第17話 モンスター狩り
シャジャールの用意した人員で、出発地から同行するのはダブルの人形使いが二人だ。ニ台ある荷車の一方をマリオネットで運び、もしものときの護衛と、ダンジョン探索の補助も担当する。テンペラント商会と契約している冒険者だそうだ。
現地で待機しているモンスターの解体加工業者もダンジョンに同行して、狩ったモンスターをマリオネットの素材へと変えてくれる。
必要のない素材はテンペラント商会が買い取ってくれるので、モンスターを狩れば狩るほど儲かる。手痛い出費だったが、運がよければマリオネットの材料が揃うだけでなく、出費以上の利益が出るかもしれない。
出発当日、集合場所で目にした生き物に息を呑んだ。グリフォンというモンスターが、シャジャールの
与える餌をクチバシでついばみ飲み込んで、満足そうに尻尾を揺らしていた。
上半身が鳥で下半身が獣の姿をしているグリフォンは、浮遊という舞空の下位スキルを有し、人が使役する中でも最高級に位置するモンスターだ。翼をたたんでいるが、二人は優に背に乗せられる大きさに圧倒される。
「シャジャールさん、モンスター使いだったんですか」
声をかけると、こちらに気づいたシャジャールは会釈した。
「ええ。この子との付き合いも十年近くになります」
シャジャールになでられたグリフォンは、喉を鳴らしてシャジャールの胸に頭をこすりつけた。懐いていて微笑ましい。
モンスターを育て慣らして活用するモンスター使いは、人間が生きる上でなくてはならない主要な職業だった。現在は、その地位を人形使いに取って代わられてしまったが、まだまだ需要はあり、スキル学園でも人気な分野の一つだ。
こちらに興味を持ったグリフォンは、ポケーっと眺めるゴーレムに近づいた。最も近くにいたグリーンをいろんな角度から観察したかと思うと、鋭い鉤爪の生えた前足でペシペシ頭を叩いてしまった。シャジャールが慌てて手綱を引っ張る。
「こら! どうしたんだ、手を出すなんて。
申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください」
目をまん丸に見開いてびっくりしているグリーンを慰めた。ゴーレムがマリオネットではないと気づいたんだろうか。モンスターの目は侮れないな。
顔合わせを済ませて、目的のダンジョンがある町へ出発した。野を越え山を越え、道中の村で補給しながらの旅路だ。
ある日の夕暮れ時、焚き火でグツグツと煮える鍋を囲み、一同で食事をとった。遠くのどこかからグリフォンの鳴き声が響いてきたが、耳を済ませたシャジャールは、何事もなかったように食事に戻った。
「何を知らせてきたんですか?」
「餌の獲物を狩ったようです。遠出するのも久しぶりなので、少し興奮しているんでしょう。昔はこんな風に世界中を旅したものです」
「世界中を。どんなところへ行きました?」
「話してもよろしいのですか。長くなりますよ?」
シャジャールはニヤリと笑った。
「ぜひ聞かせて下さい」
「では、僭越ながら……」
灼熱の砂漠の世界、エルフが住まう大森林、大空を漂う浮遊大陸と続いたところで、意気揚々だったシャジャールは、神妙な面持ちになっていった。
「浮遊大陸から降りてくるモンスターは、当時のフロンティアの人々を悩ませていました。各国共同の大規模な討伐軍が編成されると聞きつけ、怖いもの知らずだった私も参加したんです。飛行部隊が大空を埋め尽くす光景は、それはもう壮観の一言。一抹の不安を抱いていた者も、どれだけの戦果を上げられるか心奪われたに違いありません。
我々は、何かに取り憑かれたように荒らし回りました。普段なら万全の作戦を計画して立ち向かうような凶悪なモンスターにも、勢いに任せて襲いかかり、おびたただしい被害を無視して血に酔いしれる。なぜ、か弱い人間が世界中にはびこっていたモンスターを滅ぼしえたのか。その答えに飲み込まれていく気がして、怖くなった私は逃げ出しました」
シャジャールは焚き火を見つめる。
「そして、燃え盛る森の中で出会ったのが、あの子です。無残な親の亡骸に埋もれて、か細く鳴いていました。助け出したものの、私は親の仇の一味。思うところはありましたが、それでも一緒に暮らしているのは……」
シャジャールは、ハッとして申し訳なさそうに謝った。
「これではあの子のことは言えませんね。私も我を忘れているようです。陰気な話はここらでやめておきましょう」
その場を離れたシャジャールは笛を鳴らす。そして、遠くから舞い降りてきた無邪気なグリフォンを、櫛で大事そうにといていた。
ダンジョンの町に到着した。
その日は予約していた宿で準備を整え、翌日の早朝、ダンジョン出入り口である地下の門を訪れた。
地下であるはずなのに、巨大な門の先には濃い青空が見えた。異空間に繋がっているらしい。異空間と言えば賢者の塔。しかし、塔は存在せず、門を守る兵士の駐屯地を過ぎれば、大自然が広がっていた。
冒険者の集団、パーティとすれ違う。出発前に緊張する人たちや、成果に歓喜もしくは落胆する人たち、悲痛な面持ちで帰還する人たちもいる。様々な感情の渦に飲み込まれそうだ。
俺は賢者の作った人造人間だ、だからきっと上手くやれる。そう心の中で唱えた。
未完成の地図を頼りに、拠点を設けて狩りを行った。拠点の守備はダブルの人形使い二人に任せ、しばらくはシャジャールの助言を受けながら行動したが、十分と判断したシャジャールの勧めもあって、二手に別れてクオーレと一緒に狩り続けた。
グリーンに乗って空を飛び回り、ゴーレムが見つけた獲物に襲いかかる。ドラゴンの力が宿るゴーレムの一撃を耐えられるモンスターは、ここにはいなかった。
圧倒的な力に酔いしれていたのかもしれない。拠点の皆が、次々と送られてくる仕留めたモンスターに顔を引きつらせる様子が誇らしかったのかもしれない。すっかり慣れた俺は、狩りが楽しくなっていた。
そして、再びモンスターを見つけたとき、それまでと同じようにゴーレムに命令しようとした。でも、できなかった。猛々しく威嚇してくるモンスターの後ろに、その子供らしき幼いモンスターが数匹いた。
モンスターにも家族がいると考えなかったわけじゃない。マリオネットを作るためには仕方ないことと割り切っていたつもりだった。だが、ここで親を仕留めたとすれば、残る子供をどうすればいい。
簡単な話だ。見逃せばいい。子供がいたから見逃す。他はそばにいなかったし、いるかどうかわからなかったから考えても仕方ない。これでいいんだ。
その後も狩りを続けた。拠点に戻ると、あの親のモンスターの死体が解体されている途中であり、グリフォンが子供のモンスターの死体を餌として飲み込んでいた。