【7】 天使降臨
やっと6歳まできました……。
※一部修正しました。話の内容に支障はありません。(2014/08/30)
祖父…リュード
父…ジーク
母…シルヴィア
我が家に天使が舞い降りたぁーー!!
何と弟ができました!
もー、すっごい可愛い。屋敷中の誰もがこの子に夢中。
六つ年下の弟。お兄様にとっては十歳年下。お姉様に至っては十二歳、ひと回りも離れてる。
年が離れてるほど下のきょうだいって可愛いよね?
あーもー、私の弟に勝るものなしっ!
○●○
子供部屋から漏れ聞こえる小さな声。時折くすくす、と笑う声も聞こえてくる。
室内では子供たちが柵付の小さなベッドに寝かされている末のきょうだいをあやしている。
ついこの間目が開いて、柵の隙間から覗き込んでいる姉兄を興味深そうに見つめている。
「リシュー、リシュー。ほら、お馬さんよ」
ネフティリアが木でできた馬の玩具を歩かせる。
「リシュー、ヒツジさんもあるよー」
それを真似てカトレアも布でできたヒツジのぬいぐるみを歩かせる。
「ちゃんと目で追ってるね。視線が釘付けだ」
ネフティリアの持つ馬とカトレアの持つヒツジを追ってくりくりと藍色の瞳が動く。髪はジークと同じ鳶色だ。
エヴァートンはその様子を見ながら面白そうに言った。
上の子供たちがそうだったようにリシュー、と名付けられた末の子も子供部屋に寝かされている。
今、リシューに夢中な子供たちは時間さえあれば子供部屋にやってきてリシューを構いたおしていく。可愛くて仕様がないのだ。
今まで自分が末っ子だったカトレア。弟ができて、親がそちらにかかりになっても拗ねてしまうほど幼くはない。
一応、六歳なのだから弟に妬いてしまってもおかしくないのだが……
(ほら、私精神年齢はずっと上だから)
むしろカトレアが色々お世話したいくらいだ。
カトレアがまだカトレアで無かった頃、少しだけだが幼い従妹の世話をしたことがある。
小さな手を哺乳瓶に添えて一生懸命ミルクを飲む姿によく癒されたものだ。
しかし現実はそう上手くはいかない。
「ネフティリア様、エヴァートン様お早く。遅れてしまいますよ。カトレア様もそろそろお勉強の時間ですよ」
「「「えー、もうちょっと」」」
声を揃えて不満だと訴える。
今年からエヴァートンも就学している。
領内にある、しかし有名な騎士学校だ。騎士学校と言っても剣を握るのは数年先のことでそれまでは普通の学校と変わらない。
読み書き、計算、国の歴史に資質があれば魔術も学ぶ。
(それにしても、入学が十歳って遅いよね。私六歳なのにまだ学校のがの字も話題に上らないし)
カトレアはまだ青年家庭教師と祖父、リュードに教わっている。
ここは異世界なのだから六歳から就学するわけではないし、九年間の義務教育があるわけでもない。
それ以前に就学の義務もない。
国の識字率は低くないが平民は精々読み書きと計算ができれば生きていける。
カトレアの住んでいる町は山裾に面している。
山脈には魔物が生息していて稀に山裾まで降りてきては被害を出すこともある。
そう、なんとこの世界には魔物が存在した。
魔物の中にはそれなりに知力があり、魔力量が多く、自ら魔術を施行する厄介なものもいる。
剣も魔法もある世界なのだから不思議ではないのかもしれないのだが、さすがにカトレアでもそこに夢が詰まっているとは言わない。魔物は危険だ。
山脈から降りてきた魔物からこの山裾の町を守る。シゼリウス家はその要となる役目を与えられている。
危険がすぐ近くにあるからこそ、その危険に対抗する術を身につけるための場所ができた。
危険がすぐ近くにあるからこそ、技術は高く僻地にあってもその名は遠くまで知れ渡った。
そのため遠方よりわざわざ入学に来る者もいる。
人が集まれば優秀な人材が発掘される確率も高くなるわけで。
王都でも名の知れた騎士の幾人かはこの学校の出身である。
(そんな凄いトコが地元にあったなんて驚きだよね。頑張れお兄様。目指せ主席卒業)
カトレアの自慢の兄だ。きっとやってのけてくれると無責任に信じている。本人には言っていないが。
ずいぶんと話が脱線した。
学校に遅れてしまうためネフティリアとエヴァートンは呼びに来たカナに背中を押されて渋々出かけて行った。
「リシュー、学校が終わったらすぐに帰ってくるからね」
「絶対に寄り道しないで帰るから」
という言葉を残して。
その時カトレアは見てしまった。二人とも目がマジだったのを。
やはり我が家の天使は無敵であると改めて実感した瞬間だった。
「お姉様もお兄様も行っちゃったねぇ。寄り道せずに帰ってくるのはいいけど、友達づきあいは大切だと思うんだ」
人間関係とは複雑怪奇である。一度拗れたら修復は大変だ。
「でも早く帰って来ると遊んでくれるから嬉しい」
二人とも学校の宿題や稽古があり、少し前の様にきょうだいで揃ってお喋りをする機会が減った。
もちろんだからと言って我儘を言うつもりはないが、聖人・聖女の集まる協会や騎士学校は未知の世界だから興味があるのだ。
しかしながら、カトレアにも勉強や魔術の練習の時間がある。
それでもほとんど屋敷の敷地から外へは出ないカトレアの方がリシューと共に居る時間は長い。
それが羨ましいのだろうと思う。それ故の「寄り道しません」宣言だと思われる。
ネフティリアとエヴァートンを送りの馬車に乗せたカナが戻ってきた。
「さあ、カトレア様。先生がお見えになりますよ。図書室に参りましょうね」
「はーい。リシュー、行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ」
手に持っていた馬とヒツジの玩具をカナに渡してカトレアもネフティリアとエヴァートン同様渋々と子供部屋を後にした。
◇◆◇
大変な目にあった。
午前は青年家庭教師と図書室で座学。昼食を兼ねてマナーの練習。
(昼ごはん、食べた気がしない)
マナー通りにやるのが一生懸命で味なんてよく分からなかった。料理を味わって食べられないなんて勿体なすぎる。
そして昼食が終わったら少し休憩して剣のお稽古。
カトレア自身も驚きだが、まだ稽古は続いている。
飽きっぽいカトレアには快挙だと自分を褒めたくなる。
努力が実ったかどうか、それはまた別の話であるが。
(まあ、あえて言うなら? 人並み、とだけ述べておくよ。それ以上は追及しないで)
これについてはでに自分に期待していないカトレア。
今日から一週間ほどリュードは王都へ出向いているため魔術の勉強は自習だ。
軽く汗を流して中庭へ向かう。
中庭に面した廊下を歩いていたらシルヴィアとリシューを見かけたのだ。
「ちょうどお茶の時間だし少し休憩してからにしよ。今日のお菓子はなあにかなっ」
鼻歌でも歌いそうなくらい足軽く歩く。
「あら、カトレア。お稽古は終わったの?」
歩いてきたカトレアに気付いたシルヴィアが聞いた。
「うん、終わった。この後魔術の練習だけど、お母様見かけたから一緒にお茶しようと思って。駄目かな?」
「少しも駄目じゃないわ。お母様の隣にらっしゃい」
とんとん、と自分の隣を叩いてカトレアを呼ぶ。
「うん」
「そろそろカナがお茶のお代わりとお菓子を持って戻ってくるはずよ。今日はシフォンケーキですって」
「シフォンケーキ!」
やたー、と喜ぶ姿は年相応だ。
「この時間にリシューが起きてるなんて珍しいね」
テーブルの上にウサギのぬいぐるみを見つけた。ネフティリアもエヴァートンも、カトレアもこのぬいぐるみで遊んだ。
「ええ、そうなの。なかなか寝付いてくれないからそれならお散歩でもと思ってね」
今は小休憩ね、と微笑んだ。
「赤ちゃんは寝るのが仕事だもんね。リシュー、お姉様だよ。ほら、見ててごらん」
くるりと回ってペコリ。まるで生きているかのようにウサギのぬいぐるみが動いた。
「まあ、まあまあまあ! 凄いわ、カトレア。いつの間にそんなことができるようになったの?」
「さ、最近だよ? リシューのために練習したの」
さっきまであちらこちらに飛んでいたリシューの視線が動くウサギに釘付けになる。
(よしっ、掴みは上々!)
胸中でガッツポーズをするカトレア。
しかし、それ以上に食いついてきたシルヴィアに若干引いてしまった。
どうなっているのかしら? と目をキラッキラッさせて問うシルヴィアに簡単に説明する。
「魔力を細く糸みたいにしてぬいぐるみの頭と四肢に付けてるだけだよ」
そしてあとは糸を操って動かすだけだ。操り人形と同じである。
やっていることは至極単純なのだが、難しいのはぬいぐるみを動かすことだ。
今は頭と両手、両足をそれぞれ右手と左手で担当しているがゆくゆくは片手で動かすことが目標だ。
「カトレアお姉様は凄いわねぇ、リシュー。踊っているウサギさん可愛いわね」
くるくると回って動くウサギのぬいぐるみをリシューが大きな目で追っている。
真似ているのか両手を上下に振っている。大興奮だ。
「あ、あっあっ!」
ややぎこちなさはあるが動いていたウサギのぬいぐるみがこけた。
右と左の脚を間違えた。まだまだ練習が必要だ。
「カトレアは器用ね」
「そんなことはないと思うけど。現に失敗してるし」
苦笑いで応えるカトレア。
(リシューのためにがんばろっ。リシューのために。大事なことなんで二回言ってみました!)
「お待たせ致しました。あら、カトレア様? 本日は料理長自慢のシフォンケーキですよ」
自分が居ぬ間に現れていたカトレアに、驚くことなくにっこり笑って今日のメインを言うカナは侍女の鏡だ。
「わーい、ケーキ、ケーキ!」
待ってました、と喜ぶカトレア。
「あら? リシュー様はお休みなられたようですね」
「え?」
「まあ」
カナに言われて母の腕の中を見ると、ついさっきカトレアが持たせたウサギのぬいぐるみを抱いてすやすやと穏やかな寝息をたてるリシューがいた。
「いつの間に……」
「うふふ。可愛いわねぇ」
顔にかかった髪を優しく払ってやり、微笑うシルヴィアに
「女神と天使のツーショット……だと?」
などと言う考えが脳裏をよぎったが、賢明にも口にしなかった自分は偉いと思う。
(にしても、絵になるわぁ。眼福、眼福)
四児の母になり、年を重ねてなお衰えぬその美しさにカトレアは世界の神秘を見た気がした。
きょうだいについては言わずもがな。自分も母の血をひているのだ。将来はぜひそうありたいと淡い期待を抱くのは同じ女として間違ってはいまい。
ほう、と弟を抱く母を見ながらカナが切り分けてくれたシフォンケーキを頬張るカトレアだった。
この後カトレアはちゃんと魔術の練習もしました。
ぬいぐるみを上手にスムーズに動かす練習です。