第7話 すっぱ!
15歳の春、未だ芳しい成果を得られない。改造人間の記憶は、忘れさせられたというより、消されていた。取り戻す方法はないらしい。
ふと、親しくなったとある改造人間に会いたくなった。識別番号035番、サンゴという名で呼んでいる初老の男だ。幼い頃から顔を知っていたが、十数年目にしてようやく知り合ったわけだ。
「サンゴさんこんにちは」
「こんにちは、ヒロさん」
サンゴは農作物の栽培と品種改良を任されている。
ここ菜園には、室内でも太陽と同じ暖かな光が降り注いでいる。あの光が何なのか、俺にはわからない。
この塔は未知の技術の結晶だ。ダドゥは、長い人生の間に、途方もない技術を蓄えていた。
例え人生を捧げたところで、賢者に比肩できる気がしない。捧げる覚悟があるのかというと、正直ないと言わざるをえない。
果物を収穫していたサンゴは手をとめた。
「元気がありませんね。どうしました?」
「ちょっと考え事があって。そう見えますか?」
「見るからに。046番も一緒でないのも珍しい」
「もうすぐ15歳、一人にもなりたい年頃です」
「おお、そろそろ成人ですね」
この世界では一般的に15歳で成人する。前世で一度成人したが、別に何か変わったわけでもなかった。俺なんか特に変わらなければならなかったのかもしれないが。
「成人の儀式みたいなのってありますか?」
サンゴは思案した。
「わかりません。成人する前に改造されていましたし」
「すみません……」
サンゴは首を振って笑みを浮かべた。
「気にしませんよ。私は今の境遇に満足しています。心配事もなく、実にやりがいのある仕事に熱中できて、むしろ感謝しているくらいです」
初めてサンゴに話しかけたときも、彼が生き生きとしているように見えたから話しかけた。
改造人間が改造人間であることを望む。その都合の良い考えを裏付けたかったのかもしれない。
サンゴは俺の手を取って、果物を一つ置いた。イチゴに似ている。
「どうぞ、食べてみてください」
「……すっぱ!」
超酸っぱい。超目が覚める。
サンゴはなんだか楽しそうだ。
「暗い顔よりマシになりました。何を思い詰めているのかわかりませんが、もっと気楽になりませんか。あなたはあなたを大切にしなければなりません。あなたを大切に思う人を忘れないようにしましょう」
そういえば、この頃シロの元気がなかったような。俺のせいだったのか。
「……ありがとう、サンゴさん」
「あれ。意地悪したのに感謝されるとは。してみるものですね」
「いや、こんな酸っぱいのはもう勘弁してください。次はぜひ甘いやつを。すみません、用事があるのでこれで帰ります」
「とびきりのをお届けします。また来てくださいね」
「はい、また来ます」
いつの間にか一人で悩んでいた。悩みを共有したい、力になりたいと思ってくれる人がいる。迷惑をかけない方がいい、なんて独りよがりは時に相手を傷つけると、シロに出会って実感した。シロに相談してみることにした。