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白いカトレアの花言葉(旧題:白いカトレア)  作者: 由布 叶
第1章  幼少編
9/39

【9】   精霊と精霊士

遅くなりました。


※一部修正しました。話の内容に支障はありません。(2014/08/30)

祖父…リュード

父…ジーク

母…シルヴィア

 誰か!

 誰かこの世界には幽霊なんていないって断言して!

 あー、でもでも(まじな)いがあるんだから悪霊はいたりするのかな?

 うわー、嫌なことに気付いちゃったよ……。

 私の精神衛生上大変よろしくない。

 なってない! なってないよ。この世界は!


          ○●○


 カトレアが住んでいる本邸とは別にリュードが住んでいる離れがある。

 カトレアは祖父に師事しているため、家族の誰よりも頻繁に離れを訪れる機会がある。

 ここに仕える使用人たちは(みな)、リュードの代より仕えている者たちで必然的に平均年齢が高くなる。

 そのせいか、カトレアのことを孫を見るような目で見ているようだ。

 飴等のお菓子をよく貰う。甘いものは大好きなので無邪気な顔で「ありがとう」と言って遠慮なく頂いている。

 ただ、全部を一人で食べると太りそうなので姉兄を道連……もとい、お裾分けと称して横流ししている。

(もちろん、貰う時にお姉様とお兄様にもあげていいか訊いてますよ?)

 抜かりはない。

 甘いお菓子もいいけれど漬物とかお浸しとか和食が恋しい今日この頃だ。

 厨房は危ないからと自分で作らせてももらえない。

(まあ、必要な材料があるかも謎だけどねぇ。ああ、肉じゃがが食べたい……お米が食べたい)

 主食はパンなので食卓に炊き立てほやほや、真っ白で艶々なご飯が出てきたことがない。

(そういえば……どうしてるかな? 私が異世界転生なんてことやってるんだから、多分あっちも同じようなことになってると思うけど)

 根拠はないが、確信はある。

 どこの誰で、どんな人物になっているのかは分からないが会いたいなと思う。

 優しい家族、恵まれた環境に生まれることができたけど長年――――と、言っても十数年だが――――連れ添った仲だ。やはりどこかで寂しさや物足りなさを感じてしまう。


「あー、ダメダメ!」

 空気が重くなってしまった。

 顔を左右に振り、パンパンと頬を叩いて気持ちを切り替える。

 カトレアは今探し物の真っ最中なのだ。

 カトレアが住まう本邸の図書室にはあらゆる本が所蔵されている。

 それに対し、離れにはシゼリウス家に連なる先人たちが残した記録が所蔵されている。

 伝記風のものや、日記のように書かれているもの。小難しく論文にまとめられているものまで。書き方は様々で、分野は多岐にわたる。

 中には「キャロットの美食漫遊記」なるものも発見した。

(ニンジン!? 美食! すっごい気になるんですけど)

 美食のニンジンが旅をする、大いに興味をそそられるタイトルだ。

 後で絶対に読んでやろうと鼻息も荒く意気込むカトレアだった。


 そして、今カトレアが開いているのは「精霊真言(せいれいしんごん)」の本だ。

 精霊真言とは、お察しの通り精霊が使う言葉だ。

 魔法があって魔物がいて、この世界には精霊までいた。

 精霊とは世界に満ちる魔力そのものである。魔力そのものであるから世界中のどこにでもいる。

 魔力が溜まり、一カ所に集まると可視化し誰にでもみることができるようになる。

 普段みることができないのは精霊の存在を意識していないから、もしくは精霊自身が可視化しないとみることができないくらい魔力量が少ないかだ。


 精霊は気紛れで稀に気に入った人間に契約を持ちかけることがある。

 契約を交わした人間は魔力を対価に、その精霊が司る属性を精霊を介して操ることができる。

 精霊と契約を交わし、その力を操る者を「精霊士」と呼ぶ。

 精霊たちは気紛れ故に精霊士は希少で、現存する精霊士は存在しなかった。……過去形だ。

 

 あれはそう、先日の事である。

 その日の勉強が全て終わり、リシューと遊ぼうと探していた。

 屋敷の中を端から端まで探していては時間の無駄なので、だいたいの当たりをつけて歩いていると、中庭の方から声がきてそちらに足を向けた。

 柔らかい芝生に厚手の布を敷き、その上で元気に遊ぶリシューがいた。

 ちょうどシルヴィアは近くにいないらしく、代わりにリリアが目を細めてリシューの相手をしていた。

 手を振って近づこうとしたカトレアは不意に足を止めた。

 リシューの周りに何かがいる。

 淡く光る球が視える。

 リリアにはみえていないのだろうか?

 当のリシューはあろうことかその球に手を伸ばしてきゃっきゃ、と無邪気に笑っている。少なくとも、リシューには視えているようだ。

 血の気が引くとはこのことを言うのだろうか?

 顔を青くしたカトレアはくるりと向きをかえると、言葉にならない声を発しながら、助けを求め全力で走った。


 その時の事を思い出して遠い目をする。

 まさかあの光ってフヨフヨ浮いているものが精霊だとは思うまい。

 両親たちはなんてことないような反応をしていたが、精霊士の誕生ではなかったのか? 希少な存在ではないのか?

 精霊士がどんな者であるかを知れば知るほど、どうもあの反応の薄さに疑問を感じてしまう。

 そして……ここでシゼリウス家の教育方針が発令された。

 最低でも兄弟たちが持っている知識は共有できるように、というあれだ。

 リシューが精霊士であるということは、きょうだいは皆その知識を身につけなければならない。

 始めは一緒に姉兄で探していたのだが、学校の課題がある二人はその課題をやらなければいけない。

 精霊士の勉強をしようにも資料は少なく、頑張って探すも、時間がなくなりカトレアだけに探させること渋る二人を見送って一人奮闘した。

 精霊士は前例が少なく、従って記録はわずかで、たとえ見つかったとしても「精霊は気に入った人間と契約を交わすことがある」とか「精霊と契約を交わした者を精霊士と呼ぶ」だとか「精霊は気紛れである」とかそんな事しか書かれていない。


(同じようなことしか書いてなかったから覚えたし)

 カトレアが知りたいのはそんなことではない。

 今さらその程度の知識などもう必要ないのだ。

 八方塞がりになりリュードに聞いたところ

「カトレアよ、離れ(ここ)の図書室は調べたかの?」 

 と言われた。

 盲点だ。

 早速離れの図書室を調べたカトレア。

 探し始めてものの数十分で精霊士について記された本を見つけた。

 それも一冊だけではない。

 今までの苦労は何だったのかと脱力してしまったのは言うまでもないだろう。

 

 そして、今に至る。

 精霊と会話をするのに特殊な言語が必要なことなど初めて知った。

 カトレアが読んでいるこの精霊真言について書かれた本はなんと、精霊士本人が書き遺したものだった。

 ここにあるのはシゼリウス家に連なる先人たちが残したものばかりだ。

 何が言いたいかと言うと、過去にシゼリウス家に精霊士がいたこということだ。

 リシューはシゼリウス家で二人目の精霊士になる。

(希少なはずの精霊士を二人も輩出している我が家って……)

 才能の宝庫。シゼリウスの血、恐るべし……。

(異世界転生のご都合主義万歳って思ってたけど、リシューに比べたらなんだか普通に思えてきた。古代語と神聖語。ついでに精霊真言があっさり習得できたことなんて普通だよね)

 外国語を習得するよりも何十倍も難しいことである。

(この年で魔術が無詠唱で行使できることも普通だね)

 どの魔術師も毎日が修行。日々研鑽して、それでも実際にできるようになるのは少数であり、皆カトレアよりずっと年上だ。

 しかも、カトレアのそれより劣る。

(ちっこいけど、純の方じゃないど、魔石が作れることも極当たり前ですよねそうですよね調子にのってましたごめんなさい)

 魔石が作れるだけで十二分に凄い。どれほど努力しようとも一生実現しないことなど多々あるのだから。

 純魔石を作ることができるのは極一握りの存在だけである。比べるまでもない。

(異世界転生にチートは付きものだって思ってたけど、まさかリシューにチート能力が!?)

 そうかもしれない。

(さすがリシュー。私の天使。私の弟最高、最強。超可愛い。向かうところ敵なしだね!)

 落ち込んで、立ち直って、一人百面相をするカトレア。

 危ない人過ぎてとてもじゃないが誰にも見せられない。


 先人のおかげで、希少な資料を手に入れることができたカトレア。結果良ければ全て良し、だ。

 先にも言ったように、精霊とは基本的に彼らの言葉である精霊真言で会話をする。

 精霊は下位、中位、上位、と三つに分けられ、上位になれば人間の言葉を解し話すこともある。

 その区分は、身体を構成する魔力量で決まり元々下位の精霊であっても永い年月をかけて魔力を取り込み上位に精霊になった例もゼロではない。

 先日、リシューの周りに浮かんでいたのは下位の精霊だ。

 明確な自我はなく、ただ単にリシューに惹かれて集まったのだろう。


 では、なぜ今の今まで存在すら知らなかった精霊をその日に限ってカトレアは視ることができたのか?

(多分、リシューにはずっと精霊が視えていたんだ。よく視線が何もないとこに向いてるし)

 これは憶測だが、リシューにとって精霊が視えることが普通なのだ。先日カトレアにも視ることができたのは偶然という要素が多いように思う。

 集まっていたのは草木の精霊がほとんどだった。

 おそらくリシューに惹かれて集まり、庭にある草木に棲みついたのだろう。

 カトレアも魔女として年々成長している。元々魔力の流れを視ることは得意なのだ。精霊とは魔力そのものであるからいつかは視えるものだったのだ。

 それがたまたま先日だっただけのこと。

 だから、偶然なのだ。


          ◇◆◇


 話は逸れるが、昨年カトレアがプレゼントしたウサギのぬいぐるみをリシューはたいへんお気に召したようで、いつもどこへ行くにも持って行く。

 ウサギのぬいぐるみを持った(リシュー)を抱く(シルヴィア)と言う構図は元が良いのも手伝ってたいへん眼福である。

 ただ、歩くようになり昨年にも増してやんちゃになったリシュー。まだ何かを抱えて歩くことは難しいようでいつもその長い耳を持ってズリ歩いている。泣ける。

 昨年のリシューと等身大、同じ大きさで作ったのだから、抱えて歩けというのは酷なのかもしれない。

 おかげで? 『浄化』と『復元』の魔術が大活躍だ。

 魔石に込められた魔力は無限じゃないのでなくなる(たび)にカトレアが補充している。

 新しい魔石と交換することもできるが、お金がかかる。

 魔石の元になるのは宝石だ。宝石は高価だ。

(うち)は貴族じゃないんだからそんな高いものおいそれと買えません!)

 前世で培われた庶民的金銭感覚が発揮されていた。

 幸い、魔石を作るのも魔石に魔力を込め直すのも自前でできる。要するに無料(タダ)である。

 魔力の操作や魔石を作る練習にもなるし、一石二鳥である。

 ちなみに。ウサギのぬいぐるみの愛称は「ビー」だ。

 名前もないのに愛称だけある。蜂ではない。ウサギだ。製作者が言うのだから間違いない。

 愛称の由来は不明だ。気づいたらすでにそんな呼び方が定着していた。

 愛称とは名前があってそれを元につけられるものではなかったか? カトレアの記憶違いだったのだろうか?

 答えは出ない。永遠の謎である。


          ◇◆◇


 パラパラと本を斜め読みして必要になると思われる本を影の収納スペースに入れていく。

「精霊真言が書かれてるこれは必須だよね。と、いうか精霊士の直筆本は全部持ってけ。あと……一応少しでも記載がされてる本も全部持ってこう。あ、忘れちゃいけない美食のニンジン!」

 ポンポンッ、とテンポよく影に本が呑まれていく。


 この影にある収納スペースはとても重宝している。

 いつの間にか、気づいたらこのようなことになっていた。

 今時、異世界転生者なら影の異次元空間なんて誰でも持っている……と思う。いや、カトレアの偏見かもしれないが。それでも別段驚くことでもないように思う。

(便利だし、どうせお約束のアレだから今さら驚かないさ)

 どんなに無造作に入れても壊れないし、影に手を入れて欲しいものを思い浮かべれば一発で出てくる。

 内容量は魔力量に比例するので相当な量が入る。

 そして何よりも中に入れた物は時間の干渉を受けない。

 そう、生ものを入れても腐らないのだ! 画期的である。

 だから、焼きたてのパンは焼きたてのまま。温かいスープは温かいまま維持される。もちろんこぼれない。

 ご都合主義様々だ。いや、これはチート能力か? 

(とうとう私にもチートが? ま、どっちでもいいや。便利なことに変りはないんだし)

 反応が段々淡白ななるカトレアだった。


「それにしても、お姉様もお兄様も学校の課題なんて大変だよね。そういえば、小学生の頃ってやたら宿題が多かった気がする。日記は毎日あったよ」

 とても面倒くさかったことを覚えている。

 そんな面倒くさがりなカトレアもあと二年で就学だ。カトレアも最近知ったのだが、十歳が就学可能な最低年齢なのだ。

 学校は楽しみではあるが大量の課題は遠慮したい。

(リアル魔法学校。かなり興味あるんですけど)

 まだ見ぬ未来に思いを馳せるカトレア。

 しかし、彼女には今やらなければならないことがある。

 精霊と精霊士についての勉強だ。

 学校での勉強と並行して学ばなければいけない姉兄のためにカトレアは必要と思われる本を集めておく。

(二人が頑張ってる間は私がリシューと遊んでるから。心配しないでっ! ふぁいとぉ~)

 気の抜けたエールを送る。

 これは、別に抜け駆けではない。「ねえさま」と舌足らずにカトレアを呼ぶリシューが可愛すぎるのだが、これは別に抜け駆けではない。

 大事なことなので二回言ってみた。テストには出ない。

(私の事は心配しないで、だいたいは覚えたから。さて、もう少し物色(ぶっしょく)……探してから戻ろうかな)

 もしかしたら、他にも面白そ……参考になりそうな本があるかもしれないと再び探索を開始するカトレアだった。




※真言 → ここでは真実の言葉、という意で使用。この言葉で話すときは嘘はつけない。…という設定です。

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