第9話 しばしの別れ
塔の一階に異空間と外の世界を繋ぐ扉がある。ゴーレムたちを扉の先の暗闇へ偵察に向かわせたところ、何事もなく無事に戻ってきた。準備も終わったし、あとは出発するだけだ。
出発の日、俺はダドゥの墓参りをした。ダドゥは俺をこの世界に生んでくれたいわば親のような存在だ。育児放棄されたし、殺されそうになったとはいえ、まだ心にわだかまりがある。
だけど、俺は思っていたよりふてぶてしい人間らしい。
「遺産をむやみやたらに荒らしたりはしません。でも、使わせもらいます。俺にとって必要だからです」
ダドゥに向けてというより、自分に言い聞かせた。
「自分のためだけでなく、困っている人を助けられるかもしれない。実際に行動できるなんて、前世では思ってもみなかった。昔は自分のことだけで精一杯だった。
もっとも、そんな人生を送った俺に大したことができるとも思えない。力がなくとも誰かを助けようとしている人がどこかにいるはず。その人を探してみるつもりです。きっとその人も助けを必要としているだろうから」
俺は罪滅ぼしをしたいんだろうか。できるわけがない、殺してしまったんだ。その事実を背負ってなお前に進むと開き直るしか俺が進める道はない。俺が命を奪った相手は、俺の命を奪おうとしたんだ。
墓に花をそなえた。
外の世界への扉前で、ゴーレムたちとサンゴ、そしてシロが待っていた。
ゴーレムたちはそれぞれ荷物を背負っているが、グリーンだけは他より量が多い。渋るグリーンから俺の分の荷物を受け取った。俺の分まで持ちたがる世話焼きだ。
サンゴは包みを差し出した。
「これをどうぞ。特製のフルーツタルトです。早めに召し上がってくださいね」
食欲をそそる甘い匂いがする。
「ありがとう。酸っぱくないですよね?」
「食べてみてのお楽しみです」
サンゴは楽しそうに笑った。さすがにこんなときに悪戯をしたりは……いや、サンゴならやりかねない。
「気をつけて食べることにします」
「あらら。信頼されてないなぁ」
「前科のせいです。今度帰ってきたとき、何か仕返ししてやろうと企んでいるので、待っていてください」
「期待して待っています」
サンゴと握手した。
サンゴが離れると、シロに優しく抱きしめられた。
「シロ?」
「少しだけこうさせてください」
そっとシロの背に手を添えた。しばらくして放したシロは、俺の頭に手を乗せた。
「こんなに大きくなって。なんだか不思議です」
俺はシロより背が高くなった。昔は見上げていたのに。
「シロは、小さくなったね」
シロは変な顔をした。
「私は変わっていません。ヒロが大きくなったから、その分私が小さく見えるだけで、例えるなら、ええと……」
「じ、冗談だから、気にしないで!」
懸命に説明しようとするシロを止めた。下手な冗談なんて言うもんじゃないな。
シロはポンと手のひらを叩いた。
「なるほど。勉強になります」
感心されてしまった。
シロは微笑んだ。
「帰ってきたとき、新しい冗談を教えてくださいね」
「うん、頑張るよ……」
俺にそれを頼むのは失敗だと思う。
遊んでいたゴーレムたちを呼び寄せて、扉の鍵を開いた。扉はこのゴーレムたちでもこじ開けられないほど頑丈だ。鍵をなくしたら戻ってこれなくなるので全員が予備を持っている。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
扉の先へ足を踏み入れた。