第10話 彼女とオートマタ
松明を掲げてグリーンに手を引かれながら、外を目指して暗い屋内を歩いた。ゴーレムは夜目がきくらしく、松明の明かりなしでも外を目指せるようだが、さすがに一寸先は闇だと俺が怖い。石の壁には窓がないし、ここは地下なんだろうか。
通路を歩き、階段を上ると、出口が見えた。
青色の月と、満天の星空が目に飛び込んできた。あれは月と呼んでいいんだろうか。まるで全ての陸が海に沈んでしまった地球のような星だ。
改めて異世界に来たのだと思い知らされた気分だ。でも、落ち込むわけでもなく、ただただ綺麗な夜空に見とれた。こんな余裕があるのも、帰るところがあるおかげだ。
気の済むまで眺めたいくらいだが、そうもいかない。ここは誰かの、それもただ者ではない人物の敷地内だろう。月明かりに照らされる、城らしき建築物がそびえ立っていた。
ゴーレムたちは指示を待っている。
「ここ、安全なんだよな?」
みんなうなずいた。
見回りなどの人の姿は見当たらない。長い間手入れされていないのか植物が伸び放題だ。放棄されたんだとしても、朽ち果ててはいないので、ずっと昔ではなさそうだ。
思い当たる節はある。賢者の塔と繋がっていたんだからダドゥと関係あるかもしれない。もしもダドゥの城だとすれば、ここで働いていたゴーレムが崩れてしまったから廃れたんだろう。
「城内を調べてみよう」
レッドとブルーとグリーンは了解した。何かあるとき、例えば危険が待ち受けているときなどは教えてくれるように頼んである。
イエローはというと、ボケーっと城を見上げていた。
「イエロー?」
イエローは我に返って了解した。こういうところあるな、イエローは。
城の中には何もない。ゴーレムの亡骸があるかと思えどそれもない。小物の欠片一つさえ落ちていないのだから、単に荒らされたわけでもなさそうだし、不気味だ。
それでも、夜に知らない土地を出歩くよりはここに篭っていた方がまだマシな気がする。
「ここで夜を明かそう。どこか良さげな部屋を探さないと」
そう言うと、珍しくイエローが真っ先に手を上げた。
「どうした?」
ついてきて、という風に手を掴まれた。
「わかった」
断る理由はない。イエローに案内されて城内を上り、一室の扉を開いた。他と変わらずがらんとした部屋だが、窓が開いていたため風が吹き込んできた。
バルコニーに誰かいる。月明かりに照らされ、風たなびく金色の髪。扉の音を聞いたのか、風の流れを感じたのか、女はこちらに振り返って、月より深い青色の瞳で見つめてきた。
幻想的だった、一瞬だけ。やや風が強い。髪が顔にまとわりついてうっとうしそうなので扉を閉めると、女は髪型を整えた。
年齢は十代半ばだろう。危険人物には見えないが、人は見かけによらないとも言う。人のことは言えないが、こんなところに一人でいるなんて怪しい。
さあ、どんな行動にでてくる。ゴーレムが実力を発揮するときがきたのか……?
気まずい時間が流れた。お互いに相手の出方を待っている感じだ。困った、俺から声をかけるべきなのか。いや、俺はもう昔の俺じゃない、変わったんだ、声をかけるぞ!
「「あの……」」
声が被ってしまった。向こうも向こうでうろたえている。なんだか悪い人ではなさそうだ。
そんなことを考えている間に、女は意を決した。
「あの!」
そう言い切った女は、緊張している。
「もしかして、その子たちって、ゴーレム?」
女はゴーレムたちを指した。
「うん」
「そんな、本物……?」
他に何があるというのか。女はまだ疑っている。
「本当にあなたが操ってるわけじゃないの?」
「操ってないよ。自律して生きてる。な?」
声をかけると、イエローは手を上げて歩き回り、レッドとブルーも駆け回る。そんな自由奔放な仲間を、グリーンはアワアワしながらまとめようとした。
女は唖然としている。しっちゃかめっちゃかな場を引き締めなければならない。
「集合!」
わーっとゴーレムたちが群がってきて整列した。
「点呼!」
ゴーレムたちは、ババババッと順番に手を上げた。練習したかいがあった。拍手の一つでも貰えたら嬉しいな。
女は難しい顔でつぶやいている。
「本当に従えているの……? 同時に四体も操れる人形使いとも信じられないし……」
ウケなかったか。そろそろ俺も質問してみよう。
「君はどうしてこんなところに?」
「私は、ゴーレムがもういないなんて信じたくなかったから、この目で確かめにきた。このとおり何も残ってなくてがっかりしてたところに、あなたが現れた」
獲物を見つけた獣のような視線が怖い。女は緊張がほぐれてきたようだ。
「あなたはどうしてここに?」
「旅の途中に寄ってみた」
女は意地悪に微笑む。
「へー。ゴーレムを従えて旅をしてるんだ。噂になってないのはどう考えてもおかしいし、悪い人たちが目の色を変えて襲ってきそう」
無茶な理由だったか。世間知らずを披露してしまった。でも、出会ったのがこの人で良かった。
「いろいろとわけありで、正直に言うと困ってる」
女はやれやれと首を振った。
「仕方ないなー、私が力になろう。その代わり、ゴーレムを少し見させてくれない?」
「助かるよ」
彼女はゴーレムに執着していて、俺は協力者を欲している。まだお互いに何も知らないが、そう悪くはならない気がした。