【8】 誘拐事件とその後2
予告通りに更新できてホッとしています。
お屋敷サイドです。
こちらを先に更新すべきだったと反省してます。
時系列的にこちらが先でした。
「誰かっ! 誰かいるかしら!」
蹴破らんばかりの勢いで扉が開かれ、大きな声で叫びながらシルヴィアが帰ってきた。
尋常ではないその様子に何かを察した使用人の一人が
「しばしお待ちを」
と応え、直ぐ様上の者を呼びに行った。
「お帰りなさいませ、奥様。如何なさいましたか?」
一分もしないうちに執事のジブルトが現れた。
短く刈り込んだ髪に三白眼。肩幅があり、背は二メートル近くある。
「大変よ、ジブルト。すぐに人を集めてちょうだい。それとお義父様とジーク様に連絡を」
「奥様、一度落ち着いてください。誰か、お茶を」
「お部屋に用意してあります」
少し遅れてカナが現れた。
「さすがカナ。準備がいい」
シルヴィアはカナに手を引かれ部屋まで行く。その短い時間さえもそわそわと落ち着かない。
カナに導かるままに一人掛けのソファーに腰を下ろし、カナが淹れてくれたお茶を口にする。
「落ち着かれましたか?」
「えぇ、ありがとう」
先ほどより幾分か落ち着いたシルヴィアにジブルトが聞く。
「それで、如何なされたのですか?」
そっと茶器をソーサーに戻す。
「カトレア様のお姿が見えないこと関係が……あるようですね」
普段のシルヴィアらしからぬ行動に動揺、カトレアの名が出た時の彼女の反応にジブルトとカナは確信を持つ。
「誘拐……されたのだと思うわ」
シルヴィアはこれまでの経緯を二人に話した。
目を離した隙に姿が見えなくなってしまった。
「何か興味のある物を見つけてそれにつられて迷子、とうことは……ないでしょうね」
ジブルトが途中まで言いかけて自分で否定する。
「カトレア様に限って、可能性は低いかと思います」
「えぇ、あの子は年齢の割にしっかりしているわ。もし、何か気になる物を見つけたのだとしても私が戻るまで待っていたと思うのよ」
ジブルトとカナが納得して頷く。
「では、やはり何者かに連れ去られた可能性が高いですね」
「そうなのよ、ジブルト。最近、魔力の多い人が行方不明になる事件が多発しているって、今朝ジーク様が仰っていたばかりなのに」
「奥様、お気を確かに。そろそろ大旦那様がいらっしゃる頃です。大旦那様ならきっとすぐに見つけてくださいます」
カナはシルヴィアの傍に膝をつき、冷たくわずかに震える己の主の手を握る。
「ありがとう、カナ」
不安から強ばる表情をわずかに緩める。
「失礼いたします。大旦那様がいらっしゃいました」
使用人の一人からの報告を受け、ジブルトが言い終わるのと同じくらいのタイミングでリュードが現れた。
「いったい何があったと言うんじゃ」
「お義父様! どうしましょう」
シルヴィアは先ほどジブルト達に話したことをもう一度リュードにも伝える。
カトレアは誘拐された可能性が高いということも。
「カトレアが誘拐されたじゃとっ!」
ゆったりとした二人掛けのソファーに腰掛け、黙った話を聞いていたリュードがこれまでに、一度も見せたことがないくらい焦った様子で立ち上がった。
立ち上がった拍子にテーブルにぶつかり、リュードの前に置かれていた茶器からお茶がこぼれた。
「リュード様、落ち着いてください。どちらへ行かれるおつもりですか?」
立ち上がった勢いのまま身体の向きを変え、一歩を踏み出そうとしたリュードに、それを見越していたかのように待ったがかかる。
すでに家督を息子のジークに譲った身ではあるが、この屋敷での彼の威光は健在、いやジークよりも上だ。
そんなリュードにこのような軽口がきけるのは、今でこそジブルトに本邸でのその職を譲ったが、かつてシゼリウス家の執事を勤めていたジディバクトくらいだろう。
現在は別邸にて執事を勤めている。
慌てふためく主とは反対に冷静だ。
「愚問じゃ! カトレアを探しに行くに決まっておる!」
「どこへ、ですか?」
「どこへ、じゃと? カトレアの魔力を探れば居場所なんぞすぐにわか……ん?」
「お義父様、どうれさたの?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。言葉を切り、難しい顔をするリュード。
「リュード様?」
ジディバクトが怪訝そうに名を呼ぶ。
「カトレアの魔力が感じられぬ。おかしい。この町の範囲ならば感知できるのじゃが……」
「まさか……すでに町の外に連れ出されているということ?」
白い顔をさらに白くするシルヴィア。
「ジブルト、急ぎ騎士団と私兵団へ事の次第を伝えよ」
「畏まりました」
ジブルトは指示を受けて部屋を出て行く。
リュードは腕にはめた通話用の魔具に魔力を込めた。
[はいはい。何事?]
魔具を通じてやや警戒した声が届く。他人が聞けば普段と変わらぬ口調だが、それでも分かるのはやはり親子だからか。
「ジーク、一大事じゃ!」
焦りすぎてはいけない。
「カトレアが行方不明になった」
単刀直入に用件のみをジークに伝える。
ざっくりと、しかし要点を抑え事のあらましを説明する。
[……ほう、よほど命が要らぬとみえる]
ニヤリ、と不敵に笑う息子の顔がリュードの脳裏に浮かんだ。
まず間違いなくアレは今そういう顔をしている。
「最近魔力の多い者ばかりを狙っとる奴らかもしれぬ」
[確かに、カトレアは魔力量が多いし可愛い。年の割にはしっかりしているいし可愛い]
「うむ。魔術の技量も高くて将来は色々と有望じゃ。(当然容姿的な意味も含めて) これでは狙われぬ筈がない!?」
親子故か思考似ている。
「リュード様、話が脱線しています。遊んでいないで本題に戻って下さい。時間がもったいないです」
ジディバクトが冷静に毒舌を吐きつつ正論を言う。
「うっ……分かっておるわ。ちと黙っておれ。ホントにジディバクトは小言が多くていかんわい」
苦虫を噛み潰した顔をしてぶつぶつと呟く。正論なため反論できない。
「ゴホン……とにかく、わしも再度探してみるが……カトレアの魔力が感じられぬのじゃ。この町の範囲くらいならば分かるのじゃが……」
[魔具で魔力を封じているか、あるいはすでに町の外へ逃げ出しいるか?]
「うむ、だが後者の可能性は低いじゃろう。カトレアが行方不明になってからまだそれほど時間は経っておらん。魔具で魔力を封じて隠し、どこかに潜伏している可能性が高いじゃろうて」
[それならばその線で捜索してみよう。カトレアが行方不明になった所を中心に、けれど念のために町の出入りにも普段以上に警戒するよう伝えよう]
「頼んだぞ」
魔具に供給していた魔力を絶ち、通話を終える。
これで騎士団と私兵団の協力が得られる。
私兵団は領主が所有する戦力で、町の治安維持のために見回りもしている。
ジークが指揮する騎士団も見回りをするが時間や巡回ルートがずれており、互いに補足できるようになっている。
それくらいには私兵団と騎士団の仲は悪くない。
他の、騎士が常駐している領では犬猿の仲という所もある。しかし、この町では外に共通の危険があるせいか敵対していることはない。
領民にとってはありがたいことである。
「……カトレアは泣いていないかしら?」
それは小さな呟きだった。
誰かへの質問ではいなく、ただ思っていたことがそのまま口をついて出てきたような。
「カトレア様ならきっと今頃シルヴィア様の元へ戻ろうとしていますよ」
「そう、よね。あの子がただおとなしくしているはずないわ」
さすが母親、娘の性格を分かっている。
「そうですよ。でも、もし泣いていたのならきゅっと抱きしめて差し上げればいいのです。子どもにとって親の腕の中というのはとても安心できる所だそうですので」
ふんわりとカナが微笑む。
シルヴィアは長く共に居るカナのこの微笑みに幾度助けられてきたか知れない。不安や焦り、無力感など、負の感情ばかりで押し潰されそうだったシルヴィアは心が軽くなるのを感じた。
「……えぇ、そうね。カナの言うとおりだわ」
蒼白だったシルヴィアの頬にわずかに朱が戻る。
「……だめじゃ。どこにも見当たらぬ」
『捜索』の魔術を使い、探す範囲を広げ、精度を上げてカトレアの魔力を探っていたリュードがそう言って肩を落とした。
「リュード様、それはカトレア様はもう町には居ないと……?」
眉間にシワを寄せて問うジディバクトにリュードは唸る。
「ううむ。考えたくはないがそん可能性も捨てきれん。もしくは、腕のいい魔術師が傍に居て隠しているか、質のいい魔具を使っているか……」
リュードの魔術から逃れられるほどの腕をもっている魔術師が犯人側にいるなど考えたくもない。
なんにしても見つからないことにかわりはない。
手詰まりになり、室内に居る誰もが難しい顔をする。
あとは騎士団と私兵団からの朗報を期待するしかないのか?
前回の文中にもありましたが…[]このカッコの中は魔具を通して話している時です。
では、早ければまた来週に。
失礼します。