第18話 あっつ!
軽く目眩がする。休憩しているシャジャールの元へ行き、その近くに腰かけると、シャジャールは心配してくれた。
「どうしました?」
「自分が何をしているのか、今さら怖気づいてしまって」
業者たちが手際よくモンスターを解体していく。目を背けたくなる場面もある。
同じくその光景を眺めるシャジャールに、聞いてみたいことができた。
「この前言いかけた、グリフォンと暮らしている理由を教えてくれませんか?」
てっきりみなしごだから助けたと思っていたが、少し違うようだ。どうしてグリフォンは助け、あの子供のモンスターはそうしなかったんだろう。
シャジャールは、グリフォンを見つめた。
「道しるべになると思ったからです。純粋な人生を送るグリフォンと共に生きれば道を違わないだろうと。
あのとき私は、命のやり取りに快楽を感じていた。生き残ったとき、たまらなく嬉しかった。このままでは、それを求めて生きるようになるのではないか、それが怖かった。私は、そうなりたくない」
シャジャールは、俺の様子に何かを感じ取ったようだった。
「結局は、自分のためなんです。自分のためにしたことが、誰かの助けになり、他の誰かを不幸にしてしまう」
俺があの親子のモンスターを襲わなかったのも自分のためだ。後悔しそうだからやめた。他のモンスターを狩ったのもそうだ。マリオネット制作に必要だった。
本当にこれでいいんだろうか。
「そういう考え方って、不安になりませんか?」
「自分のため、それが度を過ぎたとき、快楽に溺れそうになりました。だからこそ自分を見失わないよう、自分を映す鏡として、グリフォンを必要としているのかもしれません」
俺の不安は違う。自分が餌にならないかが恐ろしい。
グリフォンは餌を食べる。あの子供のモンスターが助かっていれば他が助からなかった。もしも自分が餌にされる側、弱者になったとしたら。こう恐れるのも、ずっと弱者の人生を送っていたからだろう。
強者でいたい。シャジャールのように、どんな強者でいたいか悩めるくらいの。どんな強者になるかは、きっとどこかにいる誰かを助けようとしている人が導いてくれるだろう。
何か別の不安が心の隅に入り込んできたが、その正体がわからない。深くは考えず、シャジャールに礼を述べて別れた。
物資が残りわずかになり、ダンジョンを退去することになった。みんなホクホク顔だ。それだけの収穫があったからだ。
退去の準備を整えた日の夜、グリーンがせっせと焚き火で焼いた甘いイモを受け取った。
「あっつ! だ、大丈夫、気にすんな」
火傷していないか慌てふためくグリーン。すると、そばでイエローを枕にするクオーレが体を起こした。
「私にも」
芋を半分に割って、クオーレと一緒に頬ばった。
クオーレはずっとそばで手伝ってくれた。どんな判断にもついてきてくれた。
「クオーレのおかげで無事に終えられそうだ。ありがとう」
「私? ゴーレムのおかげで荷物持ちぐらいしかしなかったのに」
「俺よりは役に立ってた」
「まあね」
笑うしかない。
イモを平らげたクオーレは一息つく。
「ヒロ。帰ったらマリオネットを作るの?」
「もちろん」
「マリオネットが完成して、卒業を認められたら、その後はどうするの?」
「一度故郷へ帰ろうと思ってる。その後はまだ何も」
「ヒロの故郷か……」
クオーレは想像を膨らませているが、問いかけてはこない。
「クオーレは卒業したらどうする?」
「何も考えてなかった。……違う、考えないようにしてた。今は勉強に専念してればいい。でも、卒業までに嫌でも考えなきゃならない。私にどんな将来が待ってるんだろう」
クオーレは夜空を見上げる。
「みんなが思い描く将来は何だろう。誰かと家庭を育むとか、仕事に励むとか、それとも別の何かがあるのかな。家庭なんて想像もつかないし、何より子供は、この体だから。
仕事はおばあ様に誘われてるけど、迷ってる。こんな風に、気ままに生きられたらいいなって思って。贅沢かな?」
「俺も同じ気持ちだから、何も言えないな」
「同じなんだ。それなら……」
ためらったクオーレは、考えを振り払うかのように首を振り、微笑んだ。
「またこうやって一緒に旅をしようよ」
「うん、しよう。また荷物持って貰わないと。……ごめんグリーン、冗談だから」
グリーンがショックを受けていた。荷物持ちは自分の役目だと言わんばかりに。
笑ったクオーレは、無心で横たわっているイエローの腹をポンポンと叩く。
「これからもよろしくね」
拒否せず受け入れるイエロー。沈黙が答えってやつか、クールだぜ。