第13話:神との和解
2014/02/09:アプリ起動画面の描写が誤っていた為、修正しました。
レコンが部屋を去った後、俺は当然とも言える疑問をシエルへと投げかけた。
何故、唐突に俺の元をレコンが訪れたのか、という質問だ。
「うむ、レコン殿が参られたのは私にとっても意外だった。きっと彼が先程言っていた通り、ロック殿と人間の文化について少し会話を交えたかったのだろう」
すると、シエルは一人でウンウンと頷きはじめた。
…会話を交えるというよりは、探りを入れてきたって感じがしたが…。
「意外だったって…さっき準備がなんとかって俺に言ってきたじゃないか。何か作戦みたいなのがあったんじゃなかったのか?」
「あぁ、あれは…『ロック殿、チャンスだ。レコン殿に人間として好印象を与えれば、村の皆からも信用を得られるかも知れん。気の利いたセリフの…』準備は大丈夫か、という意味だ。きちんとアイコンタクトしたではないか?」
「いやいや…!?」
アイコンタクトって何だよ!
そんな思惑、読み取れるわけあるか!
「む…伝わってなかったのか?随分と良い雰囲気で話していたから、てっきり私の意図を汲み取ってもらえたのかと思っていたぞ」
ハハ、と小さく笑うシエル。
良い雰囲気って…本当にそう見えたのだとしたらまだまだ甘いぞ。
第一、あんな狸男との間で生じたとしても全く嬉しくないわ。
「まぁ、それはいいや。それよりもシエル、良かったら、村人たちへ俺との面会を積極的に勧めてみてくれないか?」
「む…それは、村の者達からの信用を狙ってのことか?」
「信用を得るっていうのもあるけど…俺も皆のことをもっとよく知りたいんだ。人間と獣人の関係が歪なのはきっと、お互いのことを知らなすぎてることが大きいと思うんだよ」
未知なモノに対して、人間は恐怖を覚える。
それは何時の世も、何処の世界でも共通のことと言えるだろう。
だからこそ、まずは一歩踏み出して互いを理解する必要がある。
手の内も明かさず、意思も交わさない者を、コミュニティに加えてくれというのは無理があるというものだ。
「ふむ…確かに、ロック殿の言っていることにも一理ある。私としても強力は惜しまないつもりだ。だが…」
「…憎悪派、だな」
「あぁ…」
憎悪派。
人間を拒否し、拒絶している獣人族の者達のことだ。
勿論、彼らを責めるつもりなどない。
彼らにとって、突如襲撃してきた人間たちを否定するのは正当な権利だろう。
むしろ、好意派の方が特異とも言える。
「あまり大きな声でロック殿のことを肯定すると、彼らの反感を買うことになるかもしれん。今は”白牙”の管理下という名目で庇っていられるが…彼らが本気で行動を起こすとなると、私達には止める権利がない…。だから、ロック殿との面会については好意派の者達の中だけで…」
「いや…そこは逆だ。むしろ大々的に宣伝してくれ」
「何…?」
俺の意見に、シエルは怪訝そうな顔をする。
いや、どちらかと言えば心配そうな顔というべきだろうか。
「何故そう考えるのだ、ロック殿?」
「反感を買いそうだから、と言って水面下でやろうとするのはいい考えとは言えない。人から人への情報は簡単に分散するからな。隠そうとしたってすぐに何処からか漏れるだろうし、その時は最初から公表していたよりも印象が悪くなってしまうはずだ」
裏でコソコソと行動するのは、相手の目に障るだろう。
そのせいで、逆に憎悪派が裏で何かを始めようとしてしまうかもしれない。
最悪の場合、シエルが言っていたように報復と託けて人間側へ宣戦布告なんてこともありえる。
そんなことになるぐらいなら、今この瞬間だけでも俺という存在に注意を向けさせるべきだ。
それに…。
「だからこそ。むしろ、此方から反感を買うんだ」
「反感を…買う?」
それに…憎悪派に希望がないというわけではないはずだ。
シエルから聞いた話によれば、襲撃者達に攫われたのは"白牙"のメンバー3人だけだという。
家族や親戚が怒り狂ったとしても、それほどの規模になるわけはない。
彼らの中には、やり場のない怒りや憎しみに悩まされているだけの人々だっているはずなのだ。
「村の皆にはこう伝えてくれ。『ロック=トライブは誰からの面会も断らない。どんな質問にも答えるし、どんな要望にも応える努力はする。一発殴りに来るだけでも構わない』…ってな」
「な…殴りにって…そんなこと言って大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。俺は頑丈だからな」
俺がニコリと笑うと、シエルは何度か目を瞬かせ、そして小さく溜息を吐いた。
「…分かった、ロック殿の考えを採用するとしよう。私は阿呆だからな、難しいことを考えることは出来ないのだ」
「ははっ、助かるよ」
彼女は自分のことを阿呆と言っているが、決して馬鹿な訳じゃない。
真剣に物事について思考を巡らせているし、精一杯気を遣ってくれている。
俺の安全を気にしながら意見もくれているし、彼女の言っている内容も定石を外れてはいないだろう。
だが、今は定石だけで勝てる局面ではない。
味方は極小数な上に、時間だって無限にあるわけではないのだ。
決して的中してほしくない俺の予測としては…近いうちに再びこの村を人間が襲撃するだろう。
それよりも前に、俺という存在をこの村の中で定着させなくてはいけない。
獣人村生活、1日目夜。
今日は予想外のイベントが盛りだくさんだったが、結果的には悪くない方向へと歩み始めたと思う。
村の内情についてもそれなりに理解できたし、今後の方針も大体決まった。
あとは村の人々が俺の元へと訪れてくれるかどうかが問題だが…こればかりはシエル達の頑張りに期待するしか無いだろう。
マジな話、ただ俺のことを殴りに来るだけの人しかいなくても、誰も来ないよりは幾分かマシだ。
さて、そこはかとなくマゾっぽさを醸し出している俺だが、一つだけ申し訳なく思っていることがある。
それは…クリムについて。
彼女は昨晩以降から、ずっと俺の世話を焼いてくれているのだ。
基本的に、俺の手枷が外れることはない。
食事の時も、風呂の時も、ずっと付けっぱなしなのだ。
風呂の時どうするのかと疑問に思うかもしれないが、そこはよく出来た囚人服。
マントを羽織った上に貫頭衣を被せられただけのお手軽仕様なこの服に弱点はない。
時々腹が冷えそうなのが玉に瑕だ。
話が逸れた、風呂と食事の問題について。
今晩も、クリムはソープ嬢よろしく俺の身体を拭いてくれた。
さすがに前だけは死守しているが…彼女の献身的な行いのお陰で俺の中のティーンエイジが爆発寸前である。
イズナもそうだが、どうして彼女達はあんなにスキンシップが旺盛なんだ。
こっちの身にもなってほしい。
それから、食事について。
囚われの身でありながら、まさか「あーん」が待っているとは思わなかった。
クリムが料理を匙で取り、俺が口を開けて待つ、あの「あーん」だ。
日本で彼女を持っていた事もあったが、「あーん」は無かったぞ。
ちなみに…。
『私は下に弟とか妹が多かったから、こういうの慣れてるんだっ!ロックは大きいけど、弟みたいな感じ?』
というのが、クリム女史の俺に対する評価である。
…こんな姉ちゃん欲しかった。
とはいえ、「あーん」は実際やってみると滅茶苦茶恥ずかしい。
若干夢見ていた感は否めないが、なんともむず痒い気持ちになってしまう。
故に食事中の後半は頭の中を空虚にし、無心で食を進めるようにしている。
いやなに、魔力の修行で精神統一を極めた俺にとっては苦ではないさ。
まぁそんな感じで、クリムにはかなり迷惑をかけてしまっている。
両手を拘束されているだけなら「あーん」回避も可能だとは思うのだが…麻痺している左腕が、足ならぬ腕を引っ張ってしまっているのだ。
せめてこの腕が治ってくれれば…いや、贅沢は言うまい。
腕の麻痺を代償にして、俺は自分の命を守り切ることができたんだ。
等価以上のトレードオフである。
エルメスも、一週間程度で治ると思うと言っていたしな。
せっかくシエルからカミフォンを返してもらえたことだし、エルメスと少し話してみようか。
これからの行動についての相談もしたい。
部屋の中を確認し、念のため部屋の外の気配も探る。
気配を探ると言っても、魔力探知ではない。耳を澄ますだけでなんとなく把握できるのだ。
おそらく、"暗殺者"の補正のおかげだろう。
首から下がっているお守り袋の紐を緩め、中からカミフォンを取り出す。
電源ボタンを軽く押しこむと、いつも通りのホーム画面が表示された。
同時に、バッテリー残量が減っているという通知が表示される。
そういえば、最後に"充電"したのは初めの一回目だけだったな。
随分とよく持ったものだ。
カミフォンを手にする右手の先に魔力を集中させ、放電のイメージを練り上げる。
すると、パチリという破裂音と共に俺の手元で放電現象が起き始めた。
イメージによって行使された"雷纏"は無事に俺の魔力へ雷属性を付与してくれたようだ。
そのまま、雷属性の魔力をカミフォンへと流し込む。
瞬間、小さな脱力感と共に俺の手からは放電現象が消え去り、カミフォンのバッテリーメーターは満タンの緑表示へと変化した。
「ふぅ。…ん?」
行使できるようになったとはいえ、"雷纏"はまだほとんど練習していない。
音もたつし、光るし、結構目立ってしまうからだ。
故に、この"充電"作業も諸動作にそれなりの集中が必要なのである。
そんな"充電"を無事に終えた俺の目に写ったのは、第二のアイコンだった。
いや、確か初めて"充電"を完了させた時からアイコン自体は存在していたのだが…その時は「神アプリ2」という名前のアイコンだったはず。
興味本位で起動してみようとタップしてみたりもしたが、「神アプリ2」は何も反応がなかったのだ。
だが…。
「カードホルダー…か」
カードホルダー。それが第二のアイコンの名前。
もしかして、これがエルメスの言ってた『ハンターカードの管理アプリ』だろうか?
いや、もしかしなくてもそうだろう。
少しだけワクワクする気持ちを抑えながら、俺は「カードホルダー」アプリを起動した。
アイコンをタップすると、神アプリの時と同様に栞のマークが表示された。
「神アプリ2」とは違い、きちんと反応を示すようだ。
直後、カード一杯にハンターカードにそっくりなデザインの画面が横向きで表示される。
「おぉー」
名前の部分には「ロック=トライブ」と書かれている。
その他の内容から見ても、画面に表示されているのは間違いなく俺のカードのようだ。
しかし、自分以外のハンター達の情報も見れないのか色々とジェスチャーを試してみるも、思うような挙動は置きなかった。
自分のカードの裏面が表示されたりするだけだ。
今は自分の情報しか見れないのだろうか?
新しいアプリに微妙な反応を残しつつ、俺は再びホーム画面へと戻り「神アプリ」を起動した。
最早見慣れたSMS調の画面には、エルメスと俺の間で起きた小さな口論のログが表示されている。
…あの時のエルメスには、悪いことをした。
怒りを買っていてもおかしくはないだろう。
人間のくせに命について偉そうに語ろうとしていた俺に。
此方の都合で一方的に会話を終了させたことに。
Lock:エルメス、いるか?昨日は俺が悪かった…
まるで喧嘩をしてしまった友人にメールを送った学生時代のような心境で、俺はエルメスにメッセージを送った。
どんな返事が返ってくるだろう?
いや、そもそも返事が返ってくるだろうか?
自分の送ったメッセージ側に表示された「既読」という文字を見て、俺はゴクリとツバを飲む。
しかし…。
HER.:気にしないでいいよ、何の相談もしなかった僕も悪かったんだ。それよりロックくん、囚われの身でありながら何人もの女の子を侍らせるなんて…君はなんとも罪作りな男だね!
俺の不安とは裏腹に、かの伝令神様はいつも通りの陽気なメッセージを送り返してくださるのだった。
…まったく、器の広い神様で助かるよ。
閲覧ありがとうございました。
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