叶えたい事
全てを聞き終えた楠田は、ショックで暫くは動けないでいた。
「――分かったかね?これが私の作り上げた「正義」だ。……今はもう、誰も傷つく事の無い世界……。」
「違う……違うだろ!こんな方法は「正義」とは言えない!……おかしい……。」
「……君の思いも分かる。だがな、あれもこれもと求めたところで、その全てを「平和」に導けるわけじゃないんだよ……。」
――気付いた時、楠田は嗚咽を漏らしていた。
「違っ……これじゃ……元の木阿弥じゃねえか……。」
「……すまないな。」
そう言ったのは鳥居だ。驚いた楠田は涙で濡れた顔を上げる。
「私はいつの間にか、変わってしまっていた……。その変化から目を背けたくて……こんな手段を使うようになってしまっていたんだ……。そして、君のように純粋な目を見ると……止めたくなるんだ。そうやすやすと手に入るものじゃないんだ……「平和」なんて大きなものは……。だからせめて、せめて「正義」という形で……。」
鳥居は赦しを乞うように呟く。その姿はまるで、悪意の無い悪戯をしでかした子供のようだった。
少し置いて、楠田が聞く。
「……なら、海軍や陸軍をどうやって騙したんだ……。もう国は……無いはずだろう……?」
「海軍の艦は自動操縦で離れた場所に浮かべておいただけのもの……陸軍の兵士などいやしないさ……。」
「……じ、じゃあ食料自給率が少し高いのはどういう……!?」
「そりゃ地上にはだだっ広い荒れ野があるんだから、少し土を加えてやればそれぐらい育つさ……もちろん動物だって……」
「……」
なんという事だ。なら全ては事実なのか……。
「……そもそも、なぜ戦争なんてものを作った……?」
「それは……簡単さ。君たちのような頭の良い……邪魔な議員や人間を消し飛ばすため……。時が来たらあらゆる箇所にもう一度原爆を落とすつもりだったさ……。」
「なんっ……!」
「もう私には君を止める資格も、咎める資格も無い……あとは好きにするといい……。君の言う「平和」がどれだけ大きなものか、これからを見れば分かる……。」
「……」
楠田はいつの間にか鳥居の前を離れ、モニター室へと移動していた。
この長い、長い二日間、海軍と陸軍はありもしない敵を相手取っていたのか。
そう考えると哀れに思えてくる。
とりあえず……。繋いだ先は陸軍の士官スピーカと海軍の士官スピーカ。そして――
「川舘と二階堂!聞いてくれ!お前たちの目の前に敵はいない!全てを伝えたいから、お前たちだけでも内閣府に来てくれ!」
伝えるだけの一方通行スピーカは、二人の疑問など知らぬ存ぜぬといった様子でただ楠田の声だけを通していた。
わずか一時間で二人は到着した。
バタバタと入ってくる二人の足音と騒がしい声が聞こえる。
「おい楠田ァ!どういう事だ敵がいないって!?俺にも分かるように言え!」
「そうですよ楠田くん。――戦時中に撤退を命ずるとはなかなか……。」
「ああ、すまないな急に……だが、大事な用なんだ……まあ、まずは議事堂の総理の話を聞くべきかもな……。」
「なにィ……?おい二階堂、行くぞ。」
「ええ、行ってみましょう。」
そう言って二人は議事堂へと足を運んだ。そして今度は――
「楠田さん、まだかなァ?もう四時間くらい経ってるんじゃないか?」
「橋川よぉ、お前ちとせっかちじゃないか?きっと入り用なんだよ……。」
呑気に会話を交わす彼らを尻目に――外崎はひとり、切迫した表情で俯いている。
楠田は下手をしたら……死んでいる。その身を呈して……。
そう考えるといてもたってもいられなくなる。もう、俺ひとりで登るか……。そう考えていると、不意に刑務所全体にあの声が轟く。
「おぉい、みんないるか!?」
「この声は……!」
間違いない、楠田の声だった。
「どうしたんですか楠田さん!?」
「今から上に来てくれ!全員だ!もう自由だぞ!」
なんだって――今、自由と?
「ちょ、どういう事ですか楠田さん!?」
「いいから早く来てくれ!」
そのままぶつりと通信が途切れる。これは――
「行こうみんな!」
「おおっ!」
そうして千五百人、地上へと向かった。
全てを聞き終えたらしい二人は、楠田のもとへと戻ってきた。その表情には――戸惑いと騙された、という怒りの表情。
「楠田……、俺たちは……これからどうすればいいんだ……?」
「分かりません……。もう、何を信じれば良いのか……。楠田さん、どうするんですか……?」
「……全てを話せば長いが……。簡単に言うと俺はこの事実を地下市民に伝え、囚人を全員、釈放させる。」
さすがに最後の言動には驚いたらしく、二人は猛烈に反対した。
「そりゃダメだろ……!またいつ犯罪を犯すか……!分かったもんじゃねぇ!」
「そうですね……やめておきましょう、楠田さん。」
「いや……今回でだいぶ懲りただろう……、こんな事に巻き込まれるとは思っていないはずだからな……。」
そう言うと二人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、渋々認めた。
――鳥居をねじ伏せ、平和へと大きな一歩を踏み出した。
もう一度、ここにしか人がいないとしても、この世界全員を笑顔にする事が「平和」だ。
だから――鳥居を驚かす政治をするためにも、彼には俺の隣に……。奴に全てを見てもらうために……。




