【21】 学園生活二年目10
試合と試合の間は人の動きが多い。小柄である利点を活かして人の波を掻い潜り目的地へ行く。
一応ノックをしてから入室する。
「失礼します」
場所が場所なだけに医務室は広く確保されているようだ。
ベッドも何床かあるようで使用中と思われるベッドはカーテンがかかっている。
(あの中のどれかにルールーさんが寝ているのかも)
椅子に座り順番待ちをする数人の怪我人の姿が見られる。
少し待って手の空いていそうな治癒師に声をかけた。
「あの、こちらにルールー・ルッカさんは運ばれていますか?」
「うん? あー来てるよ。知り合い? 6番のベッドに寝てるわ」
治癒師の指の先には大きく「6」と書かれた薄い木の板が吊るされていた。(な、成る程。分かりやすいといえば分かりやすい)
教えられたベッドに行きカーテンの外から声をかける。
「ルールーさんカトレアです。起きてますか?」
返事がない。まだ意識が戻っていないのだろうか。
(無事を確認したい…少しだけごめんなさい)
「…失礼しますってうわっ!?」
「結果!試合の結果はどうなったの?」
怪我の状態だけ見て戻ろうとカーテンを少し開けたところでルールー・ルッカが目を覚ました。
(びっくりした!病み上がりなのに元気すぎやしないだろうか?)
一瞬前まで寝ていたはずなのに突然がばりと起き上がりカトレアのことを認識するやいなや結果を聞いてきた。
「何かあった? どうかした?」
先ほどの治癒師がカトレアの慌てた声を聞き付けて駆けつけたがこちらはあまり焦っている様子は感じられない。
この治癒師、入学した時に行われた体力テストの長距離走で気の抜けた応援をしていた人物であるとカトレアは思い出した。
(わたし ちゃんと おぼえてる)
「目が覚めたのね。はい、ちょっと見せてね~…うん、大丈夫そうだけど念のためもう少し休んだ方がいいわね」
「分かりました。ありがとうございます、クロッカス先生」
「最低1時間は安静にね」
突然動いちゃダメよ、とまるで先の出来事を見ていたかのように言い置いて去っていった。
(治癒師って千里眼でも持ってるの?それともあの人が特別…?)
思わず去り行く背中をまじまじと見てしまった。
さらりと言ったルールー・ルッカにより名前も分かってしまった。
「それで、試合の結果はどうなったの?」
「あ、はい。両者気絶により引き分けになりました」
「あっちも気絶したのね。これで私に意識があったら勝ちだったかも」
「そうですけど、あれは危なすぎますよ」
「そう?あれくらい普通よ」
あれは普通らしい。
昨年はあんな大爆発をおこした生徒は居なかったと記憶しているが、カトレアは試合全てを把握しているわけではないので絶対なかったとは言い切れない。
「それに教えてくれたのはカトレアじゃない」
「え?」
「え?…覚えていない?」
頷くカトレア。
「ほら、いつだったか魔術の訓練をしてた時に細かい粉に引火して爆発することがあるって」
(覚えてない…)
そんな話しただろうかと首をひねる。
「教えてくれたのだけど、その顔は覚えていない顔ね」
「はい、たいへん申し訳なく。でも粉に引火ってことは粉塵爆発のことだと思います」
粉、引火、爆発のキーワードからしてこれはもう粉塵爆発一択だろう。もしかしたら他にも何かあるかもしれないが、残念ながらカトレアの知識にはない。
「あー、そう。そんな名前だった気がするわ。それを試してみたのだけど上手くいかなかったわ。やはりカトレアが言っていたように小麦の粉でないと駄目なのかしら?」
悩む姿は可愛いが言っている内容が物騒である。
「ちゃんと爆発させることも大事ですが、爆発後の自己防衛も考えないとまた医務室送りですよ。私たちの心臓が保ちません」
「ふふ、魔術の上達に怪我はつきものよ。でも、私だって痛いのは嫌だから気をつけるわ」
「そうしてください。さて、私はそろそろ戻りますね。ルールーさんはしっかり休んでくださいね」
「残念だけれどもう試合はないものね。あ、でもジャンの試合の結果は教えてね。この後の観に行くのでしょう?」
「行きます、間に合うといいんですけど。でも会場にはゼリムもいるのでもし見逃してしまったら2人でゼリムに聞きましょう」
「ふふ、それはいいわね。そうしましょう」
ルールー・ルッカの元を後にしてカトレアはやや急ぎ足で会場へ戻る。
ジャンの試合もできることならリアルタイムで観たい。
(間に合えー)
通路を抜けた瞬間ワーッと歓声が上がった。
(誰の試合?終わっちゃった?)
急いで席へ戻る。ゼリムの頭が見えてきた。
「戻ったよ、ルールーさんあと1時間は安静にしていないといけないけど大丈夫だった。今誰の試合だった?私間に合った?」
「良かった。ジャンさんの試合じゃないよ、間に合ってる」
「良かったぁ」
ホッと胸を撫でおろす。
「これで安心して次の試合も観られますわね」
「本当に凄かったから無事で良かったわ」
ユリアとリズも振り向いてにこりと笑って応えた。
「この次だよ。ジャンさんと同じ優勝候補と対戦みたい。昨年も上位に入ってる人だよ」
昨年の優勝者は卒業してるらしい。
「えぇ、ジャンさん優勝候補と対戦なの!?でもジャンさんだし大丈夫だね!」
「だな!ジャンさんだし大丈夫だ!でも、その優勝候補の今年の賭け金すげぇらしいぞ」
「えぇ、ここへ来る前に見てきたけれど断トツ一番だったわ」
「ねぇ、ジャンさんは?ジャンさんは何番目だった?」
「2番目よ。理由はわからなかったけど昨年その選手は参加していなかったらしいのよ」
「まぁ、ジャンは人気があるのね」
感心したようにユリアが言った。その気安さは元々知り合いだからだろう。
「あるわよ〜。去年だって彼、上の学年に並んで準優勝してたでしょう? それにあの外見だから剣術に詳しくない女の子からもモテるのよ」
「あら、まあ」
(え、美少女のニヨ顔可愛い)
ユリアが口元を隠してニヨニヨとした笑みを浮かべたが普通に可愛い。他の人がやったら腹が立つが美少女がやると可愛いしかない。
ちびっ子たち(ゼリムとカトレア)から絶大な信頼を受ける男ジャン。
時折向けられるその純粋無垢なキラキラとした瞳がプレッシャーとなり彼の悩みの一つであると、当のちびっ子たちだけは知らないのだった。
話している間についにジャンの出番がやってきた。
次の試合まで少し時間がかかったのは陥没した穴を埋めていたからだ。
ルールー・ルッカも例にもれず魔術師の試合は派手になりがちで、後の被害が甚大になりやすい。
その試合の補修のために時間をとることがよくあるのだ。
「ジャンさんだ!」
目をキラキラさせてゼリムが言う。
愛剣を腰に佩いて佇む姿は確かに格好良くて、観客席から黄色い歓声が聞こえるほどだ。
「まあ、大きな剣ね」
「盾も持っているわよ」
対戦相手は大きな剣と盾を装備していてパーティーの壁役を担う者のようだ。
「ジャンさんなら大丈夫だし」
「そうそうジャンさんなら余裕だし」
ちびっ子達による絶大な信頼は今回も健在である。
審判の合図で試合が始まった。
どっしりと構えて動かない相手に対し、ジャンの愛剣を中心に魔力の揺らぎが視える。
無駄なく流れる魔力は現象となり可視化される。
ジャンの周り、キラキラと光を反射して煌めくのはダイヤモンドダストだろうか。
極寒を纏い走り出す。
あっという間に距離を詰め、斬りつけた剣は易々と大きな盾に受け止められるがきっとそれは想定内。
向こうも来ると分かっていて構えていた。
剣が触れた部分から大きな盾へ、纏う極寒が侵食していく。
けれど…。
「あ、あの盾魔法耐性のある防具だ!」
魔術に耐性のある代物で性能によるが魔術が効きづらくなる効果がある。
「さすが、ここまで勝ち抜いてくる人は違うな」
盾で押し返されて距離を取った。一筋縄ではいかない。
(火?)
魔力が動いた。
こぶし大ほどの火の玉が飛ぶ。けれどこれもまた盾に阻まれ届かない。
再度極寒と共に斬りかかるも盾で弾かれ全てを侵食することは叶わない。
それを繰り返すこと幾度目か。
再び極寒の刃で斬りつけ盾で弾かれるもその時に鳴った鈍い音とわずかに多い侵食範囲。
「っ!!」
「なっ!?」
両者それぞれの反応を見せる。
狙い通りの結果が現れたジャン。
盾が傷ついたことにより魔力耐性の効果が弱まった事を察した相手はすぐに戦法を変えてきた。
攻撃を受け流し徐々に相手の体力を削ることを主体にした作戦から攻めることを主体にした作戦へ。
重さなど感じさせない動きで大きな剣を振り攻め立てる。傷ついた盾へこれ以上の攻撃は不味いと思ったのかジャンが繰り出す剣戟はその大剣により全て捌かれてしまう。
ジャンによる魔術と剣術を織り交ぜた多彩な攻撃も決定打とはならない。
「「ジャンさん…」」
きつく拳を握るゼリムと祈るように胸の前で両手を組むカトレア。
鋭く突き出した剣をそれまで使用を控えていた盾で弾かれた。
その反動で動作が大きくなったジャンは直ぐさま体勢を整えようとするも間に合わず、ガラ空きになった首元へ大剣を突きつけられてしまった。
「そこまで!」
審判の声で試合が終了した。
「「ジャンさん…」」
ただ小さく名前を呼ぶちびっ子たち。
「迫力のある試合でしたわね」
「えぇ、途中速すぎて目で追えなかったわ」
無邪気にすごいすごいと言い合うユリアとリズ。
優勝候補という噂は伊達ではなかった。
試合は惜しくも負けてしまったが、ジャンの戦法はそんな強い相手にも通用していた。
「私もがんばる!」
「俺だって!」
選手の試合に感化されて更に研鑽を積む、これもこの大会の意義の一つでもある。
「…で最後は盾に剣を弾かれて負けてしまったんです」
ショボンと分かりやすいほどに肩を落としてカトレアが締め括った。
「でもその盾にキズをつけたんだってジャンさんが言ってました!」
試合を終えたジャンに会いに行き、凄い格好いい自分ももっと頑張ると伝えジャンを少し引かせた後、 救護室から移動したルールー・ルッカにジャンの試合の様子を話したところだ。
尚、ルールー・ルッカは
「今日は魔術と過度な運動禁止」
と、きつく言われて食堂で一息ついていたところへルールー・ルッカを探していたちびっ子たちに発見されて今に至る。
「そっかー、ジャンは今年は3位か。去年より下がってしまったのね。私はちょとした腕試しと実験を兼ねての参加だけど、ジャンは上を目指しているみたいだから悔しいでしょうね」
((実験…?))
二人の脳裏に先ほどの試合がよみがえる。
「ルールーさん、危ない事はやっちゃダメです」
慌てるゼリムに首が千切れんばかりに上下させるカトレア。
大怪我、よくない!
小さな傷をよく作るルールー・ルッカだが今日のは心臓に悪い。
たとえその怪我の原因に一役かっているとしても自分を蔑ろにしてはいけないのである。
「魔術の訓練に怪我はつきものよ、カトレアだってそうでしょう?もちろん、剣術だって例外じゃないからゼリム」
「……」
確かにそうなので言い返せない。
ルールー・ルッカは何か言いたいけれど黙ってしまったちびっ子たちに少し笑って紅茶を口にする。
「あ、そうそう。ジャンだけどね、色々事情があって実績がほしいみたいよ。頑張りすぎるきらいがあるからあまりプレッシャーをかけてはダメよ?私は放任主義だから気楽にやってるけれど。…あら、プライベートは話してはいけない規則だったわね。内緒よ?」
「大丈夫です。俺たちそんなことしないです」
「そうです。ジャンさんに迷惑はかけません!」
曇りなき眼でジャンを見るちびっ子たちの視線が負担にならないようにと、先輩として念の為にと釘を刺しておくルールー・ルッカだが残念ながら伝わらなかったようだ。
「…さて、そろそろ戻ろうかしら。大丈夫よ、今日は部屋でおとなしくしているから」
サクッと説得を諦めたルールー・ルッカ。
「私たちは一度、工房に顔をだそうか」
「そうだな、あの後また売れたか知りたいし」
何もしたらダメですよ、とルールー・ルッカに言って別れた。
さすがの彼女も今日はおとなしくしているはずだ。
「工房に行ったら魔力の充填するのな?」
「今日はもうないんじゃ…いや、納品する洗濯機に付ける魔石にするかも」
「あー、そっか〜そうかも」
そんなことを言いながら二人はまだ賑やかな学園を歩いて行った。
ルールーからジャンの試合までにいくつか試合が行われています。
その後の3位決定戦です。




