【4】 カトレア、三歳
※一部修正しました。話の内容に支障はありません。(2014/08/30)
祖父…リュード
父…ジーク
母…シルヴィア
あー……暑い、寒い、気持ちが悪いよ。
この間、三歳になりました。
頭が痛い。ふわふわ、くらくらする。
また高熱で臥してます。病弱キャラになったつもりはないんだけどな。うーん、おかしい。
あー、しんどい。
○●○
カトレアは自室のベッドで横になっている。
つい先ほどまでシルヴィアが訪れて水を飲ませてくれたり、汗を拭いてくれたりとあれこれ看病をしてくれていた。
しかし、ネフティリアの勉強の時間が迫っていたためシルヴィア専属の侍女、カナに追い立てられていた。
カナはシルヴィアが嫁入りする際に連れてきた唯一の侍女で、姉妹のように育ってきたらしく時折容赦がない。
少々大らか過ぎるシルヴィアには丁度いいとカトレアは思っている。
うつるといけないから、姉兄には立ち入り禁止令が出されている。なので、シルヴィアが訪れる一時間ほど前に二人が見舞ってくれたこと内緒だ。
ただ、うつってしまったらごめんなさいとしか言えない。姉兄の免疫力が高いことを祈るばかりだ。
「奥様の法術のおかげでだいぶ熱は下がりましたね。意識もしっかりしているようですし、お医者様が仰っていた通り峠は越えたみたいで安心しました」
テキパキとカトレアの着替えを手伝いながらカナがホッとしたように頬を緩めた。
(うん、昨日の夜は辛かった)
昨日の朝からなんか身体がだるいなと思っていたら夕方になって発熱した。
カトレアが突然発熱するのは初めてのことではないので、さすがに慌てふためき布団の下敷きにされたり、寝室に氷柱を乱立されたりすることはなかった。
誰がそんな馬鹿なことを侮ることなかれ。
優しく大らかなシルヴィアは……
「熱が出た時は身体を温めないと」
と言い、屋敷中の掛け布団を娘の上に盛ろうとした。
亡き妻にそっくりな末の孫を溺愛しているリュードは……
「発熱したなら冷やさねば」
と魔術で寝室に氷柱を乱立させてそれはもう大変だったと何でもないことのようにカナがサラリと教えてくれた。
その事実に、自分は危うく圧死もしくは凍死と発熱とは全く無関係な原因で死んでいたかもしれないと身震いしたのは記憶に新しい。
間違いのないよう念のために言っておくが、シルヴィアは嫁である。リュードと血がつながっているのはジークだ。
連絡を受けてすぐに駆けつてくれたらしいが、その日ジークは仕事で家を空けていたのは良かったのかもしれない。でなければ何をしでかしたか……。冷静沈着が売りのジークならそんなことはしないと信じたい。
止める方は大変なのだ。
(せっかく生まれ変われたのに一年足らずで死亡とか笑えない。それも死因は優しさの結果とか……)
自分の家族に戦慄を覚えた瞬間だった。
ただ一つ、記憶にないことだけが救いか?
全力で制止に入らねばいけなかった使用人たちにカトレアは心の中で合掌した。
(祖父と母がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございます。おかげで私は生きてます)
カナからの情報提供で分かったのだが、カトレアのこの発熱は一歳の頃からこれで三回目になるらしい。
一年に一度の割合で身体を壊している計算になる。
しかし、これ以外はいたって健康なので病弱キャラと言い切るのは難しいかもしれない。
母の法術をもってしても少し熱を下げて気分の悪さを緩和させるくらいしかできないそうだ。
毎年恒例となりつつあるカトレアの発熱だが、何が原因か分からない。皆首を傾げるばかりだ。
一番最初に発熱した一歳の時はかなりヤバかったらしい。けれど、成長するごとに体力がついたのか免疫ができたのか症状はそこまで酷くなることはない。
もちろん最初に比べて、の話だ。
高熱がでて、眩暈がして、気分が悪くなるのだから本人にとっては症状がかるかろうが重かろうがたまったものではないのだが……。
「さあ、終わりです。横になって下さい」
「むー、まだ眠くないよ」
言われた通り再度ベッドに潜り込むがまだ寝たくないと主張する。
つい二時間前まで寝ていたのだ。あまり寝過ぎては夜に眠れなくなる。
「ベッドには居るから寝たくない」
おとなしく布団には入るが寝るつもりはない、と言外に訴える。
本音を言えば退屈だ。治りかけの時期が一番退屈だ。
熱が下がってしまえばあとは少々身体がだるいくらいか?
まだ幼い身体にはあまり体力がない。
(身体鍛えなきゃ駄目かな?)
エヴァートンが剣術の稽古をするときに一緒にやろうか? カトレアには本格的に学ぶ気はない。
(そりゃぁ、剣が使えたらカッコイイけどさ)
自分には無理だろうとカトレアは思う。
どうしても修得したいという気概がない。根性もない。カトレアの関心は魔術に向いている。
カトレアが気概や根性を見せるならまず間違いなく魔術に対してだろう。
まあ、せいぜいエヴァートンが稽古をやっている傍ら――もちろん邪魔にならないような隅の方で――走り込みでもしようかと思っているだけだ。
独りで寂しく走っているより、誰か近くにいて同じように頑張っていた方が少しでもやる気が出ると思ったからだ。
(こんな暇な時にこそ魔術のこと色々知りたいのにな……)
誰もカトレアがすらすらと文字を読めるとは思ってはいないだろう。ましてや古代語など。
今では家族が絵本の読み聞かせをしてくれるので書くこともできる。
文字を見る機会が増えたためだ。
身体が幼く脳が柔軟なためか知識の吸収速度がハンパない。
将来は大魔術師だ、前途有望だ、とカトレアは三歳児らしからぬ笑みを浮かべる。
だがしかし、もしここで「魔術の本が読みたい」と言っても聞き届けてくれる可能性はない。
「……では、たまたま持っていましたこの童話をお読みしましょうか」
(し、思考が読まれてるっ!?)
カトレアの思考回路と行動予測に対するカナの用意周到さに絶句する。
「ささ、始めますよ。昔々のお話です……」
どこから取り出したのか、一冊の童話をカトレアに見やすいように開く。
驚くカトレアを気に留めず早速童話を読み始めるカナ。
いいのか!? いいのだろう。相手はカナだ。カトレアの関心がすでに童話に移っていることは承知済みだ。
恐るべし、カナ。
***
昔々のお話です。
ある所に災いがありました。
災いは魔物を呼び、災害を招き、近隣の町に甚大なる被害をもたらしました。
豊かだった土地は徐々に痩せ細り、人々は疲弊し、どうしようもなくて町を出て行く者も現れ始めました。
どんなに優秀な魔術師でも、どんなに博識な学者でも、どんなに腕の立つ騎士でさえも災いに触れる事すら叶わなかったのです。
誰もが成す術なく、あとは終わりを待つだけかと思われた時、一人の魔術師が現れたのです。
魔術師は災いを囲い込むように魔術で塀を築き上げ、溶けることのない氷を張り巡らせ災いの力が外へ漏れないようにしました。
そして、自身も塀の内側に留まり災いが再び人々に被害をもたらさないよう、自ら監視する役割を負ったのです。
人々は心よりの感謝と敬意の念を込めて彼の魔術師を「氷雪の魔術師」と呼びました。
今でもその町の近くでは災いを閉じ込めた、溶けることのない氷の塔で魔術師が災いに目を光らせているのです。
ほら、窓の外に見えるでしょう? 氷の塔が。
***
静かな室内にパタン、という本を閉じる音だけがした。
(うーん、とりあえず気になることは多々あるけどツッコんじゃ駄目なんだよね?)
なぜ突然「災い」とうものがそこにあるのか? とか。「ある所」って何? とか。なんたって童話だ。対象は子供だから深いことは考えてはいけなのだろう。
(とにかく魔術がすごいことは再認識した。早く私も魔術使ってみたい。これだけご都合主義が揃ってるんだから今さら魔術は使えません、とかないはず)
カトレアにとっては重要なことだ。
「そろそろお休みください。お身体はまだ睡眠が必要だと言っていますよ。夕食の時間には起しに参りますので」
うつらうつら、と船を漕ぎだしたカトレアにカナが言う。
「うー……。分かった。もう一回寝る。おやすみなさい」
ちょっと本の読み聞かせをしてもらっていただけなのに。やはりまだ完全には治っていないようだ。
ここで我儘を言ってカナを困らせるほどカトレアは子供ではない。肉体的にはそうだが、少なくとも精神的には違う。
ここはおとなしく本能に従うべきだ。それで、早く治して体力をつけるために走り込みでもしようか?
そんなことを考えつつ、カトレアは再び眠りについた。
スース―、と穏やかな寝息を立てるカトレアを慈愛のこもった眼差しで見つめたあと、カナは起こさないように細心の注意を払いつつ部屋を辞した。
◇◆◇
あの後、一度も起きずに朝まで寝てしまったらしい。
厚手のカーテンの隙間から光が漏れて外が明るいことを教えてくれる。
ぐっと身体を伸ばし寝過ぎて強ばった身体をほぐす。
ころん。
枕元で何かが動いた。
「なに?」
光が差し込んでいるとはいえ部屋の中は薄暗い。
窓を開けに行くのが面倒なので、カトレアは寝台の横にある照明に灯りをつけて動いた物があった所を調べる。
普通の貴族の令嬢ならば悲鳴をあげて誰か人を呼ぶのだが、カトレアはそんな繊細な神経を持ち合わせていなかった。
「石?」
枕元には小石ほどの塊だった。
「白? いや、乳白色?」
どちらにしてもきれいだ。
ネフティリアかエヴァートン、もしくは二人が見つけて持って来てくれたのだろうと予想を立てる。お見舞いの品なのだろう。
カトレアの部屋は現在立ち入り禁止だから、黙っていた方が誰にとっても平和だろう。
シルヴィアもカナも、当然ジークも怒ると怖いのだ。
「失くさないように仕舞っておかなきゃ」
収納機能も付いているサイドテーブルから小さな袋を取り出してそこに入れる。
これで三つ目だ。中には似たような石が二つ入っている。
なぜかと言うと、実はこういうことは初めてではない。
二歳の時に発熱で寝込んだ時も、こうしてきれいな石をそっと枕元に置いておいてくれた。
当然その時もカトレアの部屋へは立ち入り禁止令が発令されていたので前世の記憶を思い出したカトレアは賢明にも口を噤んでいる。
もう一つは、一歳くらいの時にカトレアが何か握っているのを見つけたネフティリアが誤って飲み込まないようにと、でも気に入っている様だったから、と自分が作った小袋に入れてとっておいてくれたそうだ。
ネフティリアはそんな時から気遣いのできる美少女であったらしい。
「さすがは私のお姉様」
赤ちゃんでもきれいな物が好きなところはやっぱり女の子なのね、とネフティリアが言っていたのを覚えている。
大切に元の位置に戻す。
しっかり休息をとったためか身体が軽い。これなら今日からでも体力づくりに励むことができるかもしれない。
ただ、シルヴィア(はは)とカナが許可を出してくれたらの話だか……。
意外と短い期間で投稿できて嬉しいです。
次話もできるだけ早く投稿できたら良いな、と願望だけ書いておきます。