第05話:レッツ・パーティー
朝。
異世界に来てから、初めての朝だ。
爽やかな鳥の鳴き声をBGMに、俺はボサボサの頭を掻く。
まず最初に言うことといえば、この宿には風呂がないということだろうか。
というよりも、この世界…いや、この地域には風呂という文化がないらしい。
身体は濡れタオルで拭き、髪は桶に溜めた水で濯ぐというのが、この地域での入浴なのだ。
また、入浴はよほど身体が汚れない限りは数日に一度しか行わないとのことだ。
お陰でほんの少しだけだが、カルチャーショックを受けてしまったよ。
あぁでも、代わりに良いこともあった。
食事が美味しかったのだ、思っていたよりも。
さすがに元の世界の料亭などには足元にも及ばないが、簡素な味付けは素材の味を上手く活かしていた。
基本的に食材の鮮度が良いのだろう。
そしてこの感想は、今朝の朝食にも言える。
昨晩は焼いた肉を切り分けたものをメインに、シチューのようなスープが添えられていた。
少し濃い味だったが、胃もたれすることもなく良いメニューだったと思う。
対する今朝は魚の切り身を焼いたものをメインに、生野菜のサラダが添えられていた。
さっぱりとしていて、寝起きの胃にも優しい、よく考えられたメニューだ。
実際に考えているかどうかは定かではないが。
朝食を終え、給仕の娘に礼を言いながら宿を出る。
今日はとりあえず、ハンターズギルドに顔を出してみよう。
特に何かするつもりでもないが、他にすることもないからな。
武器や防具とやらにも興味はあるが、今は選定基準がよくわからない。
武器も無料じゃないからな。よく選ばないといけない。
…という訳で、ハンターとして色々と学ぼうと思い俺はハンターズギルドへとやった来た。
やって来たのだが…。
「よぉよぉロック!!待ってたぜぇ?」
何故か俺は今、でかい斧を持ったおっさんに肩を組まれている。
いや、おっさんという程に老けているわけじゃないのだが、銀髪でちょびヒゲを残している為、どうしてもついついおっさんと表現してしまう程にこの男はおっさんなのだ。
というか、俺を待っていた?
「え、えぇと…どちら様でしょう?というか、何故俺を?」
「あ?あぁ、紹介が遅れたな。俺の名前はスナッツ、Cランクのハンターだ」
「これはどうも…」
男はスナッツと名乗ると、どこからともなくハンターカードを取り出し、俺に差し出してきた。
条件反射でそのカードを両手で受け取ると、確かにカードには彼の名前が書いてある。
名前はスナッツ=ミックラル。Cランクのハンターで、ハンターズギルドに所属しているようだ。
クラスの欄には重戦士と書かれている。
これは、ハンター流の名刺交換なのだろうか?
「ロックです。ロック=トライブ」
「それは知ってるよ…ってお前、これオリジナルカードじゃねぇか」
「オリジナル…?」
スナッツに見習い、俺は自分のハンターカードをポケットから取り出し、手渡した。
すると、彼は「アホか」と呟きながらカードをつき返してくる。
オリジナルカード、とはなんだろうか。ハンターカードとは違うのか?
「ははっ、お前、本当に何も知らないんだな。カード交換もしたことないのか?」
「お恥ずかしながら…よろしければ、やり方を教えてもらえますか?」
「お、おう。教えるのは構わんが、敬語はやめねぇか?俺そういうの苦手なんだ」
「分かった」
「お、おう!?いいな、そういう切り替え好きだぜ」
カラカラと笑いながら、スナッツはカード交換の方法を教えてくれた。
オリジナルカードというのは、ハンターズギルドから支給されたカード自体のことを言うらしい。
つまり、俺がスナッツに手渡したカードのことだ。
ハンター間の会話では、ハンターカードといえば交換用に複製されたカードのことを指すらしい。
まどろっこしいな。
「というかロック、お前オリジナルカードそのまま使ってるんだな」
「そのまま、ってのはどういうことだ?」
「あ?カード作るときに説明受けただろうが、カードの形状を他のアイテムに変えるんだよ。カードのままだと持ち運びに不便だったりするだろ?」
「そ、そんなことができるのか…」
「お前あれか、人の話聞かないタイプか?」
失礼な、俺は人の話を滅茶苦茶聞くタイプだぞ。
一時は聞き専とまで呼ばれていたほどだ。
カードを自分で作ってないんだから仕方がないだろう…。
「ハンターになるのが楽しみ過ぎて、耳がちくわになってたみたいだ」
「ちくわ?ちくわってなんだ?」
「説明の声が右から左へ流れてた、ってことさ」
「ほぉ、そういう意味なのか」
しかし、いいことを聞いたな。
カードの形状は変えられるのか。
確かにカードを持ち歩くというのは、結構不便だと感じていたところだ。
元の世界では使いもしないカードを財布の中に沢山入れて持ち歩いていたが…この世界ではそんな高機能な財布はなさそうだ。
セラも硬貨は巾着袋みたいなものにいれていたしな。
ちなみに、スナッツはカードを指輪にして身につけているらしい。
「あぁ、一応このことは他言無用だぜ?」
「なんでだ?」
「そりゃお前…ハンターカードの再発行にいくら掛かると思ってんだ?それに、再発行する以前に紛失したら面倒なことになるだろうがよ」
「なるほど」
最初は馴れ馴れしい変な奴だと思ったが、質問には答えてくれるし、かなり親切な男だ。
元の世界でも飲み仲間でスナッツみたいな奴がいたが…こいつと飲むのも悪くないかもしれない。
って、この世界では酒あるのだろうか?あるよな?
というか、あったとして俺は飲める年なのか?
あぁ、ちなみにハンターカードの再発行には銀貨3枚が必要なのだそうだ。
こんな小さいカード1枚に、かなりの価値があるんだな。
大切にしよう。
「なぁスナッツ、俺って…」
「あー、待った。何分立ち話させる気だ?そろそろ俺の話にも付き合ってくれよ」
「え?あ、あぁ。そうだな、悪い」
飲酒に関する質問をしようとしたところで、スナッツが眉を顰めた。
彼は俺のことを「待ってた」と言っていたからな、俺に話があったはずだ。
少し悪いことをしたかもしれない。
実は俺って、自覚がないだけで人の話を聞かないタイプの人間なのかも…。
「いや、別に謝らなくていいさ。お前、フォレストボアを倒したんだよな?」
「あぁ、倒したな」
「どうやって倒したんだ?町長ちゃんも一緒にいたが、彼女は別に戦える人間じゃぁないだろ。誰か他にパーティーメンバーがいるのか?」
「パーティー…メンバー…?あのイノシシなら俺が一人で倒したが」
「まじかよ!」
町長ちゃん、というのはセラのことだろう。
こんなおっさんにちゃん付けで呼ばわりされてるとは…やっぱり愛されてるんだな、セラ。
しかし、パーティーなんてものもあるのか。
「嘘は吐いてないけど…それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって…Eランクのハンターが一人でフォレストボアを倒したなんて、驚かない方がおかしいぜ?見たところ手ぶらみたいだが…ロックの獲物はなんなんだ?」
「獲物…武器のことか?それなら今のところ席が空いてるな」
「…はぁ?お前、魔法使いなのか?」
「魔法は使いたいが、生憎魔法の知識はまだなくてな。イノシシは殴ったら倒せたぞ」
「殴…はぁ!?素手でフォレストボアを倒したってのかよ!!…くくっ…くはは!!お前本当に変わったやつだな!!話しかけて正解だったぜ!!」
スナッツが、腹を抱えて笑い始める。
素手でフォレストボアを倒すってのは、結構奇抜なことなのだろうか?
「くっくっ…まぁ、いいや。ロック、そんなお前に一つ頼み事があるんだ」
「頼み事?俺でよければ聞くが」
そんな、ってなんだよ。そんなって。
褒めてるのか?
「なぁ、ロック。俺とパーティーを組まないか?」
「お前と、組む?」
「あぁ、実は最近この近くでフォレストボアの数が激増しててな。掃討依頼が結構出てるんだが、人手が全然足りねぇんだ」
パーティーを組む。
それは無知な此方としても願ったり叶ったりな申し出だ。
だが、スナッツはCランク。
Eの俺から見れば、結構な高ランクのはずだろう。
どうして俺なんかを?
「報酬も悪くないし、俺も参加したいのは山々なんだけどよ…生憎一緒に来てくれるメンバーがなかなか見つからねぇ。そんな時に、フォレストボアの牙を持った男が来たと思ったら、Eランクだって言うじゃねぇか。最初はなんの冗談かと思ってたが、今お前と話してて実感したよ。お前は良い奴だ、フォレストボアは無理でも、お前になら背中を預けてもいい。そう思ったんだ」
「…」
良い奴、か。
スナッツは、俺のことを信頼してそう言ってくれたんだろう。
だが、その言葉は今の俺にとって、少しだけ胸に刺さる言葉だ。
俺は、良い奴でしか居られないのだろうか。
「…どうだ?」
「…あぁ、俺なんかで良ければ、是非頼むよ」
「そ、そうか!ははっ…そうか、良かった…。よろしくな、ロック!」
「よろしく、スナッツ」
今の俺は、そうなんだろう。
品行方正で、清廉潔白な良い奴でしかない。
だけど、今はそんなことで悩んでる場合ではない。
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられるのだ。
悪人になるのも大事だが、今はハンターとしての自分を磨くことを最優先事項とする。
スナッツと握手を交わした後、俺達は受付でパーティー結成の申請を出した。
パーティーというのは、ハンターズギルドに結成手続きを出すものらしい。
報酬の関係とか色々あるんだそうだ。
ついでに、スナッツに教えてもらいながらカード交換用のハンターカードを何枚か複製してもらった。
カードの形状変更もしてもらおうかと思ったが、こちらの手続きは結構面倒らしいので、またの機会に回す。
「さて、と。んじゃぁクエストを受注するが…どうする?簡単な討伐系のクエストにするか?」
「え?フォレストボアの掃討依頼とやらを受けるんじゃないのか?」
「え、いや、さすがにフォレストボアはキツイだろ?」
「俺の拳があれば大丈夫だ」
「拳ってお前…まさか、あの話本当だったのか!?」
信じてなかったのか。
なんだよ、全然信頼されてないじゃん。
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