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王の星詠み  作者: 師走祥
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連れ戻された姫君

冬の寒さも過ぎ去り、桜の花びらが舞う季節。

窓から吹き込む暖かな春風に美しい金髪をなびかせた女性・璃天一り てんいつは、約3年ぶりに実家へと帰ってきていた。

彼女が科挙に合格して朝廷に仕えだしてから五年が経ち、皇帝・鳳志雲ほう しうん)の崩御から一年が経とうとしている。


最後に実家に帰ったのはいつだっただろう?


と本人も考えるほど帰省しない彼女であるが、今回の帰省には皇帝の死が大きく関係していた。


 普通、皇帝がいないのを狙って反乱を起こす輩が出る場合もあるのを恐れて新皇帝の即位が急がれることから今のように一年も皇帝が不在であるというのは異例の事態であった。反乱などが決して出なかったわけではないのだが、宰相・王那が先手を打ち片っ端から潰していったおかげでどうにか一年間持ちこたえている。ようするにこの国が現在もどうにかやっていけているのはこの優秀な宰相がいたからなわけで、当然彼を皇帝に、と言い出す者もいた。

 しかし、別に先帝に子がいないわけではもちろんなく、誰が即位するかでいろいろと揉めたためにここまでズルズルと来てしまった。

 先帝の子は第一王子の九垓くがい、第二王子の世輝よき、第三王子の青嵐せいらん)、第四王子の桂羽けいはの四人で、全員男子である。普通なら一番最初に生まれた第一王子である九垓が王位を継ぐものなのだが、これに各省の長官及び副長官といった重鎮達が猛反対したのだ。

 というのも、九垓は決して馬鹿なわけでも人望がないわけでもない。人望に関していえば他のどの王子たちよりも厚いのであるが、政を執るのが非常に下手だったのだ。

ただし彼は武芸は人並み外れて優れており、彼自身は元より先帝や重鎮達もそのことを知っていたことから皇帝直属である禁軍・左右龍武軍の右龍武軍大将軍としてその辣腕をふるっている。

 では、第一王子が駄目なのなら第二王子は?

ということは誰もが思うのだろうが、これが一番厄介なのだった。

 どちらかというと、厄介なのは王子ではなくその母と母方の一族である。

世輝は賢いのだがかなり気弱な上に極度の人見知り。人の上に立つような性格ではなかったし、王位は兄である九垓が継ぐものとばかり思ってきたため五監ごげんの一つで職工に関する庶務を司る官庁・少府監にこっそりと通いつめて金属類の加工技術を身に着け、自身の宮に加工用の道具を揃えると美しい装飾品を作るようになっていた。「王子がこのような場所に来られてこんなことをなさってはなりません!!」と周りは顔を青くして止めたのだが、「自分の才能を活かせるのは素晴らしいことだ。」という先帝の一言であまり問題視されることもなくなっていた。

 しかし、母である魯貴妃はそうもいかない。

魯家は貴族であることに違いはないのだが、名門中の名門といわれるような貴族ではなかった。故に、金の亡者ならぬ権力の亡者、と言いたくなるほどに彼女の一族は権力に貪欲だったのである。貴妃は息子が装飾品を作りに夢中になっていることを知ると彼が作り上げた作品と共に道具もすべて彼の目の前で壊した。これで学問や政に身を入れるだろう、というのが貴妃の思惑だったらしい。確かに世輝は勉強するようになった。しかし、母とその一族たちから「お前は王になるのだ」と顔を合わせる度に言われ、もともと王位を継ぐ気のなかった彼には大変気の滅入る日々が続いた結果、世輝は倒れ王位を継ぐどころの話ではなくなったのである。

 さて、残る王子は二人なのだが、第四王子・桂羽はまだ十歳。

とても王位を継げる年齢ではないということから必然的に第三皇子・鳳青嵐ほうせいらんへと王位継承権は回って来た。青嵐は文武両道の秀才でかなりの切れ者。四人の王子の中で一番優秀だと言われている。彼が継ぐなら国は安泰だ、ということで重鎮達も納得したことから話がまとまった。

それが約半年前のことである。そこからなぜさらに半年もの時間が経っても皇帝不在だったのかというと、王位を継ぐことになった張本人、青嵐が納得しなかったのだ。

彼はずっと旅に出ており、父の訃報を聞きつけ慌ててもどってきた。そしてまた旅に戻ったのだが、父の葬式から約一か月が経っても未だに即位式の連絡がないことを疑問に思い再び城へと戻った。するとなんと、絶対に継ぐことはないと思っていた王位を継げと言われ、継ぐ気のなかった彼はまたまた旅へととんぼ返りし、朝廷側は朝廷側で皇帝不在が続くのはまずいがそれ以上に青嵐を皇帝にしたいという者が多く、宰相・王那は根気強く書簡を送り続けて説得した。そして約半年にも渡る説得の末に青嵐は折れ、やっと新皇帝が決まったわけである。


新皇帝が決まり、即位式の日取りを公表したときには朝廷で働く官吏や武官たちを含めたすべての人間たちから思わず安堵の歓声が上がったのは言うまでもない。


 さて、その即位式なのだが、執り行われるのがなんと天一の実家なのである。厳密に言えば、天一の実家・璃本家が管理する青龍山の神殿で執り行われるのだ。ここまでは彼女がわざわざ帰省する必要が無いように思われるが、その式の最中に披露される清めの舞がある。

その舞手は龍神の巫女と呼ばれるのだが、それがなんと彼女なのだ。

龍神の巫女として即位式で舞えるのは一族の中で一人だけ。それも十六歳以上二十五歳未満の女子限定で、その中から最高の舞手が選ばれる。

運よく皇帝のお眼鏡に適えばそのまま後宮入り、なんてことも過去にあるものだから、一族の女性は揃っていつ行われるかもわからない即位式で舞うために幼いころから死に物狂いで舞の稽古をするのだ。


よって、即位式の舞手に選ばれた女性は涙を流して喜ぶはずなのだが、天一は違った。


それどころか、怒り狂って王都・暁にある自分の屋敷の花瓶やら壺やらをひたすらに投げ割った。

彼女の屋敷はもともと璃家当主で天一の父である璃苑の物なので、今回彼女が割った花瓶たちはすべて璃苑の物。

ちなみに、その総額は普通の農民が贅沢さえしなければ一家四人で三年は楽に生活できるくらいである。

そのため使用人たちは彼女を必至で止め、どうにか迎えの馬車に押し込むと実家へと向かわせた。骨董品を天一が割った、という報告を受けた璃苑は思わず卒倒したというが無理もない。

実家に着くと、もともと実家に寄り付かない上に物凄く不機嫌かつ今すぐ王都へ帰せ騒いだことで部屋から一歩も出ることを許されず、窓際で暇を持て余していたというわけだ。


「……いい加減飽きた。」


そう呟く彼女の顔は、不機嫌なあまり眉間に皺が寄っている。


「諦めなさい。お父様が一度決めたことを絶対に変えない人だというのは、天姫もよく知っているでしょう?それにお父様が大切にしてらした骨董品を割るなんて…」


天一に柔らかく微笑みかけ、彼女を天姫(てんき)と呼ぶ女性は、天一の腹違いの姉、璃朱杏り しゅあんだ。


「確かに骨董品を割ったのはやりすぎだったかもしれませんけど龍神の巫女などやりたい者はたくさんいるのですよ?今の季節は会試の関係で礼部は特に忙しいっていうのに…私は新米礼部侍郎なんです。覚えなくちゃなんないことだらけなんです!!」


「そうは言ってもねぇ。即位式の舞手が中途半端だとそれこそ一族の存続とお父様の威厳に関わるし…。」


そうなのだ。


即位式の舞手は玉の輿を狙える、なんていう利点もあるがそれだけじゃない。一族を背負っているも同然で、もし失敗などしようものなら皇帝の怒りに触れることだってありうる。少なくとも、失敗した舞手は一族の恥として破門になる。


「だから天姫が選ばれたんでしょう?二十三という若さで礼部侍郎となった自慢の娘なんだもの。それに舞手として文句の付けどころがない上に頭もよく回るから不測の事態が起きても多少のことには対応できるし。」


「不足の事態なんて起こるわけがありません。そもそも!不測の事態が起こること自体が問題です。」


「それもそうね。」


天一は部屋から出ることの許されない妹を気遣って話し相手になってくれている姉の顔を見つめた。


朱杏は天一のことを父にとって自慢だとよく言う。十八で会試に合格し、殿試では一位及第、つまり状元。そして二十三歳で礼部侍郎というあまりにも早い出世を遂げたのだ。

そんな彼女を世間から見れば確かに父にとって自慢の娘といえるだろう。


だがそれは世間一般の話だ。


これはこの国の創成期に遡るのだが、もともとこの国がある土地は妖魔の類で溢れ返りとても人が住めるような場所ではなかったという。そして彼らの頂点に立つ存在だったのが青龍。

青龍はどちらかと言えば妖魔と言った者たちとは違い神に近しい存在であったが人がまだ妖魔たちと共生していた大昔、青龍の大切なものを人が奪った。それがいったい何だったのかはわからないが、青龍はとにかく怒り人間を意味もなく惨殺し嵐を招き地上の環境を悪くした。結果、他の神々から地へ落されたのだ。しかしそれでおとなしくなるものではなく、妖魔たちを従えより一層人間に対する態度は悪化した。そんなとき立ち上がったのがこの国・飛龍国の初代皇帝・鳳閃ほうせんである。彼は仲間と共に妖魔の群れを切り抜け青龍のいる山へと向かった。話し合うことで分かり合えたなら……そんな思いが通じることもなく結局彼らと青龍は対峙する。結果、鳳閃の仲間は一人を除いて皆倒れ、彼自身も満身創痍であった。青龍は、ボロボロになりながらも自分へと向かってくる彼に


「なぜそこまでする?」


と聞いた。


「私の国は、数年前に妖魔に襲われ多くの人が亡くなった。その時にいろいろな人々をみた。妖魔たちに付けられた傷の痛みに苦しむ人、またいつ妖魔が襲ってくるのかと恐怖に震える人、そして一番多かったのは家族や友人、大切な人を失って涙を流す人々だ。その大半は子供だった。行く当てもなく、母や父を呼びながらフラフラと瓦礫の隙間を歩いていたよ。あんな思いは二度としたくないし、これからの未来を担うべき子供たちにもこれ以上つらい思いをさせたくない。だから私はそのためにここに来た。お前と話をするために……!」


「我と話をするため?我を殺すためでなく?」


「そうだ。一体お前に何があったのかは知らないが、誰かを殺せば恨みを買う。そして恨みを買ったものもまた殺される。こうしてどんどん連鎖は広がって行き、現に人は皆お前や妖魔たちを憎んでいる。それではだめだ。だから話し合いたかったのだ。それでできれば解決したかった。妖魔たちを殺すことも、お前と戦うこともなく!」


妖魔を殺すことも、自分と戦うこともできればしたくなかったと訴えた鳳閃に心動かされ、彼の話を聞き、それを真摯に受け止めた。

話を聞き終えると、青龍は自分の両の目をくり抜いた。すると左目は勾玉に、右目は鏡になった。

それらを鳳閃に授けると、


「そなたがこの地の王となり民を導け。さすれば我はこの地とそなたの未来の子供たちを永遠とわに守ると誓おう。」


鳳閃がその言葉に頷くと、青龍は山に眠りにつき妖魔たちもどこかへ去って行ったという。

これが飛龍国の始まりだ。


そして鳳閃と共に戦った仲間たちは一人を残して死んでしまったわけなのだが、この一人というのが璃家の初代当主・璃洪樹りこうじゅである。彼は青龍との対峙後に一つの力を持った。それは未来予知。鳳閃に付き従い力を使うことで彼を支えた。そして後に、彼は青龍が眠る青龍山とその神殿に奉納された龍の勾玉と鏡を守る神官となったのだ。


それが天一の生まれた璃家という家だ。

洪樹の未来予知の力は現在も受け継がれているが、力の精度にはばらつきがあった。性格に未来が見える者、ぼんやりとしか見えない者、全く見ることが出来ない者。

中でも力の精度が高い者は皇帝の補佐官として出仕することが決まっており、それ以外の力を持った本家以外の予知者は各地に点在する寺社神殿で神官や巫女として生活している。そして全く力を持たない者たちは基本的に好きなように自分の行く道を決めることが出来る。力を持つ者はより強い力を持った子供を残すために親が決めた力を持つ者と結婚させられるが、力を持っていない者は一族内なら基本的に誰とでも結婚できるし、科挙を受けて朝廷に出仕することも許されている。


力をもたない者もまた、力がないことを憂いながらもそれを僻むこともなく与えられた使命を淡々とこなして生きていた。


現在、皇帝補佐として仕えているのは天一の叔父である璃空りくうであるため、それ以外の力を持つ者は親や当主・璃苑の指示に従い生活している。天一自身、五年前に本人も知らぬ間に縁談を組まれていた。もともと一族のしがらみを嫌っている面があった彼女は今回無理やり帰省させられた時とは比べ物にならない程に怒った。その結果、逃げ込んだのがなんと科挙である。


「そういえば、王子様御一行がもうそろそろご到着なさるそうよ。ご挨拶に行く準備をしておきなさいとのことだわ。」


天一がぼんやりとしている所に朱杏が声をかけた。


「私がここに来てから三日も経っていますからね。そろそろ着く頃だと思ってはいたのですが。その、挨拶に行かない、っていうのは…」


「許されるわけがないでしょう?」


王子に挨拶に行きたくなさげな言葉を発した天一に対し、流石に怒ったのか凄みのある笑顔を浮かべる朱杏。

その顔にはさすがに口答えもできないらしく


「はい…」


とおとなしく頷くのだった。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



「天姫、準備できた?」


衣擦れの音と共に掛けられた姉の声に、正装に着替えた天一が振り向いた。




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