠田。感謝する」
その口調はこれまでの二階堂からは想像もつかないような粗暴なものだった。
「な……」
「まあ質問もたくさんあるだろうがな、楠田。お前の今の一番思っている疑問に答えてやろう。────何でこんな事を、だろ?」
図星である。
「くく……。まあ無理もないわな。俺がこの立ち位置に辿り着くまでどれだけ自分を着飾ったか……。それを俺さえも覚えていないからなぁ……」
「なん───」
銃口がこちらを向いた。
「喋んな!!」
「……!」
楠田が悔しそうに押し黙ると、二階堂はさも可笑しそうに肩を揺らして笑った。
「いやはやここまで上手く事を運んでくれるとはな……。お前には本当に感謝しているよ楠田……。そしてこんな事をしている理由か……まあ、そいつあこいつの口から直接話してもらおうか」
そう言うと二階堂は再び鳥居に銃口を向ける。
「あんたは覚えているだろう……?あの日……あの時……。俺が深く問い詰めた時のあんたの顔……」
「な……何のこ────」
「とぼけんじゃねぇぞ!」
二階堂が鳥居に歩み寄り、顎に銃口を突きつける。
「お前が上堂とかいうイカれたお仲間とやった計画……。あれを知った俺に……お前は何をしてくれた……」
鳥居は押し黙ったままである。
「さあ、教えてやれよ鳥居。楠田と、この沢中とかいう男に。お前がこれまでしてきた、数々の愚行を。そして、恥じれ。恥じて、深く絶望しろ」
完全に蚊帳の外だった沢中が、不意に自分の名を呼ばれてはっとする。楠田は、静かに鳥居のもとへ歩み寄った。
「───話せ。その計画とやらがあった日の、二階堂さんとの会話を」
鳥居が、だらりと項垂れた。
もう、彼を助ける手立ては無いのである。
それは、鳥居が全国に向かって原爆を発射したその日の夜のことだった。
今日の成果を確認して、爆破し残りが無いかどうか事務室で一人確認していると、二階堂が訪ねてきた。
「二階堂くんか、どうしたかね?」
彼は鳥居よりも十歳年下でありながら知略に優れ、出来ることなら今回の作戦に加えておきたい人材であった。
そんな彼が、恐ろしく緊張したような表情を浮かべている。これは───鳥居は軽い違和感を覚えた。
「総理、今日の昼の事なのですが」
やはりか──鳥居はおおかた予想がついていた。
「何かね?」
「地下都市の上部───即ち地上の方から、何やら微妙な爆音が聞こえたのですが、何かご存知ですか?」
「いや……私は上堂くんと一緒に地下に居たがね、そんな音は何も聞こえなかったよ」
「そうですか……」
それだけ言うと二階堂は下を向いて何やらぼそぼそと喋り出した。
「おいおい二階堂くん、どうし──」
二階堂に近付いたことで、鳥居と地上掃討計画の書類に軽い間隔が開いてしまった。それが、鳥居の命取りとなった。
次の瞬間、二階堂は屈み込み小さくなると、その足の力をバネにするかのように鳥居の横をすり抜け、さっと書類を手に取った。────やられた!
「二階堂くん!やめろ!」
すぐに二階堂の手から引ったくり、彼を叱責した。──どうやら書類の内容は見られていないようだ。
「何を考えているんだ君は!」
そう聞くと二階堂はゆらりと歩き出すと、そのまま事務室の入口に立ってぼそりと言った。
「総理───貴方の行為は果たして『善』でしょうか……」
それだけ言い残すと、二階堂は闇に消えて行ってしまった。
その一言で全てを見透かされているような気がした。
「あの時に彼を処分しておけば良かったんだ……!そうすればこんな事にはっ……!」
鳥居は奥歯を噛み締めて悔やんでいた。──何ということだろう。
「分かったか、楠田」
ふと上を向くと、そこには冷徹な視線を鳥居に注ぐ二階堂の姿があった。
「こいつは自分の思想のためだけに動いていた──いや、それだけじゃない。その思想を邪魔する者は今みたいに、すぐ始末しようと言い出すんだよ」
「……」
「だからな、こいつは何としても殺さなきゃならない。最初にこいつの野望に気付いた、俺の手で」
「それは違う────」
「お前の御託は聞き飽きた。もういい。やめろ」
それを言うと二階堂は鳥居を拾い上げ、こめかみに銃をあてがった。
「やめろ!」
「うるさい!止めんじゃねえぞ!」
沢中は端で気の抜けたような顔をしている。──くそ、何てこった!
楠田は二階堂の手元に拳を飛ばし、高圧銃を二階堂の手から落とした。
「てめぇ!」
二階堂は武器を無くし、拳でかかってきた。が、楠田はこれを軽く払って足を蹴り飛ばした。
「うっ……!」
その場にだらしなく倒れた二階堂は立ち上がろうとするも、楠田に腹を一蹴りされてもう一度倒れてしまう。
「生憎、対人訓練はいつも以上にやっていてね。いつか地下に閉じ込められた時。あの時が充分な訓練時間になったよ」
「クソが……何でお前が邪魔をする……!何で……」
のたうち回る二階堂を見下しながら楠田が言った。
「なあ、二階堂さん。あんたさ───」
「うぇっぷ、少し臭うな」
「ですね……うえ……」
地下通路を、川舘らが進んでいた。あれから地下通路の入口を見つけるのに手こずり、少し時間のロスがあった。
「川舘さん……あとどれくらいですかぁ……」
橋川が情けなく聞くと、川舘は「知らん」と返した。
「上に向かう梯子と穴の大きさで確認する。かなり大きいものならビンゴだな」
「えええぇ……アバウトすぎますよ……」
「いいだろ、そのうち着く───お」
突然川舘が立ち止まり、上を見上げる。どうやら着いたらしい。
「そら、着いた」
「じゃ、早く行きましょう。楠田さんたち待ってますよ」
「おう、そうだな」
そうして三人は一階の穴から出て、放送ブースに向かった。
────そこにあったのは、見知らぬ青年と肩を並べて一緒に呆けた顔をしている鳥居の姿と、楠田の前に跪く二階堂だった────




