第28話:仇
…ありえない。
俺は確実に、クリムの姿をしていたレコンを殺した。
完全に息の根を止めた…そのはずだ。
だがレコンは生きている…愚痴を吐きながら、以前収容部屋で見た時と委細変わらない見た目へと"変化"している。
「どういう、意味だ」
「はぁ?どういう意味も、こういう意味もねぇよ。あの雑魚どもはクソの役にも立たねぇし…あんたはどこまでも俺の邪魔をしてくるし…。いい加減にしてほしいもんだよ、まったくよぉ…」
「雑魚ってのは…襲撃者のことか?」
苛ついた様子で、大きく溜息を吐くレコン。
以前のような間の抜けた様子など微塵も感じさせることのない、有り体に表現するのなら「ガラの悪い」口調だ。
この豹変ぶりは…嫌な予感しかしない。
「そーそー、そいつらだよ。ったく、一回目できちんと済ませてりゃこんなことにはならなかったのにさぁ…。ほんと…ムカつくよなぁ!!」
「ぐっ!?」
「ロック!?」
瞬間、レコンの腕が巨大な獣の腕へと"変化"し、強烈な薙ぎが俺の身体を襲った。
俺は尋常ならざる衝撃を咄嗟に受け止めきることができず、イズナの脇を通って後方へと吹き飛ばされる。
背中に風を感じている最中、姿勢を整えつつも異形と化したレコンの腕を見ると…それはかつてトルテラの町で討伐した、"フォレストベア"の腕にそっくりだった。
「きっひひひ!今ので死なねぇんだもんなぁ、ほんと、化物はどっちだよ!!…なぁ、イズナちゃん?」
「…えっ…あっ…」
地に足をつけ、摩擦によって後方移動の衝撃を吸収させる。
その直後、レコンが再び"フォレストボア"の腕を振り上げた。
ただし狙いは俺ではない、イズナだ。
「ふざ…けんな!!」
確かにイズナは優秀だ。
しかしそれは、あくまで「魔法使い」としての話。
近接戦闘や身体能力の話をするのであれば、一般人に毛の生えた程度でしかない。
俺は減速中の地面を抉るように蹴りだし、レコンへと全力で突撃した。
「っちぃ…!」
モンスターの腕を振り上げていたレコンの身体は、俺共々後方へと転がった。
受け身も取れずに地面へとダイブしたせいで、地を叩く節々に痛みが走る。
それでも尚、重心移動によって回転運動を調整し、どうにか俺がレコンを地面に押さえつける形で停止した。
…しかし。
「邪魔…なんだよ!!」
「ごふっ!?」
停止した直後、俺の腹部を強烈な衝撃が襲った。
まるで細い棒に突かれたかのような衝撃だ。
俺の身体は後方へと押し出され、数歩の後ずさりを経て踏みとどまる。
頑丈が取り柄である俺の身体から、骨の軋む音がした。
「くっそ…」
魔力干渉による治癒を行いながら、レコンの状態を確認する。
すると、ヤツの足が見たこともない姿へと変化していた。
細い足に、短めの爪…動物のカンガルーに似ている。
先程"変化"させていた腕の例から考えるに、あれもモンスターの姿を模したものなのだろうか。
「あー、もう…本当ムカつくわ。殴っても蹴っても死なねぇし、しつこく何度も飛びかかってくるし…お前何なんだよ?お前には関係ねーだろ、人間は人間らしく、人間どもと遊んでろよ!!」
「うるせぇ…お前こそ獣人なら、仲間の事を考えろ!なんで身内をハメるような真似してんだよ!」
「仲間ぁ?身内ぃ?バッカじゃねーのかお前!?あんな非生産的で、将来性もなくて、とりあえず死ぬまで生き続けるだけの生活してる奴らが、俺と同格な訳ねぇだろうが!そこらの動物やモンスターと変わんねーよ!!」
「この野郎…」
仲間意識を感じるどころか、動物やモンスターと同格だと?
毎日を精一杯生きているシエル達を、「死ぬまで生き続けるだけの生活をしてる」だと!?
ふざけんな…ふざけんなよ…!!
「あーあー、またそうやってすぐ怒る。嫌だねぇ、感情的な奴は本当やだ。…いい加減さ、退場してくれよ」
「退場するのはお前の方だ…レコン!」
「いちいち叫んでんじゃねーよ…うるせぇなぁ…。もういい、分かった、分かりましたよ。お前も、守護者様も、"白牙"の連中も、邪魔な奴は全部殺して終わらせますよ。売り物になると思って見逃しておいてやったが、もう面倒だ。女子供だけ生かしておけば十分だろ!!」
「っ…!?」
一度頭を掻いた後、レコンは何かを諦めたかのように声を荒らげた。
恐らく、大規模な"変化"を行おうとしているのだろう…彼の周囲に膨大な魔力が集中し始める。
同時に、邪眼で観察を続けていた奴のステータスに変化が訪れた。
名前やクラスの表記がブレ始め、森で会った少女の時と同様に砂嵐が起き始める。
…そして、"変化"による形態変化が起き始めた直後。
全てが砂嵐に包まれたステータスウィンドウの表示が、晴れた。
===============
レコン=ダークス(Lv20) [フォレストボア]
アビリティ:
・エルダーゲイン[???]
・スナッチ[???]
スキル :
・変化
===============
「こ…れは…」
目に映るステータスに、思わず声が漏れた。
突如として倍以上の数値になったLv、モンスター名へと変わったクラス。
そして、新たに出現した謎のアビリティ2つ…片方のアビリティ名には、不穏な文字列が含まれているではないか。
加えて、アビリティ名の隣には未だに砂嵐が掛かった"何か"が添えられている。
…次の瞬間、レコンの身体が大きく発光し、巨大化した。
グルォオオオオオオオオオオオ!!!
発光と同時に、腹まで響く凄まじい雄叫びが周囲に響き渡った。
雄叫びと共に放たれた魔力の波によって周囲の木々は揺れ、遠くでは鳥が飛び去る音が聞こえる。
その声は…以前聞いたことのあるモンスターの声と非常に似ていた。
やがて輝きが収まり、巨大な発光体は本来の姿を現し始める。
大きな下顎からは2本の牙を伸ばし、上顎からは異様に禍々しい気配を漂わせる牙を2本。
眉間の間からは、両顎の牙とは明らかに異なる雰囲気を感じさせる赤黒い角が1本。
そして全身の毛並みは通常のフォレストボアに比べてかなり暗く、妖しい光沢を放っている。
…あれは、エルダーフォレストボアだ。
◇◇◇
「なに…あれ…?」
突然現れた、巨大な獣。
すごく嫌な感じがして、すごく怖い。
出来ることなら今すぐこの場を立ち去りたい…でも、それはダメだ。
私は守護者…村を護るべき、ノースワルド家の娘なんだから。
お父さんもお母さんも、必死で皆と村を護った。
ロックだって、大きな獣の前で立っている。
本当なら私があそこに立ってなきゃいけないはずなのに、戦ってくれてる。
「なっ…あれは…!?」
「…シエル?」
震える手を握りしめた時、後ろからシエルが走ってきた。
村の人達も、何人か慌てた様子で駆け寄ってきてる。
此処は危ないよ…皆は離れてなきゃダメだよ。
…そう口にしようとした時。
「見間違いじゃ…ない…」
男の人が、顔を真っ青にしながらそう呟いた。
周囲の人を見渡してみると、他の人達も顔色が悪い。
皆は、あの大きなモンスターを知っているの?
「な…なんで此処に…」
「追い払ったはずじゃなかったのか…!?」
「み、皆、落ち着け!イズナの前だぞ!?」
声を震わせながら、皆は続々と声を漏らし始めた。
そんな人達を、シエルが慌てた様子で抑えようとする。
…私の前?どういうこと?
「もう終わりだ…おしまいだ…」
「イネさん達も居ない今じゃ…どうすることも…」
「こ、こら…!それ以上は…!!」
「…お父さんが、どうかしたの?」
イネ…お父さんの名前だ。
あの大きなモンスターと、お父さんが何か関係あるの?
…あれ?
「…ねぇ、シエル。お父さんがどうかしたの?」
「いや、違うんだイズナ…。これは…」
私が質問すると、すごく困った様子を見せるシエル。
大きなモンスターと、お父さん…なんだか凄く、胸が苦しくなる。
「ねぇ…教えてよ、シエル…」
「だ、だから…だな…」
胸の奥が、ザワザワする。
息が苦しくなる。
凄く嫌な気持ちだ…怖いのとは違う、嫌な気持ち。
「…あいつなの?」
「イ…イズナ…」
自分でも驚くぐらいに、暗い声が出た。
そんな私の声に、シエルは少し怯えた様子を見せる。
もしかしたら、目つきも悪くなってるのかもしれない。
「…そう、なんだね」
「待て、イズナ!一旦落ち着くんだ…!!」
自分の周りで、魔力がゆらゆら揺れるのが分かった。
皆が詳しくは教えてくれなかったけど…シエルや目の前の人達の反応を見れば分かる。
…あいつなんだ。
あいつが…やったんだ。
あのモンスターが…あのモンスターが…!!
「…お前が…」
「っく…ダメだイズナ、行っては危ない!!」
「お父さんを殺したのかぁぁぁ!!!」
「ぐぁ!?」
私の腕を掴んだ誰かを風魔法で弾き飛ばし…私は駈け出した。
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