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白いカトレアの花言葉(旧題:白いカトレア)  作者: 由布 叶
第1章  幼少編
10/39

【10】   誘拐事件

先月更新できなくてすみません。

すごく長いです。



※一部修正しました。話の内容に支障はありません。(2014/08/30)

祖父…リュード

父…ジーク

母…シルヴィア


 さて、突然ですが質問です。

 今私はどこに居るでしょう?

 ヒント。

 狭くはないと思われますが、暗いです。

 私以外にも人の気配がして、小さな呻き声とか啜り泣く声が聞こえてとても怖いです。

 両手が固くて頑丈な手錠のようなもので繋がれていて身体の自由がききません。足には足枷があります。

 以上、ヒントでした。

 あ、それと最後に一つ。この状況、明るい未来が想像できません。うん、これっぽっちも。

 さて、おわかりですか? 

 わかったら是非とも私に教えてっ! ここどこ!? 助けてよー!


          ○●○


 お気に入りの噴水の近くで自主練習をしていたカトレアの元へシルヴィアが現れ、唐突に「買い物に行くわ」と宣言をされて屋敷に戻ってきた。


「このままでいいのに……」

「カトレア様、本日の練習は終了ですか?」

 いつもより早く切り上げてきたカトレアを不思議に思ってか、部屋で待機していたリリアが聞いた。

「そういうわけでもないんだけど。お母様がね、突然買い物に行くって言いだして。リリア、何か動きやすい服出してくれる?」

「かしこまりましたわ。それでは少しお洒落もいたしましょう」

「え、いいよ。適当で」


 嬉しそうに衣裳部屋へと消えていくリリアの背中にカトレアの声は届かない。

 諦めて『浄化』の魔術を使い服についた汚れを落とす。

 できれば湯あみもしたいがそんな時間はないだろう。

 今の季節は初夏である。

『冷気』の魔術をずっと使っていたので汗はかいていないがそういう気分なのだ。何故この世界にカメラはないのか?

 練習で作った氷像が思ったより上手くできたのだ。

 本当に惜しいことをした。いくら悔いても悔やみきれない。

(傑作だったのに)


「お待たせいたしました。こちらでいかがですか?」

 そう言ってリリアが持ってきたのは空色のワンピースだ。

 腰の所を白いリボンで結ぶタイプだ。かわいい。

「あ、予想外に普通」

「あら、もっとヒラヒラでゴテゴテしたものをご所望でしたか?」

「これでいいです。これがいいです」

 いそいそと衣裳部屋に戻ろうとするリリアを慌てて止める。危なかった。

 シルヴィアを待たせているので急いで着替える。背中にボタンがるから一人では着られない。

 背中まである髪は半分だけ結って薄桃色のレースでアクセント。

「これくらいならよろしいでしょう?」

「うん、派手じゃない。リリア、ありがとう。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 リリアに見送られて玄関ホールへ戻る。


「お母様、待ちくたびれちゃったかな? ん?」

 廊下にある飾り皿と飾り皿の間になぜか見覚えのあるモノが座っている。

「ビー?」

 リシューのウサギのお気に入りのぬいぐるみ。ビーがなぜかそこにいた。

「何で? あ、魔力切れそう」

 首元を飾る魔石が薄暗く変色している。

「馬車の中で魔力を込めてやれるかな? 待たせてるから先にお母様のとこ行かなきゃ」

 ビーを片手に抱いて玄関ホールへ向かう。


「お母様、お待たせ!」

「準備出来たわね? まあ、似合ってるわ。さっそく行きましょう」

 待機していた馬車に乗り込む。

「ところでなぜカトレアはビーを連れてるの?」

 ガタゴトと馬車に揺られて町の中心部へ向かう。

「お母様のとこに行く前に見つけてね。魔石の魔力が切れそうだったから馬車の中で込め直そうかと思ってそのまま持って来たの」

「あら、本当。でもこの間込め直したばかりじゃなかったかしら?」

 何日前だったかしら? と首を傾げる。

「三日前かな? それだけ魔力の使用量が多いってことだよ。あと、そろそろ魔石の寿命かな」

「リシューったらどこに行くにビーを連れて行くものね。傷みもするし汚れもするわ」

 確かにビーは可愛い。それは決して揺らぐことのない真実だ。

 もこもこで肌触りもよくてリシューのお気に召したようだし、何よりもリシューがビーを抱いていると相乗効果でより一層リシューが可愛くなる。姉兄でもまた然り。

 それは世界の真理である、とカトレアは断言したい。

「気に入ってくれたのは嬉しいよね」

 徐々に速度を落として馬車が止まった。どうやら着いたようだ。

「ありがとう。夕方までには戻るわ」

 御者を勤めてくれた使用人に礼を言い馬車を降りる。

「ありがと。行ってきます」

「かしこまりました。お気をつけて」

 ここからは徒歩で行く。

 多種多様な商品を扱っている商店街はもうすぐそこだ。


 シゼリウス家はその役割上、町の中心部より山裾寄りにある。そのためネフティリアやエヴァートンの通う学校や中心にある商店街。反対方面にある領主邸へ行くのに徒歩ではどうしても時間がかかる。

 だから移動は大抵馬車か、もしくは馬で行う。

 カトレアだってやや危なっかしいが乗馬くらいできる。特訓の日々を思い出すと乾いた笑いをもらしてしまう。ハハハ。


 片手にビーを抱え、もう片方の手はシルヴィアと繋いでいる。

 たくさんの人で賑わう商店街を冷かしながら歩く。

 地面に敷いた敷物に直接商品を並べた露天商もある。荷馬車をそのまま商品棚にしているものや、道具を持って来て出来立てを提供している店もある。

 こうばしい香りが鼻孔をくすぐりとてもおいしそうだ。

 足もとはきれいに舗装された石畳が続く。

「お母様、何を買う……」

「あ、カトレアあのブローチ素敵だわ」

 何を買うの? と最後まで言わせてもらえず、テンションの高いシルヴィアに遮られた。

 手を引かれて布の上に並べられた商品を眺める。

「いらっしゃい。どれか気に入った物があったかい?」

 露天商が気さくに訊いてきた。

「これ、このブローチの中心に嵌め込んである石は魔石かしら?」

 絡み合う蔦をモチーフにしたブローチは中心赤い石が嵌めこまれている。

「お、お姉さんお目が高いね。そうだよ。クズ魔石を磨き直したものを使ってるんだ。ちょっと形が歪だけどそこがまたいいだろ?」

「えぇ、そうね。ところで同じデザインの緑色はないかしら?」

 露天商が並べた赤、ピンク、青、黄色のブローチを眺めながら尋ねた。

(これ、確かにクズ魔石だけど)

 暗いのだ。中心の魔石の色が暗い。

(あと三、四回使ったら魔力が切れそう)

 揺らめく魔力の動きを視てカトレアは判断した。

 値段が高い気がする。

 いくらクズ魔石とは言え五回未満しか使えない魔石にこの値段は高くはないだろうか?

周りのデザインが高いのだろうか?

「このデザインはこの四色しかないんだ」

「そうなの? 残念だわ。またの機会にさせてもらうわ」

「まいどー」


 望むものがなかったらしく再びカトレアの手を引いて歩き出す。

「カトレアも気がついていたのでしょう?」

「え?」

 弾かれたように横を歩くシルヴィアを見上げる。

「あのブローチの値段。いくらかふっかられているわ」

「モチーフのデザインが高いのかと思ったけど、そうじゃないってこと?」

「えぇ、クズとは言え魔石を使っているのだから少しでも高く売ろうとしたのでしょうね」

「あと三、四回くらいしか使えないのに……?」

「まあ、それっきりしか使えないの? カトレアには視えるものね。うふふ。それも含めて帰ったらお父様に報告ね?」

 片目を(つむ)って茶目っ気たっぷりに言うシルヴィアに唖然とする。カトレアの母はカトレアが想像していた以上にしっかりしていた。

「さ、次に行きましょ」


 それからカトレアはあちらこちらに連れ回された。

「カトレア、この帽子素敵よ」

「私あまり帽子被らないからいらないよ」

「服は何着あってもいいわよね」

「もう十分持ってるし、子どもなんてすぐにサイズ合わなくなるんだから却下」

「学校に行きだしたらきっとお洒落にも気を使うわ」

「お母様、それ以前にそんな奇抜なデザイン嫌だよ。七色の羽根なんて悪目立ちだよ。なんか異様に大きいし」

「これはどうかしら?」

「なぜ今生花(せいか)を勧める!?」

「端のレースがお洒落(しゃれ)ね」

「ハンカチなら、まあ使うかな?」

「次は……」

「お母様! 待った、待って。疲れた」

 ぐったりと近くにあったベンチに腰を下ろす。

「まあ、若いのに体力のない」

 肩を竦めて母が言う。

「お母様が体力在りすぎなんだよ! 少し休むー」

「分かったわ。何か飲み物を買ってくるから待ってらっしゃい」

「やた。ありがと」

 それを聞いて現金にも少し元気になるカトレア。


 人混みに消えるシルヴィアの背中を見送りつつベンチの背にもたれかかる。

「ふぅ~、疲れた。人混み酔いしそう」

 足を投げ出してだらしがない。こんなところカナに見られたら怒られてしまう。

 夕食の材料を買いに来たのか、肉や野菜などの食品を扱っている一画に人が増えている。

 トスン、何か近くで音がした。

 辺りを見回してみると、五歩くらい離れた所で誰かが(うずくま)っている。

 チラリと道行く人々を見るが、誰も彼もが見向きもしない。まるでその蹲っている人などみえていないと言い気だ。

「もうっ! 大丈夫ですか? どうしました? 私の声、聞こえますか?」

 近づいてみて顔が見えた。青白い顔をした老婆だ。

「おぉ、優しい人。ありがとう、ありがとう。アリガトウ……」

 老婆は肩に触れたカトレアの手を縋るようにつかむと何度も何度もお礼を言う。

 何も感謝されることはしていない。ただ、どうしたのかと尋ねただけだ。

 と

「っ!?」

 何がおきた? と疑問に思う間もなく唐突に、カトレアの意識はプツリと切れた。

 突然気を失い倒れた少女を見下ろして、青白い顔をした老婆はニタリと嗤った。

 近くを道行く人々は、誰も彼もが見向きもしない。まるでその二人のことなどみえていないと言いたげに。


          ◆◇◆


 ゆるりと意識が浮上する。

「うん……ん……」

 身体が重い。ついでに痛い。どうやら硬い床の上で寝ているらしい。

(そりゃ、身体が痛くなるわけだ)

 しかし、いつの間に寝てしまったのだろう?

(夕食作らなきゃ……帰ってきちゃう)

 リビングのフローリングだろうか? こんな所で寝てたのがバレたら怒られてしまう。

 気力を振り絞って瞼をこじ開ける。

 ……暗い。

 目を開けたはずなのに暗い。

 ジャラ。

「なっ!?」

 暗くて何も見えないが予想はつく。

 さっきはそこまで意識がいかなくて気がつかなかったが、両手と両足のそれぞれ枷のようなものが嵌められている。

 それもご丁寧に太い鎖でしっかりと繋がれている。

 ここは懐かしいあの場所とは似ても似つかない。

(何がどうなってこうなった?)

 瞬時に意識が覚醒し、記憶を遡る。

(そうだ。蹲ってたお婆さんに声をかけて、そしたら急に意識がとんだんだ)

 顔面蒼白だったあの老婆も罠だったのだろうか?

 この状態見る限り気を失ったカトレアを親切心で運んでくれたとは考えられない。

 手錠に足枷。

(……これってもしかして誘拐っ!?)

 だとしたら大変だ。きっと今頃大騒ぎになっている。

 どれくらい気を失っていたんだろう?

(落ち着け、落ち着け私。まず始めに自分の状態を把握しよう)

 ジャラジャラと身体を動かすたびに鳴る鎖の音。頑丈で当然ながら壊すことはできそうにない。

 いざという時に邪魔になる。どうにかしたい。

(ん? これは?)

 小脇に何か抱えていた。気が動転していて気付かなかったらしい。

 長い耳、モコモコな手触り……これはまさしくビーだ!

(気を失っても離さなかったのか。すごいな私)

 ちょっと自分に感動しつつ、次は状況の把握だ。

「……しく……しく……」

「……ぐす……うっ」

 小さくすすり泣く声が聞こえる。

(え? ホラー? 怖いんですけど。ここ出るのっ!?)

 キョロキョロと忙しなく辺りを見回す。だんだんと暗闇に目が慣れてきたらしくぼんやりと人と思わしき輪郭が見える。

「ねぇ、君新しい人?」

 ジャラジャラと音を立てて誰かが近づいてきた。

(ギャー、出たー)

 無意識に後ずさるカトレア。

「怖がらないで、大丈夫。ボクらは君と同じだよ」

 同じ……?

(って、私も死んでるってこと!? わーん。お父様、お母様、お祖父様。お姉様にお兄様、リシュー。私、親不孝者でした。先立つ不孝をお許しくださーい!)

 カトレア、享年九歳。異世界転生のご都合主義万歳! と狂喜乱舞して早九年。短い人生でした。

 思い残すことしかありません。


「ボクはロイド。君、名前は?」

「カトレア」

 すでに死んでいるのに自己紹介がいるらしい。

「そう、カトレアはどうやって捕まったか覚えてる?」

「あ、うん。道端に蹲ってたお婆さんに声をかけたら突然気を失って……その時だと思う」

 それでそのまま殺されたのだろうか?

「そう。カトレアは魔力が多いんだね」

「どういうこと?」

「ここに連れられてきた人たちはみんな人より多い魔力を持っているんだ。奴らは一定以上の魔力に反応する魔具を使って魔力の多い人を集めているみたいなんだ」

 あの老婆は魔具なんて持っていただろうか?

「カトレアが声をかけたっていうお婆さんに、誰か君以外が声をかけていた?」

「ううん。みんなお婆さんの事なんてみえていないみたいに通り過ぎて行ったけど」

「やっぱり。それ奴らの手口の一つで、魔力量の多い人しかみられない魔術がかけらてるんだ。だから、そのお婆さんに気付いて視線をむけた時点でカトレアは狙われてたんだよ。ちなみにそのお婆さん、お婆さんじゃなくて奴らの仲間の一人が魔術で変装してた姿だから」

 やはり、老婆も罠だった。

「奴らは魔力の多い人を集めているらしい。どこか高値で売りつける先があるみたいだ」

「なっ!?」

 人身売買!? この世界に奴隷制度なんてないはずだ。

「あれ? ってことはまだ私死んでない?」

「死ぬ? 死んじゃってたら意味がないから殺されることはないとはずだけど」

 こてん、と首を傾げてロイドが言う。

 ちょっと、今のとこ明るい所でもう一回見たいんだけど。声変わりする前の幼い声色からカトレアとそう年は離れていていないと思う。

「早くここから逃げなきゃ。皆心配してる」

『切断』

 邪魔になる枷に向かって魔術を使う。

 しかし

「あれ? 魔術が使えない?」

「カトレアは魔女? この枷は魔力を封じるらしくて魔術は一切使えないよ」

「そんな……あ、でも……うそ……」

 自分で術が使えなくても枷のないビーなら、と思い首元にある魔石を探したが、ない。

 チョーカーごとなくなっている。誘拐犯に盗られたようだ。

(リシューのために作ったのに)

 ふつり、とカトレアの中に暗い感情が湧きあがる。カトレアのリシュー愛を甘く見たのが運のつき。絶対に仕返しをしようと心に決めるカトレア。

 そのためにはここから抜け出さなくてはならない。


「ロイドは、落ち着いてるね。こんな、所に連れて来られてさ」

 怖くないの?

「怖くないわけじゃないよ。ただ、怯えてるだけじゃ逃げられないから。常に冷静であれって教えられてるんだ」

(たくましいな。でも、それが今は頼もしい)

「今ここに居るのはカトレアを入れてちょうど十人。子供だけだよ」

 子供ばかりが集めれられているのだろう。

 どこかの屋内。窓はなく今が夜なのか朝なのかすら分からない。当然、カトレアが誘拐されてからの時間も分からない。

 出入り口はカトレアの正面にある扉だけだとロイドが教えてくれた。

 扉は外から施錠されていて開くわけもなく。押しても引いても体当たりしてもびくともしないらしい。

 誘拐犯が現れた時を見計らって逃げ出すしかないか?

(でも、もしうまくいったとして部屋の外にたくさん人がいたらまたすぐに捕まってしまう)

 誘拐犯が何人いるか分からないのだ。

 カトレアが得意とする魔術は封じられているし、武器も少し扱えるがこの人数を庇って逃げられるほどの力量はない。武器になりそうなものもないし。


 何だこの状況は、もう詰んでいるじゃないか。八方塞がりだ。お手上げだ。

(待て、待て待て待て私。諦めるなー。もっとよく考えて)

「カトレア?」

 黙ってしまったカトレアを心配してロイドが名前を呼ぶ。

「ロイド。ロイドは犯人を何人見たの?」

「え? うーん……金髪の奴と、つり目のゴツい奴の二人かな?」

「二人か……」

「ちなみに、金髪の奴がお婆さんに変装してる」

「そうなの?」

「うん。その罠にかかった子が連れて来られた時に自慢気に言ってた。ね?」

 言いながら、暗闇に顔を向ける。おそらくその先にカトレアと同じように老婆の罠にかかった子がいるのだろう。

「ああ、他の魔術はからきしだがそれだけは得意なんだとほざいてたよ」

 ロイドの視線の先の人物は、ジャラジャラと音をたてて歩きながら吐き捨てるように答えた。

「彼はゼリム。僕の幼馴染」

「よろしくな」

「あ、うん。カトレアです。よろしく」

(幼馴染同士で捕まったのか……話を聞く限り別々にっぽい)

 暗いため容姿がはっきりしないが、小柄な少年のようだ。たぶんカトレアより小さい。年下なのだろう。


 ロイドと向い合せに座っていた所にゼリムが加わり、三人であーでもないこーでもないと話し合う。

 意外と冷静な自分がいる。

(良くも悪くも現実味がないからか……?)

 まさか誘拐される日がこようとは誰が予想しよう? あまり考えすぎて思考が止まってしまっては怖いので考えないようにしている。


「やっぱりこの場所がどこか分からないと」

「どうやって調べんだ?」

「手がかりになりそうなものはないしね」

 すでにくまなく調べたのだろう。ゼリムとロイドが言った。

「この枷さえなければチャンスはあったかもしれない」

「魔術を封じられたのは痛手だよな」

 確かに、とカトレアは同意する。

 魔術さえ使えれば逃げるだけでも出来たかもしれない。


「オラ、ガキどもおとなしくしろよ」

「焦るなよ。まだ大丈夫だ」

「急げっ!」

 固く閉ざされていた扉が開き足音も荒く三人の男が入って来た。

「っ!?」

「っ!?」

「っ!?」

 子供たちの間に緊張がはしる。

 部屋の外は明るく、照明の灯りが入り口付近を照らしている。

 どうやらここは建物の一室のようだ。

 突然現れた男の中の誰にもカトレアは見覚えがないが、あれらが誘拐犯で間違いないだろう。

 逆光で顔が見えないのもあるがたぶんそうだ。

 隣でロイドとゼリムが息を呑むのが分かった。

「立て。痛い目みたくなけりゃおとなしくしろ」

「痛いっ!」

 捕らわれた子供の中で一番扉の近くにいたからだろう。犯人の一人がカトレアの腕を掴み引っ張った。

「お前らもだ。来い」

「っにすんだ!」

「離せっ!」

 ゼリムとロイドも捕まり抵抗する。

「うるせぇ。黙らせろ」

ドスのきいた低い声がした。次いで何やらもみ合うような音がしてドタ、と誰かが倒れる音がした。

「いっ、痛……」

「ゼリムッ!」

「ゼリムッ!?」

 ゼリムが殴られた。

カトレアは咄嗟(とっさ)に駆け寄ろうと足を踏み出す。が、捕まれたままの腕を引かれてたたらを踏んだ。

「は、離して」

「黙れっ! 抵抗するなっつってんだろ!」

 カトレアの腕を捕らえたままの男が――先ほどドスのきいた声を発したヤツだ――空いた方の手を振り上げた。

 大人の男性に怒鳴られ、手をあげられる。カトレアに恐怖がこみ上げる。

 生まれて初めて、間近に迫った暴力にカトレアは目を瞑り腕の中のビーを強く抱く。

「助けて……ミナちゃん……」


『ミナちゃん!』


 術式発動。

 古代語にてキーワードを確認。

 復元、浄化。


 カトレアが呟いた途端に、ビーに施された幾つもの術式のうちの一つが発動した。

 次いで二つの術式が発動。あっという間に、ぞんざいに扱われたのだろう、(ほつ)れや汚れがキレイに消え去った。

「魔石もないのに何で?」

 現状も忘れてカトレアは呆然と呟く。

 首に着けていた魔石は犯人に盗られた。カトレアは魔力を封じる枷のせいで何もできない。

 魔力を糧に動くビーが今動いている原因が分からない。

 ちょっとした遊び心と、実験のつもりで組み上げた術式だ。

 役に立った。けれど、なぜ?

(でも、これってチャンスなんじゃ?)

 はた、と気づく。誰もが呆然としている今が好機ではないか?

 カトレアを殴ろうとした男も、手を振り下ろしかけた状態で固まっている。

 ビーがなぜ動けているのかはこの際置いておいて今は逃げること、現状の打破が最優先だ。


 『防壁』の術式を発動。


「うわっ!」

 カトレアを包むように展開された防壁に男は掴んでいた手を離した。

 「守ること」を念頭に置いて組み上げこの術式は事前に決められた言葉を古代語(・・・)で言うことで発動する。

 まだリシューが言葉をしっかりと話せないため、誰も使いやしないだろ、という安易な考えの元キーワードになる言葉は一つだけだ。どうせカトレア以外は誰も言うまいと思って。

 ゆくゆくは別の言葉でも発動できるように修正するつもりだった。と、いうかまさか本番で使うことになるとは夢にも思わなかった。

 いや、こういうもしもの時のために作ったのだけれど……。でもまさか……。


「ゼリム! 大丈夫っ!?」

 男が腕を離した隙にカトレアは距離をとりゼリムに駆け寄った。

「おう、ちょっと口の中切っただけだ。大丈夫」

「ゼリム、立てる?」

 ロイドが肩を貸し立ち上がらせる。

「ガキ、いったい何しやがった!?」

 さり気無く、二人を庇うように犯人の男たちとの間に立つ。今のカトレアは『防壁』の術で守られている。

 カトレアをかろうじて包むだけの球体ほどしか大きさがないのでカトレアが壁になるしかないのだ。 

 殴ったり蹴ったりするだけではこの防壁はびくともしない。それは仕組んだカトレアが一番よく知っている。


 じりじりと捕らわれていた他の子供たちが扉へ移動しているのが目の端に映った。たぶん、ロイドとゼリムも気づいている。

 泣いて、喚いて悲嘆にくれるだけの子たちではないようで少し安心した。

 犯人たちの視線は今、カトレアに向いている。あの子たちが扉までたどり着いたら逃走開始だ。

 殿(しんがり)はカトレア。本当は先頭に行った方がいいのかもしれないが手足の枷が邪魔でどちらにいても同じな気がする。


「こいつ魔力を封じても魔術が使えるのか? あの魔具が壊れてるわけじゃないよな?」

「ったりめぇだ。使う前に全部確認してる。だから、それだけ魔力量が多いってことだろ」

「ぜってぇ殺すなよ。こいつは高く売れる」

 カトレアを捕まえていた犯人が命令する。

 獲物を前にした野生動物のような目をした犯人たちにカトレアは無意識に後退する。

(怖い。怖い怖い怖い)

 背中を嫌な汗がつたう。

 扉まであと少し。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。


「あ、てめぇら逃げんじゃねぇ!!」

 犯人の一人が扉に接近する子供たちに気付いてしまったのだ。

 何で気付いちゃうの!? などと考える間もなく、別に事前に打ち合わせをしたわけでもないのだが気づかれたと分かった瞬間、まるで示し合わせたかのようにカトレア、ロイド、ゼリムの三人は犯人に体当たりをかました。

「ロイド、ゼリム逃げるよっ!!」

 不意打ちで油断してくれたらしく、三人の犯人は倒れカトレアたちは走り出す。

「クソッ、逃がすかよ」

「うわぁ!!」

 足を掴まれてゼリムが転倒した。殴られて倒れたときに足を捻り動きが鈍っていたのだ。

「ゼリムっ!」

「ゼリムっ!」

 振り向き、カトレアとロイドが同時に声を上げる。

「おとなしくしやがれっ」

 カトレアを殴ろうとした男が拳を振り下ろしたのとカトレアとロイドの間を何かがすごい速さで通過したのはほぼ同時だった。

「え?」

 気づいた時にはその犯人は吹っ飛び部屋の壁に背中から激突していた。

「誘拐犯と思われる男を発見。数は三。連れ去られた子供たちもいます!」

 なだれ込むように五・六人の人が押し寄せ魔具により室内が明るく照らされ、誘拐犯の男たちは速やかに拘束された。


          ◆◇◆


 それからは、あれよあれよという間に誘拐犯の男たちは連行され、カトレアたち、連れ去られた子供たちは無事保護された。

 幸いにも、と言うべきか子供たちの中で怪我をしたのはゼリムだけで、その怪我も枷を外してもらったカトレアが速攻で治した。

 助けてくれた騎士団と自警団と少し話をしてから家に帰り、玄関で待ち構えていたシルヴィアに泣きながら「無事でよかった」と抱きしめられ、つられて泣いた。

 シルヴィアの腕の中で、本当に生きて帰ってこられてよかったと、ちゃんと帰ってこられたと実感した。

 だから、安心して気が抜けたカトレアがそのまま寝てしまったのは仕方のないことだ。

 

 後日、子供たちはそれぞれ親元へ無事帰還したとジークから聞いて安堵したのは言うまでもない。



閲覧ありがとうございました。

ここまでを「一章」として区切りたいと思います。

一度、誤字やちょっとした手直しなどの修正をしようかと思っております。

そのため、続く「二章」へは今年中に入ることが目標です。

だいぶ期間が空いてしまいますが申し訳ありませんがご了承ください。


次章に入る前に、本編に入れられなかった話や補足等々。ちょっとした話を書く予定でいます。一話分の文字数も少なめです。


それでは、もうしばらくお付き合いくださるとうれしいです。

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