求む正義
「総理……」
鳥居が志を決めて早くも五年が経過しようとしていた時、長谷川が倒れ、総理の立場を辞退しようとしていた。
彼の病室には毎日のように総理の椅子を狙う者が媚を売りに来ては、悔しそうな顔をして帰って行く。
――そして、鳥居も見舞いへと向かうと、驚きの発言を受けた。
「秀満くん……君に、君に総理の席を譲ろう……。」
「な……ダメですよ総理……!私はまだ二十五です!そんな立場に私が立っても……。」
鳥居は長谷川に向かって「一応」謙虚な姿勢を見せる。しかし腹の底ではほくそ笑んでいた。
――これだ。これが「正義」への近道だ……!
「しかしね……ここまで政治に積極的に動いてくれた者も君ぐらいしかいないんだ……それなのに君以外の半端な人材を総理にするわけにはいかない……ゴホッ、ゴホッ……」
「……分かりました。こんな若僧でよろしければ……総理のあとを継いで見せます。」
「ああ……頼んだぞ……他の者にももう君に任せると言ってある……ゲホッ!ゴホゴホゴボォ……」
長谷川は咳を繰り返し、綺麗に洗濯された布団の上に吐血する。
「そ、総理!しっかりしてください!……いま先生を呼びます!」
「いや……いいんだ……もう……私はだめだ……」
ひゅう、ひゅう、と喉から空気の通る音がする。長谷川はやり切った、という感情と悔しい、という感情が混ざったような顔をしていた。
「私は……結局目先の平和に囚われ……秀悟くんのように……求める事しかしなかった……」
「……」
「だから……君は未来永劫、続く平和を作ってくれ…………頼む…………………………」
がくり、と長谷川の首が落ちる。
「……総理。……ドクター!総理が血を吐いて倒れました!」
ガタガタという喧騒の中、鳥居はひとり、優越感に浸る表情を浮かべていた。
「……総理として相応しくないのではないですか……」
そう言ったのはあの日長谷川に媚を売りに行っていた連中の一人だ。
「……なぜ?」
「なぜってそりゃ……、あの鳥居秀悟の息子だからですよ。また平和とかいうものに囚われ――」
「では君たちのような姑息で、いつ総理が死ぬか見極めていた者の方がよっぽどマシだったとでも?」
「……!」
彼は頬を紅潮させ、今にも怒りで爆発しそうな表情を浮かべる。
「……国を甘く見るなよ。俺はそれを痛感して今ここにいる。」
「……失礼します。」
長谷川は生前、まだ総理として動いていた頃から秘書に言っていたらしい。
「私からの頼みだ。もし私が総理の椅子を退く時があったら、その席は秀満くんに譲ってくれ……。」
「よろしいのですか?彼はまだ若すぎます。」
「……若くても、彼はあらゆる景色を見てきている。だから彼に頼みたいんだ……。」
「……わかりました。」
そして、選考も無くただ鳥居が総理の椅子に着いた。
もし選考だった場合は絶対に選ばれていなかった。その点で、鳥居は長谷川に感謝した。
当然他の連中も黙ってはいない。だが秘書の一言で全て返されてしまった。
「貴方達のように、ただ総理に媚を売り続けた輩にこの崇高な席は与えられません。私も、彼の謙虚な態度に賛同して総理として立たせたのです。」
連中、悔しそうな顔を浮かべ、すごすごと引き下がった。
総理の席に立ち五年。鳥居が三十となった頃にはもう彼を信頼していない者はいなくなっていた。
やることなすこと、全てにムダがなく、また不満が出るような方法で解決する事が全く無かったためだ。
そろそろ――やるか。鳥居は長谷川の世代から温めてきた計画、地下都市計画に行動を移した。
「……なるほど、災害を最小限に抑えるため――貴方らしい考えですね。」
「いえ、これは長谷川前総理の考案です。私は何も――」
内閣の感触は良好だ。ただ問題は……
「――市民全員を移動させる事ができますでしょうか……?」
「そうだね……、やってみない事には――」
と、一つの案が浮かぶ。それは目の前の問題を解決し、またこれからの日本をもっと良くする案だった。だがこれを行うには――ここにいる全員を騙さなければならない。
「――そうだな、まずは関東都市圏全体を移動させよう。街の者にも呼びかけて。――地下家屋はもう完成しているんだろう?」
「はい、できていますよ。」
「ならば問題無いな。早速頼むぞ。」
全員を帰らせたあと、ただ一人の人物に残ってもらった。
「――上堂くん、君には全てを話そう……。」
「は……?何の事でしょうか……?」
それは、若かりし日の上堂源一。彼は鳥居に次いでこの世の中をよく見ている。鳥居はそう睨んでいた。
「この地下都市計画――市民全員を移動させるのは無理だ。」
「と、おっしゃいますと……?」
「――日本の人口を、半分以下に減らす。」
「……まさか……」
「……原爆を世界にばらまく……。」
「は……。そ、そんなことをしたら世界が………………そういう事ですか。」
何かを悟ったらしい上堂は、覚悟に満ちた表情を浮かべていた。
「ああ……全世界人口をこの関東都市圏部に限る事で抗争を無くす。そして「正義」を実現させるのだ……。」
「……なるほど。やる気ですか……?」
「本気だ。」
そう言うと上堂はフッと笑い、頷いた。
「どうやら貴方に従っていた方が良さそうだ……。やりましょう。」
鳥居が原爆を選んだ理由は二つ。
一つは、威力の強さ。ただこれは水爆よりも劣るため、あまり参考にはならない。
問題は二つ目の理由。それは、「リスピリン」の内部暴走。
原爆による放射能でリスピリンを暴走させようという魂胆だ。これなら完全に国を滅亡させる事ができる。
――それにしても、なぜこの案を他国が思いつかなかったのか未だに不思議である。
作戦遂行日。議員にはもう全員地下に移動させたと伝え、鳥居は上堂と共に地上にいた。
「……やれるかね?」
「捕捉しました。……恐らく狙い目通り破壊できるかと思います。」
「よし分かった。しかし、地上の壊れた家をどう説明しようか……。」
「……直後に地震が起きたという事にしましょうか……?どうせ貴方の事です、他の議員をこの関東都市圏から出す事はしないんでしょう?目認する事はできないですしね。」
「……ははっ、全てお見通しか……。」
鳥居は小さく笑う。そして――
「やるぞ。……目標捕捉!発射!」
「発射!」
物凄い轟音を轟かせながら、実に三百発の原爆が空へと舞い上がった。この影響がここに来ないなどという事は――無いとも言えない。
「よし急いで地下に避難するぞ!」
「はい!」
――二十分ほど経過し、地下にも僅かながら爆音が鳴り響いた。だが、それに気づく者は誰もいなかった。
こうして、五億人を越えていた日本の人口は僅か百万人へと減少した。
その事実を知るのは鳥居と上堂のみである。
その後、関東の家屋を解体し内閣府を作成。
以前に記述したような法案も立てた。
鳥居四十歳。驚きの若さであらゆる「正義」の柱となる行動を起こしてきた。
そんな最中だった。突如国土交通省大臣に楠田坰なる者が任命されたのだ。
この男――秀悟と全く同じ目をしていた。
まるであの男が甦ったかのように同じ行動を送る楠田に、鳥居は苛立ちを隠せないでいた。
さらに空軍の士官まで志望。行おうとしていたことも、何から何まで秀悟と同じだったのだ。
だがその行動は秀悟よりも上手で、鳥居が不意を突かれる事もしばしばあった。
そして――脱獄。これをやられ、今目の前に立つ楠田に対する嫉妬のような感情は、いつしか鳥居の「正義」すら蝕んでいた。
若さが邪魔をしたな、楠田よ。
お前が望むものはあまりにも大きすぎたのだ。




