第16話 クアドラプルの人形使い
ヴィエイールとのわだかまりが不安だったが、その後は順調に事が運んだ。
人形使いと人形師、その両方を目指そうと決心して入学試験を受けると、塔で蓄えた知識やクオーレの助けもあって無事に合格した。今では学生生活も半年を過ぎている。
スキル学園には学年が存在しない。必修科目の単位を集め、何らかの形で認められれば晴れて卒業できるという仕組みだ。期日までに学費を支払いさえすれば、単位そっちのけだろうが何もしなかろうが学生でいられる。そのせいか、教員かと思われるような年配の学生の姿も見かけた。
学生証として、学部学科毎に別種類のアクセサリーが支給される。単位を得た場合、アクセサリーに刻まれた紋様が色を濃くしていく。俺の学生証、当初はくすんでいた二つの指輪は、今はどちらも色鮮やかな姿へと変わった。二学科全ての必修単位を手に入れたのだ。
窓際に手をかざして、キラキラと輝く指輪に見とれていると、人影が日差しを遮った。
「おめでとう」
嬉しそうなクオーレだ。
「ありがとう」
「半年で終えるなんて、もう呆れるしかない。しかも二学科。私は二年通ってまだ一学科の半分なのに」
「クオーレはあんまり単位にこだわってないからだよ。俺は他にすることがなかった」
真面目な学園生活だった。朝早くに学園へやってきて、自分勝手な教師たちがどこかしらで行う授業を探し、和気あいあいと語らう学生たちを羨ましく思いながら研究室に篭もり、夜も更けると帰る。それと学費稼ぎの仕事の繰り返しだ。親しい友人ができないまま、とうとうここまできてしまった。
だけど、後悔はしていない。
「でも、こうやって指輪を見てると、嬉しい。やればできるんだなって」
クオーレは笑った。
「何それ。誰よりも優秀な人の言葉とは思えない」
複雑な気分で何も答えられなかった。優秀なのはこの体だ。ただただダドゥに感謝するしかない。
クオーレはそばの机に目を向けた。
「マリオネットの絵を書いてたの?」
うなずいた。紙にシャチを描いていた。
クオーレは難しい顔だ。
「こんな生き物見たことない」
「シャチっていう海の生き物だよ。卒業課題の候補にしようと思ってる」
「海の……」
クオーレは興味深く眺めた。
発想などに関してはこの体をもってしても容易いとは言えない。魂が俺だからだろう。悩んだ末、地球の生き物を真似ようと思いついた。
「他にも色々あるけど、見てみる?」
「見る!」
クオーレは目を輝かせた。
この体のおかげなのか、心に思い描く姿と寸分違わぬ絵を再現することができるので、乏しい想像力でもどれも中々様になっている。
鞄から取り出して並べると、クオーレは次々と指差していく。
「これと、これは? かっこいいね」
「オオカミと、ライオン」
「じゃあ、この可愛い子は?」
「フクロウ。鳥だよ」
「これ、怖い」
「キョウリュウ。実物は見たことがないから、絵の模写なんだ。どれがいいと思う?」
クオーレは残る他の絵も見比べて悩んだ。
「じゃあ、オオカミで。好みだから」
「よし、オオカミにしよう」
「い、いいの?」
「大き目に作れば普段乗って移動できそうだし、いざというときに戦えそうだし。そうと決まれば、素材を集めないと」
「どうやって集めようか。私はこの力があるから、ダンジョンでもどこでも任せて」
華奢なので立派とは言えない力こぶを元気に見せつけるクオーレ。当然のように手伝ってくれるつもりのようだ。
「ありがとう。買うにしても素材を集めるお金がないし、安価なもので質を下げたくもない。ダンジョンへ行ってみようかな」
その後、クオーレと話し合って日程を決めた。
ダンジョンを探索するだけなら二人でも十分だが、狩ったモンスターを処理するとなると人手が足りない。ダンジョン関連の依頼も受け付けている商会の事務所に、クオーレと一緒に四体のゴーレムを連れてやってきた。
選んだ商会は繁盛しているのか、他と比べて立派な建物だ。事前に話を通してあったので、受け付けで名乗ると来客室に案内された。
しばらく待つと、三十代くらいの男が入ってきた。
「お待たせしました。シャジャールと申します」
浅黒い肌で長身の男は、服の上からでもわかるほど鍛え抜かれた体から、整った身なりと丁寧な言葉遣いでなければ商人ではなく戦士と思ったかもしれない。
自己紹介を済ませると、シャジャールはクオーレに挨拶をした。
「ヴィエイール教授のお孫さんですね。教授にはいつもご贔屓にしていただき感謝しております」
続いてシャジャールは俺に向き直った。
「クアドラプルの人形使いにお目にかかれて光栄です。お噂はかねがね伺っております」
俺はゴーレムだけでなくマリオネットにおいても才能を与えられたようだった。教材のマリオネットで練習してみたところ、四体を同時に操れてしまった。これならゴーレムを全員連れて歩けて都合がいいと喜んでいたら、いつの間にかクアドラプルの人形使いと呼ばれているとクオーレから聞かされた。一般の人形使いはシングル、一流はダブル、トリプル以上ともなると数えるほどしかいないらしい。
面と向かって言われたのは、からかってくるクオーレ以外で初めてだ。こっ恥ずかしくて仕方ない。
「いえ、とんでもありません」
俺の様子を察してくれたのか、シャジャールは話を切り上げた。
「それでは、ご依頼の件についてですが……」
シャジャールは見積もりを書面で説明していった。素人の目では何も問題はないように見受けられた。
話し合いも終わって退出することになり、シャジャールと握手した。
「何かございましたら遠慮なくいらして下さい。当日はよろしくお願いします」
「ありがとうございます。……シャジャールさんもいらっしゃるんですか?」
シャジャールは嬉しそうにうなずく。
「はい。これでも腕に覚えがあります。ぜひ拝見したいと思いまして。ご迷惑でしたか?」
「いえ、頼もしいです。よろしくお願いします」
「頼もしいなんて、そんな」
ハッハッハと声を上げて笑うシャジャールは、本当に楽しみなようだ。
初めてのダンジョンとモンスター。不安だったが、シャジャールのおかげで少し気が楽になれた。