第36話 繋がり
バロートが言った貴族、シネンシス家当主コルディス公爵。浮遊大陸にいるその男のところへ出発する準備が整うまで、賢者の塔の一室にこもって、改造人間たちの改造方法について調べている。しかし、たやすく施術できるようにはならなそうだ。
改造を上書きすれば、新たなマスターとなってダドゥが設定した制限を解除できるため、改造人間たちを自由にすることも可能だ。本人の意思がどうあれ、方法を知っておくに越したことはないだろう。
一歩踏み外せば不幸を巻き散らかしかねない賢者の力。足元がおぼつかない気がする。
いや、自分でも気づかないうちに、すでに踏み外していやしないだろうか。
もはや生死も思いのままな相手、ドラゴンの「化物め」という言葉が脳裏によぎったとき、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ。……クオーレ?」
「他の誰かに見える? まあ、ちょっと美人にはなったかな」
ゴーレムを伴って入ってきたクオーレは、大げさだが様になる仕草で髪をかき上げた。
ヴィエイールの腕は大したものだったようで、以前と見た目に遜色はない。クオーレの努力の賜物、仕草に関しても同様だ。
「ちょっと太ったんじゃ……」
「ん?」
あわあわしながらなだめるゴーレムも何のその、クオーレのこんなに怖い笑顔は初めてだ。
「み、見間違いだった! わあ、ますます美人になったなあ!」
「ありがとう」
「……元気になって、本当によかった」
塔に帰ってきたとき、クオーレはいつ目覚めても問題ない段階だった。しかし、様子を見ていると、眠っているクオーレの体を火傷が侵食していった。傷を負った記憶が夢をきっかけに体をむしばんでいた。
あの場面を思い出すだけで冷や汗をかく。手を施す猶予はなかった。神様仏様や、厚かましいことこの上ないが賢者ダドゥに至るまで、助ける力のありそうな存在に助けを祈り、クオーレに呼びかけ続けることしかできなかった。結果、クオーレは夢から覚め、火傷の侵食はとまった。
もうクオーレは普通の人と変わらない。諦めるしかなかったいろんなものを取り戻した。
クオーレの表情は穏やかになっている。
「ありがとう、助けてくれて。もう散歩もできるようになった」
「気分はどう?」
「昔を思い出して、なんだか懐かしい。ただ、無理ができなくなったのは少し残念かな」
「何かあればゴーレムを頼るといい。みんな頼られるのが好きだから」
「もう頼りっぱなし。ね?」
えっへんと胸を張るゴーレムの頭を、クオーレはなでた。
次にかける言葉が見つからず、お互いに沈黙した。そして、クオーレは意を決した。
「私に何があったのか、教えてほしい」
未だに何も話をしていない。落ち着いてから話すつもりが、ずるずると先延ばしにしている。
言うべきか迷う間に、クオーレは言葉を続けた。
「おばあ様が関係してるの?」
うなずくと、クオーレはため息をついた。
「危うい人だと思ってたけど、そっか……」
「俺のせいだ。クオーレに謝らないといけない。俺のせいで傷ついて、命まで危ない目にあわせてしまった」
「気にしないで、ヒロ」
名前を口にしたクオーレからは、思いやりを感じられた。俺にはもったいないと思うのは、クオーレの目に映っている俺の姿が、本当の自分とはかけ離れているように思えてならないからだろう。
「それだけじゃない。隠していることがある」
「待って」
クオーレにさえぎられた。
「言ってもいいし、言わなくてもいい。受け入れられるものだと、少なくとも受け入れようと思えるものだと信じられるから。
私にも秘密はあるし、誰にでもあると思う。どんな隠し事の上に成り立っていても、さらけ出したら壊れてしまう繋がりでも、私は構わない。そう、伝えておきたくて」
クオーレの真っ直ぐな瞳に見つめられると、自然に言葉が口をついて出てきた。
「……教授は無事だよ。今もクオーレを待ってる」
なぜこんな話をするのか、クオーレは飲み込めないようだ。ヴィエイールがどうなったのか、俺を信用してあまり心配していなかったのかもしれない。
これでいいと思ったからヴィエイールは生きている。でも、少しでも事情が違えば、死んでいたかもしれない。ゴーレムに命令すれば簡単だ。
経緯はどうあれ、そうやってダドゥを死に追いやり、すべてを奪ってここにいる。クオーレを治した技術も、ゴーレムたちも、俺自身さえもだ。
「クオーレが眠ってる間もいろいろあって、教授とも会った。他にも、きっと驚くような人たちと知り合った」
化物のような相手、ドラゴンに化物と言われた。あのとき、まんざらでなかったような気もする。化物に化物といわしめるまでになったぞと。
大金を手にすると本性を現す、なんて聞いたことがある。とんでもない力を手に入れて、思うがままに生きている俺は、どうなんだろう。
「危ない目にもあったけど、クオーレと一緒だったらと考えてみると……それも面白かったかもしれない」
本気ではなく、あくまで終わった今だからこその軽口だ。
クオーレは、強張っていた心がほどけたように息を吐き、いたずらな笑みを見せた。
「へー。危ない目にあったのに、一緒?」
「そりゃあ、あの馬鹿力があったら俺がもっと楽できただろうから」
「どうせゴーレムに任せっぱなしだったくせに」
「もちろん。いつも守ってくれて、助けてくれる。こんなに頼もしいやつらは他にいない」
「誇らしげに言うこと?」
そう言って、クオーレは笑った。
繋がりがもろいのか、確かなのかわからない。けれど、それで構わないのは俺も同じだ。
様子をうかがっていたゴーレムに、服の裾をちょいちょい引っ張られたクオーレは、はっとした。
「そうだった。これからお祝いをするから、ヒロも準備を手伝ってくれない?」
「お祝い?」
「ヒロの誕生日とか、私が目を覚ましたこととか、いろいろひっくるめてやろうって、シロさんが」
「わかった。手伝うよ」
「ゴーレムに任せっぱなしはなしね」
「そうする。準備するのも楽しそうだし」
「そうそう」
シロと親しくなったようでほっとした。楽しもうと、そう思えた。




