第08話:転んだ機を活かす
「ロック、生きてるか!?生きてるよな!?」
声が聞こえた。
男の声だ、それに、聞き覚えのある声。
声に意識を集中させると、真っ暗だった視界に徐々に光が差し込んでくる。
気付けば、目の前にはちょびヒゲを生やしたおっさんの顔があった。
…スナッツだ、心配そうに此方を見つめている。
「…あぁ…悪いな。お前の斧、壊しちまった」
「斧なんかどうだっていい!!そんなことより…良かった…本当に良かった…」
大きく叫ぶと、スナッツは目に涙を浮かばせ始めた。
おっさんの泣き顔なんて、誰が得するのか。
やめてくれ。
「何、泣いてるんだよ…?」
「うるせぇ、馬鹿!お前が生きてて、ホッとしたんだよ!!」
俺のせいですか。
俺のことを思って泣いてるとは…尚更気持ちが悪いです…。
…って、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「エルダーは…?エルダーはどうなった?」
「あいつは…どこかに走ってったよ…」
「何?」
徐々に、全身に力が戻ってくる。
支えてくれているスナッツの肩を叩き、俺は身体を起こした。
辺りを見回してみるが、此処は間違いなく、先ほどまで俺とエルダーが戦っていた場所だ。
雷撃の後が、地面に生々しく残されている。
3人の動かなくなったハンター達も、確認できた。
「お前が最後に吹き飛ばされた後、あいつは魔法陣も消してどこかに行っちまったよ。理由はよく分からんが…少し様子が変だった」
「様子が変…?モンスターって、人を殺さずにどこか行くことはあるのか?」
「いや、そんな話は聞かねぇ…。少なくとも、戦いになった後に見逃すなんてことはない。負けそうになって逃げることはあるけどな。人も、モンスターも」
「…そうか」
混乱している様子のスナッツだが、嘘を吐いてるようには見えない。
エルダーが立ち去った理由が分からないというのは本当なのだろう。
だが、どういうことだろうか?
何か事情が出来たのか?この場を直ちに離れなければいけない理由が?
「まぁ、お前が無事で本当に良かったよ、ロック。一刻も早くここから離れよう…あいつが戻ってくるかもしれんからな…。立てるか?」
「あぁ、大丈夫だ」
スナッツの言う通りだ。
何故かこの場を離れたエルダーだが、もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれない。
考え事は、もう少し安全な場所ですることにしよう。
なにせ、紛れも無く満身創痍だ。
服もボロボロである。
初期アバターだから、大して気にはしてないけども。
・・・
・・
・
街に戻りハンターズギルドで報告をしたところ、クエストのキャンセル料は払わなくていいことになった。
というのも、フォレストボアエルダーが出現したという状況は並々ならぬ緊急事態らしい。
Eランクである俺の証言だけだったらハンターズギルドも信じなかったかもしれないが、Cランクのハンターであるスナッツや俺達に救助されたハンターの証言もあった為、これは早急に対処せねばならない…という判断に至ったそうだ。
そうした状況を考慮して、俺達のクエスト失敗はやむを得なかったということにしてくれた。
というか、フォレストボアエルダーというモンスターは凄まじい存在らしい。
なんでも、いくつものパーティが協力して行う"レイドクエスト"とやらで対処するレベルなのだとか。
しかも、招集されるのはAランク越えのハンター達なのだそうだ。
Aランクというのがどれ程の人間達なのか分からないのでなんとも言えないが…。
少なくとも、俺が一人で倒そうとしたのが間違った判断だったということは確かだ。
…てへっ。
とまぁそんな具合で、俺の初クエストは失敗に終わった。
キャンセル料は払わなくて済んだが、失敗は失敗なのである。
受付嬢曰く「存命しているだけで奇跡」だそうだが…それでも、初めてのお仕事は良い結果にしたかった。
それに、3人ものハンターが命を落とした光景を見たことは精神的にかなりの負担だ。
血をたくさん見ただけで、臓物的にグロテスクなモノはほとんど見ずに済んだが…。
ハンターという仕事が、大金を稼ぐことができる代わりに大きなリスクを背負っているのだという現実を早い内から目の当たりに出来ただけ幸運と呼ぶべきだろうか。
…不謹慎だろうか。
「…はぁ」
「何だよロック、辛気臭い溜息なんか吐いて…。酒がまずくなるだろ?」
「ん…それもそうだな。悪い」
思わず溢れた俺の溜息に、隣で木製のジョッキを傾けていたスナッツが苦笑う。
ここは俺が泊まっている宿屋の部屋。
エルダー関係のゴタゴタが片付く頃にはすっかり日も落ちていたので、酒を買ってスナッツと宅飲みすることにしたのだ。
「どうだ、ロック。念願の酒は美味いか?」
「あぁ、悪くない」
グイと一気に喉へ流し込み、頭に上る熱を感じる。
俺達が買ってきたのは、この地域原産の果実を絞って発酵させたモノだ。
いわゆる果実酒と呼ばれるものだろう。
色も赤く、赤ワインにそっくりだ。味も辛口である。
「悪くない、か。ははっ、これでも結構良い酒なんだぜ?」
「そうなのか?…なら、なんか美味く感じてきたな」
「現金な舌だな、まったく」
笑いあいながらジョッキを軽くぶつけ、また一杯あおる。
今回の件を通じて、スナッツとの間にはかなり深い仲を築けたと思う。
恐らく、フォレストボアを討伐するだけのクエストを普通にクリアしただけでは、ここまでの絆は生まれなかっただろう。
二人で話し合った結果、俺達のパーティは継続することになった。
「なぁ、スナッツ」
「なんだぁ?酒の追加なら無理だぞー。もう外を出歩きたくはねぇ」
「いや…俺さ、しばらくはこの街を回ろうかと思うんだ」
俺がつぶやくと、ヘラヘラと笑っていたスナッツの表情が、鋭く引き締まった。
「…そうか。無理はしなくていいんだぜ?パーティなんて飾りみたいなもんだ。解散したって、俺とロックなら仲良くやれるさ」
「いや、別にハンターの仕事が嫌になったって訳じゃない。もちろん、甘く見てた点は反省すべきだったけど…街を回ろうと思った理由は別のとこにある」
「別…?」
俺が街を回ろうとおもった理由。
それは、俺があまりにもこの世界について無知だからだ。
モンスターの名前はもちろん、ハンターなら誰でも知っているエルダー種のことも知らなかった。
現在飲んでるこの酒だって、一体どんな果実で作っているのか見当もつかない。
あまりに無防備な状態だ。
この世界で生きていく上で、ある程度の知識を集めてから立ち回ったほうが堅実だろう。
「なるほどな。確かに、エルダー種がどんな存在か知らなかったってのは致命的な情報不足だ」
「文字通り、な」
「違いねぇ。…よし、分かった。俺で良ければなんでも協力してやるからな、聞きたいことがあったら聞いてくれよ、ロック」
「助かるよ、スナッツ」
その後、俺とスナッツは談笑を交えながら残りの酒を飲みつくした。
昼間の死闘のことなど忘れ、馬鹿みたいに笑った。
共通の話題など全然ないのに、少ない笑い話を何度も繰り返して笑った。
そうして夜は更け、酒は減り…。
いつしか、俺とスナッツは笑いながら、空のジョッキを片手に眠りについた。
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