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第14話 マリオネット


 クオーレの祖母、ヴィエイールに話を通すというので、再びクオーレと一緒に学園を訪れた。お供にグリーンを連れている。

 ヴィエイールの私室には彼女の助手しかおらず、ヴィエイールは外出中とのことだった。その不自然なほど無表情な助手が言うには、戻ってきてからは予定が空いているので面会できるそうだ。それまで時間を潰そうと、学園をぶらつくことにした。


 目についた建物に入って奥へ進むと、マリオネットの絵がところ狭しと飾られている部屋にさしかかった。絵の具の香りが鼻をつき、今まさに描いている人もいる。

 クオーレが小声でささやく。


「ここは、人形師の実習室かな。マリオネットを作る人が利用するところ。私も初めてきた」


 今は授業などで使用されていないし、談笑している人や見学している人もいるので、こっそり混ざっても問題なさそうだ。

 マリオネットの設計図らしきものから、生き生きと描かれている完成形を表現した絵画まで、まるで美術展を訪れたように目を奪われる。


「わあ。この子可愛い」


 笑みを浮かべるクオーレが、モフモフな体毛の動物の絵を眺めていた。


「これを作ったとして、どんな風に使うんだろう」

「どうだろう。実用性より芸術性を重視したんじゃないかな。微々たる性能の差なら外見で人気が左右されるし。それとも、単に遊び心で描いてみただけかもしれない」


 思い描いた人形が現実になり、さらに世の中に広まったとしたら。想像するだけでわくわくしてくる。


「人形師を目指してみようかな」

「てっきり人形使いになるつもりだと思ってた」

「そのつもりだったけど、他の道もあると気づいた。それに、ゴーレム作りに役立つかもしれない」


 そう言うと、クオーレが詰め寄ってきた。


「見たい」

「え?」

「ゴーレムを作ってるところ、見てみたい。いっそ、私にもゴーレムを作らせてくれない?」

「ごめん、それはできない」

「やっぱりだめかー」


 がっかりするクオーレと一緒に実習室を出た。


 露店で食べ物を買い食いしたり、散歩をして時間を潰した。そろそろヴィエイールが戻っている予定の時間だ。向かう途中、静かな並木道にさしかかると、クオーレが口を開く。


「私さ、この学園に入りたくて入ったわけじゃない」


 ゆっくり歩きながら、クオーレの言葉を聞いた。


「私の体のほとんどが、実は、人形でできてる。つまり、作り物」


 ただ者ではないと思っていたけど、まさかの話だ。

 クオーレは不安を隠そうとしている。


「びっくりした?」

「びっくりした。でも、俺もそれなりにわけありだから、信じられない話じゃない」


 俺だって人造人間だ。

 俺の様子に少しほっとしたクオーレは、話を続ける。


「事故で大怪我をしたらしくて、気がつけばこの体になってた。初めて意識を取り戻したとき、体の感覚はあるのに、指一本動かせず、まぶたさえ開けなかった。怖くて怖くて仕方なかった。

 おばあ様の声を頼りに訓練をして、少しずつ動けるようになっても、それまでとは全然違ってしまってた。今もそう。スキルで体を動かしてる。どうかな?」


 ひらひらと手を振るクオーレは、寂しそうに微笑んでいた。


「全然わからないくらい自然だよ」

「たくさん訓練したから。それでもまだまだ足りない。もっとこの体について知らなきゃならない。だからこの学園に入って学んでる」


 クオーレは寒そうに腕を組んだ。


「時々思う。私は人間なんだろうかって。どちらかというと人間より人形の方に近い。それこそ、まるでゴーレムのよう」


 クオーレは、心配そうなグリーンの頭を撫でる。


「あの日、なぜだかわからないけど、いつの間にかゴーレムの城にいた。私と同じような存在がたくさんいたところ。仲間として受け入れてくれるかもしれない、そう願った彼らは、もういない。一人ぼっちになってしまった気がした。でも、ヒロがいた」


 クオーレの視線が俺に向いた。


「何者だろう、この人は。私を助けてくれる王子様? なんて思ったのもつかの間、話してみると、少し変わってるだけの普通の人だった。はぁ……」


 わざとらしく残念そうなクオーレに、笑った。


「クオーレも、少し変わってるだけの普通の人なんじゃないかな」


 俺も人造人間だが、シロとの関係の方がよっぽど大ごとだった。今でも悩まないのは、自分がどうであろうと受け入れてくれると信じられる人がいるからだろうか。

 クオーレは少し嬉しそうだ。


「私もそんな気がしてきてる。あー、スッキリした。こんなに気兼ねなく話せるなんていつ以来だろう」


 クオーレは背伸びをした。





 ヴィエイールの私室に着くと、本人が椅子に座ってくつろいでいた。四十代にしか見えないヴィエイールは、おばあ様と呼ばれる年齢とは思えない。

 自己紹介を済ませてソファーに座ると、ヴィエイールは俺の視線に気がついた。


「どうかしたの?」

「いえ、その、お若いなと思いまして」


 ヴィエイールは吹き出した。


「あら、ありがとう。それじゃあ入学の件、もう合格決定でいいわね」


 思わずあんぐりと口が開いた。クオーレも呆れている。


「おばあ様、私もそうしていただけると嬉しいのですが、さすがに節操がないと思います」

「ちゃんと能力があると見込んで決めたから大丈夫。まあ一応、マリオネットを見せてもらっていい?」

「はい、どうぞ」


 ヴィエイールはグリーンを鑑定した。されるがままのグリーンは、見事に感情のないマリオネットを演じているが、ヒヤヒヤする。

 ヴィエイールはひとまず離れた。


「次に、指示したとおり動かしてみてくれる?」

「はい」

「では……」


 バンザイしたり、ちょこまか動いてみたり、道具を扱ってみたり、俺が操作している風を装った。

 一通り終えると、ヴィエイールは頷いた。


「まるで生きているみたい。今まで無名だったとは信じられない。末恐ろしい人形使いになりそうね」

「すみません、実は人形師を目指そうかとも悩んでいて、まだ決めかねています」

「そう。そっちについては今ここでは確かめられないし、後日になるわね。どっちにしても、一方に限るのはもったいない。どうせなら両方を学んでみたらどう?」

「そんなことができるんですか」

「できなくはない。どっちつかずになって結局は絞る人がほとんどだけれど、稀に大成する人もいる。何を隠そう私もそうだから」


 なんというか、この人は自信に満ちあふれている。それに足る実力と実績があるからこそ今の地位にいるんだろう。


「さて、この話はこの辺にして、本題に移りましょうか」


 ヴィエイールの威圧感が増した。


「二人は何? どんな関係? 一緒に住んでるってどういうこと?」


 体が固まった。クオーレも同様のようだが、なんとか言葉を絞り出した。


「ど、どうしてそれを」

「私が用意した家なんだから、私に逐一知らせられて当たり前じゃない。可愛い孫の元に、どこの馬の骨とも知らない男が転がり込んできたと聞いたときは、ちょっかい出してやろうかとどれだけ悩んだことか。クオーレを信じて監視に留めているわけだけれど」


 監視されていたのか。


「居候としてお邪魔させてもらっています」

「そ、そうそう。ヒロは本当にただの居候だから。才能を見込んで確保しているだけで、全然そんな心配するような関係じゃないから」


 クオーレの慌てようは何なんだ。様子をうかがうと目が合い、顔を赤らめたクオーレは顔を逸らした。

 もしかして俺のこと好きなんじゃないだろうか。いや、そんなまさか、などと一瞬混乱すると、ヴィエイールが立ち上がった。


「長くなりそうだし、お茶とお菓子を用意させるから待ってなさい」


 どことなくヴィエイールは楽しそうだ。孫をからかうつもりだ。

 対照的にうなだれるクオーレを置き去りにして、ヴィエイールは鼻歌交じりに部屋を後にした。


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